百菜’s 006 「……二平御舟(ふたひら みふね)」
「皆さん起きたところで、確認をしたいと思います」
一乃さんは腰まで伸びる長い髪を背もたれの後ろへとかき上げるように動かし、画面を見ながら話し始めました。
「おっけー」
リーダーは、軽く伸びをして、彼女に応えました。
「あいあいさ」
独特な挨拶をするのは、普段のツインテールを下ろしている十音さんです。
「は、はい」
たどたどしい反応を示すのは、百菜さんです。
漆色の、短い髪が優しく揺れます。
あの威勢は、やはり決心だけの賜物で、まだ奥底では怖がっているのでしょうか。
「人の流れから、とりあえず2か所まで絞り込めました。王宮付近の酒場と、ここから少し離れただけの、大衆食堂の二つです。今出れるのは、5人ですね?」
彼女の説明は、端的にまとめられていました。無駄な情報は一切入れないといった、強い何かを感じます。
「はい」
百菜さんは、力強く返事をしました。十音さんは心配そうに、完哲さんは誇らしそうに、彼女を見つめます。やる気に満ち溢れた瞳に、誰も口を出すことができません。
「怪我の方は大丈夫ですか?」
修は、心配―というより確認―します。
「もちろんです。これくらいなら」
「では、これで出そろいましたね」
東十音。真中完哲。七崎修。私。そして、北三原百菜。
「皆さんを、2班に分けたいと思います。どちらが良いという、希望はありますか?」
「はいはいはい!」
勢いよく手を挙げたのは、十音さんでした。
「十音さん、どうぞ」
「なるべく、木がないところが良いです!」
「そうですか」
やはり、花粉症の症状が尾を引いているようです。
「では、十音さんは、王宮の方で」
「じゃあ、俺もそっちにしようかな」
リーダーは、その方が良いと頷きながら手を挙げました。
「では、残りの3人が大衆食堂の方ということで、宜しくお願いします」
こうして、私達は反撃を撃つのでした。
「ちーさん。あの、言っておきますけど、これは復讐とかいうことではないですからね?」
道中、同じ班になった修が、私にくぎを刺します。
「え、そうなんですか」
「そ、そうですよ。私達は、あくまでも話し合いの場を設けようと動いているだけですから」
百菜さんが、後追いするように説明を加えます。
「そうでしたっけ」
百菜さんを傷つけたことに対する、湧きに湧いた苛立ちの感情を、私はその一言ですっと抑え込みます。
「もし話し合いがとん挫した場合は、私が戦闘に入りますから。二人は、ちゃんと自分の身を守ってください」
護衛らしいことを言う修。
「さすが、修ね」
言葉だけの褒め言葉に、彼はそっぽを向きました。
少しだけ見える頬の端っこまで、赤く染まっていました。
「わ、私も! お、お手伝い……します」
言葉尻に近づくにつれ、百菜さんの声は小さくなっていきました。
「……お願いしたいと思います」
落ち着いた声で、彼は対応します。
優しく、穏やかなその声は、私達に安心とやすらぎを与えてくれます。
「では、参りましょう」
気づけば、目的地まで到着していました。
『やおら食堂』
木の柱に、石の壁。古くから建てられていそうな、そんな雰囲気を全体に醸しながら、それでいて隅々まで丁寧に掃除されている、老舗の佇まい。建て替わることのない、看板。瓦屋根。店主の性格がそのままあふれ出すこの食堂に、私達はたどり着いていたのでした。
「こんにちは。今、ちょうど開けようとしたところだからさ、さあ入って入って」
白い帽子に、少しふくよかな体型をした男性。この人が、店主なのでしょう。
満面の笑みから考えられる性格は、THEお人よし。
「ありがとうございます」
店に入ると、そこには店主さん以外誰もいませんでした。
「さあ、さあ、何食べます?」
テーブル席へと案内された私たちは、メニューを受け取るや否や、真っ先に訊かれた問いに答えられずにいました。
「えあ、ちょっと待ってください」
私が必死に探していると、百菜さんは少し微笑んで、それから「おまかせ、3つで」と頼みました。
「あいあいさ」
彼は、注文を受けるとすぐに厨房へと走りました。
「おまかせって、何が出てくるんですか?」
「それが分かっていたら、おまかせの意味がないです」
ふふっと笑う彼女は、少し息を整えて、それからメニューに目を下ろしながら、呟くように言いました。
「昔、家族で来たことがあるんですよ」
その音の響きが、私達を凍らせました。
「といっても、私は幼児くらいだったので、記憶もあいまいなんですけどね」
ため息をつき、彼女は続けます。
「あの時は、お父さんが『おまかせ2つ』って言ったんですよ。
「私、てっきりおまかせっていう料理が出てくるのかと思って、ドキドキしていたんですけど、出てきたのはオムライスだったんですね。
「ただのオムライス。そう、思っちゃったんですよ。
「でも、そのオムライスが特別美味しかったんです。
「お父さんに、『すごくおいしい!』って言うと、お父さんは『そうだろ?』と自慢げになっていたのを、今でも思い出します。
「また食べたいと、思っていたんですよ。お父さんといっしょに。今度は、お母さんも一緒に。そう思っていたんですけどね。なんで、こんなことになっちゃったのかな」
「自業自得、だと思うけどね」
刹那。
私達は、声のする方を向きました。
作戦自体は成功と言えるかもしれませんが、目的は失敗と言えるかもしれません。
両手に爆弾を持った、大男。
奇抜な頭に、独特な服。気持ち悪さと恐怖心が混ざって産まれたような、負の産物。
「お久しぶりじゃん、お嬢ちゃん」
彼女の瞳孔は、目の中で暴れ回った挙句、一点に収まりました。
そして、私も知っている人物でした。
「……二平御舟」
彼もまた、王宮陣営の七守が一人でした。




