十音’s 002 「・・・・・・一倉政道」
「一倉政道」
彼は、王宮の護衛ー七守の一人、一倉政道。
私がもっとも苦手としている護衛さんでした。
「よかったです、ちゃんと覚えていてくださってー。七崎には、忘れたと言われてしまったもので」
七崎修。私のボディガードで、脱出の共犯者。
「何をしに来たの」
「分かっておられるはずですよー? もちろん、あなたを助けに来たのです」
オーバーなリアクションで、彼は答えます。
そのイラつく姿勢は、彼の性格そのものです。
「誰からですか?」
「そりゃ、もちろん。彼女たちからですよ」
指をさす方向には、十音さんがいました。
「では、殺した方がよさそうですねー?」
どこから出したかさえ分からないほど速く、彼は拳銃を取り出して、撃って、投げ捨てました。
彼女は、その場で倒れこみました。
そのあっけなさに、私は立ち尽くします。
私は、彼女たちに助けてもらった身です。
世界の美しさを、教わった身です。
そんな彼女たちを攻撃する者は、誰であっても、許さない。
私と修との、約束です。
そして、両親からの決別です。
牢獄のような王宮からの脱出。それを認めてくれた修の為にも、そして、その後助けてくれた彼女たちを見捨てるなんて、できるはずもありません。
彼女が戦えないなら、私が戦うしかない。
「やめなさい!」
彼は、拳を振り上げます。
「こいつ、なかなか死なない奴でしたよねー?」
彼は、暴行を続けます。
「ぐっ!何が起きてる!」
五感のうちの3つを失った彼女を、私は守らなければなりません。
「ちょっと、黙っててもらいたいですねー?」
彼は、目にもとまらぬスピードで拳を振り下ろします。
「やめなさい」
「ん? お嬢様、こいつは敵なのですよー?」
「いいから、やめなさい」
腕力も、脚力も、握力も、何の力も持ち合わせていない私ですが、それでも私は助けなくてはいけません。
彼の事情は、私が一番わかっているのだから。
「ふーん。お嬢様は、寝返ったというわけですかー?」
「……まあ、そんなところよ」
「しかし、あなたの力では、どうにもなりませんよー?」
「分かってるわ、」
私は、彼を睨みます。
「でもね、」
一息入れて。切り替えて。
「今の私は、人生で最も生きてるって感じるのよ!」
ポケットに入れていた護身用ナイフを構え、彼の首筋を狙います。
「おやおや、なめられたものですねー」
あと数㎝。あと数㎜。
目の前まで差し掛かって、あと少しで首筋を、切れる。
そう思った瞬間でした。
やっぱり、慣れていないことはするべきではないのですね。
「一応これでも、王宮の護衛なんですけどねー?」
彼の腕の見た目は、細いです。しかし、その細さから想定できないほどに、彼の腕は強かった。
簡単な動きでナイフを落とされ、ジャンプしていた私の体の、ちょうどど真ん中をつかむと、落ちかけたナイフを手に取り、人質の形に無駄なくされてしまいました。
「まあ、私としては、死んだことにしても構わないんですけどねー? というか、そっちの方が良いですかねー? そしたら、国民の方々もこちらの味方をしてくれるでしょうー?」
腕力だけで、その締め付けだけで、私は天にまで上りそうでした。
―――あれ、こんなつもりじゃなかったんだけどな。
私は、どこで間違えたのでしょうか。
速すぎませんか、この展開。
やはり、生きているときほど長く、苦しく。
死ぬときほど、あっという間ということなのでしょうか。
ごめんなさい、皆さん。
ごめんなさい、修。
「本当は、か弱い女性を殺したくはないんですよー?」
言った瞬間、さらに力は強くなりました。
空の星々が、こちらを見つめているのが分かります。
もうすぐで、すぐそこまで。
今まで、ありがとう。楽しかったです。
「そうやって、命を粗末にするなよ!!」