百菜’s 003 「僕ら、決してヒーローではありませんので」
「あなたたちは、な、なに、ものですか⁈」
近くで見ても―否、遠くで見ても分かるくらいに、彼女の足は震えていました。
「あー、あー、あー。勘違いしないでくれ。俺たちゃ、王宮のもんじゃあ断じてねえ」
それくらいは、見た目で判断できます。
「ただ、ちっとばかしお金が欲しくてよぅ。くれねえかなって、話だ」
「あげられるほどのお金は、持っていません」
震える腕を押さえつつ、彼女は断じます。
「おう、おう、おう。そうか、じゃあ、力づくで奪うしかねえな」
実際問題、私達はお金を持ち合わせていません。なぜなら、私達は王宮のお金を信頼していないからです。金貨銀貨はともかく、紙幣は信頼で成り立っていますから。
「忠告します。このような活動は、やめなさい」
震える声は、彼らに伝わったようで、
「そんなに怖いなら、楯突かなければいいのに」
と、一言つぶやきました。
「お前たち、やれ」
一人一人が巨体過ぎて、何人いるのか定かではありませんが、とりあえずこれだけは言えます。
こいつら、正気の沙汰じゃない。
か弱い女性一人に、これだけの人数で嬲る必要なんてどこにもありません。
「やめなさいよ!」
とびかかった私を、彼らのうちの一人は、軽くはじきました。
軽くと言っても、私は勢いで木々のうちの一本に、強く強く、叩きつけられました。
「……なんなの、こいつら」
その後は、彼らの暴力一方通行でした。
百菜さんは、それに抵抗しませんでした。
殴られ、蹴られ、刺され、引っかかれ、潰され、それでも。
彼女は、能力を使いませんでした。
ただ、ひたすら。
謝っていました。
「……なんで、なんでですか」
私は、残ったやつらの手下によって両手を縛られ、その惨状を目の当たりにさせられました。
「どうして……?」
辺りには、血が飛び散っています。
「抵抗しなさい!」
私の言葉は、彼女に響きませんでした。
永遠に繰り返される惨状。凄惨で、無惨な現状。
これが、彼らの日常なのでしょうか。
どこかから、救世主は現れないものでしょうか。
「……お嬢様に、」
「……百菜ちゃんに、」
私の幸福が、最高点に達した瞬間。
笑顔がこぼれ、涙があふれた瞬間。
希望が、現実に変わる瞬間。
「手を出すな!!」
完哲さんと、修が、駆け付けてくれました。
「……お前ら、いったい?」
リーダー格の男が、彼らを睨みます。
「なっさけねえな。お前ら、こんなに大きい体してんのに、か弱い少女に手を出すくらいしかできねえのかよ」
「はなはだ気持ちが悪い。その神経に、その性格に、その思考に、僕は最大級の違和感と嫌悪感を感じざるを得ません」
窘められた大男たちは、それぞれ反論を並べます。
その軍勢のうるささに、私はたじろぎます。
「悪いな、千陽ちゃん。辛い思いさせちまった」
リーダーは、そう私に告げます。
「僕ら、決してヒーローではありませんので。起きてから、潰すことしかできません」
修が、続けて告げます。
「お前たち、ぶち殺せ!」
大男の掛け声と共に、軍勢は雄たけびを上げながら、突撃します。
「……ったく、これだから馬鹿は。ですよね、リーダー」
「ああ。これだけの人たちなんだから、王宮に突っ込めばいいのに。なあ、修さん」
何があったのか寡聞にして知りませんが、彼らのコンビネーションは完ぺきでした。
まるで、旧友の仲のようで、リズムよく、小気味よく、彼らは大軍を一人ずつ倒していきました。
しかも、死ぬか死なぬか、ぎりぎりのライン。
「これだけやりゃ、十分か?」
リーダーは、切れる息の合間に、そう漏らしました。
残ったのは、リーダー格の大男だけでした。
「……お前たち、覚えとけよ!」
「いや、忘れるよ。お前のことなんか」
「覚えたくもないですね」
即座に返答し、彼らは同時に回し蹴りをしました。
「ていやあ!」
リーダーが右から、修が左から。
綺麗に合わさった大技は、見事に彼の両頬へと到達し、鮮やかに決まりました。
確実に、ヒーローのそれです。
「……よし」
リーダーは、呟くと、まず私を縛っていたものをほどいてくれました。
「これでオーケーだろ」
「あ、あの。ありがとうございます」
精一杯の感謝を、彼は
「いいって。当たり前のことしたまでだし。むしろ、悪いな。もうちょっと早く来れたらよかったのにな」
と笑って流しました。
「いえ。十分に助かりました」
修は、百菜さんのもとに寄っていました。
「僕の能力が、まだ使えるのなら」
なにか呟きながら、彼は彼女の体を触っています。
「……ふぅ」
あ、あの、何をしていらっしゃるのですか?
「あ、いえ。十音さんの治癒を使えるのではないかと思いまして」
「修さんって、いったいどんな能力なんですか?」
リーダーは、純粋な心で尋ねました。
「いえいえ。能力というほどでは。勉強ができるってくらいですよ」
彼女の体は、みるみる復活していきました。
しかし、意識はまだ回復していません。
「意識までは、なんとも」
「いや、助かったよ修さん」
しかし、私には何とも言えない気持ちが残っていました。
確かに、助けてくれたことに感謝はしています。
この事件が解決してくれたのも、本当に嬉しかったです。
しかし、なにかが、引っかかります。
「あ、あの。完哲さん」
「ん?」
「どうして、彼女―百菜さんは、運命操作を使わないのですか?」
「……ああ、ええと。それはね。後で良いかな?」
「そうですか」
その横顔に、ただならぬ何かを感じたのは、私だけでした。
修は、何も言わずに百菜さんを背負い、「パトロール時用の宿舎に向かいましょう」とつぶやきました。
彼女の背中が、少しだけ震えていました。