2 旅行開幕
2学期が始まり、10月になろうとした頃。
いよいよ、修学旅行の幕開けだ。
修学旅行とは、学年総出で、特定の地域に学びながら旅行に向かうというものだ。その一方、研修を始めとする、お遊びの要素も多く、何より、一般ならば珍しいシチュエーションに大量に遭遇できるため、一番の思い出とあげる大人や大学生も少なくない。
トウキョウ魔法学校の修学旅行は、4泊5日で、キョウトを中心に旅行することになっている。キョウト支部の魔法協会、「帥炎」との邂逅、歴史遺産の探訪など、自由時間もあって、相当なボリュームとなる。
そのこともあってか、予算なども莫大に必要となる。幸いなことに、参加するか否かの選択は、2学期が始まった後までに決めればいいので、準備の余裕はある。といっても、大半は迷わず参加するだろうが。
トウキョウの外れに住む、舞式亮夜は、(表向きは)散々悩んだ末に参加することを決意した。
その当日、玄関で靴と荷物を揃える亮夜に夜美がやってきた。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「うん、気を付けてね」
「夜美もだよ。戸締り、忘れるなよ。一人でちゃんと寝るんだよ。明日、気を付けるんだよ」
「分かったけど、寝ることに関してだけは言われたくないな」
「それはそうだね」
時間ぎりぎりでもないので、こうして雑談する余裕はある。
「それにしても、お兄ちゃんが修学旅行に行くなんて思わなかったなぁ」
「ま、今回が特別だからね。一日目さえどうにかなれば、後はどうにかなるさ」
「その一日目までがね・・・」
「一応、パスワードとかも更新してあるから、万が一の時には気を付けるんだよ」
「お兄ちゃんこそ」
2学期が始まった後、「ソウル・オーバー」の改造を終えて__言うまでもなく、実験や公開は行っていない__、計画を綿密に練り、薬の改良などを行ってきた。
研究に関しては、パスワードなどはかけているものの、夜美には教えてある。いざという時には、夜美が独断で解放することが出来るのだが、そんな事態はまず起きないと、二人とも思っていた。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
いつもの見送りとは違う、少しシリアスな雰囲気で、亮夜は家を出た。
今回、亮夜が向かうのはトウキョウ魔法学校ではない。トウキョウ駅だ。さすがに、キョウト駅に集合とかにすると、色々都合が悪くなるし、逆に学校から始めると、最初の移動で膠着しかねないので、妥当といったところだろう。
とはいっても、最初に移動するための手段をどうにかしなくてはならない問題はやっぱり残る。学校からすれば、公共機関か、親のつてで来てもらうということを前提にしているのだが、亮夜のようなタイプには、悩まされることになる。
もちろん、どうしようかと最初から悩むほど、行き当たりばったりな計画であったはずがなく、亮夜は事前に近所に呼び寄せたタクシーを使って、移動することにした。
外聞はともかく、出費が少し痛いものの、亮夜が考えうる最高の効率がこれであるからだ。
20分程度余裕をもって、トウキョウ駅についた亮夜は、10組の一団に集合した。
移動の途中、寝ていると誤解されるほど、リラックスしてすごした亮夜だが、さすがに人前ではそんな気のゆるみは見せず、ほどほどにきっちりしていた。
これから二日、徹夜する予定があるので、不必要な消耗は避ける方がいい。そのために、昨日は過剰なレベルで寝ていた。そして、今も緊張しすぎず、なるべく平常心に近い状態で、落ち着いている。
さすがに10つの組全員が同時に移動すると、動きが非常に重くなるので、2組に分かれて、貸し切りで移動することになっている。
この場にいるのは、3組、4組、6組、9組、10組だ。他の組は、後で来ることになっている。
亮夜は先生の忠告を適当に聞き流して(無視しているわけではない)、そのまま新幹線に乗り込んだ。
新幹線は、簡単に言ってしまえば、超高速で移動できる乗り物だ。
時速250キロで移動するその様は、正に圧巻。実際には空を飛ぶ飛行機の方がもっと速いのだが。
新幹線の利点は、地上から眺められる点が挙げられるだろう。また、乗車中に、常識的な範囲で騒げるという点もポイントだ。
最も、亮夜からすれば、どちらもどうでもいいのだが。
正直言って、今、凄くうるさいのだ。
別に眠ろうとしているわけではないのだが、うるさいのはどうしても気に障る。
だからといって、静かにしてくれなどと言わないくらいには、空気が読めているので、結局は放置するしかない。
そういうわけで、亮夜は同級生たちに相槌を打ちながら、景色を眺めていた。
「王様ゲームやろうぜ」
「俺だー!」
「3番はわたしー!?ここで黒歴史発表―!?」
とか、
「お前ら仲いいなー」
「からかうなよ」
「へへ、写メ一枚」
とか、
「クッキーおいしー」
「いいなー」
「あげませーん」
「あはは」
とか、所々、看過し難いやりとりがあったが、亮夜の意識の大半は、流れる外に向けていた。
チュウブ地方の山地に隠されている、開発したての土地がある。
それこそが、魔法師、非魔法師に関係なく恐れられている、最強最悪にして、魔法六公爵の一つ、司闇一族が住む土地だ。
無論、政府には登録されておらず、実に数十年間も、隠し通している。
このお屋敷では、様々な危険実験、戦力の育成、外界の工作など、様々な活動が行われている。
しかし、最近はやや停滞気味であった。
現当主、司闇呂絶は、積極的に行動をしておらず、合法的な開発を優先しようとしているからだ。
一方で、次期当主の司闇闇理は、それに反するかのように、積極的な行動を行っている。
現在、本部に残っているのは、呂絶と闇理のみ。
呂絶は当然として、闇理が残っているのは、一族内にとっては、割と珍しいことだった。
彼は現在、本部に籠って、情報収集を積極的に行っている。
彼の妹たちである、深夜と逆妬が、キョウト地方で重要な作戦を担っているのだが、情報収集能力は、こちらの方が上だ。
そのため、ナンバーツーである__実質的には、ナンバーワンである__闇理が、司令官の立場を務めているのだ。ちなみに、彼の妹の一人である華宵は、トウキョウの方で工作中だが、裁量は彼女に任せてある。
「さて、どうでるか」
司闇一族は、トウキョウ魔法学校の修学旅行データを既に確保してある。そのため、彼らがどこにいくかはほぼお見通しだ。
まず、最初に狙うのは、移動中の新幹線。
指令室に映っているのは、遅れて発進した新幹線であった。
修学旅行のテンションは、組み合わせが変わろうと、まず変わるものではない。
上のクラスが中心であろうと、盛り上がり様は、亮夜たちのクラスと大差なかった。
1組にして、最上位といっても過言ではない冷宮恭人は、他のメンバーと比べると、落ち着いてはいるのだが、その表情をみれば、楽しんでいるのは一目瞭然だった。
彼のそばにいるのは、生徒会の仲間である、遠藤珂美の他、クラスメイトの男子二人。
「もう少しすれば、富士山が見える。皆で撮影しないか?」
「いいね、じゃあ、俺、前で!」
「私は横で!」
「俺も横!」
「私が後ろだな」
こんな感じで、はめをはずしていない程度に盛り上がっていた。
しかし、恭人の魔法感知に、不自然な魔法が引っかかった。
(・・・これは?)
少し魔法を感知すると、この魔法は__。
「珂美!今すぐ運転席に向かうぞ!」
「ええ!?冷宮君!?」
恭人は珂美を引っ張るのも惜しかったのか、声だけを残して、新幹線内を駆けた。マナー的には大変よろしくないものの、今の恭人にはそんなことを気にする余裕はなかった。最も、無暗に走らない程には、気を遣っていたのだが。
とはいえ、運転席は1車両の端から端程度の長さだった。
10秒も満たずに運転席に到着した恭人は、緊急の呼び出しボタンを押す。
「どうしましたか?」
「今すぐ機器の状況を確認してください!」
いくら恭人でも、これから予想できる事態に一人で立ち向かえるものではなかった。自分や少数の人や、車両を守るだけならどうにかなるが、特に問題を起こさずに乗り越えるのは至難の業だと、恭人は判断していた。
「一体、何を・・・」
訝しげに様子を見ていた運転手だったが、メーターを見て驚愕した。
「こ、これは!?」
「やはり!?」
「運転の制御が効かない!?」
スピードは、基本速度から少しずつ上がっている。そろそろ、他の生徒たちも気づく程、速くなっているはずだ。
「しかも、機体の制御も不安定になっている!?このままだと、脱線をおこしてしまう!」
恭人は、運転手の悲鳴を聞き流しながら、現在の機体の状況を魔法で確認していた。
確かに、制御に明らかに問題があるものの、バランスを保つシステムには致命的な影響は出ていない。それに、スピードの出しすぎとはいえ、オーバーヒートを起こさないように巧みに微調整されている。
恭人は、この危機的状況を、何者かのハッキングと判断した。
だが、この状況では、相手の目的は見えない。
これでは、ただの愉快犯だ。
しかし、これをそのまま伝えても、運転手のパニックが収まるとは思えない。
どうすべきかを考えていると、後ろからゆったりと、追ってきた珂美がやってきた。
「冷宮君、何が起きているの!?」
ひとまず、珂美にこの状況と分析したことを簡単に説明した。__ちなみに、恭人が直立不動であったことに、珂美は突っ込まなかった。
「・・・ひとまず、一応は安全ということね」
「当分は、このパニックが続きそうだがな」
「私や冷宮君や先生の魔法で減速とか制御できるの?」
「いや、止めた方がいい。この機体は魔法に最適化されていないから、下手に動かせば、それこそ事故の元だ。どうしても不安なら、宙へ飛ばす魔法の準備でもしておけ」
珂美は恭人の進言に従い、椅子のない通路でひたすら踏ん張って耐えた。
遅れて、先生たちもやってくるが、結局は恭人に従った。
肝心の恭人は、通路で直立不動であった。
その後、恭人の読み通り、脱線などの事故は起こさず、キョウト駅に到着した。
写真撮影を行う暇は、全くなかった。
その頃、亮夜たちのチームは、既にキョウト駅を降りて、歴史文化に触れていた。
生徒たちは、無邪気(?)に見学しているが、先生たちはそういうわけにはいかなかった。
先ほど、後続の部隊である1組チームから、新幹線ハッキング事件の顛末を報告されたからである。
しかも、他の新幹線にも多少の影響は出ており、全面的なメンテナンスのため、現在は停止してしまっているのだ。
このままでは、新幹線で帰ることも出来ない。プライベートな旅行ならば、飛行機などで帰る方法もあるのだが、これは団体旅行だ。無暗な変更を行えば、莫大な追加資金が発生してしまう。
「これを、生徒たちに言うべきだろうか?」
「そうね、可能性は言っておかないと」
「まだ4日あるから、まだ早くないか?」
「ダメだ、ハッキングの件も考慮すれば、万が一のことは考えておくべきだ」
先生たちは、今日の夜にでも伝えようと、結論を出した時、
「その通りです。今は、万全を期すべきでしょう」
先生たちの輪に、新たな人物が入り込んだ。
彼の名は、金一吟道。
トウキョウ魔法学校の先生の中でも、かなりイレギュラーな立場の先生で、学校に入ったのが、8年前。副教師であると同時に、政府公認の裏仕事も行っている男だ。歳も40を超え、引率の先生の中でも、比較的高齢な人物だ。
40を超えているとは思えない、かなりの筋肉に、メガネ着用というギャップ。身長も高く、隙のない立ち姿。かなり丁寧に着たスーツもあって、非常に際立った存在感を放っていた。
「金一先生!?」
先生の一人で、どことなく熱血な印象を与える大川大地が、割り込んできた吟道に、明らかな驚きを見せる声を返した。
吟道の立場上、気に入らないという先生は少なくない。公務員が事実上の副業を行っているため__政府からは、黙認どころか、公認までされていた__、プライド的な嫌悪をもつのは珍しいことではないだろう。
それ以上に驚かれたのは、吟道がそもそも、修学旅行に参加していないことだった。そのはずなのに、絶対に現れない人物が、突如現れたのだ。これで驚かないとしたら、彼の事情を完璧に把握している人物くらいだろう。
「一体、いつここに!?」
「あなたたちに合わせて、ここに来ました」
「・・・もう、追及する気もないわ」
女教師が、疲れを見せる声色で、応答した。
吟道は、キョウトの下見として、3日前には、潜入を開始していた。こちらは、政府の命令でもなければ、学校の命令でもない。彼が勝手に行っていただけなのだ。
政府に従う人物が、勝手にこのようなことをすれば、まずクビになるのだが、吟道はとある事情から、普段の行動は基本的に黙認されている。さらに言えば、学校の副教師という立場も、この事情によるものだ。
そんな中、ハッキング事件のことを知り、教師たちの話を盗み聞きしていた所、自分も関与すべきと判断して、同行することにしたのだ。
「だったら、こっちの状況もある程度は知っているだろう?」
男教師の一人が、新たに切り込んだ。
「残念ながら、それほどは。ただ、今回使うホテルに、冷宮家が監査を入れたというくらいですが」
「冷宮家が・・・?」
「そういえば、恭人君はいち早く、事件に気づいていたわね」
教師たちが再び話し合うなか、吟道は生徒の一団を眺め始めた。
そんな中、ある一人の男子生徒を見つけた。
学校でも、ほんの数回、あった程度の男子生徒。だが、その印象は、彼にとってかなり強いものだった。
後ろからは分かりにくいが、低めの身長。
長めの髪に、隙の少ない立ち姿。
彼が振り向いた顔には、目元に映る隈。
見たことのないはずなのに、既視感を覚えるあの姿__。
(確か、舞式亮夜だったな・・・)
あの男の子とは違うはずなのに、なぜか初めて会った気がしない。
吟道のその思い込みは、どうしても頭の中から消えてくれなかった。




