11 覚醒、そして死闘
聡明の屋敷の入り口までやすやすと侵入した華宵は、複数の生命体が、ここから退き上げようとしていることを感じた。
少なくとも、彼女が知っているような相手ではない。
とりあえず、取るに足らない相手であると判断して、華宵は無視して屋敷内に侵入した。
先ほどの爆発と先発隊のおかげで、警備システム自体はほぼ崩壊している。
幸いなことに、先発隊はここに向かうまでに、離脱していることを確認した。
つまり、華宵がここで戦う理由をあげるとするならば、ただの暇つぶしや時間稼ぎでしかないということだ。
しかし、それは先ほどまでのこと。
華宵の感知に、「奴」が引っかかったのだ。
(む・・・。アイツ以外にも、聡明宮間らしき奴らもいる・・・)
いくら強いといっても、華宵は自分の実力を過信していない。
聡明宮間に、亮夜たちと同時に戦えば、自分が負ける可能性はゼロではないと華宵は思っていた。無論、負けるはずがないとも思っているが。__要するに、無視できないリスクが発生するかもしれないのだ。
(でも、私がいることが運の尽き)
華宵は、腕につけてある魔法道具を起動させた。
そして、魔法を発動させた。
「!?」
亮夜と夜美が身を隠して移動し続けている中、夜美の身に異変が起きた。
「しまった!」
通路の真ん中で、突如夜美が倒れた。
夜美が倒れる直前、亮夜は魔法を感知した。それは、夜美も同じだ。
だが、対応するための時間は致命的に足りなかった。
0.01秒を切るその一瞬で、魔法が発動された。
強力な魔法であればあるほど、発動するまでに時間と準備がかかる。
その分、感知されやすくなるリスクが発生するので、ダミーなどで目を逸らさせるといった対策をしないと、まず対応されてしまう。
亮夜ならともかく、夜美が相手ならば、よほど強い魔法でなければ、容易に対応されるに違いない。最も、魔法を直接無効化する技術も夜美は身につけているので、実際に大魔法を不意打ちで仕掛けるのは、不可能に近い。
その夜美が、不意打ちを仕掛けられた。
(夜美が・・・。いや、夜美の安全を確保するのが最優先だ!)
自分も感知能力を最大限まで引き上げて対応しようと考えたが、そのプランは即座に却下した。夜美を不意打ちで追い込めるほどの腕を考慮すれば、仮に感知出来ても、対応するのは不可能に近いと思い直したからだ。それならば、夜美の安全を確保した方が、効率的だと亮夜は判断した。
急いで夜美を担いで、自分の手元に確保して、それから感知を再開した。
「大丈夫か、夜美」
気休めだと分かっていながらも、亮夜は感知を解いていない。とはいっても、背負っている夜美に語り掛けるくらいの余裕はあった。
「・・・間違いないよ」
しかし、夜美の深刻すぎる声色に、亮夜は思わず夜美に神経を集中しすぎた。
「あたしたちに・・・もう気づいている」
その回答は、亮夜の想定しうる、最悪に近いものだった。
「司闇」と事を構えるのは、出来る限り避けたかったというのに、逃げるのが不可能に近い状況に追い込まれた。
ここで下手に動いても、見つかるのは時間の問題だ。
もはや、打つ手はないのか__。
一つだけ、あるとするならば__。
「・・・夜美、心して聞いてくれ」
亮夜はもう、不意打ちの警戒を解いている。いや、夜美に全神経を傾けていた。
「奴の前に打って出る」
そう前置きしただけあって、夜美の表情には、驚きの成分がたっぷり含まれていた。
それでも、悲鳴をあげるといったことはなく、亮夜に続きを促した。
「このまま逃げても捕まる可能性は高い。ならば、一戦交えて、隙をつく方がいい。別に勝つ必要はない。抵抗力を奪うくらいで十分だ」
口ではそう言っているが、それがかなりハードであることは、夜美にも、亮夜自身でも、分かっていた。
だが、夜美は不平を唱えることなく、亮夜の言葉に頷いた。
その代わりに、夜美は治癒魔法を亮夜にかけて、万全の状態にしてあげた。
亮夜は無言で夜美に感謝した後、今度は玄関に向けて足を進めた。
意外なことに、相手からの攻撃はそれ以上飛んでくることはなかった。
一発しか撃てない程の質や量しかないのか、作戦の都合で温存しているのかは判断がつきにくいものの、どうせ2度撃ってこない保証もないので、亮夜たちの作戦方針は変わらなかった。それに、魔法を仕掛けられた時点で、追跡されているのは目に見えているし、夜美の方でも、悪意のある敵を感知することは出来ているので、お互いに位置を知っていると考えられることも大きかった。
現在、敵は屋敷の玄関を出て少し進んだ所にいる。
少し前まで、外で移動していたことを考えれば、どう考えても待ち伏せされているに違いない。
亮夜と夜美は、覚悟を決めて、玄関を開けた。
その先には、長身のただならぬ雰囲気を持つ女性が立っていた。
「やはり来たか」
その声には、無機質な、ただ淡々と任務をこなしているような、冷徹さを感じる。
亮夜と夜美が油断なく構えると、その女性は少しショックを受けたかのような雰囲気をまとったように亮夜は感じた。
「・・・7年も経てば、そんなことも忘れるか」
そのキーワードには、心当たりがある。
7年前に関わった女性と言えば、あの人物しかいない。
「違うよ」
亮夜は、その人物と同じくらい冷たい声で、言い聞かせるかのように返した。
「7年如きで、いや、一生かけたって忘れられないさ。あなたたちのことをよく知っているならなおさらだ、司闇華宵」
その人物こそが、亮夜たちの姉、司闇華宵だ。
「・・・つまり、自分の立場が分かっているから、と言いたいわけ?」
「ああ」
華宵の推理に、亮夜は即答した。
「だったら・・・と言いたいけど、私は兄様とは違う。もう一度チャンスをあげる」
何の取引をされるか、亮夜たちは気を引き締めた。
華宵は手招くかの如く、右手を前に出した。亮夜たちからすれば、悪魔のサインとも捉えられる、不気味さを放っていた。
「今、ここで私に降伏して、「司闇」に忠誠を誓いなさい。そうすれば、もう脅かすものはない」
案の定、予想できた内の一つだった。ちなみに、他に考えられたのは、夜美を差し出すことや、亮夜を犠牲にすることなどだ。いずれにせよ、素直に頷くはずがないが。
もちろん、これに対する回答は「否」だった。
「それだったら、僕たちはここにいない」
「・・・」
亮夜と夜美の確固たる瞳を見て、華宵はこれ以上の交渉は無駄だと判断した。
「・・・言葉はない。半殺しにするまで」
ついに、華宵が亮夜たちに向かって突撃し始めた。
既に準備していた夜美の魔法が起動して、華宵の目の前に発動する。
案の定、華宵はその直前で留まった。
直後、華宵と夜美の魔法がぶつかり合い、爆風が次々と発生した。
華宵が連続で攻撃を仕掛けたのを、夜美が防いだのだ。
魔法の発動速度は、華宵の方が上だが、夜美も劣らぬ腕前を持つ。
身体能力を活用した回避を加えることで、時々素通しになっても、直撃は避けられた。
一方、亮夜は回避するのに精いっぱいだった。
華宵に一撃を当てて、隙を作りたいのだが、華宵と夜美の魔法合戦が早すぎて、割り込む隙が見当たらない。
ここで、華宵が新たなカードを切った。
亮夜たちの周囲から大量の闇が発生する。
夜美がそれを受け止めた。
その直後、同じ魔法が再現された。
ただし、先ほどの5倍ほどの規模で。
夜美がフルに障壁を起動させざるを得なくなり、亮夜たちは完全に閉じ込められた。
外から見れば、黒いドームが出来上がっていた。
「ダメだ、攻め手の差が多すぎる!」
「このままじゃ・・・!」
いくら夜美でも、華宵相手に、この魔法を受け止めるには厳しいものがあった。
このままでは、障壁を破られ、自分たちの敗北が確定する。
だが、夜美一人のキャパシティでは、この魔法に対応しきることは出来ない。
亮夜は、とっておきを使う覚悟を決めた。
外で魔法を発動させた華宵は、次々と魔法の準備をしていた。
使用した魔法は、「ダーク・ゲトバレット」。
大量の闇の弾丸が、一帯に集中させる。
華宵が使うとはいえ、これだけなら、夜美がどうにか相手できるものだった。
だが、もう一つの手が、それを許さなかった。
腕につけられた、ガントレットによるサポートが、この攻撃を無数に引き起こした。
司闇が開発した魔法技術、「ループ・サモン」。
発動させた魔法を増幅させて、多重発動を引き起こす、脅威の魔法技術。
現状、「ダブル・サモン」という技術は既にメジャーとなっており、こちらは2重の発動を引き起こす。だが、2重発動だけでも、魔法師には相当の負担がかかり、3重以上の発動をこなせる魔法師は数えるほどしかいない。
しかし、司闇はこれを魔法装置のみで重複発動のシステムを構築。さらに、理論上はいくらでも重ね掛けして発動を引き起こすことも可能になった。
最も、この技術は例によって違法改造をされており、強制的な魔法師とのリンクや、精神に悪影響を与えるような要素が満載だ。__ちなみに、一般にもこのシステムがあるのだが、最低限の2重発動をあくまで「サポート」する程度の水準しかない。
つまり、一つの魔法を発動させている間に、デバイスで5回分の魔法を準備させて、魔法領域をフルに使って、直後に5連続で発動させたのだ。
いくら華宵といえど、この魔法の連射は、ハードと言えるものだった。しかし、こちらにも対策は施されており(言うまでもなく非人道的な処方だ)、発動を終えた頃には、凛々しい表情を見せつけていた。
今度は少し時間をかけて、7重分の魔法を準備した。
その魔法を放とうとした時__。
夜美たちを覆っていた闇が、突如吹き飛ばされた。
大量に飛び散った闇が、華宵にも当たった。
華宵の本来の実力ならば、想定しなかったとはいえ、対処するのは困難ではなかった。
それでも当たってしまったのは、攻撃を最優先して、防御が疎かになってしまったからだった。
飛び散った闇以上の、大量の闇が、まだ解放されて間もない夜美たちに襲い掛かる。
しかし、飛ばされた闇は、障壁に当たると同時に弾けた。
「!」
この事態には、さすがの華宵も、動揺せずにはいられなかった。
先ほどまでの手応えの限りでは、この一撃で決着がつくはずだった。
それだけ、自分と夜美たちの実力に差があると思っていた。
それが、覆された。
亮夜が加わったとしても、ここまで明確な差が出るとは思えない。
シンクロ魔法やユニゾン魔法を使えるなら話は別だが、あくまで手数が増えるだけ。それだけで、華宵の魔法力を上回れるはずがない。
だとすると、華宵も知らない奥の手を使ったということか。
その答えは、亮夜を見て分かった。
兄が目指しているものの一つ、魔法化した人間の姿に、亮夜は変化していた。
障壁を破られそうになって追い詰められていた頃、亮夜は懐にあった、薬を取り出した。
その薬が何なのかを、二人はよく知っている。
夜美はそれを止めようとしたが、残念ながら、腕を回すほどの余裕はなかった。
代わりに、説得で辞めさせようとした。
「それはだめだよ!」
「そんなことを言っている場合じゃない!」
案の定、すぐに反論されたが、ここで止まる亮夜ではなかった。
この薬には、それだけのリスクが存在する。
だが__。
「今、打開するにはこれしかない。夜美、後は頼む」
この言葉だけを聞くと、命を犠牲に圧倒的な力を得るタイプのテンプレかと思うが、実際には、それよりはマシ程度のリスクだ。
だが、それだけのリスクに相応しい、最後の切り札とも言うべき、とっておきのジョーカーでもあった。
そのことは夜美にも分かっている。
そして、それを使わなければ勝てないということも。
押し問答は、二口目を返す前に終わらせることにした。
ここまで来てしまったなら、亮夜を助けることしか出来ないと、夜美は理解したからだった。
カプセル状の薬を、亮夜は口に放り込む。
飲み込んだ直後、亮夜の身に異変が起きた。
そして、自分たちを覆う、今にも破れそうな障壁魔法の上に留まっていた「闇」の情報を書き換えた。
狙う対象は、華宵。
亮夜がそれを実行すると、「闇」は払われ、華宵の元に飛んでいった。
(これが、覚醒薬の力・・・)
亮夜の使用した薬は、覚醒薬。
魔法師の能力を強く引き上げる、凶悪な一品だ。
ただし、その時間は然程長くなく、切れればそれ相応のリスクを引き起こす。
亮夜の使用したタイプは、全身を魔法に最適化させるように強制的な変化を引き起こすものだった。
自身の思考が全て、魔力に染まったように感じる。
あの恐るべき記憶も、全てが魔力と化した、何かの映像を見ているかのように感じる。
学校での成績は「10」である亮夜だが、その原因のほとんどが、魔法を準備するプロセスで異常を引き起こしていることであった。
その原因が解決されるならば、実力は妹である夜美や、同学年ナンバーワンの冷宮恭人などに全く引けを取らない。
しかも、この状態ではドーピング同然の強化までされており、今、亮夜は世界最高峰の能力を持つといっても過言ではない。
__これなら、勝てる。
亮夜の判断は、決して慢心ではなかった。
障壁が切れて、脱力した夜美を、亮夜は見向きもせずに判断した。
続けて飛んできた「ダーク・ゲトバレット」の7連射を認識した亮夜は、夜美を守ることを選択した。
使用する魔法は、障壁魔法。
魔法には、それぞれ相性があり、代表的なのは、6属性の相性だ。
障壁魔法は、無属性の一つとでもいうべき括りとなっており、これらの魔法と属性のある魔法では、強い方が弱い方を無力化するのが基本だ。
障壁魔法を始めとする、防御にカテゴライズされる魔法は、精霊を始めとする見えない力で、相手の侵入を防ぐ__つまり、攻撃を通さないようにするというのが、防御魔法の基本だ。
これらの魔法は、相手の攻撃全体に対応しなくていいといった、シンプルかつ分かりやすいタイミングの関係で、後だしで対応しやすいという利点がある。カウンターを合わせるとか、撃ち合って無力化といったやり方は、極めて高い技能が要求されるのだ。
今の亮夜では、このことも決して不可能ではないのだが、夜美を守りながら、カウンターを狙うのは非常に困難だと判断した。
結果として、亮夜は身を守ることを優先して、障壁を張ったのだ。
障壁が多量に飛んできた闇とぶつかり合う。
極めて優れた障壁に対し、多量に飛んできた闇は、突破することなく力を失った。
一方、相対する華宵は、このイレギュラーな事態に、さすがに頭を悩ませていた。
客観的に見ても、1対2でも、手玉にとることが出来る相手のはずだった。
それが今、その状況になっているのに、今にも追い詰められそうなことになっている。
亮夜の身に、何かが起きた。
それだけは、間違いない。
彼の身体のほとんどが、魔法を纏う、いや、魔法で構成されているかのようになり、攻撃的な意識が強く目立つようになっている。
__どんな奴も、最終的な結論は同じだろうか。
華宵はそう思いながら、いつにない強敵に、気を引き締めた。
ここからは、ただの殺し合いだ。
そう認識した華宵の瞳には、人間味のある光が失われていた。
華宵が亮夜の足元に魔法を仕掛けるも、亮夜はその場から消えた。
いや、速すぎて消えたように錯覚しただけだ。
魔法の感知すら出来ず、周囲に防壁を張り巡らせた華宵を、亮夜は背後から見ていた。
そして、魔法で固めた正拳を、華宵に叩きこむ。
直前で華宵は気づくも、防壁ごと吹き飛ばされた。
亮夜は吹き飛ばした華宵を、魔法で焼き尽くそうとした。
今度は、華宵が吹き飛んでいる間に魔法を発動。
使用した魔法は「ブラック・ホール」。
亮夜の背後に作り出し、足を奪おうとする。
亮夜はそれを、「フラッシュ・ファイア」を発動させた直後に、魔法ですぐさま消した。
瞬間的に発動しかけた炎は、華宵が魔法で排除することで消滅した。
二人はさらに、大量の爆発魔法を発動させた。
守りを最小限に回し、辺り一帯は凄まじい爆発で包まれた。
その様を、夜美は眺めていた。
無論、障壁を張りながら。
亮夜の魔法によって、華宵の魔法が無力化された後、少し後退して戦いを見守っていた。
だが、あの戦いは、はっきりいって異常だ。
現在の環境はともかく、世界最高峰の実力を知っている夜美からしても、この戦いは異常だと断言できる。
というか、「司闇」が化け物すぎるのだ。
次々に発生する魔法の余波で、辺り一帯にどんどん被害をもたらしている。
この後を見たら、戦争でも起きたのかと邪推してしまうほどに。
幸いなことに、中心である本屋敷は、まだ壊れていないものの、それ以外は、惨事の一言に尽きる。
外壁や地面には、人の穴や魔法で空けた穴が至る所にあり、爆発によるスモーク、さらには血や形用し難い色の何かが、あちこちに散らばっている。
華宵は亮夜からダメージを受ける度に、吹き飛ばされ出血を起こし、亮夜の身体からは、血と似た何かが垂れ落ちていた。時々、華宵の攻撃を受けて、腕や足が吹き飛んでは、腐るかの如く、消え去る。そして、亮夜の身体から、新たな腕や足が現れる。そういうものに耐性がなければ、恐怖をあおるのには十分すぎるものに違いない。
夜美は、時々口を押さえていた。ただし、吐くのをこらえるような仕草ではなく、驚愕の顔を見せないかのような仕草だった。
実際、夜美はその手の耐性には強い。だが、そうなった原因を本人の前で言えば、気分を害するに違いない。
いずれにせよ、精神的なショックをあまり起こさなかったのはありがたかったのだが、この状況を好転させるだけの能力とはならなかった。
今、亮夜の身に何が起きているのか、想像しただけでも恐ろしい。
今すぐにでも亮夜の助けになりたいが、この戦いに割って入り込むのは、夜美の腕でも厳しいものだった。
いくら「司闇」の力を持っている夜美でも、一族内では、底辺と言わざるを得ない腕前。お世辞にも、全盛期の亮夜、闇理に並ぶ実力とは言えないし、夜美もそれを自覚していた。
(どうしよう・・・)
今、出来ることと言えるならば、亮夜の無事を祈るだけ__。
そんな無力な自分が、とても腹立たしかった。
全身が魔力に侵されている亮夜は、華宵と凄まじい勢いで魔法をぶつけ合っていた。
攻撃に次ぐ攻撃で、時には打ち消し合い、時には相討ちに遭う。
攻撃の中、腕や足に直撃して吹き飛ばされるも、その痛みすら感じなかった。
吹き飛んだパーツは、溶けていくかの如く消え、代わりに新しい腕や足が生えてくる。
そして、徐々に薄れゆく意識。
身に余る魔力は、身を滅ぼすと、通説的にある。亮夜も、それを信じている一人だ。
もし、亮夜が正常に判断できるならば、この説は正しいと断言できるだろう。
しかし、身体の感覚とともに、消えてゆく意識の前に、そのようなことを考慮する程の思考力はなかった。精々、夜美は大丈夫だと分かる程度しかない。
彼はまだ気づいていない。
薬が切れる時が、迫っていることを。
一方、華宵はどうにかして喰らいついているというのが、正直な所だった。
彼女が想定している相手の内、自分よりも強いと断言できるのは、実の兄の闇理くらいだ。
それが、弟である亮夜に、確実に追い詰められている。
それでも、卓越な魔法力と、機転の速さで、致命傷は何とか避けられていた。
ここまでの戦いで、亮夜がどうなっているのか、既に見切っている。
彼は今、自身そのものを魔法に変化させて、超常的な魔法師と化しているのだ。
「司闇」のプロジェクトの中でも、人間の魔法最適化は、そう簡単にできるものではない。
とりあえず、実行そのものは出来ているのだが、あまりに副作用が強く、使い捨てにして使うのが精々だ。
それを、亮夜は再現している__。
この時、華宵の思考回路に、一つのパーツが組み込まれた。
この男を、調べるというパーツが。
1年ほど前のあの事件を終えても、「司闇」は亮夜たちの行方を追うのには消極的だった。
内部で既に、死亡説が囁かれ始め、司闇の「恥」を隠蔽しきれそうになっていたからだ。
あの事件では、任務の隊長格や、きょうだいの直属の部下といったエリート格を除いて、一切関わっていない。亮夜の学校を襲撃させたメンバーも、使い捨てにするつもりで送りこんだメンバーだった。なお、彼らは死亡していることを、亮夜たちが襲撃に来た時点で確認しており、実質的にも使い捨てとなっていた。
もう一つの原因としては、亮夜の「口約束」に、当主の呂絶がかなり本気にしているという点だった。
明確には断定できないものの、既に次期当主の闇理は、現当主の呂絶をも上回る腕前を持つ。
むしろ、その断定できない状況によって、どうにか呂絶の権力は保たれていると、華宵は見ている。
さすがに真正面から父に謀反するつもりはない(闇理もそうだ)が、その心中は、察するに余りあった。
呂絶との約束を反故にしてまで、亮夜を狙うことにしたのは、あくまで闇理に従って、彼の撃破を優先したからだった。
少なくとも、亮夜は自分から犠牲になろうとするタイプではないと、華宵は見ている。
もちろん、限度もあるだろうが、この状況で、生存率0パーセントの賭けをするのは、まずありえないと判断していた。
つまり、亮夜の使った技術ならば、ある程度の生存率は保障されている。
そう判断した華宵は、目的を変えた。
亮夜を叩き潰すのではなく、亮夜を捕縛する、と。
とは言ったものの、現状の状況では、相打ちになる可能性は否定できない。
既にこれまでにないほどのダメージを受けて、魔法によるサポートがないと、動くのも困難な状況だ。
だが、亮夜の魔法化現象は、徐々に弱まりつつあり、隙を見つければ、逃げることも十分可能だ。それに、亮夜が吹き飛ばされた魔力を再利用することもできるので、魔力が枯渇する恐れはゼロに等しい。それどころか、魔力が充実しすぎて、ドーピングに頼らずとも、超常的な魔法を放つ土台すら出来上がっていた。
これ以上、戦いを続ければ、増援が駆けつけてくるだろうし、夜美が突然参戦して不意を突かれるという可能性もある。
次の一撃が、最後だ。
華宵はそう判断して、とっておきの魔法を使う準備を始めた。
身体に、異常な痛みを起こし始めた__。
先鋭化した亮夜の意識に、そのような意識が芽生え始めていた。
身体が少しずつ硬直化し始め、それに応じて、その部位に猛烈な痛みを感じている。それに伴い、亮夜の意識は、現実にシフトし始めていた。
(もう時間がない・・・!)
華宵を見る限り、次に放つ一撃が、最後のようだ。
その前に倒せれば問題ないのだが、こちらも薬切れが深刻な段階にまで迫っている。もし、倒しきれなければ、後のことを夜美に賭けるしかない。しかし、ただでさえ勝てる保証のないこの戦いが、さらに不明瞭かつ絶望的なことになるだろう。
こうなったら、魔法を相殺するしかない。
亮夜は、ありったけの闇魔法を使うことにした。
しかし、意識の中に、具現化したトラウマが再生される。
自分の身体に迫る、女の魔の手が、闇理たちから飛んでくる鞭が、埋まる程のゴミが、腕や足、そして首を失う恐怖が__。
「・・・!!」
言葉にならない程の痛みが、亮夜を次々と襲った。
しかし、多量出血以上の身体的異常を起こすことなく、亮夜は極限の集中をもって、最大限の闇魔法を作り上げた。
少しでも気を抜けば途切れる意識を無理やり繋ぎ止めて、僅かな意識から感じ取られる、華宵の気配に向けて__。
二つの巨大な闇魔法が、激突した。
全てを吹き飛ばさんばかりの大爆発が、一帯を覆った。
後に、この正体不明の大爆発は、「聡明の悪夢」と称される事件として、語り継がれることとなる。




