一乃’s 005 「お楽しみの始まりだよ、そこで見てな」
「あの、千陽さん」
朝になりました。
相変わらず、彼らは一向に帰ってきません。苛立ちが心配に変わる瞬間って、こんな気持ちなのでしょうか。
しかしながら、目の前に座る一乃さんは、何を考えることもなくただ黙々と机の上に広がる朝食に貪っていたので、そのブルーな気持ちというのはいつの間にか消えてなくなっていたのでした。
そんな矢先、彼女は途端に手を止め、そして顔を上げます。
「……な、何でしょうか?」
ぎゅうっと見つめられ、私はたじろいでしまいました。しかし、彼女は見つめるのをやめません。3秒、4秒、5秒経ったでしょうか。感覚としては永遠ですけれど。
「料理、美味しいですね」
……へ?
「いやあ、最近手抜き料理しか食べていなかったものでして。いや、その辺のものを悪く言うつもりもありませんけれど、最近の冷凍食品は見事なほど味に忠実で、まずいと思ったことは一度だってありません。しかし、いつもは作業の合間とか、ちょっとした夜食にとかで食べていたので、電子レンジでチンする以外に料理ってしなかったんですよ。あ、電子レンジってこれですからね。いやあ、久しぶりに人が作った料理を食べて、大変満足ですよ」
「そ、そうですか」
彼女の早口癖も、これでも慣れてきたと思ってはいたのですが、それでもやっぱりその勢いに負けてしまいます。気圧されてしまいます。
「なら、嬉しいです」
「どこかで教わったのですか?」
「……そうですね」
そう考えて、私は、私は。
……あれ、なんで私、料理できるんだろう。
王宮にいたころは調理どころか、台所にすら入れてもらえなかったのに。
ここ最近、急に上達したのでしょうか。
「修とか、リーダーとか」
いえ、これは確実に違います。彼らは料理しませんし、例えできたとしても焼肉オンリーでしょう。ともすると。
「いや、十音さんとか、百菜さん……」
これも違います。まあ、彼女二人も家事全般一通りできますし、コツを聞いたりとかはしましたけれど、実際に教えてもらったり、一緒になって料理したこともありません。
「……あれ、じゃあどうしてできるのでしょう」
「……もしかして」
一乃さんは、持っていた箸を丁寧に置き、姿勢を正しました。
慌てて私も姿勢を正します。
「天才という奴ですか?」
「……やめてください。それは、冗談でも」
嫌です。
「……それは、すみません」
「いえ、すみません」
例え空気を乱したとしても、これは譲れないところでした。
しかし、私にもそれが分かりませんでした。
どうして天才を嫌うのか。
天才を嫌うということは、凡人を好むということ。
どうしてでしょう、どうしてなのでしょう。
王宮から抜け出したのも、凡人になりたかったから、かもしれません。
そう考えると、そう考えても、全然わかりません。
天才を嫌うという結果が。そこまでの経緯が。そうなるきっかけが。きっかけを作る原因が。
そのすべてが、私にはわかりません。
「あ、あの」
私は、尋ねます。
思考回路がねじ曲がり、平衡感覚がなくなり、ふわふわぐるぐるし始めた私の脳を抑えるため、私は質問をします。
「何でしょうか?」
一乃さんは、優しい笑顔でこちらを見つめます。
その表情が、私の脳をほぐしてくれます。
「私は、いったい何者なのでしょうか」
「……さあ、それは私にはわかりません」
即答でした。
「ただ、あなたは料理上手であるということだけです」
そう言って、ご飯をたらふく口の中にいれた彼女は、とても明るい笑顔を浮かべました。
今の私にはそれが、眩しかったのでした。
「とにかく、食べましょう」
「そうですね」
朝食を食べ、片づけを済ませ、私は自分の部屋へと戻りました。
「……料理、美味しいって言われた」
その言葉は、意外にも私の心の中にずっと残っていて、思い起こすたびに頬が赤らむのを感じました。
「……でも、これまでも、何度か言われたような気がする」
友達もいない私ですから、そんなことはあり得ませんけど。
そんな事を考えている内に、私はベッドに寝そべっていました。
枕に顔をうずめ、私は思考しなおしました。
『私は、王宮の一人娘である』
そのことに、揺らぎはないはずです。
しかし、矛盾するようなことが、ここ最近何度か起きているような気がします。
まるで、別の人生があったかのような。
「……なんだか、騒がしいですね」
窓の外を眺めると、その先には巨大な群衆が私達の本拠地へ向かって走っていました。
走っていました。走っていました? 走っていました!
「やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい」
ヤバさがヤバくて、ヤバきこの上ないような、そんなヤバさを感じざるを得ないヤバさです。
語彙力の低下がみられます。
冷静な脳が、辛うじて私を一乃さんの元へと走らせます。
「一乃さん!」
「お楽しみの始まりだよ、そこで見てな」
一乃さんは、(先ほど朝食を食べたはずなのに)煎餅をかじりながら、画面を見つめています。「お楽しみとかじゃないですよ、危ないですって」
「まあ、観てなって」
画面には、100人、否200人以上の大群が見えます。
「3」
彼女は、大きく手を挙げました。
「2」
それを、半分くらいまで下ろします。
もう何をするのか分かりません。
「今のうちに逃げた方が」
「1」
そして彼女は、「ENTER」と書かれたボタンを、勢いよく押したのでした。
「0!!」
そして、私達は画面の方を凝視します。
画面の先には、未だ大群が走ってきています。
次の瞬間、彼らは容赦ない巨大な爆発と共に、一斉に人っ子一人残らず、消え去ったのでした。
「……なんてこと」
「でも、なんでここだってバレたんでしょうかねぇ」
一乃さんは、悔しそうに口をすぼめます。
「あれ結構お金かかってるんだから」
「って、いやいやいや」
今までの悩みごとが全て吹き飛ぶほどの衝撃ですよ、これ。
「爆弾なんて張っていたんですか⁈」
「え、そうだよ。当たり前じゃないですか」
「当たり前じゃないですよ!」
「多分、王宮の方にも張ってあると思いますよ?」
「……そうなんでしょうか」
それは、否定しがたいところではありますけれど。
「それより、ここがばれたことを、真剣に話しましょう」
彼女の眼は、真剣というより真剣みたいな鋭さがありました。
伝わる、かな?




