3 暗躍するものたち
夕方、キョウトに隠されている司闇のアジトでは、深夜がコンソールに向かい合っていたところに、逆妬がやってきていた。
「おつかれ、深夜姉さん」
「思ったより、効いているみたいだね」
今日の戦果を見て、逆妬が笑みを浮かべる。
「念のため、新幹線を潰しておいて正解だったわ」
深夜は、弟のセリフに補足を加えて、密かにフォローしているような発言をした。
恭人たちが乗っていた新幹線にハッキングを仕掛けたのは、言うまでもなく深夜たちだった。
「ここからじゃ、精神の乱れ様が確認できないのは残念ね」
「やりすぎないでよ、姉さん」
司闇一族として、本気で動くのは、明日の夜からだ。とはいっても、この手の陰謀は、既に始まっているのが世の常だ。
実行段階に移る前に、敵を弱らせておけば、作戦の成功率は上がる。
しかし、やりすぎてしまえば、相手に大きな警戒心を抱かせる。それだけならまだしも、修学旅行そのものが中止になってしまえば、実行のチャンスは失われてしまう。
そこで、本来、予定にはなかった、交通システムそのものをハッキングして、トウキョウとキョウト地方をつなぐ新幹線を停止させておいた。
さすがに彼らだけならば、ハッキングに手間はかかるのだが、姉である華宵が、トウキョウの政府にちょっかいを出して、密かに混乱させていたので、すんなりと成功した。
そのことは、深夜も逆妬も、彼女たちの部下も知っている。
本家への報告を終えて、ほっと息をついた深夜たちに、新たな通信が入った。
応答すると、そこには彼女たちがよく知る人物が映し出された。
「深夜、逆妬、今日はご苦労」
「華宵姉さん、今日はありがとう」
相手は、深夜と逆妬の姉、華宵だった。
「珍しい、深夜がそんなことを言うなんて」
「私だって、姉さんや闇理兄さんの実力くらい、よく知っているわよ」
その表情は、陶酔しているわけではない。だが、気を悪くしているわけではないのは、華宵にも、隣で見ている逆妬にも一目瞭然だった。一方で、深夜が兄や姉相手とはいえ、素直に褒めるのは、華宵の知る限り、珍しいことだった。自分たちとは違うベクトルで、他人を寄せ付けない態度をとることが多く、向上心に良くも悪くも満ち溢れていたからだと、華宵は思っていたからだった。
「思った以上に、そちらが大仕事になるから、兄様がそちらに向かえと」
「そっちは終わったの?」
「部下たちに任せてある。それに、誘拐した奴を連れて行く必要もある」
「さすがね」
「明日の夜までには、そちらに着く予定」
別にこの任務では、華宵が加わらなくてはならないほど、厳しいものだとは思っていないが、戦力が増えることは歓迎なので、深夜は表情を変えなかった。
「それはありがたいわね」
「私は出発する。では、また明日」
通信はここで切れた。
深夜と逆妬は、明日の準備を始めることにした。
非常に珍しく、一人で学校を行き来した夜美は、亮夜がいない寂しさを募らせていた。
想定はしていたのだが、ここまで拗らせているとは思っていなかった。
しかし、その愛が罪だとは、微塵も思っていなかった。
自分と亮夜は一心同体。そして、運命共同体でもある。
亮夜の心をただ一人、受け入れることができ、自分にとっても、ただ一人の理解者でもあるのだから。
帰宅した後、亮夜と通信できる携帯端末に延々とにらめっこを続けていた。
ここで亮夜と電話して、話をしたい。
だが、亮夜は修学旅行中だ。
水を差すような真似をするのはともかく、亮夜は出てくれるのだろうか。
もし、電話に出にくい状況だったらどうしよう。
怒ったりしないだろうか。
人当たりのいい夜美にしては、珍しく人付き合いに関連することで悩んでいた。
傍から見れば、もの凄く情けなく感じるかもしれないが、それはそれ、これはこれといった所だろう。
亮夜の修学旅行のスケジュールは、夜美も把握している。
今の時間は、夕食を頂く前の、フリータイムのはずだ。
だったら__。
1時間近く悩んだ末に、夜美は亮夜と電話することにした。
もし、不愉快な思いをさせたら、全力で謝ろうと、夜美は思っていた。
どうせ、ここで電話しなかったら、明日の夜まで悶々とした思いをしてすごすに違いない。そうなったら、精神的健康に非常によろしくない。
ここまで考えて、ある意味で己の欲望に負けた夜美は、電話をかけた。
プツッ__。
どうやら、空振りにならずに済んだようだ。
内心、すごくほっとした夜美は、小声で回線の向こうにいる相手に声をかけた。
「もしもし、お兄ちゃん?」
「夜美、どうしたんだい?」
いつものように、優しくて綺麗な兄の声。
この声を聞いただけで、夜美の心はトリップしそうになるも、ここで話を終えるのはあまりにもったいない。
もう少し話をしたい。
夜美はそう思って、世間話に近いものを続けることにした。
「えっと、その・・・心配で」
「夜美は心配性だなあ・・・と言いたい所だけど」
「どうしたの!?お腹でも痛いの!?」
「いや、そういうわけじゃなくて。ニュースは見たかい?」
世間話で済ませるつもりだったが、想像以上に混沌とした事態が起きているようだ。
亮夜が出発した後、一度もテレビやネットは確認していないので、何のことかはわからなかったので、あっさりと白旗をあげた。
「トウキョウとキョウトを繋ぐ新幹線が停止したという事件だよ」
そんなニュースがあったなんて、と夜美が驚く間も、亮夜は次々と詳細を話した。
「__恭人さんが言うには、ハッキングによるいたずらのようだが、それにしては出来すぎな気がする・・・」
「どういうこと?」
「・・・もしかすると、「司闇」の奴らが動いている可能性があるかもしれない」
途中から亮夜の推測になっていたが、夜美は兄の言葉を疑わなかったし、彼女本人も、その可能性を疑っていた。
4、5年に一度くらいの頻度で、魔法学校の修学旅行生が行方不明、もしくは、修学旅行中になんらかのトラブルに見舞われるという話を、夜美は知っている。
裏事情をある程度知っている亮夜たちは、廃止にすべきと密かに思っていた。しかし、様々な事情で、廃止に出来ないので、彼らに出来ることは、当たり年の頻度と、犠牲者が、少しでも減ることを願うだけだった。
「それだったら、今からでも戻った方が・・・」
「おそらくこれが、宮間さんが話してくれた「試練」だと思う」
「だからといって・・・」
「そもそもどうやってトウキョウに戻るつもりなんだ?」
今すぐにでも帰るべきだと進言したが、彼女本人にも分かっていた理由で却下されてしまう。
「あ・・・でも、どうやってキョウトへ行ったらいいだろう?」
「イシカワの方へ回り込んだらどうかな?出費なら、今回は例外だ」
普通のシチュエーションなら、危険地帯へ飛び込もうとする恋人__今回は妹だが__を止めようとする場面だろう。
しかし、亮夜はそうしなかった。予知で定められていることであると同時に、個人的な事情でも、夜美は必要不可欠だ。夜美を予想される危険に巻き込むことには抵抗があるのだが、亮夜は仕方なく割り切っていた。
「分かっていると思うけど__」
「うん。装備はたっぷり持っていくし、お兄ちゃんたちにも見つからないようにしておく」
「それを聞いて安心したよ。悪いけど、よろしく頼むよ」
「あ、そういえばさ、お兄ちゃんの今の修学旅行って、どう?」
シリアスな話ばかりして、後で聞いてもいいような雑談を忘れていたことに気づいた夜美は、慌て気味に話を戻した。
「・・・」
しかし、亮夜から返事はない。
「お兄ちゃん?」
「それはまた今度にしよう。今、言う事ではないと思う」
拒否されたのは、想定のいく範囲だったし、この後のことも考えれば、少し我慢すればいいだけだ。亮夜と話をしたいという我儘に比べれば、それほどのことではなかった。
「そうだね。それじゃあ、またね」
「早いけど、お休み、夜美」
「うん・・・」
時刻は、7時にもなろうとしていない。
今日は早く寝る予定にするつもりだったとはいえ、いささか早すぎる気もしたが、まあいいやと、夜美は思うことにした。
夜美との電話を終えた亮夜は、ホテル内にある通路の端から移動した。
あの後、目立ったトラブルはなく、問題なく一日目の泊まる場所に向かうことが出来た。
恭人たちのチームも、それ以降はトラブルがなかったようで、さすがに疲労はしていたものの、無事に合流は出来たのだった。2つの組に分かれるとはいったが、いくつかの時間配分が異なったり、片方は行くが、もう片方はパスしたり。
例えば、亮夜たちのチームには、魔法界の歴史の一部を演説してもらうという場面があるが、このタイミングでは、こちらだけだ。もう片方のチームでは、明日、行うことになっている。
一日目に泊まる宿だけは、ホテルではなく、素朴で古典的な宿屋となっている。
2分割して大浴場に入り、それが終わった後は、休息の時間だった。
衆人環境で入るのは抵抗があったが、入るわけにもいかないと割り切って入浴を終えた後、亮夜は自分の荷物の中にある、3重にカギをした__通常のカギ2種類と、暗号式のカギ、さらには魔法認証のカギまでつけてある__箱の中にある携帯電話を持ち出した。
この中には、色々と見せられない物がいくつか入っており、この携帯電話もその一つだ。夜美の持つ携帯電話とだけ繋がるようにしたこの機器には、色々な意味で非合法な痕跡がある。
一応、隠すことができる場面のみ持っていた(この関係で、入浴に向かう前にわざわざカギを開け閉めした)のだが、まさかこんなタイミングでかかってくるとは思わなかった。
夜美から先に電話がかかってきたのだが、実は亮夜も電話をかけようとしていたのだった。
今日、起きた事件について、先に夜美に伝えておかなければ、万が一の事態が発生するかもしれないからだ。
結果として、同じことを考えていたと、少し気をよくした亮夜は、そのまま食堂に向かった。
出てきたのは、如何にも和風という感じのメニュー。
直後に着いた、1組たちや、遅れて入浴を終えたメンバーたちが次々とやってきて、いくら広い__家6軒ぶんくらいの面積だろう__といっても、空いているという感じは全くしない。
先生がご唱和を行い、全員が箸をつけた。
亮夜は丁寧に、ゆっくりと食べた。
ここでの料理は、おいしいと素直に思わせるものだった。
この後、恭人たちのチームは入浴なのだが、亮夜たちは少しの間の自由時間だった。
食堂ほどではないが、広い部屋には、クラス全員が顔を揃えている。
新幹線の時と負けないくらい、大騒ぎしているクラスに辟易している亮夜は、どうしようかと考えていた。
一般的に見れば、こういう所で騒ぐのは、良くない。
だが、全員が楽しそうだ。
修学旅行とは、こうなのかもしれない。
人付き合いが人一倍少ない(と本人は思っている)亮夜は、そう理解しようとしても、どうしても輪に入り込めなかった。
話のレパートリーはともかく、低俗的な話は個人的にも好きになれなかったからだ。
次第に、話の内容は混沌と化している。
聞いていて不愉快になりそうだと判断した亮夜は、荷物は放置することにして__本当に重要なものが入っている「アレ」は、10組如きでは開けられないと確信しているからだ__、外で時間を潰そうと考えたが__。
「おーい、舞式、ちょっと付き合えよ!」
一団となっている男子から離れようとしている亮夜を見て、クラスメイトの一人が呼び止める。
無視するのもしょうがないと、亮夜は渋々付き合うことにした。
「舞式は、好きな女がいるか?」
十分に想定できる話題がきて、亮夜は内心、溜息を吐きたくなった。
恋愛に興味がないと言えばウソになるが、わざわざ聞くほどでもないと、亮夜は思っている。まして、ここでわざわざ言うことかと、亮夜は思っていた。男子の何人かが、話題を振る前に恥ずかしがっているのを見て、その意識はますます強まった。
「・・・」
優しい女性?
真面目な女性?
しっかり者の女性?
どれも、ピンと来そうで、納得がいかない。
自分の心を、本当の意味で満たしてくれるような人物は__。
「ああ、もしかして妹さんじゃね?」
亮夜が悩んでいると、一人がそんなことを言い出した。
「夜美ちゃんだっけ?可愛かったよな~」
「そういえば、コイツ、めっちゃシスコンだったな」
「実は、妹のことを本気で愛して・・・」
「うおおおお!!?」
亮夜は何も喋っていないのに、勝手に盛り上がる男たち。
夜美に対して、気持ちの整理は一応、つけているつもりだ。
だが、それは、あらゆる意味で、絶対に表に出してはならないもの。
育った環境があまりに異常であったがために、こんな歪んだ想いを作ってしまったのかと、たまに思うことがある。
夜美のことを、女の子としてかなり評価しているのは間違いないが、決して、結婚して子を為したいといった、性欲を抱いているわけではない。少なくとも、今は。
別に夜美の愛を叫ぶのが嫌だというわけではないのだが、誰かに見せびらかすといった、低俗な真似はしたくないのだ。亮夜本人は気づいていないが、その根底には、かなり強い独占欲があった。一方で夜美も時々、違う意味で度が過ぎた悪戯をすることがあり、その時は、夜美の本心が(色々な意味で)見え隠れする。
そのこともあって、それから先のことは、どうしても考えたくなかった。
あくまで、夜美本人を愛しているから、今の関係でいたいと、亮夜は思っていた。
それなのに、随分好き勝手言ってくれるクラスメイトには、不快感が募る。
「・・・なんだよ、そんな顔して。恥ずかしいのか?」
「そんなことはない」
亮夜の口調は、かなり堅く、茨が目立った。
「この際、言いなよ。お前はユーモアが足りないんだよ」
「言っていいことと悪いことがあるだろう」
「やっぱり、妹のことを愛しているんじゃないか」
明らかに不愉快な態度を見せる亮夜に対して、気づいていないのか、気にしていないのか、遠慮なく言い続ける男子たち。高本陸斗を始めとする常識的なタイプである人たちは、そろそろ止めようと、こそこそ手出ししようとしているが、残念ながらそれも気にしていなかった。
「確かに愛しているが、お前達のような考えでは決してない」
「君」、ではなく、「お前」。亮夜が明らかに怒りや不快な感情を見せると、言葉遣いも乱暴になる。そのことを知らない男子たちは、少し気圧されながらも、まだ話を続けようとしていた。
「何だよ、このツンデレ」
「文句あるか。人には人の事情があるだろう」
「よし、今度、妹さんが来たら__」
「それ以上、口にしたら気絶させる」
亮夜から、正体不明の威圧を感じて、ようやく男子たちは、自分たちが問題発言をしていることに気づいた。もし、恭人などがここにいたら、亮夜の末恐ろしさを感じていただろう。
「悪かった、悪かった!」
「だから止めろと言ったんだよ!」
「悪乗りしすぎだって!」
手のひら返しをした男子たちに、遠慮せず溜息を吐く亮夜。
本気で呆れた亮夜は、再び部屋を出た。
今度は、誰からも止める声が掛からなかった。




