子歌’s 001 「私達って、一度会ったことがありますか?」
かの件―百菜さんが覚醒したあの事件―から、1か月後のこと。
気づけば、私は涙を流していました。
目を覚ますと、雑魚寝しているはずの皆さんがいませんでした。
「……あれ?」
ぼやける視界をこじ開け、さらに見渡してもやはり誰もいませんでした。
いつもであれば、寝相の悪い十音さんの頭が足元にあったり、抱き着き癖のある百菜さんが私の体をぎゅっと掴んでいるはずなのに、今日はそれが全くないので少し寂しい気分に駆られます。
「どこに、行ったのでしょう」
とりあえず、2階から1階へ降りてみましょう。
夏に一歩ずつ、着実に近づいているはずなのに、今日はなぜだか涼しいです。
階段から見える窓を眺めると、外は土砂降りでした。
それはもう会話が途切れてしまいそうなほどに激しく、うるさい雨です。
「あちゃ……」
雨の日というのは、いまいち気分が乗りません。もちろん、雨にも良いところはいっぱいあって、それを否定することはしたくないのですが、それでもやっぱり、なんだかうーんとなってしまうのです。
「今日は、外に出なくてもいいですかね」
何か、置手紙か何かがあるのではないかと探しつつ、私は冷蔵庫に向かいます。
「……? 何でしょうか、これ」
一番大きい戸を開けると、そこには一つの器と、手紙が置いてありました。
「すごい! とても大きいです」
器の中は、大きなブドウでした。
濃く深い紫色の大きな粒。とても、美味しそうです。
「ええと、『今日の朝ごはん、これしかなかった』……ですか」
確かに、極貧生活をしている今の現状、文句は言えません。ましてや、居候のみですし。
……でも、もう少し欲しいです。
いえいえ、ダメですね。
「さあ、いただきましょうか」
リビングが、少し光っているのが見えました。
良かったです。誰かいるようで。
「あの、おはようございます」
リビングにいたのは、必死に一乃さんの画面を見つめる子歌さんでした。
「あら、ごきげんよう」
南万子歌。艶美にして、壮麗。紫色の艶やかな髪を、ハーフアップにすることであふれ出す気品。細い腕に、繊細な脚。醸し出される上品さとは裏腹な、圧倒的に悪い性格。私は、そのギャップこそがたまらないと思います。
「子歌さん、何をしていらっしゃるのですか?」
「教える筋合いはないわ」
私が尋ね終わるギリギリくらいで答える子歌さん。
圧倒されます。
「え、ええと。皆、どこに行ったのでしょうね」
「あなたと一緒に寝ることに嫌気がさしたのではなくって?」
性格が悪いというか、ただ単に人間として最悪だと思いますけど。
「よくもまあ、こんなすぐにそんな悪口を思いつけますね」
「なぜでしょうね。私が速いのではなくて、あなたが遅いんじゃないかしら」
本気すら出してない軽いサーブを、その一球目からスマッシュで返されているような感覚です。
ただ、ここで私が嫌にならないのは、それ以上に子歌さんが楽しそうだからなのです。
どうして彼女の楽しそうにしている表情が、こんなにも嬉しいのかは定かではありませんけれど。何かあったのでしょうか。
「……あの、これ真面目な話なんですけど」
「そんな不真面目な表情で言われましても」
「私、なんの表情も浮かべていませんけど」
「そうでしたか。続けてくださいな」
「続ける気にもなりませんが」
はあ、とため息をついて、訊きなおします。
「私達って、一度会ったことがありますか?」
「少し前から頭のできに違和感を感じていましたけど、とうとう限界値までたどり着きましたか」
私だって、別に何の証拠も無しに思いついたわけではないです。もちろん、確定事項ではないですし、ただの夢の話と言われてしまえば、そこで終わってしまう、儚いくらいに薄い可能性ですけれど、それでも私は信じてみたいと思ったのです。
もしも、それが本当だとしたら。
こんなにも、心に響く夢なんて、見たことありませんでしたから。
「今日見た、夢の話なんですけど」
「勝手に話を進めるのですね。まあ、良いです。どれくらいのクオリティの作り話か楽しみです」
ぶつくさ言いながらも、ちゃんと机の方に腰を下ろした子歌さん。
「少し、長い話になるのですが」
私は、夢を語りました。
――――――
景色は、酷い以上の惨状でした。
建っていたはずの建物がすべて倒され、そこかしこに火種が残され、どこからともなく声が聞こえました。叫び声、泣き声。地獄よりも地獄なその凄惨な状態に、私と彼女はいました。
「子歌さん?」
「この国も、ダメでしたか」
足元には、リーダーの、十音さんの、百菜さんの、そして修の遺体が、可哀想なほどに並べられていました。
「王宮がもう少ししっかりしていてくれれば。どうして世界情勢に詳しくないのですか、あなたは」
「え⁈ いや、でも私は」
言い訳をしようとした瞬間、そいつは現れました。
この戦争の首謀者。
世界平等結社の社長。
「君たちは、強かったねえ」
にやりにやりと気持ち悪い笑顔を浮かべます。
両手には、少女の姿がありました。
そして、何のためらいも、脈絡もなく、撃ち殺したのでした。
「おい、てめえ!」
形相が変わる子歌さん。
なにがなにやら、もうさっぱり分かりません。
「何ですか、これ。何が起こっているんですか⁈」
「今更、何を」
「……え?」
「……あなたがた、王宮の方々の所為で、私の妹たちが殺されたんだよ」
私達が、何かをしたのでしょうか。
「これだから王宮は馬鹿だと。それが世論だったはずなのですが。何かしたからこうなったんじゃない。何もしなかったからこうなったんだ」
ったく、何回やればこの国は。
吐き捨てるように、そう呟きました。
すると、彼女は、手に持っていた拳銃を私に差し出しました。
「この国は、大っ嫌いです」
背中を向けて、そう宣言しながら、私に渡しました。
「でも、妹たちはこの国が大好きなんですよ。この国の景色が、人が、全てが」
泣き崩れそうなのを抑えて、彼女はしゃべり続けます。
「だから、お姉ちゃんが守るしか、無いのですよ」
振り向いて続けます。
「私、人に殺されることで時間が飛べるのです。なので」
両手を広げ、笑顔になりました。
何を考えているのか、さっぱり分かりません。
「子歌さん?」
「頼むからさ、私がおかしくなる前に、この気持ちを忘れる前に、」
あふれ出す涙を拭わず、彼女は言いました。
「撃ち殺してくれませんか」
―――――――




