Pre-Final’s 002 「完ちゃんが、最後の希望なの」
「え、いや、でも俺達まだ学生だし」
彼の声が震えます。
「分かってる、だめ、だよね」
私のわがままであることに変わりはありません。最初からわがままな私の、最期のわがままなんて、そうそう聞いてくれるはずがありません。そんなにこの社会は甘くないことくらいは分かっています。
「いや、そんなことは。なんか急いでるんじゃないか? 別に、すぐに悪くなるとか、良くなるとか、そう言うことじゃないんだし」
「そうじゃないの」
「じゃあ、何だよ」
「急いでるんじゃない。本当に私は、君じゃないと」
私には、たった一つの揺るがない希望。
家族の記憶が持たない。顔さえ分からない。そんな私を最後まで見届けてくれる最後の希望。
だから、私は。
「完ちゃんが、最後の希望なの」
いつ死ぬか分からない、だからそばにいてほしい。
そんな甘くて、優しくて、柔らかくて、気持ちが良い物じゃない。
私は、最低な奴でした。
産まれてから数年は、そんなつもりではありませんでした。それから数年も、それなりに真人間として生きてきました。
でも、思い返せばそんなことは無かったのかもしれません。あの事故以来、私は変わったのかという問いに、私はちゃんとYESと答えられる気がしません。
初めから最低で、途中から最低で、最期まで最低。
周りの優しさも考えられない。周りの人に八つ当たりまでして、傷つけて。それでも世話してくれる彼らを、また突き放して。そして、自分の愛する人だけにしっぽ振って。
「なんか疲れてんじゃない? また徹夜して小説聞いてたんでしょ」
「違うもん、本当に、違うもん」
せめて、最期まで。
「じゃあ、変なもの食べたとか?」
わがままに、生きさせて。
「病院食以外は食べてません」
彼のため息が、私の心をかき混ぜて、ぐちゃぐちゃにします。
「まだ早いです。せめて、高校卒業してから」
彼の断定する声が、心地よかったです。
「そんなぁ」
それでも、私は嬉しかったのです。ちゃんと考えてくれることに、感動を覚えるのです。
「でも、ちゃんと償いをするというのなら、そうだなぁ。大学卒業くらいに結婚しよう」
現実的な提案に、不覚にも胸がうずきます。
「ほ、本当?」
「約束する」
「……」
これ以上ない幸せに、私はどっぷりとつかるのでした。
「……ってか、大学受験大丈夫なの?」
「うっ」
「その反応、まさか」
「良いんだよ、本番に強いタイプだから」
「君は、子歌さんみたいに才能があるわけじゃないんだから、ちゃんと勉強しなきゃ」
「身もふたもない例を挙げるなよ……」
「まあ、まだ夏だし。頑張ってくださいよ?」
「りょーかい」
少し間が空いて、彼は「あ、そういや今日子歌来るんだったかな」と言いながら部屋を出ていきました。
「どこ行くの?」と尋ねると、「ちょっとロビーまで」とその場で足踏みしながら答えてくれたので―まあ、考えればそりゃあそうなんですけど―、私は「行ってらっしゃい」と返します。どんな表情をしていたのか私にはわかりませんが、きっと嫌な表情はしていないでしょう。そう、信じています。
少しだけ窓から風が吹き、髪の毛の揺れる感触に身をゆだねていると、突然左側から「こんにちは」という声が聞こえました。慌てて「こんにちはです!」と返すと、「まあ、こんなものかしらと」と鼻を鳴らしながら嘲笑するようなことを言われました。
そんなことを言う人は、この人しかいません。
「子歌さんですか」
「あれ、なんだか嫌そうな顔ですね。まるで、私に会うと劣等感に苛まれると言わんばかりじゃないですか」
「言わんばかりではありません」
別に、嫌いではないのですが。
恋人の幼馴染って、なんだかやり辛いんですよね。
「今日は、どうしたんですか?」
「久々に人を笑いたくなりまして」
前言撤回。凄く嫌いです。
「では、漫才や落語を聞けばよいのでは?」
「だから、何度も言わせないでくださいよ。笑わせてもらうんじゃなくて、笑いに来たんですよ」
「……すごい発言ですよね。本当、元の性格を知らなければ今頃喧嘩ですよ」
「元の性格を思い出せるほど、記憶力が良くなったんですか?」
「少なくとも、どれだけ記憶喪失が続いたとしても、あなたを忘れることは無いでしょうね」
「お褒めに預かり光栄の至りでございますわ」
「素晴らしい性格をお持ちで」




