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魔法解放少年  作者: 雅弥 華蓮
第8章 ancient
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13 夢

 夜美たちと宮間の密談は、不安を大きく残す形で終わった。

 現在、夜美は自宅のリビングで、とあるニュースを見ている。

「司闇襲撃、被害、3億を超える、か・・・」

 「聡明」に泊まりにいった夜美たちに突如襲い掛かった、「司闇」の牙。亮夜はそれを阻止するために戦い、何とか追い払うも、凄まじい被害を出してしまった。

 その後、宮間から事情徴収を受けて、一部を脚色して、警告。どうやら、夜美と、そして亮夜の意図通りにいったようだ。

 新たな司闇の血族、司闇華宵が世間に現れるのは、まだ先のようだった。いや、その兄にして、次期当主である司闇闇理も、魔法界のニュースには出ていないので、当分は公表するつもりはないに違いない。

 別口の情報収集源は、現在止まっているから、事実を確かめるすべはないのだが、宮間は亮夜から聞き出した情報を、当分は秘匿すると口約束してくれたので、きっと問題はないだろう。

 とりあえず、自分たちが政府に晒されるという事態は回避できたので、この件に関しては、勝利したと見ていいだろう。

 それでも、夜美の心は晴れなかった。

「お兄ちゃん・・・」

 現在、亮夜が外出中。しかも、他の女の子と会っているというのだ。

 自分は決して、血を分けた実の兄に、恋愛感情を抱くような、アブノーマルな女の子ではないと思っている。あくまで、兄を敬愛しているだけだ。

 そうだとしても、亮夜を独占したいという欲望は、否定することが出来ない。

 今、自分の機嫌をよくすることが出来ることと言えば、亮夜が戻ってくることだけだ。

 やり場のない怒りをどうにか抑えるべく、夜美は一計をとることにした。




 その日、亮夜はとある飲食店にやってきていた。

 薬の副作用により、身体と精神が不安定になり、一日の活動量が明らかに低下してしまっていた。許容量を超えれば、たちまち幻覚を引き起こす。結果として、この1週間ほど、一日の大半をベッドの上で過ごすことになった。幸い、睡眠時間を過剰にとる必要はなかったので、夜美を過剰に縛るということにはならなかった。それでも、亮夜の看病に、亮夜の代理として仕事をかなり任せることになったので、亮夜には大きく罪悪感を残すことになった。

 本音を言うならば、この密会も、拒否して帰りたかった。

 それでも、相手が相手であるということと、散々待たせたこともあって、これ以上断るのは非現実的であったのだ。

「・・・それで、身体はどう?」

 目の前にいるのは、鏡月哀叉。聡明の一件で深く関わり、学校でも親友(?)と言える仲の女の子だ。

「ひとまず。無暗に行動しなければ、平気かな」

 哀叉が心配げに尋ねると、亮夜はどっちつかずな返答を返した。

「・・・よかった」

 その答えを聞いて、哀叉はほっと胸を撫で下ろした。

「・・・どうして?」

 なぜ、そんなことを口にしたのか、今の亮夜には分からなかった。

 無暗な思考を避けようとしているから、推理などを避けようとしている。

 彼は無意識の内に、そう判断していた。

「・・・だって・・・」

 哀叉の頬は赤らみ、目からは涙が出そうになっている。

 残念ながら、亮夜には分からなかった。

「私は・・・」

 何とか言葉をつなげようとする哀叉。

 亮夜はそれを、ただ見詰めているだけだった。

「・・・あなたに・・・いてほしい・・・」

 哀叉はそう発言した。

 聞き様によっては、告白と勘違いしてもおかしくないのだが、亮夜にはそう伝わらなかった。二人にとって、それがよかったのか、悪かったのかは、誰にも分からないだろう。

「そうか」

 亮夜はただ、そう返した。

 ただし、その表情には、僅かに笑みが浮かんでいた。




 結果的に、ほぼ収穫を得られなかったに等しい、RMGの黒尾たちは、ひとまず本部に帰還していた。

「申し訳ありません。大した成果はあげられませんでした」

「そうか」

 黒尾の部下の一人が、総帥に向けて報告している。

 黒尾は、ほとんど口を利けないタイプだ。基本的に、この手の報告は全て、部下が代理で行っている。

「しかし、このデータ・・・なかなか興味深い」

 部下から失敗の報告を受けても、総帥は激昂することなく、別のことに興味を抱いていた。

「黒尾の奴、単独でこのデータをとろうとしたとはな」

「どういうことです?」

 書類として出したものを含め、今回の任務では、大した成果は出ていないはずだ。

 そのことが疑問に思って、部下は思わず口を挟んだ。

「舞式亮夜の戦闘データ・・・。まさか、こんな技術を実現させていたとは思わなかった」

 一部分だけだが、と付け加えた一言は、部下には聞こえなかった。

「では、次のターゲットは」

「いや、今、奴の周囲を刺激するのはまずい。政府はともかく、「司闇」との対決は、今は避けるべきだ」

 代わりに、部下がアイデアを出そうとしたのを、総帥はあっさり却下した。

「我らが知り得た情報を、奴らが知らないはずがない。それに、未確認情報だが、奴らの一部が、キョウト地方に集まっているという情報も届いている」

 総帥の脳裏には、この時期に起きるイベントを連想していた。

 修学旅行に向かうキョウト地方で、数年に一回くらいの頻度で、謎の誘拐事件が発生していることを。

「そろそろほとぼりが冷めている以上、また奴らが誘拐を目論んでもおかしくない」

「では?」

「キョウトを中心に諜報を行え。実働部隊は待機と伝えろ」

「了解しました!」

 部下が新たな指令を受け取り、部屋から去った。

 一人になった部屋で、総帥は深い思考に沈む。

(あのニュースは真実なはずがない)

(奴らめ、どこに狙いをつけた?)

(・・・いや、まあいい。いくら「司闇」といえど、神には勝てぬ)

(そして、圧倒的な力にもな)

(我らは必ず、報復する・・・!)

 少しずれがあっても、今の所、計画が破綻している部分はない。

 残すピースはあと少し。

 そのときこそ、

 世界征服のために、立ち上がる瞬間だ。

 8年かけた、その野望を。




 飲食を終えた亮夜と哀叉は、近所の川にやってきていた。

 昼ではあるが、人はそれほどいない。もう少し暗ければ、シチュエーション的にはよいのかもしれないが、当の二人は、そんなことは考えていなかった。

 それどころか、今は雨が降っている。

 大きな橋の下で、二人は雨宿りをしていた。

「・・・天気予報をよく見ておくべきでした」

 哀叉がそう後悔しているかのように呟く中、亮夜は空を見上げていた。

 灰色に染まった空からは、雨が降る。

 世界の、自然の常識ではあるが、別の見方もできる。

 人間の、魔法が作り出した、雨という見方が。

 放出された魔法は、力を失い、ただの精霊となる。

 その精霊は、地域や発生した魔法に影響され、再び魔力を持つ精霊となる。

 多大なる精霊は、自然にも影響を及ぼす。

 それが、火を生み、風を呼び、地となり、水となる__。

「・・・亮夜?」

 その声を聞いて、亮夜の意識は現実世界に戻った。

「ごめん、考え事をしていた」

「今日はずいぶんとぼんやりしていますね。やはり疲れが溜まっているのでは?」

 思わぬ指摘を受け、亮夜は再び思考の迷宮に入り込んだ。

 確かに、まともに気を抜くのは、夜美を前にしている時だけだ。それ以外は、どんな時であろうと__たとえ、眠っていようが__、最低限の気は張っているつもりだ。

 実際、疲れは既に感じているのだが、哀叉にはっきりと指摘されるほどだとは思わなかった。

「・・・あれだけやったんだ。疲労しない方がおかしいよ」

「それは・・・そうですね・・・」

 哀叉は、あの夜、亮夜と夜美が何をしていたか、宮間に教わったことにより、大体知っている。

「ですが、「司闇」に襲われてなお、こうして普通にいられるのは、素晴らしいといいますか・・・」

 ただし、亮夜と夜美の真の立場は知らない。

「そんなことはない。本当は、夜美だけを連れて、逃げたかった」

「・・・え?」

 亮夜の思いがけない告白に、哀叉は固まる。

「でも、出来ることなら、君たちを見捨てたくなかった。それが今回、僕たちも君たちも運がよかっただけなんだ」

 哀叉からの言葉はなかった。

「僕はね、昔、全てを失いそうになったことがある」

「その時に、残ったのが、夜美だけだった」

「家も、家族も、魔法も、何もかも失って、この心も、本当は・・・」

 亮夜の過去に、哀叉は何も口を挟めなかった。

「夜美は、本当なら、僕が失うはずのものを、手に取ることも出来た」

「僕を見捨てれば、家族と、共にいることも出来た」

「それなのに、全てを捨てて、僕を選んでくれた」

 余りに凄惨な過去。

 哀叉が、両親を殺されたことよりも、ずっと悲しい、壮絶な選択。

 哀叉には、かける言葉すら見つけることが出来なかった。

「だからね、僕がここにいるのは全て、夜美が僕を選んでくれたからだよ」

「それが、僕の生き方を決めた」

「どんな世界にも、希望はある。それを追い求める」

「理想を、僕は捨てない。どんな現実だって、何もかも叶わない理想なんてない」

「・・・亮夜」

 夢を語る亮夜は、哀叉にとって、まぶしく見えるものだった。

「・・・だから、あの時、君たちを助けることが出来て、本当によかった」

「1年前より、理想の選択をとることが出来た」

 1年前と言えば、魔法協会の襲撃事件のことだろう。亮夜たちはあの時、いち早く離脱していた。

 今回についても、早々と離脱したものの、実際には、足止めなども行っており、結果的に、自分たちを助けられたということだろう。__言うまでもなく、そこまでの高潔な思考があったわけではないが。

「・・・すごいですね。そんな大変なことがありながら、夢を追いかけられるなんて・・・」

「力と権力のみで支配できるこの世界がおかしい。「司闇」の虐殺を始め、そのような理不尽をたくさん見てきた」

「その人たちを、僕たちは救いたい」

「どんなことがあっても、最後は己の意思が問われると、僕は思っている」

 本当に、この人の気力の高さには、尊敬の一言に尽きる。

 哀叉は、亮夜の夢と、それを支える強さに、深く感銘を受けていた。

「・・・私も、その夢を応援します」

「ありがとう」

 哀叉から受けた、応援には、他のものとは違う、決定的な光となる。

 そんな予感を、亮夜はしていた。




 その後も、亮夜と哀叉は、お互いの夢と過去を語り合った。

 言うまでもないが、お互いの真実、特に、亮夜の過去は断片的にしか語り合っていない。

 立場上、決して話すことが出来ない、裏世界の秘密。

 亮夜がそのことを隠し通すことについて、何の罪悪感も覚えなかった。

 そして、雨が止まず、結局、二人は雨に濡れながら帰宅した。

 しかし、帰宅途中、亮夜の身に大きな異変が起きる。

「ぐっ・・・!」

 精神力を使いすぎた(つまり、考えすぎた)ことが原因で、精神的な限界が来てしまったということだ。

 精神的な離散が発生し始めるが、亮夜はこれを抑えて、急いで帰宅した。

 離散に従ってしまうと、身体の崩壊に繋がってしまう。別に身体が溶けても__実際には違うが、見た目ではそう見える__、元に戻ることは出来るのだが、どうあがいても目立つ上、雨などと混ざる危険もある。

 大急ぎで家に戻り、玄関までやってきたところで、亮夜は床に倒れた。

 1分後、夜美がお風呂場から下着姿で出てきた。

「お、お兄ちゃん!?大丈夫!?」

 いくら亮夜のことをよく知っている夜美でも、無理はないだろう。

 部屋に勝手に戻っていたならともかく、玄関で倒れるなど、夜美には想定の出来ないことだった。

 亮夜が着ていた服を乾かして、亮夜が変化しかけていた身体が元に戻るまで辛抱強く待った後、夜美は亮夜をベッドまで運んだ。

 待っている間、ずっと下着姿のままだった夜美は、服を着替えた。

 本当は、亮夜が戻ってくるのに合わせて、風呂上りの姿を見せてからかおうとしたのだ。

 しかし、想像以上に遅く、のぼせそうになるまで入浴していた。

 外の人に見られないよう、亮夜が入って少し経ってから姿を現そうとしていたのだが、それどころではなかった。

 亮夜が意識を取り戻したのは、ベッドに戻ってから、1時間後の話だった。

「あ、気が付いた?」

「夜美・・・そうだ、玄関で倒れて・・・」

 いつもとは少し違う、極一部分に身体を触れさせる程度だった夜美に、亮夜は申し訳なさそうに話しかけた。

「心配したんだよ・・・」

「ごめんね・・・。さっさと、この副作用とけないかな・・・」

「これから、たっぷり寝ることだね」

「そうさせてもらうよ」

 そう言って、亮夜は再び目を閉じた。

 まだ、夕食は食べておらず、眠るのにも早い時間だが、ひと眠りくらいなら付き合ってもいいだろうと夜美は思った。

 しかし、直前までの醜態を思い出してしまい、夜美は顔を見せないように、うつ伏せで亮夜の横に潜り込んだ。

 結局、夜美は一睡もできず、延々と身悶えをしないように、謎の忍耐をするはめになった。

「・・・どうしたんだ?そんなに顔を赤くして」

「・・・なんでもない」

 まさか、真実を言うわけにもいかないので、夜美はただ、顔を赤くして俯いていた。

 一方、目覚めた亮夜は、妹の痴態(?)に疑問を覚えながら、こんな状況に満足感を覚えていた。

 その意識が表に出て、すっかり実体を取り戻した亮夜の顔には、笑みが浮かんでいた。

「・・・趣味が悪いよ、お兄ちゃん」

 あくまでも照れ隠しのつもりで、夜美はそう言い返した。

「いや、違うよ。戻ってきたなって・・・」

 しかし、夜美の予想は違っていた。

 代わりに、亮夜から返ってきた言葉に、疑問符を浮かべる。

「あんなたくさんのことがあったけど、ここに戻ることが出来た」

「こうやって、またバカ、いや、普通にすごすことが出来ている」

「そんな当たり前に、嬉しくなっただけだよ」

 このことをバカ扱いされたのはともかく、亮夜の言っていること自体は共感できたので、夜美は静かに頷いた。

「昔は、こんな夢を見ていたかもしれないしね」

「だからね、今、こうして夜美といられることが、本当に嬉しいんだ」

 昔は、こんな夢を、夜美は見ていた。

「・・・もう少しだけ、この夢を見てていいかな?」

 そうねだる亮夜は、まるで幼子のようだ。

 ときたま見せるこの顔に、夜美が逆らえるはずがない。

「・・・いいよ。・・・おやすみ」

 亮夜に身を寄せて、夜美は改めて眠りについた。

 亮夜もまた、再び眠りについた。

 二人の一日は、今回は早い時間で終わりを迎えた。




亮夜の側には夜美がいる。

夜美の側には亮夜がいる。

 それが、二人の見ていた夢だった。

 亮夜が世界を変える。

 夜美が世界を変える。

 今の夢は、まだ道半ばだった。

 それでも、二人には迷いはない。

 なぜなら、二人には、お互いがついているからだ。

 日常でも、非日常でも、何があろうと、それは変わらない。

 その事実が、二人の絆だ。


[続く]

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