Final’s 003 「復活おめでとう」
俺はどうするか迷った。当たり前だが。
本当のことを言った方が良いのだろうが、そうしてしまえばすべての算段が狂う。俺が助けたことにならないどころか、とんでもない『嘘つき』という到底剥がせるわけがないレッテルを貼られてしまうことになる。
だからといって、この瞳の彼女に嘘を貫くことはもうできないだろう。
真実を思い出し、敵意丸出しの視線を浴びせる彼女の疑問は、もうそれは疑問とか質問とかの類ではない。
完全にバレたと言ってもなんらおかしくない。
俺の計画は終わった。
「俺は、」
どうしようもない奴の涙なんて、見たくもないだろう。どうせ、他の奴らは俺の愚行を良く思ってもいないし、むしろざまあみろと思っているだろう。
笑えよ。笑ってくれよ。突き放してくれよ。
記憶と視力がない彼女に漬け込んで、初恋の人の彼氏を演じた俺を、貶してくれ。
「俺は、真中初志だ」
俺の最後の言葉は、非常に馬鹿らしく、頭のおかしい、初志貫徹でクレイジーな奴だった。
「だろうと思った」
彼女は、そう呟いた。彼女の表情に驚いた。驚愕した。
「行きましょう、皆さん」
子歌は、そう言って皆を部屋から出した。
ベッドに寝る東条千陽。
隣のベッドに座る真中一乃。
ドアに寄り掛かる南万子歌。
ただじっと立ち竦む真中初志。
沈黙が、続く。
破ったのは、彼女だった。
「……じゃあ、やっぱり。完ちゃんは死んだのね」
儚げな千陽の声が、俺の鼓膜をくすぐる。
「……」
何も言えない。何も言えるはずがない。
「まったく。まさか、あなたを助けるために自らを犠牲にするとは、本当にお人よしなんですから。意味が分かりませんよ。思考回路がパーになっているとしか」
子歌は、下を向きながら嘲笑うようにそう言った。
「まったくだ。なんでこいつじゃなかったんだろうな」
姉は、そう言ってのけた。間違いではない。俺が、隣にいればよかった。しかしそれは、机上の空論よりも妄想的だ。ありえない、ありえない。
「そうだったんですね」
彼女の酷く他人行儀な台詞に、俺の心は揺れた。
「誠に」
ああ、謝るのなんて、いつぶりだろう。誤ったことはあっても、謝るなんて本当に久しぶりだな。俺は、本当に最低な人間だ。こんな自分が大嫌いだ。
釣り合えるなんて、思ったことがない。永遠に恋人なんて作れないと思っていた。結婚なんて夢のまた夢だと思っていた。
それで、兄貴の死をチャンスだと思った。
人間の底辺といったら、底辺の人たちが可哀そうなほど。
でも、俺はしなければならない。
最悪な人間だからこそ―善良な悪魔ではないからこそ、人間だからこそ。
「申し訳ありませんでした」
俺は謝った。
「……」
彼女は、今どんな表情を見せているだろうか。
怒っているだろうな。悲しんでいるだろうな。殺意がこもっているかもしれない。まあ、彼女になら殺されたってかまわない。彼女の手を煩わせるほうが失礼ってものか。
帰りがけに、崖があるかな。
「いえいえ。あなただって、助けてくれたじゃない」
彼女から発せられた言葉は、想像をはるかに上回る言葉だった。
「……は?」
「ああ、正確には救ってくれたのかな」
「……千陽? お前、何を言ってんの?」
一乃は、驚きのままに言葉をぶつけた。
「こいつは、お前を利用して」
「いいんだよ。結局は私を救ってくれたんだから。そうでしょう?」
彼女は、一乃に向けて言い放つ。
「何を、言ってるんですか?」
「いやいや、あなた、私の夢の中でいろいろ戦ってくれたじゃあないですか」
大げさなリアクションをとる彼女は、なんだか彼女らしくなかった。
否、それはもしかすると彼の前で見せている彼女なのかもしれない。
「何でしたっけ。ワールドイコール? ちゃんと覚えているわけじゃないけど、でもさ、迷ってた自分を救ってくれたのは、紛れもない君なんだよ」
「何言ってるんですか」
気づけば、涙がこぼれていた。
資格なんてあるわけもない、涙。
「助けてくれたのは、完ちゃん。復活する計画を立ててくれたのは、一乃さん。救ってくれたのは、はっちゃん。見守ってくれていたのは、子歌ちゃん。私は結局、守られてばかりだったんだよ」
やめて。やめてくれ。やめてください。
俺は、そんな奴じゃない。
「もちろん、されて嬉しかったとは言わないけれど。むしろ、殺意は覚えたけど」
「ですよね」
「でもね、それでも救ってくれた事実に変わりはないよ」
「なんで」
「ん?」
「どうして、そんなに」
優しいのですか。
僕は、声にならない声を、絞り出す。
「どうして私が優しいかって? そりゃあ、こんなに守られてたら、優しくもなりますわ」
ハハッと快活に笑った。
「すごい人ですよ、あなたは」
やっぱり俺とは釣り合わない人だ。
「だーかーら、」
彼女は、俺に指をさした。
「そう言うネガティブ止めなさいって」
彼女は、笑った。
「まったく。本当にこの人は」
子歌は静かにドアの向こうに去っていった。
「良い人だな、まったく」
一乃も、笑った。
「すみませんでした、本当に」
「よーし、そうと決まれば、君は今日から私達のいじられキャラな!」
そんな宣言は聞いたことがない。
「何ですか、それ」
「まあ、良いじゃないか。とりあえず、千陽」
「何でしょうか、一乃さん!」
元気のいい反応である。
「復活おめでとう」
「退院出来たら、パーティーしてください」
「了解」
俺の償いは、これからのようだった。
笑顔の彼女に仕える準備は、できている。




