6 闇の真実
「中々出てこないわね」
そう呟くのは、少々スタイリッシュさが目立つ、大きめの女性。
スレンダーで長身な彼女は、どちらかといえば、男性に見える。
だが、鋭くも整った顔は、女らしさがあり、ピアスなどのおしゃれのセンスも、女性に近い。鎧のように真っ黒な服をつけ、ほっそりとしたシルエットが浮かび上がる体型は、紛れもなく女性のものだ。
「どうやら、華宵様の読み通りかと」
彼女こそ、司闇一族の一人、司闇華宵だ。
彼女のそばにいるのは、華宵と同じく、黒い服をつけた男たちが複数人。ただし、服のグレードなどの関係で、明らかに華宵よりも下であることがよくわかる。
「真っ昼間から私を見張らせるなんて、いい度胸しているわね、亮夜」
先日、司闇一族は、「聡明」の住居を「鏡月」の哀叉にリークした。
利用価値のある、「明鏡」の末裔のうち、二つを捕獲するために、誘導させたのだ。
単純な実力ならば、1対1でも問題なく倒せる。
だが、いくら「司闇」でも、政府と直接やりあうつもりはなかった。
単純に倒すだけならば、負けることはないのだが、事後処理が非常に面倒なことになる。自分たちで支配するような、凶悪な洗脳魔法があるならともかく、政府の黙認状態という立場を捨てるほどのメリットではない。
秘密裏に抹殺して、政府に感づかれないように(正確には、明確な証拠を出されないように)した方が、色々楽なのだ。最強であっても、無敵ではないのだから。
だが、そのターゲットの側には、宿敵である、舞式亮夜と舞式夜美がいた。
無暗に殺すよりも、しばらく後をつけて、利用できる素材を探した方が合理的だと、華宵は判断した。兄の闇理だったら、問答無用で抹殺していただろう。
そういうわけで、戦いを想定して、司闇のアジトの一つに待機して、様子を伺っていたわけだが、この場で長期戦に持ち込まれるのは、華宵としても、多少は気が進まなかった。
「お前達、隣の同業者に注意しつつ、見張れ。私は少し離れた所で、陣を敷いておく」
最も、このような指示をしたのは、決してだらけたかったわけではない。
亮夜たちはともかく、「聡明」が率いる部隊は油断できる相手ではない。
内側で同時に見張るより、外で待機して、援軍となった方が、いざという時の作戦もとりやすい。
「はっ」
華宵の指示を聞いて、部下は上司を見送った。
見上げた時には、華宵の姿も気配も消えていた。
「・・・」
しかし、その彼女を補足できる人物はいた。
全身を真っ黒に染めた服。細かい装飾は、様々な物が仕込まれている。マスクにはレーダー機能、グローブやブーツには刃や毒針を飛ばせる機能、そして服には大量の仕掛け兵器を仕込んでいた。
「「シャドー」、いかがなさいましたか?」
「シャドー」と呼ばれたその人物は、仲間たちに対して口を開いた。
「奴ら、一人、離れた。かなり、手練れだ」
端的に、小さい声だったが、なぜか聞くことに違和感を覚えない。
「まさか、「スナイプ・アサシン」のあなたが、そう評価するとは」
「奴ら、警戒、優先しろ」
片言で喋るその人物は、RMGの幹部の一人、阿川黒尾だった。
「スナイプ・アサシン」の二つ名に相応しく、暗殺を営む、凄腕の殺し屋だ。
司闇一族が動いていることを掴んだ総帥は、黒尾率いる部隊に、鏡月哀叉の捕獲を命じた。
1年半ほど前に捕獲を失敗した後、しばらくは手を引いていたが、「司闇」がこの状況で動いてきたことに不安を覚えて、この任務の優先度を上げた。
戦力だけなら、東雲佳純や愛姫ステラたちにも協力してもらうのもありだが、表向きの仕事の都合上、上司不在で出撃させた。代わりに、彼らの信頼できる部下を指揮官__立場的に言えば、第3位の偉さと言える__として行動させている。
とはいえ、その人物たちは、ここより離れた地で様子を伺っている。彼らは気づいていないが、「司闇」の方と同じ考え方で動いていた。
そして、前線で待機している黒尾たちは、暗殺を得意とする部隊だ。といっても、それ以外に捕獲や奇襲といったことも得意で、今回も、それを想定したから、総帥が出撃させている。
「シャドー」というのも、影で動くために与えられる、便宜上のコードネームみたいなものだ。ちなみに、「スナイプ・アサシン」は、狙った標的を確実に抹殺することから、この二つ名を、RMG内で呼ばれているだけだ。
その黒尾が、現在の目標__哀叉や宮間たち__ではなく、同業者の強敵への警戒を優先しろと警告している。
黒尾が背後を、それ以外は散らばって、あちこちを見張るように動き始めた。まるで、なにかの前触れかと思えるように。
外でそんな不穏な動きを見せていることも知らずに、亮夜たちは昼食をとっていた。
今日は聡明の屋敷で泊まることになった彼らは、そのまま昼食会に招かれたのだ。
非常に豪華な様式に、哀叉は落ち着かず、目線が泳いでいる。夜美は慣れているようだが、やはり落ち着かないことに変わりないようだ。
しかし、亮夜は、すごく気分を悪そうにしていた。
入ってすぐに目まいを起こしたようで、イスに座った今も、青ざめて、吐きそうになっているのを堪えている表情をしている。
隣に座っている夜美が宥めようとしているが、大して効果は見当たらない。
「・・・亮夜。大丈夫ですか?」
向かい側に座っている哀叉が心配するほど、今の亮夜は見ていられなかった。
「・・・すみません。少し席を外させていただけませんか?」
哀叉の一言がきっかけになったのか、亮夜は退席を願い出た。
「わかった」
宮間が受け入れて、メイドの一人を呼び出した。
「亮夜様。こちらへどうぞ」
「あたしも同行します」
ここで夜美も便乗したのは、今の亮夜を一人に出来ないという義務感が強かったからだった。
亮夜は、夜美とメイドとともに、部屋を出た。
なんだかんだあって、客間の一つに、亮夜と夜美はいた。
「はー・・・。やはり夜美と一緒にいると、落ち着く」
「あんなになるまで、無理しなければいいのに・・・」
亮夜の失態に関して、夜美が呆れているような口調で返すが、そこに付随するはずの不快感は見当たらなかった。
「でも、仕方がないよ。あんな場所だったら、ねぇ・・・」
「うん・・・」
亮夜が体調を崩した原因は、会食の部屋の様式が、亮夜のトラウマを刺激したからだ。
そのトラウマとは、言うまでもなく、司闇の記憶だ。
「しかし、この程度で発作を起こすとは・・・」
亮夜の発言通り、ここで体調不良を起こすのは、本当に想定外だった。
歪な形で出来上がっている亮夜の精神は、些細な影響が出ると、予想外の事態を招く。
そのため、普段から細心の注意を払って活動しなくてはならない。
といっても、それに抵触さえしなければ、亮夜のメンタルはむしろ強い方だった。
こんなハンデを背負って、魔法師的には妹の方が明らかに上だというのに、夜美の兄を問題なく担当できるというのも、それを裏付けている。__無論、夜美の気質の良さも大いにあると思われるが。
「でも・・・これで二人きりだね」
現在、亮夜はベッドで寝っ転がっており、夜美は側の椅子に座っている。
「おかげで、分かっていることを今から言えそうだ」
この部屋は、メイドが連れて行った客間の一つ。
亮夜の泊まる部屋となっており、夜美が物色したところ、監視されている痕跡は見当たらなかった。
防音対策もばっちりなので(そのおかげで、哀叉は亮夜の失態を知らずに済んでいた)、内緒話も出来る。
「やっぱり・・・何かわかったの?」
こういうことには察しのいい夜美に感心しながら、亮夜は自分の分析を口にした。
「司闇のあれは・・・遺伝子改造の副作用だと思う」
「副作用・・・!」
思いがけぬ事実に、夜美は絶句した。
「魔法六公爵のうち、他の5つと「司闇」は違う。本来は、「明鏡」の手で生み出されるものを、「司闇」は独自に改造した」
亮夜は、「司闇」に限っては特別な血統だと思っていた。だが、それでは、偶発とするには弱い根拠だとも思っており、真相にたどり着くことが出来ていなかった。
「いや、こう考えれば辻褄が合う」
「どうしたの?」
突然、亮夜の思考に、一つの光が差し込む。
「夜美は知っていたよね?エレメンタルズは皆、遺伝子改造をされているって」
「でも、程度や成否の差があった」
「魔法六公爵は、改造の方法も弁えも知っている「明鏡」が行った。だから、普通に大きな力を得ることが出来た」
「それ以外のエレメンタルズは、改造の基本中の基本しか知ることが出来なかった。普通の魔法師と比べて、一つ頭抜けた程度の強さしか手に入れられなかった」
「だが__「司闇」は、そのどちらでもなかった」
「奴は、改造の方法を知っていた。だが、強引に書き換えて、しかも、副作用も一切考慮しなかった」
亮夜の語る真実に、夜美は何も言えなかった。兄の言っていることを疑うつもりは微塵もなかったが、真実として受け止めるには重すぎた。
「結果、「司闇」は魔法六公爵の「闇」にして、最強の力を手に入れた。その代償も、果てしなく大きかったが」
「じゃあ、あの人たちのあの性格も・・・?」
「そう考えれば、おかしなことではないだろう?バケモノのようなあの態度、人道をまるきり無視した心の無さ。あれは、魔法師であっても、人間ではない」
実は、亮夜はこの真実を推測していた。ただ、その時には、明確な根拠を持てなかった。
だが、自分と夜美の経験、「司闇」で得た知識、そして、宮間から得た真実を複合させれば、自分の仮説は確証に近いと断言できた。
「無茶苦茶な改造をして、圧倒的な力を得た代わりに、「魔」に魅入られた。悪魔の子となる素質を、手に入れてしまった」
亮夜の語る真実に、夜美は身体を震わせた。
「お兄ちゃん・・・怖いよ」
「・・・僕だって怖いさ。人間でない生き方を、作られてしまっているからね」
夜美が、亮夜とともに「司闇」を抜けたのは、亮夜を助けたかったというのもあるが、人間として生きたかったという気持ちがあったのも事実だ。
そうであるのに、また、「魔」に魅入られる恐怖に怯えなくてはならない。
「でも、大丈夫だよ。夜美には僕がついている。僕にも君がついている」
だが、亮夜は、彼らと自分たちが決定的に違うことを知っている。
「君さえいてくれれば、僕に恐れるものは何もない」
虚勢と見間違うほど、亮夜の口調は断定的だったが、夜美にとっては、自分の不安を取り除くのに、最も相応しい言葉だった。
「うん・・・あたしには、お兄ちゃんがいてくれる。お兄ちゃんさえいてくれれば、あたしは・・・」
「そういうことだ。一人では何もできなくても、二人でなら、絶対に大丈夫だ」
そう言って、亮夜はベッドから起き上がり、夜美を抱きしめた。
「そうだ、もう一つ考えられることがあった」
「もう一つ?」
ベッドに腰かけた亮夜は、夜美と向き合って、再び話を始めた。
「「新亜」という名前を覚えているかい?」
「・・・たしか、司闇で聞いた、目の敵にしている一族?」
夜美の自信のなさげな回答に、亮夜は満足気に頷いた。__要するに正しかったということだ。
「宮間さんの話の中に、「新闇」という名の一族が出ていた。でも、結局、表舞台に出ることは叶わなかった名前だった」
「やむを得ず、名を「新亜」として」
亮夜の推測に、夜美はまたしても驚いた。
「全くの確証があるとは言えないけど、そう考えれば辻褄が合う。「司闇」がやたらと目の敵にしていることを考えれば」
亮夜には、昔の記憶があんまり残っていない。
それでも、「新亜」を妨害しようとした動きがあったというのは覚えていた。そして、夜美はそれよりももう少し詳しく覚えていた。
「もう少し調べれば、奴らの真実にもっと近づけられる。敵の敵は味方。いずれ、この一族にも会いにいこう」
夜美は強い意思を秘めた瞳をもって頷いた。
本質的に優しい夜美は、卑怯なことや、卑劣なことを嫌っていた。__亮夜のすることを除いて。
自分の名誉を守るために、誰かの立場を奪って束縛するようなやり方は、夜美の正義に反した。
たとえ、兄とベクトルの違う怒りを持っていたとしても、目的に対する熱意は、亮夜とそう変わらないと、夜美は思っていた。
「・・・話を聞いてくれてありがとう。おかげで気が紛れてきた。さあ、そろそろ戻ろう」
「平気?」
調子が戻って来た亮夜だったが、原因を考慮すれば、夜美が心配するのも無理はない。
「・・・今度は、すぐに助けを求めるよ」
少しだけ回答を悩んだ後、亮夜はそう答えた。




