5 明鏡
数分後、亮夜たちは戻って来た。
夜美が泣いていたのは、本心と演技が混じっていた。
一般的に、女の涙には、多くの男性に効く傾向にある。
夜美がそれを自覚していたのかは分からないが、宮間を戸惑わせ、場を仕切り直させる効果があった。
「すまん。不愉快な発言をしたことは謝る。改めてよろしく頼む」
亮夜たちが席について、最初に発言したセリフがこれだった。
「夜美。宮間さんに謝るんだ」
「ごめんなさい、宮間さん。見苦しいところをお見せして・・・」
それでも、亮夜は夜美に頭を下げさせた。
「いや、もう頭を上げてくれ」
狙い通り、宮間は謝罪合戦を打ち切らせようとした。
夜美は頭を上げて、4人は再び向き合った。
「さて、こんな所に来たのはなぜだ?わざわざここに来る以上、それなりの理由があるのだろう?」
それでも、宮間は鋭い考察を切り込んだ。
「分かりますか?」
夜美が動じる前に、亮夜が上辺だけの回答を返す。
「わしくらいの男になれば、おおよそ察しがつく。何を考えているかくらい、多少は分かるわい」
年の功とは大したものだ、と亮夜は考えつつ、自分の本心を出すことにした。
「さすがは「聡明」。そして、魔法界の長老といった所でしょうか」
「・・・懐かしいな。その名で呼ばれるのは」
宮間が懐かしそうな表情で、ゆっくりと頷く。
「差し出がましいのですが、この度、「聡明」のお力を借りに参りました」
「・・・お前は、わしたちの過去を知っているのか?」
亮夜の嘆願は、返答ではなく、質問で返された。
「少しだけなら」
そう言って、亮夜は哀叉の方を見た。
突然、亮夜から見詰められた(と解釈した)哀叉は、恥ずかしげに顔を逸らした。
「・・・いや、お前ももう知ってもよいことだ。亮夜、夜美、お前達もな」
口を開いたのは、亮夜ではなく、宮間だった。
意味深な発言に、哀叉だけでなく、亮夜も、夜美も宮間に注目した。
__これは、わしが知っている、悲しき話__。
今から、100年ほど前のことだ__。
当時の政府は、より強い魔法師を生み出すべく、様々な研究を重ねた。
そこで注目したのが、遺伝子。
遺伝子から、魔法師に最適化させて、より強い魔法師とするべく、遺伝子改造を施した。
その中で、リーダーとして動いていた、明鏡王太__。
「彼が、わしの父だ」
宮間から告げられた真実に、亮夜たち3人は、全員が驚きの表情を見せた。
驚く3人を放置して、宮間の回想は続く。
__王太は、最適化を重ねて、特に強い魔法師を6人誕生させた。
彼らが、「魔法六公爵」と呼ばれる、最初の祖先だ。
全員が、王太の手で誕生した、選ばれし6人の魔法師__と、世間ではなっている。
意味深に区切られたセリフに、亮夜たち3人が息を呑む。
しかし、事実は違った。
「火」、「水」、「風」、「土」、「光」、基本属性のうち、5つは人工的に作ることに成功した。
だが、「闇」だけは違った。
本来、「闇」も同じく作られるはずだった。
しかし、研究者の一人が、実験データを強奪して、自らに遺伝子改造を施した。
その結果、王太の手で作られた「闇」よりも、より強い闇の力を手に入れた。
禁忌に手を染めた彼は、「親」を殺した。
当時の資料のほとんどが極秘とされることになった原因だ__。
「・・・まさか、それが「司闇」なのか?」
亮夜が思わず、そう口に出した。夜美も、哀叉も、絶句して、声にならない悲鳴を出していた。
「そう。彼こそが「司闇」の創始者、司闇不滅。いや、創始者というにはおかしいな」
宮間の発言と、自分たちの過去の真相に気をとられた亮夜は、密かに続けていた分析を止めることにした。あまりに情報量が多すぎて、聞き漏らすことを恐れたのだ。
「・・・どういうことですか?」
その代わり、疑問に思ったことを口にする。
宮間はお茶で一杯、喉を潤してから、再び口を開いた。
__生まれた最強の魔法師のトップである5人に、王太はそれぞれの名を与えた。
それぞれの属性と、国に忠誠を誓うことの証の名を。
そして、「闇」を扱う者に、「新闇」の名を与えようとした。
だが、それは、不滅に敵うことはなかった。
それどころか、不滅は力を以って、ニッポンに仇なす敵となった。
その結果、密かにニッポン全土を巻き込んだ、大戦争となってしまった__。
歴史の真実に、何も言うことが出来ない亮夜たち。
それでも、驚くのはまだ早かった__。
__2年も経たずに、不滅は魔法政府の半壊を引き起こした。
このままでは、ニッポンそのものが滅びかねない。
そこで、政府は不滅に交渉を提案した。
魔法師トップの集団、「魔法六公爵」に、不滅を迎えると。
新たに「司闇」の名を与え、政府への忠誠を誓う代わりに、相応の待遇を与えると。
何度もすり合わせを起こしたが、最終的に不滅は承諾した。
こうしてできたのが、「司闇」だ__。
亮夜たちの胸中に強い怒りが宿る。
見れば、宮間も相応に憤りを覚えていた。
荒げそうな自分を落ち着けて、再び回想に入る__。
__立場は同じでも、生まれは違う。
魔法政府の亡き王太から生み出された5人と、そのデータを我流でアレンジして、自ら六公爵の地位を得た、不滅。
予想もできただろうが、不滅はその集まりから抜けた。
その後、彼は姿を消した。
人里離れた山の奥なのか、密かに征服した地域なのか、海を越えた、異邦の地なのか、結局、判明することはなかった。
__分かったことは、最初から、相容れなかったことだけだ__。
しかし、「司闇」として、不滅は活動していた。
「魔法六公爵」でありながら、全く独自の力を集め、政府でさえ容易に手に負える相手ではない程となった。
一方、政府は「司闇」に対抗することを諦めようとしていた。
禁忌に染めた彼らに、少し魔法の才能に愛された程度では、相手にならないからだ。
だが、彼らと政府では、一つ、決定的に違うものがある。
それは、魔法の継承系譜の差だ。
「明鏡」は、最初に魔法を手にした一族。
つまり、魔法の才能に最も優れているといえた。
一方、「司闇」は、「六公爵」が手にした、「明鏡」から身体の底に与えられた素質を、自分で手に入れた、紛いの才能だった。
真の意味での、魔法の才能なら、「明鏡」が勝つ。
しかし、既に政府は半壊。
これ以上、表に「明鏡」が出れば、不要な争いが起こりかねない。
そこで、王太の弟、天津が手を打ち、「明鏡」の名を消すことにした。
代わりに、新たな魔法政府を大急ぎで建て直し、再び魔法界を作ることに成功した。
それを見届けた天津は、自身の子どもたちに新たな名と約束を与えた。
政府の影となり、4人に結束を誓えと__。
「__それから70年が経ち、大なり小なりの問題があったが、なんだかんだ魔法界は立ち回っていた」
長い回想は、いよいよ終わりを迎えようとしている。
「だが、ここ数年、均衡が再び崩れようとしている」
「「司闇」による「鏡月」の抹殺、RMGの台頭、そして」
少し得意げな笑みを、宮間は浮かべた。
「舞式亮夜。お前の存在だ」
絶句したのは、亮夜ではなく、夜美だった。
「・・・そう思いますか?」
いや、この反応を見るに、ただ驚きが顔に出なかっただけだろう。
「言うほどでもあるまい?」
事実、宮間はそれに気づいていた。ついでに言うと、哀叉は気づいていなかった。
「お前が世間に現れたあの時からな」
敢えてぼかした言い方に、亮夜は不敵な笑みを浮かべた。
その笑みをどう解釈したのか、宮間は咳払いをして、話題を変えた。
「現在の魔法界は、魔法政府と魔法六公爵の二つで成り立っている」
今度は回想のような、介入しにくいものではなく、生徒に教えるかのような、伝達であった。
「魔法政府が魔法界の維持と経営を行い、魔法六公爵が魔法界の治安維持と支配を行う、相互支援の関係に当たる」
この話自体は、政治の授業でも教えられることだ。亮夜たちも例外なく、そのことを知っていた。
「そして、このわし、聡明宮間が、魔法政府のナンバー2、最高賢者を務める者じゃ」
しかし、宮間の存在や立場を知っていても、彼が本当の意味で、魔法界の長老とされているのを知っているのは、限られていた。
多くの人は、ナンバー1である、総理司祭を務める者を、魔法界の最高権威として敬わっている。
だが、実際には、その人物は、魔法は大して使えない。
しかし、政府の上位層であるその人物が、魔法界を元締める立場となっており、政府に従うことを暗に示す形となっていた。
そのことに、不満を持つ魔法師も少なくなく、魔法師と一般人による争いが起きないように、魔法に様々な法律が示されている。
このこともあって、真の意味で、魔法界のトップであるのは、ナンバー2の最高賢者であった。そして、その立場は、代々、「聡明」が務めることになっていた。
「最高賢者・・・。・・・まさか!」
魔法界の妙な力関係を知っている亮夜が、ある推測にたどり着いた。
「「聡明」はまさか、「明鏡」の末裔では!?」
声を出して、その推測を呟く程、亮夜は驚愕に満ちていた。
夜美、哀叉は、亮夜の推測に、衝撃的な顔を見せていた。
一方で、宮間は不敵な笑みを見せていた。
「よくわかったな。確かにわしは、「明鏡」の血を引く一族の一つ、「聡明」の名を持つものじゃ」
得意げに解説をした宮間に、亮夜は真剣な表情で聞いていた。
「事実上のトップであるわしは、魔法界の秩序を保つことを優先している。いつも大変じゃぞ?人員配備から、運営指導まで、たくさんのことを行うからのう」
立場的に考えても、それほどの苦労をしているのは容易に想像ができるので、亮夜たちは頷いて肯定した。
「だからわしは、魔法界の長老と一部で呼ばれておる。最も、多くはあの若造の方が偉いと思っておるようがな」
事情を知っていなければ、この発言に意外感を示すに違いない。「あの若造」というのが、魔法政府のナンバー1を指し、当然の如く、そいつの方が強いと思うだろう。
しかし、亮夜と夜美は、魔法界の暗部を知っているのに加えて、立場上、半ば見限っていた。政府を裏切るつもりはないが、現状、協力するつもりもなかった。そのため、立場上のトップを無能扱いしても、意外感を示すことはなかった。
一方、哀叉は衝撃を受けていた。ある程度、事情を知っていても、堂々と無能扱いできない程には、彼女は政府を信頼していたからだった。
「やはりお前はただ者ではないな。お前のことには興味が出てきたが、探るわけにもいくまい。代わりに、お前の知りたいことを少し答えてやろう」
亮夜の態度を見た宮間は、実に面白そうに、笑みを浮かべた。ついには、こうしてわざわざ、少しばかり、自分から知識を授けてくれるほどだった。
亮夜としても望む展開なのだが、ここには哀叉もいる。
表向き、普通の友達である彼女の前で、事情を明かすことは、亮夜にとって避けたいことだった。
「まあ、焦ることもあるまい。せっかくの客人だ。今日は泊まっても構わないのだぞ?」
宮間は、葛藤に気づいたようで、わざわざそんな提案をした。
時間としては、昼食を食べるのにも遅い時間だ。提案するのにも特別おかしい時間ではないのだが、またしても亮夜を悩ませることになった。
だが、この取引は、当分は得られない、貴重なものとなる。
悩んでいる間に、哀叉が宮間の好意に甘えて、頭を下げる。
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、本日はお世話になります」
一分ほど悩んだ末に、亮夜は頭を下げて、受諾した。夜美も兄に続いて、頭を下げた。




