百菜’s 002 「戦いたく、ないのですが」
「今日は、暑いですね」
頭上の太陽は、私を溶かしにきています。
滴る汗が、土の色を変えていきます。
外に出たはいいものの、今日の天気に合わせた服を持ち合わせていませんでした。
なにしろ、王宮にはこういう時の為の薄い服などありませんので、常に着飾ったものしか着られなかったのです。
生誕祭の裏で、修は家出の準備をしてくれたようですが、そもそも持っていないのでしょうがないですよね。
しかも、私は『水筒』を持っていません。
王宮暮らしは、意外と不便なものです。
「私の服、貸しましょうか?」
百菜さんは、倒れそうな私に水筒の中の飲み物を分けてくれました。
「ありがとうございます」
「いえいえ。厚いですもんね、服。少し、休憩しましょうか」
パトロール目的ではありますが、いざという時にフラフラでは意味がありません。
「名案ですね」
私達は、数歩歩いた先の木陰にあった岩の上に座りました。
「美味しいですね、これ」
「そうですか!? すみま……、ありがとうございます」
「まさか、そんなところまで謝ろうとしていたんですか? 素直に受け取ってくださいよ、これくらい」
「すみません」
「……はあ」
空を飛ぶ烏は、なんだか覇気に欠けます。
そうでしょうね、皆暑いのですよね。
「あの、紫咲さんは、どうしてここに来たのですか?」
「ど、どうして」
……まずいです。何も考えていません。
言われてみれば、確かに不思議です。どうして、何も考えていなかったのでしょうか。
逃げ出すことに必死で、私はそのあたりを全く考えていなかったのです。
「え、ええと」
不思議そうに見つめる彼女の視線が痛いです。
生憎、今日の天気と来ています。脳が働くわけもありません。
「そうですね……。ちゃんと、敵対している組織を知っておきたいということでしょうか?」
……こ、これでどうでしょう。
考えてみれば、この発言、明らかに王宮側ですよね⁈
「そう、ですか」
……なんですかその眼。めっちゃ疑ってませんか⁈ こちらが穿った考え方をしているだけですか?
「もしかしてなんですけど」
彼女の誠実さが、今となっては恐ろしいです。
まさか、バレたら極刑とか……?
「ジャーナリスト、みたいなものですか?」
「そ、そ、そうです、そうです、それです!」
「そうでしたか」
あっぶなかったですぅ。
「あの、こちらからも、尋ねていいですか?」
「な、何でしょうか」
名前だけ聞いていましたが、彼女の能力、運命操作がどういったものなのか、見当がつかないのです。
幸運とか、不運とか、そういう話なのでしょうか。
「運命操作って、何ですか?」
「すみません、そうですよね。難しいですよね」
「いやいや、そういうことじゃなくて」
ふう、とため息をつき、彼女は私を見つめます。
可愛い。
つい本音が出てしまうほどに可憐な彼女の唇から発せられたのは、真面目な話でした。
まあ、もちろん、私が吹っ掛けたものですから。
「正確に語ると長いのですが、良いですか?」
「ええ」
刹那。太陽に雲がかかりました。
「運命操作というのは、簡単に言えば、幸運と不運を入れ替えることができるということです。それは、幸運や不運そのものを変形させるとかいう話ではなく、あくまでも入れ替えるという話です。
「たとえば、AさんとBさんにはそれぞれ十個ずつ、幸運と不運があるとします。
「それを、私はAさんにすべての幸運を、Bさんにすべての不運を動かして、Aさんは幸運20個、Bさんには、不運20個とすることができるわけです。
「あと、その幸運不運が使われるタイミングも動かせますが、それくらいですかね。
「むろん、幸運と不運の内容は、私が動かせる範疇ではないので、そこまで強いわけではないのですが。
「以上で、説明となります」
「ありがとうございます」
使い方によっては、という少し複雑な能力だと思いました。
吹く風が、その能力を使う機会を与えんとしていました。
「……なんか、嫌な予感がしますね」
彼女の意見に、私は無言で賛成します。
「戦いたく、ないのですが」
彼女は、自分の震える手を、握りしめました。
「そ、そんな集団で来るなんてこと、ないですよね?」
「……」
答えませんでした。
睨む先に、敵がいたからでしょう。
……2m近い男たちの、大群です。
「紫咲さんは、自分を大切にしてください」
彼女の眼は、潤んでいませんでした。






