Neutral’s 001 「面倒な作業の、始まりだ」
一方。錦塚一乃、東条改め紫咲千陽を除く青春結社の社員は車に乗っていた。
この国の、最も東に位置する、悪名も名声も高い、王宮。
何百人という軍人と番人が宮殿外に張り込み、王家の人々を、厳重に丁重に慎重に守っている。彼ら―青春結社の本拠地から歩いていこうとするにはあまりにも遠く、彼らは車で行くことにした。
「ていうか、修さんって車の免許持ってたんすか」
十音は、初めての車への興奮そのままに、修へ疑問をぶつけた。
「まあ、一応。ちーさんの送迎とかしてましたし」
修は、運転しながら優しく返した。
「でも、年下なんですよね?」
百菜の質問に、修はこれまた「そうですね」と短く返した。
車は、一定のペースで目的地へ近づく。
幸いなことに、デモ活動に勤しむ国民たちは、車の妨害はしなかった。やはりそこは国民ということなのかもしれない。自分がされて困ることは、人にはしない。素晴らしい考えだと、修は心の中で思いつつ、アクセルを踏み込む。
一方そのころ、リーダーこと真中完哲は、助手席で完全に眠りについていた。
「リーダーさんって、結構寝ますよね」
「まあ、いつも全力で戦うからね」
大きなツインテールをゆっさゆっさと揺らしながら、十音は楽しそうに答えた。
窓には雨が鋭く打ち付けていた。
「歩いたら痛そう」
雨とは打って変わってぽつりとつぶやいた百菜の声を、修はしっかりと拾い上げ、「確かに、今日は車で正解ですね」と軽く返した。
沈黙とエアコンの風が、彼らの空間に流れた。
「着きましたよ」
スムーズに到着した車の中で、起きていた人は修だけだった。
「あ、あの、着いたんですけど……」
「……ん? 着いたの? あんがと」
大きな欠伸と共に、完哲は目を覚ました。その声に反応するように、百菜、十音が続いて目を開く。
「うわ、でっかい!」
眠そうだった十音はどこへ行ったのか。
気づけば、初めのテンションに戻っていた。
「心臓に来そう」
修は小声でつぶやく。
「では、降りてください」
「はーい」
ロングツインテールと、丸縁眼鏡の美少女が、両側のドアから一緒に飛び降りた。
完哲は、眠そうな眼をこすりながら、ゆっくりとドアを開けた。
「よし、じゃあ行こうか」
ぐうっと伸びをして、完哲は力強く宣言した。
普段であれば、番人がいないようなところから目を盗んで盗み脚で行くところなのだが、今日はちゃんと約束をしたうえで乗り込んでいるので、堂々と正門から入ることができる。
「本当にでかいなぁ」
各々から、そんな嘆息が漏れた。
正門から玄関までに噴水が4つあり、それぞれ稼働していた。正直これほど噴水が必要なのかと一行は少し思ったが、他人の方針をどうこう言うほど野暮な集団でもなかった。
黄色がかった緑色のじゅうたんが、両側に広がる。真ん中の真っ白い大理石のような道を四人は並んで歩いた。
「そういえば、子歌さんは間に合うんですか?」
百菜は楽しそうに歩きながら尋ねた。
「いや、今日はもう間に合わないらしい」
子歌は現在、かの孤児院でお手伝いをしている。残る子供たちのお世話というわけだ。姉であった彼女らしい決断であり、そのことを青春結社全員良いことだと思っている。
一種の社会貢献。そう、とらえているのだ。
「そっか、まあ忙しいならしょうがないよね」
前を歩く百菜の腰に捕まりつつ、反応を示す十音。歩く姿は、まるで電車ごっこのそれである。
「建物入ったらやめろよ、それ」
「もしかして、嫉妬しているんですか?」
にやける彼女の頭に、完哲は「なんでやねん」と弱い力でぽんと叩いた。
「痛いなぁ」
「自業自得だ。王様に会うんだぞ、礼儀正しくしなさい。早く手を離せ」
「やだよーだ。いいよね、百菜ちゃん?」
耳に息がかかるほどの距離で、百菜に尋ねると、「それは、その」と、頬を赤らめていた。
「それに、俺が嫉妬したところで意味がないし。な、百菜」
「……」
頬は、余計に赤くなった。
「え、何それどういうこと?」
純粋な疑問は、純粋なままで残しておいて欲しい。
百菜と完哲はそう心の中で思った。
「では、行きますよ」
修は、そんな掛け合いを聞き流しながら、大きな大きな扉を開けた。
「面倒な作業の、始まりだ」
完哲は、そう呟いた。
そんな風にして、彼ら彼女らは王宮の中へ入っていったのだ。
赤いじゅうたんがど真ん中に引かれた廊下をリズムよく歩く。
完哲は緊張することなく、百菜は緊張しっぱなしで歩いていた。楽しそうな十音は、部屋を見るなり指差して、「でっかい!」や「きれい!」と騒いでいた。
「ほら、そんな暴れんなって」
完哲は、父さながら叱っている。
「ごめんって。でも、凄くない⁈」
「お前も何度か来ただろうが」
「いいや、それは王宮が質素で金欠の時だったから」
彼らの会話をひも解くうえで大切なのは、どうしてお金が無くなったのかではなく、どうしてお金が増えたのかという点だろう。
それもまた―というか、それが主として―、今日はなされるべき事案の一つなのだ。
「だとしても、うるさいぞ」
兄というよりはもう父の貫禄さえ感じられる完哲の裾を、百菜は握りしめていた。
「いや、そんな怖いところじゃないよ」
「怖いとかそういうんじゃなくって、安心できるというか。ダメ……ですか?」
年下上目遣いに弱い(基本、男子だったら弱いだろう)完哲は、「駄目じゃねえけど、王室に入ったら、やめろよ?」と強い意志の元で諭した。
十音と修は、「駄目だこりゃ」と心の中で通じ合った。
トイレの位置、止まるかもしれない部屋、キッチン、その他。
確認しながら歩くと、そわそわした十音が修の袖をつかんだ。
「ねえ、修さん」
十音の純粋無垢な声色に、彼は「ん?」と反応した。
「ここには、メイドさんとか、案内役とかいないの?」
「案内役は、私が。概ね、王妃様が家事を行うので、メイドなどは雇っていないんですよ」
久しぶりに歩く感触を修は噛み締めていると、目の前からいかにもあたふたした女性が現れた。
見覚えのある彼女は、人間とは思えないほどの壮麗であり、美麗であった。
妖艶な美しさに、十音と百菜は「おおー」と思わず漏らしてしまった。
「ええと、今日の買い物は夜ご飯はあれだから、じゃがいもしいたけ人参大根、ええと、あ、掃除! 待って、掃除はもうしたんだったわ。ええと、他には……もう、うちもメイド雇おうかしら。あ、修ちゃんお帰り~」
ようやく気付いた王妃は、その『美』と『生活感』のギャップをまき散らしていった。
「あれ、どちら様ですか?」
百菜の質問に、修は端的に、「王妃様です」と答えた。
驚きの声は、建物中に響き渡った。




