十音’s 004 「きっと、良いお医者さんになれますよ」
「ごちそうさまでした!」
帰宅といっても、私達が戻るのは、パトロール時に使う宿舎で、ここには私と十音さんしかいません。
今頃、本拠地では情報少女―錦塚一乃さんがいつものように、一人で黙々とサイバー攻撃を仕掛けていることでしょう。
あるいは、高飛車少女―南万子歌さんが例の如く自慢話をしている頃かもしれません。
はたまた、真面目少女―北三原百菜さんが通常運転で説教をしている頃と予測できます。
そして、そのすべてを指揮官―真中完哲さんか、護衛―七崎修が受け止めてあげていると思います。
「どうだった?」
十音さんは明るく、楽しそうに問いかけます。
「はい! 大変美味でした!」
「そうだろう、そうだろう⁈」
夜も深かったこともあり、私達は食べながら寝るという悪事を働いてしまいました。
これで怒られないという体験は、少し尊いものだと感じました。
「ねえ、千陽」
寝ぼけまなこをこすりながら、私は彼女の声掛けに対応します。
しかし、声はか細く、自分でも出ているかどうかわからないほどでした。
「なんでしょう」
少しの間が、私達の中に生まれました。
「やっぱ何でもない」
「なんですか、気になるじゃないですか」
彼女は欠伸をしながら、窓の方を向きます。
同様に向くと、そこには大きな月がありました。
「……さっきは、あんなこと言ってごめんな」
「……え?」
思ってもみなかった謝罪の言葉に、私は戸惑いました。
どれくらい戸惑ったかというと、水の入ったコップを落としかけるというくらいの戸惑いようでした。
木造の床の汚れは、なかなか取れません。
眠そうな彼女にバレぬよう、そおっと自分の服で床を拭いていると、彼女は鼻声になりながら続けました。
「私のこと、助けようとしてくれたのに」
よく見ると、彼女の眼には涙が浮かんでいました。
感情がストレートに出る人というのは、意外といないもので、初めてであったときは同様に戸惑ったものですが、今こうして見ていると、なんだかこれも尊いものだと思います。
大切なことだと、私は思います。
「いえいえ。結局私は何もできませんでしたし。また、助けてもらっちゃいましたし」
片づけをしようと意気込む私を、彼女は見つめました。
「……なんでしょうか?」
不思議に思う私を、彼女は見つめます。
「いつでも、戻っていいんだからな?」
「……どこにですか?」
「王宮に」
この人は、本当に勘が鋭いのですね。
否定する気にもなれません。
「戻りませんよ」
「どうしてだ?」
「どうしてもです。私は、皆さんと一緒に、命かけるって誓ったのです」
「……王女様とは思えねえな」
「王女だって、反抗期があるのですよ」
物音ひとつ響かない宿舎に、私達の会話のリズムだけが刻まれる。
この時を、二度となくしたくないと感じました。
「王女様は、夢か何かがあるのか?」
「……へ?」
夢。考えたこともありませんでした。
話している内に眠気が覚めたようで、彼女はもたれかかっていた机から体を離して、私に指差しました。
「反抗期の恋する乙女に、将来の夢はあるのかって話よ」
「……そうですね。なんでしょうか」
「ないのかよ。あるだろ? 例えば、お嫁さんになりたいとか、海外旅行したいとか」
「……お嫁さんって、良いですよね」
将来の夢は、お嫁さん。
「なんだか、お子様って感じですけど」
十音さんは、静かに頷きました。
「夢に子供も大人もねえよ。むしろ、あってほっとした。で、どっち?」
「どっちとは?」
「だから、完哲と修さんだよ」
「え、え?!」
「証拠は挙がってるんだ。さあ、吐くんだ!」
芝居じみたコントが、夜通し続くとは、夢にも思っていませんでした。
翌朝。
「いい天気だな!」
彼女の掛け声と共に、私の目は冴え渡りました。
「本当ですね」
見ると、日光が窓から一番遠い私の布団までお邪魔していました。
「昨日の続きなんだけどさ」
太陽によって輝く、窓からの街並みを見ながら、彼女は宣言します。
「あたしの夢は、あたしの体を使って、人を救うことなんだ」
太陽に当たる彼女は、まるで後光が指しているようで、彼女の輝く笑顔は、更に眩しく見えました。
「きっと、良いお医者さんになれますよ」
そのためにも、私達は戦わなければなりません。
彼女が輝くはずの世界を奪った、この王国と。