百菜’s 004 「それで、家族と親友を失ったそうです」
話は、初めに戻ります。
場所は、太陽の熱が少しだけ少ない宿舎です。
太陽はもう下がったというのに、未だに地球の熱はこもりっぱなしで、もうすでに夏のそれです。
「本当に、すみませんでした」
だから、土下座をしないでくださいって。
「大丈夫ですって。ほら、修が治してくれますし」
それでも彼女の涙は留まることを知らず、とうとう喋れなくなるほどに、聞こえなくなるほどに泣きじゃくってしまいました。
「じゃあさ、とりあえずこいつ連れて帰るわ」
リーダーはそう言うと、まだ泣きじゃくっている彼女を片手でひょいっと持ち上げ、まだ暑い外の世界へと踏み出していきました。
「……今日は、ここまで。ありがとな、あとごめんな」
「いえ、そんな」
リーダーは、私にそう告げた後、修を呼び、なにやら囁いていました。
彼の難しそうな顔を見る限り、簡単に訊けるような話ではないことを察しました。
二人が外に出た後、久しぶりに修と二人きりだったので、私は久しぶりに王宮の話をしました。しかし、彼はそのすべてを軽く流してしまいました。
「……ねえ、修」
「なんでしょうか、お嬢様」
「いや、二人なんだからため口で良いでしょ」
「……なんすか、ちーさん」
ちーさんというのは、彼が考えた最大限のあだ名で、ダサかろうが何だろうが、私は気に入っています。
ちなみに、私の1.2倍くらいの身長を持つ修は、一個下なのです。
「もしかして、王宮のことでなんか隠していません?」
「……かくしてないっすよ。なにも」
「本当に?」
「本当です」
「あっそ。ならいいわ」
私には、もう一つ悩みの種があったのです。
もちろん、『どうして王宮のみんなは、この地域の人々のことを焼き討ちなど残忍な行為を働いているのか』という、王宮の謎というのもありますが、それよりも直近な悩みが私にはあります。
「それでさ、彼女のことなのだけど」
私が尋ねようとすると、彼は少しだけ外を見つめました。
机を挟んで対面している彼に、寂寥感を感じました。
「本当に、辛いよな」
彼は、それだけ呟くと、すぐに立ち上がりました。
「寝ましょう、お嬢様」
「いや、でも」
「いいから、ね?」
彼は、机を動かし、布団を並べ始めました。
「ワンルームなので、隣で寝ますがよろしいですか? 嫌であれば、外で寝ますが」
「急に護衛振るんじゃないわよ。昔はよく寝てたじゃない」
「あなたが、夜は怖いって泣いてたからでしょうに」
……それは、言わない約束でしょう。
「あの頃は、結構可愛いなと思っていましたけどね。さあ、寝ましょう」
電気を消して、私達はそれぞれの布団に体をうずめました。
「あの、彼女―百菜さんのことなんすけど」
突然、彼はその話を始めました。
「話してくれるのね」
背中合わせに寝る彼に、私はそう呟きました。
「小さいころに、その能力でひと悶着あったらしいっす」
「そう」
そうではないかと思っていましたが、しっかり言われるといい気はしません。
「それで、家族と親友を失ったそうです」
「……」
どうして彼は、その話を電気を消した後に話したのでしょうか。
悲しみの果ての話を、私は真っ暗な部屋の中で聞くことになりました。
相変わらず、空の月は綺麗に映えているというのに。
「彼女は、小さな村唯一の子供だったそうです。アレンジなしの、黒髪ストレートで、柔らかい印象を持つ可愛らしい顔。気弱な性格の彼女を、村総出で育てていたそうです。
「そんな彼女も、とうとう小学生になりました。
「小学校は、隣町の学校まで通わなくてはなりません。
「彼女は、一生懸命歩いて通っていました。おそらく、20から30分くらいはかかっていたのでしょう。野を超え山を越え、ひたすら、すたすた歩いて、通っていたそうです。
「ある日。彼女が歩く山道で、類稀なる大渋滞が起きていたそうです。
「通れなくなった彼女は、こう思いました。
「『邪魔だなぁ。少し、どいてくれないかな』と。
「その瞬間。その刹那でした。
「運命操作は、反応したのです。
「彼らの最大の不運とは、交通事故を起こすこと。こんな山奥で事故を起こせば、帰ることすら難しくなります。
「そして、彼女の最大の幸運は、車がなくなること。そうすれば、彼女はいつも通り、普通に通うことができるのです。
「彼女は、何も思っていなかったことでしょう。
「気づけば、目の前に並んでいた車は、一つたりとも、残っていなかったそうです。
「そして、山の下を見ると、車全てが落ちていたそうです。
「一台残らず、全て。
「彼女は、そのことをたまたまだと思っていました。
「学校に着いた後、学校でも嫌なことがありました。
「それなりに友達ができた彼女でしたが、それでもできないことはあったようです。
「ちょうど一週間後に、運動会がありました。
「その日は、練習会があったそうです。競技は、徒競走。
「嫌だな。やりたくないな。休みにならないかな。学校がつぶれないかな。地震が起きないかな。馬鹿にされたくないな。
「彼女は、そんな不謹慎なほどに自己中心的な思いに駆られます。
「その心に、またもや運命操作は反応しました。
「彼女の最大の不運は、運動が苦手なことを馬鹿にされること。
「彼女の最大の幸運は、運動会が中止になること。
「結果を簡潔に語るのなら、運動会は中止になりました。
「それどころか、学校ごと潰れました。
「未曾有の震災。楽しかった思い出も、親友たちも、全て。嫌なイベントごと消えたのです。
「奇跡的に、彼女だけが助かりました。
「これで、彼女は馬鹿にされることはありません。
「学校で救助を待っている彼女を、王国救助隊は見つけ出しました。こうして、彼女は再び元の生活に戻るはずでした。
「しかし、その元の生活は、戻ることはありませんでした。
「家に帰ると、ご両親は心中をしていたそうです。
「怖くなって外に出て、彼女は家の周りを歩き始めました。
「すると、そこかしこに並べられた罵詈雑言の数々を目の当たりにしました。
「お前の娘は、悪魔の子だ。
「衝撃的だった言葉に、彼女はふと考えてしまいました。
「すべてが、叶っている。
「ふと考えた、『自分の不運がこうだったら、もう少し幸せなのに』というちょっとした理想が、全て叶っている。
「そう気づいたのでした。
「そして、彼女は決めたそうです。どうなるか分からないこの能力を、永遠に使わないようにしようと。それが、例え嫌いな人であっても。
「彼女は、村を出て、この町に来たそうです。
「子どものころに思った、起きるはずのない、不謹慎な願い。
「それが全て叶ってしまうというのは、とてもつらいっすよね。
「これで、彼女の話を終わります」