第141.5話「ザリガニ釣りその後」
ポン吉はぽかんとして、
「あんなので釣れるわけないだろ……」
まぁ、この間のを見てなかったらそう思うでしょうね。
用水路にちらほら見える小さいのならタコ糸でもいいでしょ。
でも、イセエビ級はあれじゃダメです。
今日もパン屋さんにはのんびりした時間が流れています。
ま、お客さん、いないんですけどね。
コンちゃんはいつものテーブルで「ぽやん」。
わたしもその席でトレイを積んで黙々と拭くんです。
「!」
そんなわたしの耳に足音が聞こえてきました。
走ってやって来るんです。
コンちゃんも気付いたみたいで、わたしを見ています。
「コンちゃん、どう思う?」
「レッドではないのう」
「なら、いいかな」
「わらわは心配じゃ」
「なんで?」
「足音からして、ポン太かもしれぬ」
って、窓の外に足音のヌシ、見えてきました。
「ポン吉かの」
「ポン吉ですね~」
そのポン吉、すごい勢いでドアを開けると、
「ポン姉っ!」
「どうしたんですか、走って来るなんて」
「オレ、勉強も手につかなくて!」
「いつも勉強、手についてないですよね」
「上げ足取るなよ~」
「で、なんですか?」
ポン吉、肩を上下させて息を整えながら、
「レッドが語りやがるっ!」
「レッドがどうかしたんですか?」
「イセエビが釣れたゆえ~」
「ああ、それですか」
「イセエビってなんだよ、イセエビって」
「イセエビはイセエビですよ、イセエビ」
「海に行ったのか?」
「まさか」
「じゃあ、イセエビってなんだよ」
コンちゃんがあくびをしながら、
「ふわわ、ザリガニなのじゃ、大きいのじゃ」
「コン姉、見せてくれっ!」
「こっちなのじゃ」
コンちゃん、お店を出て裏の方へ。
タライの中にまだ、あのイセエビ級はいるんです。
わたしもついて行きましょう。
「ほれ、これじゃ」
コンちゃんはもう見慣れてて、つまらなそうな目でタライを見てるの。
ポン吉は仁王立ちでタライを前に……
目が面白いの!
大きく見開いて、白黒してます。
ああ、汗、ダクダクですよ。
体がガクガク震え始めました。
「な、なんだコレ!」
「レッドが釣ったんですよ」
「れ、レッドが!」
「自慢してたんじゃないですか?」
「う、うん」
「みんなで泥まみれになったりしたんですよ」
「そ、そうなんだ」
ポン吉、しゃがんでイセエビ級をじっと見ながら、
「この村は……すごい」
「?」
「川には魚がいっぱいだし、用水路にこんなバケモノが!」
「ザリガニってここまで大きくならないんですか?」
「普通これくらいかな~」
なんて言って、ポン吉は人差し指と人差し指で大きさを示してから、
「これは本当にイセエビ級」
「わたし、しっぽが切れるところでした」
そうです、すごい痛かったんです。
「こんどから、つりきちとよんでくだされ~」
レッドがニコニコ顔で登場です。
「うふふ、いせえびきゅうゆえ~」
レッド、胸を張って「えっへん」なんて感じなの。
ポン吉はなんだかすごく悔しそう。
『ポン吉、どうしたんです?』
『釣りキチはオレの称号だいっ!』
『だったらポン吉、これより大きいの釣ったらどうです』
『!』
ふふ、ザリガニ釣り大会、始まりまじまり~
「しょうぶしょうぶ~」
レッド、嬉しそうに竿を振ってます。
となりでは付き添ってくれる千代ちゃんも微笑んでいるの。
この間の経験もあってか、縄跳びにちくわをつけています。
ポン吉はぽかんとして、
「あんなので釣れるわけないだろ……」
まぁ、この間のを見てなかったらそう思うでしょうね。
用水路にちらほら見える小さいのならタコ糸でもいいでしょ。
でも、イセエビ級はあれじゃダメです。
ポン吉の仕掛けは……釣り糸の太いのですね。
釣り糸は強いからよさそうだけど、イセエビ級は重たいですよ。
レッドがちくわを用水路に振り込みます。
ポン吉もスルメで始めました。
千代ちゃん、ポン吉の横に座って、
「ねぇ、ポン吉!」
「なんだよ、千代、オレ、忙しいんだけど」
「この間、逃げたよね」
「だってザリガニ釣りなんてつまんねーって」
「逃げたよね?」
「うっ……」
冷たい目でにらむ千代ちゃん。
ひきつるポン吉。
「まぁ、いいでしょ」
「お、おう……」
「私も釣る」
「……」
「私が勝ったら、今度の給食のムースもらう」
「えー!」
「何よ、逃げたくせに」
「じゃあ、オレが勝ったら千代のムースもらう」
「なんで私があげないといけないのよっ!」
「な、なんでオレがやらないと……」
「逃げたからでしょうっ!」
なんだか千代ちゃんはムースをもらう気満々なんですね。
「り、理不尽だっ!」
「逃げたくせにっ!」
千代ちゃんも竿を振るんです。
千代ちゃんの竿は普通にタコ糸のやつですな。
「!」
レッド・千代ちゃん・ポン吉に緊張が走るの。
3人の釣り糸に同時に反応。
「えいっ!」
レッドは力まかせに釣り上げます。
おお、またしてもイセエビ級。
縄跳びのヒモだからイセエビ級でも余裕で釣り上げちゃうの。
「くそっ! 雑魚かっ!」
ポン吉は悔しそう。
見れば車エビくらいはあるけど、レッドのイセエビ級と比べるとどうしてもね。
「……」
千代ちゃん、ゆっくり竿を上げるの。
糸の先にはイセエビ級がなんと2匹。
さすがにこれは上がらないでしょ。
って、千代ちゃん、ゆっくりとギリギリの所まで降りると手を伸ばすの。
まず一匹を捕まえてレッドに渡します。
最後の一匹もゲットしました。
どや顔の千代ちゃん。
ポン吉を前に
「私の勝ちね」
「……」
ポン吉、千代ちゃんの獲ったイセエビ級を見て、自分の車エビ級と比べます。
がっくりと膝を着いて、
「オレの負けだ……釣りキチのオレが負けた」
なんだかムースよりも負けた事がくやしいみたい。
それから何度も釣ってたけど、結局ポン吉には釣れませんでした。
悔し泣きのポン吉、ちょっとかわいそうだったかな?
でもでも、遊んでばっかだから、たまには泣けばいいんですー!
今日もパン屋さんはのんびりした時間が流れているんです。
お客さんがいないだけなんですけどね。
わたしはトングを磨くのに手を動かしながらTVを見てるんです。
コンちゃんは「ぽやん」としてTVを見上げてるの。
そんなコンちゃんの目が、急に「カッ」って感じで見開かれるの。




