一乃’s 004 「良いでしょう。一つだけなら」
「ちーちゃ、千陽さん」
「どうかしました? 別に、ちーちゃんでもいいですけど」
「千陽さんは、誰か好きな人はいるんですか?」
時は過ぎて、夜。
いつものようにいつもの如く、私達はゴロゴロ雑魚寝をしていました。
「な、なんですか、急に」
「急だったのはあなたでしょうが」
「そ、そうでしたね」
確かに、あのフリをしたなら、次は私に来るのが当たり前ってもんでしょうか。
「で、誰なんです?」
「ええと、そうですね」
修と答えるのが筋でしょう。私は、修と共に成長し、共に生きてきたのです。愛着も、愛情もあります。すべてをささげてもいいと、私は思っています。
しかし、心の片隅で、脳のはじっこで、それは違うと言われているような気になるのです。
『お前は、修ではなく完哲に恋をしている』
そう囁かれている気になっているのです。
「修ですかね」
「……やはり、そうなんですね」
電気の消えた部屋は、静寂に包まれてしまいました。
「あの、静かすぎると私寝れないんですよね」
私は、寂しくなってついついあの頃を思い出していました。
「……知りませんけど」
冷たい態度です。まあ、その方が当たり前ですか。
「あの、なんか一つお話とかありませんか?」
「……小学生みたいなこと言いますね」
「なんか、作り話でもなんでも」
「……」
少し黙ってしまいました。
「あ、ええと、すみません。ご無理を言って。じゃあ、私寝ます」
「良いでしょう。一つだけなら」
「ほ、本当ですか⁈」
「ただし、相当長いですがよろしいですか?」
「構いません」
宣言空しく、彼女の声はとても心地よく、すぐさま眠りに入ってしまうのでした。
具体的には、昔、昔の話。というあたりでもう眠りについていました。
――――
昔、昔の話。
とある町に、互いに互いを愛しあう少年少女がいました。周りからも認められるほどのおしどり夫婦っぷりに、皆は結婚も近いと噂していました。
そんなある日のこと。
些細なきっかけから、彼女らは大喧嘩へと発展していきました。
その大喧嘩の行方は、酷く残酷なものでした。
喧嘩の最中、家を飛び出した少女は、そのまま帰ってくることはありませんでした。
「……なんてことをしてしまったのだろう」
彼は、その晩を泣き明かしました。
幸い、彼女は近くの病院へと搬送され、事なきを得ました。
しかし、彼女は色々なものを失いました。
視力。脚力。記憶力。
それらを彼女は失ったのでした。
もちろん、少年が行ったところで分かるわけもなく、彼は再び泣き崩れました。
少女の方も、それはひどく辛いことでした。
家族を思い出せない。家族を見ることができない。愛する人を、大切な人を判別できない。
彼女は、病室で一晩中泣き続けました。
「……どうしたら、この苦しみから解き放たれるのだろうか」
二人は、それぞれ考えました。
その日から数日後。
少年の元を訪ねた人がいました。
それは、少年の幼馴染でした。
「……いつまでうじうじしてんのさ」
彼女は、その日妹を失っていました。
「お前はまだいい方だろうが、生きてんだからさ」
彼女なりに、少年を励まします。
その声が彼に届くまで、そうかかりませんでした。
翌日。
少年は、幼馴染の元へ踏み出しました。
「……協力、してくれるか」
やつれた顔に幼馴染は笑い、「良いよ」と答えました。
彼の作戦はこうでした。
「同じ環境下で記憶が戻らないのなら、違う環境下に置けばいい」
つまり、彼女の脳の仮想現実―夢の世界―に入り込み、そこで記憶を呼び起こさせる。
そう言うものでした。
そんなことできるはずがない。
色んな人からそう言われた彼とその幼馴染でしたが、それでも彼らは諦めませんでした。
「もう一度、楽しませてやるんだ」
その意志と決意は、案外近くのところに届きました。
同じ病室にいた、運動大好きな活発少女。
少年の姉で、少女の親友で、引きこもりの情報少女。
そして、少女の弟。
彼らは、その計画に手を挙げてくれました。
病室にいたうち、一人はそういった技術に長けている人だったのが、さらなる幸運でした。
「一度、こういうものを作ってみたいと思っていたので」
その一言は、彼らを何倍も幸せにしました。
3か月後。
ついにそれは完成し、とうとう乗り込むことに成功したのでした。
結末?
結末は、覚えていません。
――――
「さすがに寝ましたか」
意識と夢の狭間で、私はそのフレーズを聞いたのでした。




