12 僕は誰だ
謎の大爆発は、辺りのほぼ全てを廃墟へと変えた。
屋敷はほぼ崩壊し、辺りの地面は全てえぐり取られた。葉っぱは吹き飛び、土は穴が空き、石は砕け、大量の瓦礫が出来上がっていた。
その瓦礫の中、ある一帯がずらされ、一人の少女が現れた。
「はあ・・・はあ・・・」
爆発が起きた時、夜美は障壁魔法で身を守ろうとした。亮夜を助ける余裕などなく、自分の身を守るので精一杯だった。
だが、それはあっさり破られ、夜美は吹き飛ばされた。壁にぶつかる直前に魔法を張り直したことにより、致命傷は避けられたものの、瓦礫に埋まった。魔法の維持が精一杯だったため、彼女が瓦礫をどかし始めたのは、爆発が起きて2分後の話だった。
2分と言えば、かなり早いと思うかもしれないが、戦闘中の2分と考えれば、かなりの時間が経過したと言える。もし、華宵がさらに攻撃をすると仮定した場合、どれだけの攻撃を無条件で受けることになるかと考えれば、余りに致命的なことになる。
最も、魔法の維持をした2分間で、夜美の障壁魔法を崩すような新たな攻撃は発生しなかった。逆に、2分もの間、この状況に変化がなかったため、亮夜も行動していないと言える。
つまり、この戦いは、どちらかの勝ちが決まったか、あるいは、相討ちに終わったか__。
(お兄ちゃん・・・!)
亮夜と夜美の間には、明確に繋げられているというものはない。だが、感覚的に繋がっているという部分は、双方共に思っていた。
自身の内面に向けて、感覚を張り巡らせると、弱い光を感じた。
その場所は、少し離れた場所にある、瓦礫の下であった。
魔法で瓦礫をどかすと、その下には、亮夜と思しき男性がいた。
いや、亮夜であるのだが、夜美の知る亮夜とは、余りに見た目が変わっていた。
服はボロボロ、全身から出血の跡があり、身体はかなりやせ細っている。目の光は完全に失っており、かつての亮夜を彷彿とさせる、虚無感を漂わせていた。さらに、髪色が白くなり、老化現象でも起きたのかと思ってしまうような無惨な姿となっていた。
言葉にならない悲鳴を上げた後、夜美は亮夜を優しく抱きしめた。
とはいえ、あの時とは違い、まだ亮夜の意識は安定しているように感じる。単なる虚無に襲われているだけのように感じる他、やせ細った身体に関しても、すぐに折れそうとはいえ、身体的な崩壊自体は起こしていない。
とりあえず治療すれば何とかなると、胸を撫で下ろしたのだが、問題はここからだ。
例えば、華宵が再び襲い掛かれば、なすすべもなく亮夜を奪われるか、自分ごと殺されるかのどちらかになるに違いない。
政府か「聡明」の連中に見つかれば、この一件を追求されて、背後関係もバレるに違いないだろう。
しかし、荷物は「聡明」の屋敷に大部分を置いたままだ。このまま帰れば、身元漏洩に繋がる。「聡明」の連中が、そうやすやすと売り渡すとは思えないが、色々公にしたくないものがある以上、あまりにハイリスクであると言えた。
あれこれ悩んだ末に、夜美は聡明宮間たちに出頭することにした。
その頃、司闇華宵は、司闇のアジトの一つに身を寄せていた。
亮夜と魔法をぶつけ合った後、彼女は空へと吹き飛んだ。
その後、傷を治した後に撤退をして、部下たちと合流した後、アジトまでやってきたのだった。
あからさまなダメージを受けている上司を見て、部下たちに動揺が走ったのだが、華宵はそれを全て無視して、先を急いだ。
「華宵様、報告は私たちが__」
「いや、いい」
帰還中、部下から何度か代理報告という名の身代わりを希望されたが、華宵は全て無視した。
司闇の任務に失敗したものは、相応の罰を与えられる。
実際に華宵が失敗したのは今回が初で、たとえ大幹部格である血族であっても、例外はない。といっても、亮夜と夜美を除外すると、深夜が約半年前で初めて失敗した際に、初めて現世代の血族内で罰を与えられたので、実質的には2件目の例外なだけであるが。
華宵は、クールな性格とは裏腹に、部下や家族に対しての情は強い。正確に言えば、闇理のように使い潰すような冷酷な一面は目立たない分、誠実で冷徹な、あくまで長期的な効率を重視している。そのような思考タイプであるから、必要以上に部下たちを犠牲にするようなスタイルを、自分のスタンスにはしていなかった。
とはいえ、仕事において初の失敗報告だ。どんな人間であろうと、失敗を報告するというのは、気が進まないに違いないだろう。
華宵は少し気怠そうにコンソール前に座って、姿勢を意図的に正してから、本家のナンバーをプッシュした。
「華宵か、成果は?」
出てきたのは、実の兄である闇理。
何を考えているのか分かりにくい表情に圧される前に、華宵はさっさと報告することにした。
「申し訳ありません、目ぼしい成果を得ることは出来ませんでした」
悔しそうに華宵が報告すると、闇理は激昂した。
余りの剣幕に、華宵どころか、側についている黒服たちも、仰け反ってしまう。
「深夜どころか、貴様まで・・・!なんと無能な・・・!」
予想はしていたが、ここまで怒られると、報告しておくべき内容を出しそびれかねない。単に罰を受けるだけならいいとしても、情報すら送ることが出来なければ、組織としてのダメージになってしまう。
なんとか態度に焦りを見せないようにしながら、華宵は激昂した兄を制止しようとした。
「ですが、使えそうな情報は手に入れました」
幸い、耳を貸す程度の余裕はあったのか、闇理の怒りは一旦沈んだ。
「・・・ほう?」
「舞式亮夜、彼は我々にとっても、無視できない技術を用いているようです」
ふんぞり返った闇理は、先ほどまでの狂気的な一面は鳴りを潜め、如何にも上司と言わんばかりの態度で、冷徹にモニター先の華宵を見詰めている。
「彼は自身を魔力そのものとなる技術を使用。こちらと単純な能力を比較するのは困難ですが、安定性には優れていると予想できます。こちらも完成度が不十分である以上、奴の技術を一度は調べる価値があるとは思いませんか?」
最初は単純に魅力を伝えただけだが、あくまで闇理の考えを変えることを意識したのか、必要性の高さを訴えることにした。
「・・・そうだな。奴を利用する価値はあったということか」
「不本意なことにですね」
考えを変えた闇理に、皮肉げに便乗した華宵だったが、あくまで元の闇理の考え方に合わせただけだ。実際、この発言に気分を害した様子は見られなかった。
「今回は不問にしてやる」
「ありがとうございます。私は、これからキョウトへ向かおうかと存じます」
「ほう?」
とりあえず無実ということにされて、内心ほっとした華宵は、次の望みを口にした。
「そろそろ、キョウト地方の制圧の下準備をする頃です。今から仕込みを整えておけば、後々役に立つでしょう?」
いつになく手回しのいい妹を見て、華宵が何かを隠したがっていることを既に察した闇理だったが、それを蒸し返す真似はしなかった。単純に、華宵の実力が1位2位を争うだけでなく、意見自体は理に適っているからだった。
「好きにしろ。後で深夜と逆妬も合流させる」
「ありがとうございます」
次期当主への報告は、華宵の満足のいく形で終わった。
その表情は、兄が悪巧みを企む時の顔と、非常によく似ていた。
次の日、夜美は亮夜を連れて、宮間の部屋を訪れていた。
あの後、夜美が簡単に事情を説明して、すぐに新しく与えられた部屋に引きこもった。
この態度に、哀叉や政府から派遣された人物たちが反発したものの、宮間が機転を利かして、これ以上の追及は発生しなかった。その代わり、宮間が明日、個人的に事情徴収を行うという条件を突きつけられ、夜美はそれを受け入れることにした。
再び無事であった宮間の隠し部屋にやって来たわけだが、ここまで秘密主義を徹底されると、こちらの事情を正確に把握しているのではないかと思いたくなる。しかし、立場は相手の方が格段に上だ。亮夜をさっさと治療したいという不満を顔に見せないようにして、夜美は宮間の対面に座った。
「さて・・・もう分かっているとは思うが、昨日の件じゃ。話せることは、全て話してもらうぞ」
「はい」
宮間が少し凄んで見せても、夜美はシリアスな顔を全く崩さない程、動じなかった。
「まず、亮夜のその容体。大丈夫なのか?」
「ええ、きっと大丈夫なはずです。まだ不安定ですが、安定化はしています。時間さえかければ、元に戻るはずでしょう」
亮夜はあの後、身体は表向き、元に戻った。だが、骨や筋肉は最小限にとどまり、少し動かし間違えれば、あっという間に死にかねなかっただろう。幸い、夜美が眠りにつく頃は、重症程度に回復したため、別の問題が表面化する恐れはなかった。ただし、精神面はまだ不安が残る。どうやら、魔法化した影響により、大量のデータを吸収してしまったせいで、精神的に凄まじい疲労を負ってしまったようだ。その結果、未だに亮夜は夜美の側ですやすや眠っている。だが、精神障害そのものは発生しなかったため、とりあえず、瀕死の危機は脱したと言える。
「そうか。では、昨日のあの爆発、あの「司闇」が起こしたものなのか?」
「・・・はい」
嘘である。正しくは、亮夜と華宵の魔法のぶつけ合いで発生した、相殺である。
「奴の素性は?」
「・・・」
夜美が黙り込む。
基本的に交渉の関連は、大半を亮夜が行ってきた。その亮夜が昏睡している今、夜美が行わなくてはならないが・・・。
「奴の名は、司闇華宵。次期当主の妹だ」
うっすらとしながらも、その声ははっきりと聞こえた。
「お兄ちゃん!?」
「亮夜!?」
今の今まで、眠っていた亮夜が、突如、口を開いたのだから、驚くのも無理はない。
だが、夜美にとって、亮夜がその事実を口にしたことは、衝撃としか言いようがなかった。
「お兄ちゃん・・・。寝ぼけてなんかいないよね?」
それでも、嘘だと流してもらえることを期待して、わざとそんなことを言ってみる。
「ついさっき目覚めたところだよ。問題のないことなら、話してもいいだろう?」
それに対して、亮夜はむしろ、誠実を証明するような内容を解説した。
まだ回復しきっていないのか、明らかに夜美にもたれかかっており、声に関してもかなり無理して出しているように感じる。
しかし、亮夜が望むことならば、夜美に止めるつもりはなかった。
「そういえば、次期当主の名は闇理・・・。奴に妹がいたとはな」
一方、宮間は以前の情報と照らし合わせて、事情背景を察した。
魔法協会襲撃事件の顛末は、上流階級がシークレットとして知ることが出来る。魔法六公爵の統括部ともいえる「聡明」が知っていても、何のおかしいことでもなかった。
「同程度実力があると考えると、想像以上にまずいことになるな・・・」
「魔法六公爵のパワーバランスのことですか?」
亮夜ではなく、夜美が尋ねる。昨日聞いたばかりの話であることを重ねれば、多くの人物が同じ考えに至るだろう。
「うむ。今回、奴らが何を狙ったかさっぱりわからんが、この事実はまた魔法界に打撃を与える。それに、どうにも胸騒ぎがしてならぬ・・・」
「しばらく黙っておくべきでしょう」
そう返したのは亮夜だ。
「奴らの戦力が一部明らかになったとはいえ、それはほんの一部。1年ほど前にも、魔法界上層部に致命傷を与えた以上、尚更黙っておくべきでしょう。これ以上、魔法界の歪みを発生させないために」
「歪み・・・?」
宮間が思案に沈む一方、夜美は聞きなれない単語を口に繰り返した。なお、亮夜が本来知り得ない、政府上層部を知っていることを示唆する内容に、宮間は気づいていなかった。
「この世界は、また大きく変わることになる。それがいつ、どうやって、何が変わるか、全く分からない・・・」
いつになく分かりにくい言葉を繰り返す亮夜に、夜美は困惑しきっていた。
(・・・?)
実を言えば、亮夜もなぜ、このことを知ったのか分からない。
いや、魔法化したことで、大量の知識を吸収した影響なのだが、今の亮夜には自覚出来ていなかった。
自覚できない、大量の知識は、亮夜の精神に影響を与えていた。
亮夜の、魔法師としての、いや、一人間としての、アイデンティティを崩す程に。
知りすぎたデータから、導き出された、自分の存在価値__。
「・・・僕は誰だ?」
その呟きは、ここにいる誰にも届かなかった。




