Neutral’s 002 「あれ、こんなところに螺旋階段」
「じゃあ、あたし買い物行ってくるから、修ちゃん宜しくね!」
修の両肩をがっしりと掴み、言葉以上の強い意味を込めながら、王妃は駆け出していった。
「……すごい人だね」
十音は、掴んでいた修の袖を話しながら、呆然としていた。反対に、完哲は笑っていた。
「さすが、王妃様ですねぇ、修」
「まあな」
修は勿論のこと、完哲は何度かこの王宮に足を踏み入れていた。勿論、潜入という目的の時もあったが、それとは別に、単に王様に気に入られていたというのもある。
「百菜、大丈夫か?」
ぽかんとしたまま動かない百菜を、完哲は優しく揺らすと、「へっ⁈」という腑抜けた声を挙げながら、百菜は我へと返った。
「だ、大丈夫です」
服を整え、彼女は硬直していた体を動かし始めた。
「この通りです。おかげで、緊張も晴れましたし」
ぎこちない喋り方と動き方に、3人は一抹の不安を感じたが、それを引きずるほどの彼らではないことは、ここにいる4人全員が知っていたことで、もっと言えば彼らを知っている者たちは全員知っていることだった。
「よし、じゃあいっか。よし、行くぞ」
001とだけ書かれた標識を頼りに、彼らは再び歩き出した。
王宮の建物というと、複雑怪奇だったりするものなのだが、しかしこの王宮は至ってそんなこともなく、言ってしまえばホテルのようなたたずまいだった。
「それにしても、長い廊下だね。てか、001なら、1階じゃないの?」
十音の素朴な疑問に、修は「だったらすぐに攻められてしまうでしょ?」と振り向かずに答えた。「それに、普通1階なら101でしょ?」修の追記に十音は黙った。
「で、では001というのは、いったいどこなのでしょうか」
百菜の疑問に、完哲はすかさず答えた。
そのスピードは、「その疑問、待ってました」と言わんばかりの速さだった。
「行ってからのお楽しみということで」
一行の行きついた先には、王宮のものと呼ぶにふさわしいほど優雅な螺旋階段があった。
「あれ、こんなところに螺旋階段」
十音は、覗き込むように下を見てから、その大戦のまま振り向いた。
落ちそうになる彼女を抱きかかえたのは修だった。
「ちょっと、何してるんすか?」
「ああ、ごめんごめん。でも、変だね」
廊下を歩き続けたその先が、螺旋階段のある断崖絶壁になっているのは、確かにいささか不思議な構造をしている。長年住んでいた修はすでにその怪奇さに慣れてしまったために特に何の感情も抱いていないが、対する女性陣は不思議でならない―不可解でならないという素振りであった。
「確かに、なかなか見かけない構造だけど、よいしょ」
そう言った完哲は、何の脈絡もなく手すりを使って体を持ち上げ、それから手すりの先―つまり、下へと落ちていった。
文字通り、降りたのではなく、落ちていった。
「完哲さん⁈ 何してるんですか⁈」
百菜の悲鳴に、完哲は「おーい、早く来いよ」と大きく腕を振って応えた。
「……そんなに、高くないってこと?」
十音は不思議そうにつぶやいたが、さすがにそんなことは無かった。
少なくとも螺旋階段は30段以上あり、その高さは自分の体の数倍はある。
「か、階段で行きましょう、ね?」
十音の肩をつかみつつ、怯える百菜はそう提案するが、修は「……待ってください」と呟いた。
「どうしたんですか?」
慎重な彼女らしくない提案を、ただそれだけの理由で却下するような修ではない。
「おーい、多分、それ使えないぞー!」
下の方から声がした。完哲の助言である。
「どういうことですか?」
修の質問に、「触ればわかる」とだけ返した。
「ん?」
十音は、軽々しく触った。
するとその階段はすぐさま姿を変えた。変えたというより、失われたという方が正しいのかもしれない。気づけば、階段は無くなっていた。
無で、虚だった。
「すごい、なにこれ」
恐怖心よりも好奇心が勝った十音は、その場で飛び跳ね、手すりにつかまった。
「階段部分だけなくなりましたね」
階段とは垂直方向に置かれていた手すり―十音が掴んでいる手すり―完哲が飛び越えた手すりは、どうやら現象の一つではないらしい。




