9 忍び寄る影
瞑想を始めて、おおよそ3時間が経過していた。ほぼ無の境地に至っていた亮夜だったが、雑念が一切ない分、勘がよく働いていた。
その勘が、彼の意識に異常を知らせる。
(邪悪な何かが忍び込んでいる・・・?)
亮夜のこの勘は大抵当たる。今も、何者かが侵入していることを予感したのを信じていた。
無論、すぐに調べに行くほど、亮夜は自身の能力を高く評価していない。
タクトと、小型の魔導書に、細かな武装用具を所持して、亮夜は部屋から出て調査を始めた。
眠っている陸斗は放置して。
部屋から抜け出した亮夜は、先ほど感知した場所に、周囲を警戒しつつ近寄る。
ここに忍び込んでくるというなら、相手は魔法師だ。魔法師でないなら、セキュリティの都合上、強引なやり方で侵入しないといけない。警報なども鳴っていないこともあって、今回の相手は魔法師だと、推測するのは難しくないだろう。
亮夜は、魔法師対策用のアイテムは所持していない。というか、普通の人ならば、所持できないのが普通だ。つまり、必然的に厳しい状況で戦うことになる。
他者に応援を呼ぶにしても、今は就寝時間だ。普通の人ならば、寝ていて当たり前だ。こうした事情で、まず孤立無援で戦うことになる。
普通に考えるならば、大人しく部屋に閉じこもるのが無難だ。しかし、亮夜はそのような選択はとらなかった。
本当は、このようなことは魔法警察などがやるべきことだ。相手が未知数だからというのは分かる。学生だから矢面に立たせたくないというのも分かる。だからといって、亮夜は逃げるつもりはなかった。
かつて、彼の身に起きた悲劇。その悲劇から救ったのは、全てを捨てて、自分を助けてくれたあの人。その後は、亮夜は魔法世界から離れた世界を歩んでいた。だけど、ある時に気づいた、魔法世界の闇。強くなることを、支配することを目指す、魔法の力。そのために犠牲をいとわぬ、一般人たち。その様は、かつて悲劇を起こしたあの一族のようだった。
魔法とは、力を示すものではない。
魔法とは、奇跡を起こして助ける、つながりをもたらす力だ。
自然と調和し、神聖な力だというのに。
亮夜は、その世界に失望を覚えた。それと同時に無力となった自分に強い期待を持った。
名を失った自分が、魔法世界を、正しく一から歩み切る。
自分の力で手に入れた名声で、あの一族を見返す。
そして、自らの行動で、他者を救う。
それが、亮夜のあるべき魔法師の姿だった。
だから、困っている人たちを見過ごすわけにはいかない。自分の力で助けなくては、助けられたはずの人も、助けられないかもしれない。
それを、悪者に置き換えても同じだ。自分の手で、悪事を止める。
亮夜の行動は、理想を叶えるべく、弱者を助ける、理想主義そのものであった。
亮夜に追跡されていることも知らずに、侵入者はフロアの隅に集まっていた。
彼らがここにやってきたのは、上司からある人物を誘拐することを指示されたからだ。
日中に動けば、勘づかれる危険が高いが、今は就寝時間。その情報を得ている彼らにとって絶好のチャンスだった。
しかし、目標のフロアまであと少しという所で、足を止めなくてはならなかった。
人の気配を感じて、そちらに注意しなくてはならなかった。
「おい、そっちにだれかいるのか?」
侵入者は3人組の男。今、声をかけたのは、長身の渋い印象を与える男だった。
「ああ、だけど一人だ。やっちまおうか?」
それに答えたのは、痩せ気味の鋭い印象を与える男。
「いや、一人とはいえ、騒ぎを起こすのはまずい。やりすごすべきだ」
対応したのは、サングラスをかけた黒コートの男。
この黒コートの男に従い、黒マントの二人の男は階段の上を目指そうとした。
しかし、彼らが上がろうとした時、上から声をかけられた。
「何をしている?」
誰かがそばにいることは予想していた。
しかし、上にいた人物には気づいていなかった。
上を向くと、魔法師ならば、よく知っているはずの人物が立っていた。
「私の目をごまかせると思うな」
「れ、冷宮恭人!」
そう、今期の新入生総代にして、エレメンタルズ「冷宮」の跡取り、冷宮恭人が上の階に立っていたのだ。
恭人は飛び降りたかと思うと、浮遊魔法を使うことで、階段の途中(つまり、侵入者たちと恭人がいたフロアの間)に着地した。
「やはり魔法師か。貴様らは私が捕らえてやろう」
恭人が宣言すると、魔導書を取り出し、魔法を放とうとするサインを見せた。
いくら怪しいとはいえ、この時点では、侵入者という確固たる証拠はない。
ここは、魔法師向けのホテルであり、魔法センサーが多数設置されている。もちろん、この階段の途中にも設置されていた。
最も、魔法センサーは魔法を使わないと感知されない。感知や浮遊する程度の魔法ならともかく、実際に現象を発動させないと、感知することはないというシステムであった。
つまり、この時点では両サイドともに魔法が感知されていないこととなる。ここで恭人がうかつに先手をとると、逆に魔法の無断使用などで恭人が捕まる可能性もある。
だから恭人は今、魔法を放つ準備をして、様子をみているのだ。
一方、侵入者の三人は、どうやって対処すべきか思考を巡らせていた。
純粋な魔法対決では、三人とはいえ、「冷宮」相手に勝てる見込みはないに等しい。
だからといって、ここから逃げ出す選択肢はない。
一応、相手は身体能力でいえば、ただの高校生だ。物理で抑えれば、こちらにも勝機があるだろう。
三人はアイコンタクトをして、恭人に飛び込もうとした時、外れていたイレギュラーが彼らを襲った。
強力な風の弾丸が仲間の一人を襲った。たちまち、渋い男は吹き飛び、階段に激突した。
「そこまでだ、悪党ども」
先ほどまで、意識を外していた背後からもう一人の男が現れた。
亮夜は、階段の裏で、恭人の口上を聞いていた。この状況ならば、相手は恭人に集中すると読んだ亮夜は、魔導書から風の弾丸を飛ばす「ウインド・ブレッド」を発動する準備をした。その時にも、悪魔のように笑う男の幻覚を起こすも、少し魔力を注げば発動させられるようにした。
そして、侵入者の三人が動いた時、亮夜は「ウインド・ブレッド」を放ち、見事命中させたのだった。
「おい、勝手に手を出しやがって、ただじゃすまんぞ!」
相手が恭人から注意をそらした時、ようやく恭人は、裏で舞式亮夜が待ち伏せていたことに気づいた。
吹き飛んだ一人が起き上がり、三人がかりで亮夜を囲もうとするのを見た恭人は「アイス・ウォール」を発動させた。
亮夜の前に大きな氷の壁が現れ、三人は亮夜にぶつけるはずの拳を、氷の壁にぶつけた。
「くそ、まずは冷宮からだ!」
対象を切り替え、改めて恭人に襲い掛かる三人。
しかし、恭人にとって、まともな2流以下の魔法師など相手にもならない。
「無駄だ」
冷気の風を発生させ、真下に叩きつけることで動きを封じる「アンダー・ブリザード」。
恭人から放たれたその魔法は、三人を封じ込めた。
仕留めるべく、「アイス・ナイフ」を放とうとするも、既に周囲の力が不足してしまっていた。
魔法を使うには、精霊の力を借りて変化させなければならない。
それは、どんなに優れた魔法師でも同じことだ。
そして、精霊は場所によって総量は大きく異なる。
ここは、人工的かつ、隅に属している上、恭人が2度強力な魔法を使ったことにより、精霊の力が既にほぼなかった。
この不利な状況を、亮夜も恭人も気づいていた。
「アンダー・ブリザード」が切れても、相手が動くならば、恭人でも苦戦は避けられない。
亮夜は、やむを得ず、もう一つの力を使う準備を始めた。
そして、二人の不安は当たってしまった。
黒スーツの男が、防御魔法を使い続けたことにより、確かなダメージをうけつつも、何とか耐えていた。残りの二人は倒されたとはいえ、敵が一人残っているのは大きな状況は変わっていない。
「ふん、楽しませてはくれたな。だが、場所が悪かったようだな!」
二つの魔法が解け、恭人は次の魔法の準備をしているが、先ほどまでの余裕な顔がわずかに崩れている。「アイス・ウォール」が切れて現れた、横にいる亮夜も同じような状況だ。こちらは恭人とは異なり、苦痛で顔を歪めているような感じであった。
二度、恭人にとびかかろうとする。
しかし、今度は飛ぶ前に、横にいる人物への注意を向けなくてはならなくなった。
亮夜から凄まじい魔力を感じる。それも、先ほど恭人が放った魔法の時とは比較にならない程の濃く、強烈な魔の力だ。
今の亮夜は、普段の優しそうで、やや不健康そうに見える姿から一変して、魔法を感じる者ならば、全身を魔力で覆いつくされそうな勢いで迸るように見え、そうでなくとも、顔つきも、雰囲気もかなり異なる冷血漢にも見える印象を与えていた。
「舞式!」
全く想像もつかないことになり、さすがの恭人も口では焦りを隠せていない。黒コートの男に至っては、完全に狼狽えている。
「こんなことのために使うのは情けないが、消えてもらう」
亮夜が独り言のごとく呟いた言葉が終わった時、
凄まじい魔の力が、三人の男を貫いた。
余りの力に、恭人ですら普通の目を向けるのも困難になっていたほどだった。
実際にしっかりと目を向けた時には、三人とも完全に倒れていた。
「なんという力だ・・・」
もし、自分に向けて撃たれていたら、耐えることすら困難だと思えるほど強烈な力だった。
そしてそれを、10組の亮夜が放ったことに、もっと衝撃を覚えていた。
しかし、恭人は肝心なことを忘れていた。
亮夜が無事なのかを確認していなかった。
「舞式!?」
少し探しただけで亮夜を見つけたものの、彼は壁によしかかっていた程、疲労していた。
「・・・どうにか、終わったね・・・」
「さっきのはすごかったが・・・どうしてそんな無茶をしたんだ!」
「・・・君がここに来たのと、同じ理由じゃないか?」
声はすっかり弱弱しくなっていたが、それでも亮夜は、はっきりと答えていた。
「・・・そうか。ところでお前、立てるか?」
そして恭人は、亮夜の言いたいことを理解していた。
「・・・いや、だけど少し休めば立てるさ・・・」
「・・・分かった。ところで舞式、いや、亮夜。先ほどの件は秘密にしておいてやる」
一方、亮夜は恭人の先ほどまでとは少し違った態度に驚いていた。
とはいえ、このことを秘密にしてもらえるならば、二人にとっても都合のよいことになるはずだ。
亮夜は、恭人の善意に甘えることにした。
「分かった。動けるまでは、私がここにいてやろう」
それから、二人は少しだけお互いを語り合った。まだ知らないことも多い二人ではあったが、お互いにとって絆が結ばれたのは、もう少し先の話であるが、1と10が手を取り合ったことは、大きく運命を変えるきっかけとなったのだった。




