7 絆1
亮夜が退室した後、再び会食の席に戻って来たのは、15分ほど後の話だった。
既に席が亮夜たちの分を除いて、全員分埋まっており、座る場所に迷うことはなかった。
いくつかの料理も並べられており、みるからにおいしそうな一品ばかりだ。
「亮夜・・・大丈夫ですか?」
亮夜たちが席につくと、向かい側に座っていた哀叉が、心配してくれた。
正直に言ってしまえば、完治しているわけではなかった。今も、気を抜けば、ショックの虜となってしまう。
とはいえ、もっとひどいトラウマたちと違って、まだ軽いレベルのものだった。
だからこうして、夜美にくっついて、精神を安定させようとしていた。
「うん、一応。無理そうだったら、すぐに失礼することになるけど」
肩を並べて食事というのは、礼儀的に褒められたものではない。
「すみません。このような、節度ない態度をとらないと、落ち着かなくて」
言ったところで、藪蛇になるか、無駄としか言いようがないというのは分かり切っているのだが、それでも、亮夜はそう謝罪した。幸いなことに、咎められることはなかった。
ひとまず、ここにいる余裕は得られたので、会食の席を伺う。
ここに座っているのは、自分たちや宮間を含めて、9人。
その中には、ここで初めて会ったという人物もいる。
例えば、すぐ右前にいる、見ていると精神衛生的によくない、哀叉より少し年上のように見える女性とか、夜美の左側にいる、眼鏡をつけて、夜美より少し年下に見える少女とか。
逆に、哀叉の左隣にいる、少し軟派な感じがするが、見た目はいい少年は、この屋敷を訪問する際に、少しだけ声を交わした知り合いとなっていた。
見た目や、関係などで、少し困った部分はあるものの、根はいい人ばかりだ。特に、宮間を始めとする、自分たち3人を除いた6人は、まるで家族のような、仲の良さを見せていた。
哀叉はともかく、亮夜や夜美にとって、実に久々なことだった。この名を背負うことにしてから、二人分しか味わうことしか出来なかった、この感覚が。
夜美に至っては、家族というものを、知らない。父はどちらかと言えば、孤高の存在で、兄たちと相手するには、居心地がいいとはいえず、本当に家族としての情を持てたのは、今もなお自分の兄である、亮夜だけだった。
食事を続けていると、6人は本当に仲がいいのだと、嫌でも思い知らされる。亮夜と二人きりでいることに不満は微塵もないのだが、「家族」という温かさに、夜美の心は大きく揺さぶられた。
「・・・夜美。・・・泣いているのかい?」
亮夜にそう言われて、夜美は自分の目から涙が出ていることに気づいた。
その瞬間、自分の中に、強い感情の揺らぎが起こった。
「すみません、皆さん。また、席を外させていただきます」
それを察した亮夜は、夜美を立たせて部屋を再び出た。
2回目ということで、お供抜きの二人きりで、亮夜たちは先ほど使った客間にやってきた。
正確には、客間の手前に。
「うっ・・・うっ・・・」
夜美が本格的に泣き出してしまったため、宥めることを優先しなくてはならなかったからだ。
「夜美・・・」
いつもなら、気の利く一言でもかけてあげる亮夜も、今回はかける言葉が見つからなかった。
ただ、泣いている理由は察しがつく。
「こういう時、兄という立場では、少し困るな・・・」
まるで家族のように仲がいい6人を見て、亮夜の心にくるものがあった。
感情が異常である自分でも、そう感じるのだから、夜美が感極まって泣き出してしまうのも仕方がない、と亮夜は思っている。
しかし、対処が出来ないことほど、困るものはない。
自分たちの本当の家族__精神的ではなく、血縁的にだ__とは、再会することは叶わないだろう。このような、家族とは。
今の二人には、「兄」と「妹」しかいない。
ここで、亮夜は「家族」というものを、少しだけ羨ましく思った。
「・・・ごめん。お兄ちゃんがいるのに、お父さんやお母さんたちも欲しいというのは、贅沢だと分かっているのに・・・」
抱きしめられて、頭を撫でられていた夜美が、収まっていくと、寂しげに呟いた。
「そんなことはない。「父」も「母」もいて当然だ。なのに、僕たちはそうではなかった。夜美がそう感じるのもおかしくないよ」
「・・・ふふっ」
「どうしたんだい?」
亮夜は、夜美を慰めるために、そう口にした。
それなのに、夜美は少し面白がっているような笑いを見せた。
妹の唐突な反応を理解できずに、亮夜は疑問を尋ねてみた。
「昔は、お兄ちゃんにそのようなことを教えていたのに、今度は逆に教えられるなんて、ちょっとおかしいなって・・・」
「・・・あれから、少しは成長したかな」
「してるよ。あたしが保障する」
最初は、亮夜が心配していたのに、今度は、亮夜が笑みを浮かべていた。
「どうしたの?」
「やっぱり、夜美といられてよかったなって・・・」
真面目と笑みが同居した顔を見せられて、夜美の顔は赤く染まった。
「こうして話していると、もう一人の僕がいてくれるという気分になる。性格も、見た目も、何もかも違うというのに、君がいると、すごく安心する」
「僕は珍しいと思っているよ。一体感を覚えるほど、信用できる相手がいるなんて。家族でも、そうそういないんじゃないかな」
家族と言われても、夜美にはぴんとこない。
それでも、亮夜が自分を深く信頼していることは、今更言われるまでもなく、分かっていた。
「大丈夫だよ。僕には君がついているから、一人じゃないと思える。だから、夜美も僕がついていると分かってほしい。僕と君の信頼は、何があろうと揺るがない」
本当は、亮夜の気遣いのベクトルが間違っていることに、夜美は気づいていた。
だが、それを指摘する気にはならなかった。何より、自分を気遣う、亮夜の好意を無下にすることなど、出来なかった。
それに、自分を信頼してくれていることを、全身から伝えてくれることが、夜美にはとても嬉しかった。
再度、会食の席に戻って来た亮夜たちは、何食わぬ顔で、箸をとった。
2回も退席したからなのか、二人とも、この空気にようやく慣れてきた。亮夜も、精神ショックを起こさない程度のメンタルが身に付き始めていた。
さすがに、食べ終わるのは、二人が最も遅かったが。
「ごちそうさまでした」
食卓の片づけは、メイドたちが担当しているので、亮夜たちは問題なく部屋から出た。
「これからどうしようか」
ひとまず、今日はここで泊まることが確定している。
食事の時間などを考慮しても、4時間は余る。
他のみんなは、全員が散らばって、皆で話し合うといったことが出来る雰囲気ではない。
だからといって、誰かについていくというのも、特別扱いしているような気がして、気が引ける。
少し考えれば、とてつもなく見当違いなことを思考していたということに気づいて、亮夜は苦笑した。
それから、亮夜が再び口を開いたのは、秒針が一周した後だった。
「もう一度、宮間さんに会いにいこう」
「お願い、決まったの?」
先ほど、亮夜は宮間から、少しばかりの知恵を授けるという約束をされている。
亮夜は言うまでもないが、夜美も、この件がかなり貴重なものであるということは、しっかりと理解していた。
「先ほど、皆の話を聞く限りでは、「聡明」は未来を見通す力があるらしいからね」
「・・・!」
「・・・驚くのは分かるけど、聞いていないわけじゃないだろうね?」
「・・・食べるのに夢中だった」
魔法は、非常識の現象を引き起こすもの。
その一面だけを見るならば、未来予知が出来ても、何らおかしいことではないと思うだろう。
だが、未来を予想するというのは、とんでもなく難しいものだった。
魔法を研究する学者と、「聡明」の一族の合作で、未来予知の原理を解明しようとした研究があるのだが、残念ながら、明確な答えは出せなかった。
より正確に言うならば、難易度の高さが分かっただけだった。
通常、魔法を発動させるには、精霊の力などを使うなりして、イレギュラーな現象を引き起こさなくてはならない。その基本は、炎などの現象から、高速移動まで、基本的な要素は変わらない。もちろん、未来予知も、その基本は変わらない。
魔法の難易度の高さは、規模の大きさと、現象の複雑さの2つで表される傾向にある。規模が大きいほど、大量の精霊を行使する力が、現象が複雑であるほど、魔法を組み立てる精神力の強さが必要になってくる。未来予知は、後者が原因で、困難であった。
一言で言うならば、取り扱う情報が多すぎるのだ。
どの程度先を読めばいいのか、人員の介入をどの程度許すのか、周囲をどの程度把握するのか、他の魔法とは比較にならないほど、情報量が桁違いに多い。
並の魔法師では、確実にパニックを起こすレベルで、汎用化させるのは、最終的に不可能と、現時点では結論付けられていた。
「・・・やれやれ。まあ、事情が事情だ。強引に情報を抜き取られるなんて考えにくいさ」
そのこともあって、いくら「聡明」であろうと、未来予知は手軽に出来るものではないと、亮夜は思っていた。自分の裏事情に関係するリスクを無視したわけではないが、取り返しのつく方法はあると、亮夜は判断した。
メイドに、宮間の面会を希望した後、すぐに呼び出しが来たので、亮夜たちは応じた。
案内された部屋は、古めかしさがたっぷりある、古代の図書館を連想させる部屋だった。
その奥に、宮間が座っている。
「ここに来たということは、何を知りたいか、決めたのか?」
部屋につくなり、宮間はすぐにそう尋ねた。
ここに来た時点で、亮夜の答えは決まっていたので、特に戸惑うこともなく、肯定を返した。
「ええ。先ほどの会食のおかげで、未来予知に縋りたくなったのですが」
亮夜は何の臆面もなく、そう答えた。
駄目元と言えば聞こえはいいかもしれないが、控えめに言っても、かなり図々しいと言えた。
実際、宮間は面を食らったような表情をしていたが、すぐに取り繕った。
「念のため言っておくが、わしは占い師ではない。ものによっては聞いてやらんでもないが、おいそれと頼れるものではないと思うな」
やはりというべきか、未来予知には相応の問題があるようだ。
その材料を得たことを心に記しておきながら、亮夜の思考は止まらなかった。そもそも、未来の攻略を直接聞くつもりもなかったので、「このくらいなら」という、少々、小市民な考えだったので、宮間の発言を問題としなかったという部分もあった。
「では、僕が魔法の力を取り戻すことについて、予知出来ませんか?」
既に力を失って7年。
ここまで様々な方法で、解決策を探してきた亮夜だったが、根本的な解決は出来なかった。
もはや、並大抵のことでは、どうにかならないかもしれない。
ひとまず、既に一人間として、一生をすごす覚悟はある。
しかし、魔法師として生きるならば、本来の力を取り戻すことは、必要不可欠だと、亮夜は思っていた。
だが、そのためには、何一つ道が見えない、未知の領域へ進み、ゴールへとたどり着く必要がある。
その道を探すために、亮夜は今、「明鏡」の力に縋っているのだった。
「・・・ほう?」
幸いなことに、宮間の門前払いとなることは避けられたようだ。興味を見せる宮間に対して、亮夜は話を続けた。
「昔は、夜美と同じくらい、魔法を使うことが出来ました。ですが、ある時に事故を起こして、上手く使えなくなってしまって・・・」
とりあえず、知られても問題のない程度に、亮夜は事情を明かした。
「亮夜」
しかし、宮間にダメ出しをされた。
「わしはこれでも、未来予知の使い手。相手の心を読むことは、それほど難しいことではない。もし、本心から言わなければ、予知も不確定なものとなる」
嘘の心、偽りの心や、不明となるものがあればあるほど、材料が減る、もしくは使えなくなる。その分だけ、未来予知に難が生じると、宮間は言っているのだ。
想定はしていたが、亮夜は迷った。
ここで、「司闇」を出していいものなのか。
ここにいるのは、宮間のみとはいえ、確執は先ほど聞いたばかり。
何をどう解釈しても、不快感を持たれるのは避けられないだろう。
だが、もはや「答え」を見つけられる保証もない。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
どちらを選ぶべきか、激しく葛藤している亮夜を見て、宮間は助け船を出すことにした。
「言っておくが、ここで使う情報に関して、他言するつもりはない。それが犯罪に繋がるなら話は別だが、身勝手な扱いはしないと、約束しよう」
最も、亮夜はこれを素直に信じることは出来なかった。
彼の悲惨すぎる過去が、他人を信用することのリスクを、無駄に生み出していた。
思考に囚われている中、亮夜は一つの事実に気づいた。
一体、どうやって、未来予知を行っているのだろうか。
「宮間さん、聞き忘れていたことが一つあります」
「?」
シリアスな口調で尋ねてきた亮夜に合わせて、宮間も冷静に見詰め直した。
亮夜は、その疑問を堂々と尋ねた。
「ああ、そういえば、説明はしていなかったな」
宮間は、まるで今、思い出したかのように、説明を始めた。
未来予知をするには、媒介となる、特殊な水晶に、該当者の「思念」を通す必要がある。
その後、実行者である宮間が、特殊な魔法を使用することで、発動させられる。
後は、水晶と、宮間本人が、未来を映し出して、流れ込むというシステムになっている。
「・・・なるほど、つまり、先ほどの約束は、徹底されないといけませんね」
亮夜が口にしたのは、プロセスの魅力ではなく、実行のリスクだった。
早い話、宮間が該当者の記憶や意識そのものを覗き見するようなもので、守秘義務を貫かねば、プライバシーは台無しだ。
それをされる気持ちは、夜美とともに通じ合っていることで知っているから、それ自体に不快感を覚えることはないだろうが、ここばかりは、口約束では済まされない。
「安心しろ。わしは「明鏡」の血を引く「聡明」だ。我が名において、信頼に背く真似はしない」
それでも信用しきれなかった亮夜は、宮間を強く見詰めた。
1分近く見詰めても、宮間の目が揺らぐことはなかった。
それだけ、この言葉に本気さが混じっているという証拠だ。
目を逸らした亮夜は、先ほどまでの行いを恥じるかのように、今度は鋭さを失った、真面目な目を、宮間に向けた。
「分かりました。それでは、よろしくお願いします」
遂に折れた亮夜を見て、宮間は満足気に頷いた。
亮夜も夜美も頭を下げたのを確認して、宮間はこう告げた。
「では、場所を変える。専用の水晶のある場所に向かう」
「「はい!」」
亮夜たちは、異口同音に、そう口にした。




