8 絆2
亮夜と夜美が宮間に連れられた部屋は、地下の隠し部屋だった。
まさか、先ほどの自室の隠し扉から、地下に入れるなど、誰が想定したのだろうか。
この様子には、(色々な意味で)非常識の塊(と周りでは扱われている)である亮夜と夜美でさえ、唖然した。
同時に、多大な感心もしたが。
後で、この仕掛けについて聞いてみたいと思いながら、亮夜は目の前にいる、宮間の話を聞いていた。
この部屋は、秘密結社のアジトかと思うような、インテリアになっている。
真ん中に置いてある大きな水晶に、亮夜たちと宮間が向かい合って座っていた。
その一方で、周囲にはやたらと本がある。
この家には、書庫があったのだが、ここにもあるということは、機密性の高い代物があるということなのだろうか。
「この水晶に、お前が望むものを思い浮かべながら念じろ。わしがその後に念じて、お前の未来を予知する」
「はい」
既に、この件に関するリスクは承知している。
後は、言われるがままに、実行するだけだ。
亮夜は、両手を水晶に向けて、超能力__実在したと証明されている上、魔法の亜種であることが判明している__を使うかの如く、自分の望みを中心に、送りこむようなイメージをした。
今回は、魔法を使うわけではないので、いつものような幻痛を引き起こすこともなく、意識的な疲労のみで済んでいる。
「おお・・・!」
宮間が少し、感心したかのような声を上げる。
この水晶を扱うには、魔法を扱うスキルが高い必要があるのだが、亮夜が使用したそれは、常人を遥かに凌ぐものだった。普通の人が使えば、少し光る程度のものだったのに対し、亮夜の場合は、眩いばかりの光に満ち溢れていた。
夜美の成績も考慮して、元エリートであるというのは事実なのか、それとも、「想い」が異常に強いのか、いずれにせよ、間違いなく優れた「人間」であることは証明されていた。
宮間は、優れた「魔法師」はたくさん見ている。だが、優れた「人間」というのは、中々見られるものではない。
彼が感心するのも、無理のないことだった。
「よし」
宮間が亮夜と同じく、両手を水晶にかざす。
亮夜の念が宮間に流れ込む。
しかし、宮間はすぐに手を離してしまった。
「・・・どういうことだ?」
起きた現象に、宮間は驚きを露わにしている。
「お前は一体・・・」
「・・・何が見えたのですか?」
恐る恐る、亮夜が尋ねると、宮間は重々しく口を開いた。
「まだお前の中身を覗いていないが、お前の精神そのものがやばい。ここまで「闇」に染まっている精神は初めてだぞ・・・」
宮間の語る「闇」とは、司闇の血族を表すものなのか、それとも、亮夜のトラウマを表すものなのか、判断が全くつかない。敢えて言うなら、夜美が悲鳴を上げるかの如く、身体を震わせたということくらいだ。
亮夜は、ただでさえシリアスな表情をさらに増していた。目の隈などもあって、並の胆力では、恐怖に震え上がるだろう。最も、ここにいる二人は、その程度で動じない程には、胆が据わっているのだが。
ここで、夜美も未来予知の過程で覗いてもらえば、どちらなのかはっきりするだろう。だが、誰もその発想に至らなかった。仮に宮間がそう発言しても、亮夜は拒否するに違いないが。
「・・・そうですか」
「いや、すまん。もう一度、改めていくぞ」
再び水晶に手をかざした宮間は、改めて亮夜の疑似的な精神を覗き込んだ。
途中、脂汗をにじませながら、呼吸が荒くなっていく宮間を見て、亮夜も夜美も心配していたが、中断させるような真似はしなかった。
未来予知を始めて5分、宮間の精神が弱まり、イスに身体を預けて、大きく息を吐いた。
「宮間さん・・・」
亮夜たちは心配をにじませた声で、宮間に語り掛ける。
疲労を隠そうともしていない宮間が、亮夜たちの問いかけに答えたのは、秒針が一周以上した後だった。
「凄く見やすい意識力はあったが、お前を見るには大変な苦労をした。・・・お前たちのことだ、黙っておいたほうがいいだろう」
顔を顰めながら、疲労と嫌悪感が混じった表情をみて、亮夜は自分たちの立場を知られたと察した。
「結論から言えば、お前の望みが叶う可能性はある」
先ほどの不安を忘れて、亮夜は食い気味に、前のめりになった。夜美も同じように、前のめりになって、宮間に注目している。
「だが、そのためには、お前は大いなる試練に立ち向かわなくてはならない」
そう言われて、亮夜は思わず思考の狭間に沈んだ。
亮夜たちの目的の一つは、司闇一族を打倒して、自由を勝ち取ること。
その過程で手に入るとするならば、かなり厳しいものとなる。
今の生活を変える__まで思考して、亮夜は現実に意識を戻した。
今は、重要な話の途中だ。ここで聞き逃せば、一生を棒に降ることになりかねない。
「地はキョウト。そこでお前は試練に挑むことになる」
キョウトと言えば、トウキョウの双璧にして、亮夜の年で修学旅行に行くことになる場所だ。
管理システムなどの都合もあって、大々的な準備は、それほど必要とされておらず、二学期が始まるころに、正式に参加するかどうかが決められる。
想定しやすい事態を考えるならば、修学旅行中だろう。
だが、現状は、亮夜には修学旅行に参加するつもりはなかった。
「そして、その側には、夜美が見えた」
だとすると、修学旅行ではないタイミングだろうか。
「だが、それそのものは近い。それも、ほんの数か月程度の未来か・・・」
__いや、ほぼ間違いなく修学旅行だ。
「・・・なるほど、何が起きるのか、おおよそ察しがつきました」
亮夜にとって、これはかなり大きなチャンスとなった。
試練と、夜美が見えたことについては気にかかるが、修学旅行が、運命の分岐点であることが、ここでわかったのだ。
もし、ここに寄っていなければ、また修学旅行をパスしたに違いない。
そうなれば、未来は拓かれなかったかもしれない。
「・・・これが、わしの見えた未来だ。だが、気を付けろ」
宮間の警告に、亮夜たちは怯む。
「強くなるというのは、一人で成し遂げられるものではない。お前達ならもう分かっているだろうが、信頼できるということは、どんな不条理にも勝る」
表面的には、亮夜も夜美も理解していることだ。
「それと同時に、信頼を裏切られるというのは、最も不条理と言えるもの」
この警告には、亮夜も夜美も、目に見えて動揺した。
それでも、二人は宮間に一礼をした。
「最後に言っておく」
「お前達の運命を決めるのは、お前達だ。そのことを決して忘れるな」
亮夜たちは客間に戻った後、頭を悩ませた。
宮間の未来予知をそのまま繋げれば、修学旅行に夜美を連れて行くことが、絶対条件となる。
だが、夜美は本来、参加できない立場だ。
それを抜きにしても、亮夜は修学旅行に参加するつもりはなかった。
一人で連泊するなど、今の亮夜にとって、あまりにハードすぎる内容だったからだ。
もし、修学旅行に参加するならば、夜美をどうにかして連れて行くか、睡眠薬をほぼ完全なレベルに仕上げなくてはならない。
もしくは、リスクを直接受け入れるか。
結局、どんなに頭を悩ましても、答えが出そうになかったので、ひとまず保留することにした。
今、公の広間で、皆と楽しく(?)話している。
見知らぬ誰かと話すというのは、思ったより亮夜に負担がかかるものだったが、本質的には善人ばかりだったので、苦痛を覚えることはなかった。
その後も、スポーツからボードゲームまで、フリーダムに遊んだ。ここまで大真面目に遊んだことのない亮夜たちにとって、非常に新鮮だった。自分たちの存在だけで満足しきれないという我儘を覚えてしまうほどに。
それでも、入浴は、一人ずつで入ることにした。決して、同性の他人に裸を見せることが恥ずかしいわけではないと、亮夜も夜美も思っているが、この人たちに割り込むのは、どうしても畏れ多い気がしたのだ。
ここのお風呂は、男女別になっており、(体裁上では)一般家庭としてはかなり珍しい部類となっている。そのため、割と広いお風呂には、お互いの半身はいなかった。
亮夜がお風呂から上がった後、夜美を迎えたのは、亮夜が戻ってから1時間近く経過した後だった。
「夜美!心配した・・・」
亮夜と夜美のバスタイム時間は、だいたい同じ。どの程度の長さだったかはさておき、こんなに時間の差が出るのは、かなり珍しいと言えた。
実際、戻ってきてから30分近く経過した頃、亮夜は夜美のことが心配でたまらなくなっていた。風呂場まで確かめにいこうとしたのだが、さすがに場所が場所だったので、自重して、非常に悶々とした時間をすごしていた。__言うまでもないが、夜美や他の女性を覗こうというスケベ心があったというわけではない。
とはいえ、亮夜は本気で心配していたのも事実で、夜美に与えられた個室で20分ほど前から待機しており、夜美が戻ってきた途端、抱きしめようとしたくらいであった。しかし、非常に悲しそうな雰囲気を見せている妹を見て、動かずに絶句していた。
「ど、どうしたんだ、湯冷めでもしたか!?」
動揺を必死に抑えて、夜美の様子を伺う。
「ううん、大丈夫」
そんなことをいう夜美は、体調はともかく、精神的にはとても大丈夫には見えない。
しかし、亮夜は安否をしつこく尋ねるようなことはせず、少し引きながら、無理に落ち着けた。
夜美を部屋に招いた後、二人はベッドに並んで座った。一応、夜美が寝るのに使うかもしれないベッドなのだが、亮夜は遠慮なく腰を下ろし、夜美もそれを気にする様子はなかった。
ただ、いつもより二人の間隔が広い。いつもなら、密着か、少し身体を寄せるだけでくっつくほど、近くに座ることが多いのだが、珍しく20センチほど間隔を空けて、夜美が座った。
「・・・」
夜美はなかなか口を開かない。
亮夜は、夜美が話してくれることを辛抱強く待った。
無言のまま5分が経過した。
夜美も亮夜も、少し俯いて、お互いに向き合おうとしなかった。
夜美はともかく、亮夜はこの状況に居心地の悪さを感じ始めていた。
別に、夜美と一緒にいるだけなら、何時間居ても苦痛ではないと本人は思っているが、このシリアスな空気で、ずっとそばにいるとなると、息が詰まってしまう。
どこから話を切り出そうかと考え始めた頃、夜美が口を開いた。
「・・・寂しかった」
亮夜は、一切喋らなかった代わりに、顔だけを夜美に向けた。
夜美の顔には、孤独であった、かつての自分たちを思い出させる、悲しみの眼差しが浮かび上がっていた。
「・・・あたしが、こんなに弱い人間だとは思わなかった」
夜美が、想いを零す。
「・・・その程度で、弱いとは言えない」
亮夜は、静かにそう呟く。
「人間は、孤独には勝てない」
「孤独を自分の手で埋めることなんて出来ない」
夜美が見る亮夜の顔には、いつも自分に諭す時のような真剣さが欠如していた。
まるで、自分に言い聞かせているような・・・。
「だから、僕には夜美がいてほしいんだ」
「でも、本当は、夜美だけでは足りないと思っている自分がいる」
その言葉に、夜美は心の奥底で共感していた。本人が気づいたかは、定かではないが。
「夜美はどこまでいっても、妹なんだ」
「本当なら、父や母といった、頼れる人がいたはずだった」
「でも、僕にはそんな人は残されていなかった」
完全にではないが、亮夜の苦悩を、夜美は察した。
一般家庭では、父や母がいるのは当たり前だ。
子供は、父や母に甘えることが出来る。頼ることが出来る。
だが、亮夜には、そんなことが許されなかった。出来なかった。
「僕が本当の意味で頼ることが出来たのは、夜美だけだった」
それは、夜美も同じだった。しかし、夜美には、兄である亮夜がいた。自分より上である「兄」に、夜美は甘えることが出来た。
「でも、夜美は僕にとっては、守るべき妹」
能力的に言うならば、夜美が亮夜を守っているというべきなのだが、亮夜は気づいてなお無視して、夜美はそんなことに意識を向けてすらいなかった。
「兄として、僕は常に孤高にいなければならないんだ」
本当の意味で、孤高であったかはともかく、兄として頼れるように頑張っていたことは、夜美もよく知っていた。
夜美本人が決めなくてはならないことを除いて、常に亮夜が矢面に立ち続けた。そして、その間、亮夜が弱音を吐くことはないに等しかった。どれほどのピンチであろうと、亮夜が弱みを見せなかったからこそ、夜美も亮夜を信じ切ることが出来たのだ。
「でも、僕だって、夜美に甘えたい時はあるし、夜美には僕の全てを見せられる」
その一方で、夜美を信じることが、亮夜の心の支えでもあった。
「これが、「弱い」とするなら、僕は「弱い」人間でいい」
「・・・でも、夜美には、弱い「兄」しかいないことを、申し訳なく思っている」
亮夜の声には、不安はなかった。己の無力を嘆いているようには感じたが、そのことを言い訳にしているようには、夜美には感じなかった。
「・・・そんなことはない」
だから、夜美はこのことを本心から否定したかった。
夜美は亮夜を見詰め、亮夜も夜美に合わせて顔を向けた。
「お兄ちゃんは弱くない。あたしが保障する」
「自分の信念を曲げずに、諦めない。その人が、「弱い」はずがないよ」
「それに、お父様がいなくても、お母様がいなくても、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」
今度は、亮夜が慰められていた。
「だって、あなたは、あたしのただ一人の、亮夜お兄ちゃんだもん」
その一言は、亮夜が感激するのに十分な一言だった。
泣きそうになるのをこらえて、亮夜の心の中に、一つの強い意志が生まれた。
「そうだね」
虚勢と見間違うかの如く、真剣な目つきを向けられた夜美は、少し驚くも、同じように亮夜を見返した。
「僕は、君にとって、ただ一人の、兄。そして、絶対でなくてはならない」
亮夜の演説(?)に、夜美は頷く。
「宮間さんはああ言ったけど、簡単な話だ」
「僕は君を信じる」
「そして、僕は絶対に君を失望させない」
「夜美も、僕を信じていればそれでいい」
言っていることはどれほど簡単だとしても、それがものすごく難しいのは、少し考えればわかるはずだ。
それでも、夜美は否定せず、亮夜の約束と願いを受け入れた。
「何があろうと、僕と君の信頼を、崩させはしない」
最後に、亮夜はそう締めくくった。
夜美はただ、頷いた。
全てが終わった後の二人には、悲壮感などなく、ただ、充実した気力に満ち溢れていた。




