4 fate of the dark
「聡明」の元に向かう交渉を哀叉と重ねた後、出発するのは1週間後に決まった。
その間、いつもの休日のように、学問、仕事、開発に励んで、憂いなく迎えられるようにした。
そして、出発の日。
待ち合わせは午前9時。
哀叉の見込みでは、短くない徒歩も考慮して、2時間はかかるという。
準備するのは言うまでもないが、亮夜と夜美は別の準備も考慮していた。
哀叉ではない、張本人を警戒してのことである。
哀叉の話の限りでは、正体不明の人物__張本人が、メールを送ったということだ。
つまり、その人物は「聡明」の居場所を知ることが出来る強者となる。亮夜たちでさえ、突き止められていないから尚更だ。
哀叉はこの推測に気づいていないだろうが、亮夜たちにとって、警戒するには十分だ。
もしかすると、「聡明」か、それに関わっている「エレメンタルズ」を利用するかもしれないし、それどころか、道中で何らかの可能性があるというのも無視できない。
しかし、表向きは名門である「聡明」への訪問だ。
大量の武器を持ち込むわけにもいかないので、亮夜たちはどの装備を持っていくか、頭を悩ました。
最終的に、二人はブレスレットタイプの魔法道具を両手に用意することにした。
亮夜たちは哀叉と合流した後、トウキョウ駅から、カナガワ地方のカマクラ駅まで電車に乗った。
この電車は、大規模な人数や貨物に適した、大型の乗り物だ。
都市クラスの発展がないと、通っていないことが少なくないのだが、安定して移動することが出来る。
美少女二人を連れていくこの状況は、亮夜にとっても、少し落ち着かないものだった。
幸い、「少し」で済んだのは、当然の如く、隣にいる夜美のおかげに違いない。これが、哀叉と二人きりだったら、気まずい雰囲気が流れていただろう。
カマクラに到着した後、都心から離れて移動した。
その間、亮夜と夜美は多少の緊張を保っていた。哀叉に不審がられない程度に。
亮夜たちは、今回の件に関して、仕組まれた罠だという可能性を考えていた。
「聡明」を特定__誤報という可能性は捨ててある__した情報力、それを鏡月哀叉に教えた意図、これらを考慮すると、哀叉に何かを仕掛けようとする可能性もある。
いずれにせよ、哀叉を守るつもりはないが(誤解のないようにいっておくと、亮夜たちが哀叉のお誘いに乗った約束のことである)、このリスクを考慮しても、「聡明」に邂逅できるチャンスは、亮夜にも無視できなかった。
現状、近くの陰から監視の視線は感じない。
このまま、思い違いであることを密かに願いながら、亮夜は夜美と哀叉とともに、長い道を歩んでいた。
徒歩を始めて5分程が経過して、山道を登り始めた頃、周りの視線が強くなっていくのを、亮夜と夜美は感じた。
哀叉は周囲に気づいていない一方、山道が思ったより堪えたのか、疲労の色が見え始めている。
「少し休憩しよう」
幸いなことに、止まれる口実には丁度よかったので、亮夜は足を止めた。夜美もそれに続き、哀叉も腰を下ろしたそうな雰囲気を見せながら、大きく息を吐いていた。
もし、襲撃者などだったら、隙を見せれば、あぶり出せる。亮夜は身体を休めながらも、周囲の警戒を解こうとしなかった。
しかし、哀叉が催促し始めたので、この狙いは無意味となった。
単純に監視だけをして、手を出さないといった可能性もあるが、もしかしたら、亮夜と夜美が警戒していたのを感じ取って、近づかなかったかもしれない。
魔法を戦闘目的で使用するのは、基本的に犯罪扱いだ。
正当な理由なく__追跡されているかもしれない程度では、そんな理由にならない__魔法で先制しても、結局は墓穴を掘ることになる。
誘い出すのは諦めて、亮夜たちは山道を登るのを再開した。
細い山道を歩いて行き、谷のような険しい道を越えた先に、開けた大地が広がっていた。
細い道を越えた先の絶景であったためか、夜美も哀叉も見とれている。亮夜も、思わず感嘆する程には、感動していた。
大地を見下ろすと、小さな村みたいな感じに、建物が少し建っていた。
その中に、一際大きいお屋敷がある。
哀叉が連れて行ったのは、その大きなお屋敷だった。
どこか古風な感じがするお屋敷は、壁に囲まれて、如何にも由緒正しい印象を与える。名門の住居としては、この上なく相応しい建物と言えた。
結局、追跡者が奇襲をしてくることはなかった。結果的に、相手にしてやられた気がして、亮夜には嫌な予感が抑えられなかった。
「亮夜たちが、入っていったぞ!」
遠方から亮夜たちを監視していた追跡者たちの一人が、そう発言した。
「実物で見ると、我らの屋敷にも負けていないな・・・」
「馬鹿を言うな。所詮、没落した奴らに、我らが負けるはずがない」
彼らは今、山の中から見張っている。
上司から命令されたのは、哀叉と「聡明」を接触させて、「聡明」を引きずり出す作戦だった。
ところが、同行者に亮夜と夜美がいるという誤算があった。
「しかし、鏡月哀叉はともかく、亮夜も夜美も手を出さなかった。あいつら、もしかして気づいていないのか?」
意外なことに、亮夜たちが自分たちを攻撃してくることはなかった。道中では、亮夜と夜美は常に警戒していたように見えたので、自分たちが気づかれていないとは考えにくかった。
「結局、あいつらは魔法師である以前に人間だったのさ。俺だったら、殺すね」
「いや、分かっていて無視してたんじゃないか?夜美に誤魔化されるとは考えにくい」
「いずれにせよ、手を出してくれなかったのは幸運だったな」
あんな出来損ないでも、亮夜と夜美の腕はそれなりに警戒している。自分たちでは、まともに戦えば危険だと判断するほどには。
「お前たちはここに残れ。俺はあのお方をお呼びに向かう」
「分かった」
黒服の一人が、一団から離れる。
「同業者には気を付けろよ」
側にいる、もう一つの団体に忠告を残してから。
そちらとは離れた所に、もう一組の小隊。
「さて、どうしようか・・・」
彼らは、哀叉をターゲットとして、追っている小隊。
ところが、自分たちとは別組の小隊がいることを発見した。
幸い、衝突に至ってはおらず、お互いに手を出していない状態が続いている。
「この場から撤収するのはどうだ?」
「聡明」を付け狙う小隊とは異なり__言うまでもないが、相手の目的は分かっていない__こちらの小隊は、自分たちの実力に絶対的な自信を持っていない。具体的には、「聡明」と事を荒立てたくないと思っているくらいには。
ここで下手な手をとって、戦いになれば、手を出していない奴も加勢して、3つ巴の戦いとなると、彼らの考えは一致していた。
だから、この男の撤退宣言は、驚きであると同時に、納得の進言だった。
「この一帯の外に移動しよう」
そう結論づけた時、リーダーらしき男の端末が反応する。
「はい・・・ええ・・・そうですか。それは心強い」
小さな声で喋るそれは、聞き取るのは困難。だが、表情をみる限りでは、朗報であるようだ。
「強力な応援が、本隊から来る。それまで、外で陳を張ろう」
彼らは、再び移動を始め、山の外側へ移動を再開した。
門の横についてあるインターホンに哀叉が押す。ここでは、亮夜と夜美は、哀叉が同行させた客人という扱いなので、彼らは少し離れた場所で待機していた。
「はい」
中から聞こえてきたのは、元気さがある男の子の声。インターホンからでない声に、3人が疑問を覚えていると__。
門が開かれた。
門の奥にいた人物は、亮夜より少し小さい男の子。ラフな服装からは、エネルギッシュな印象を与える。
「ようこそ、綺麗なお姉さんたち!」
顔立ちが夜美と同程度に幼いのに加えて、声も高い。いい少年というのは彼のことだろうが、第一声のせいなのか、軟派な印象を与えている。
「あの、ここは「聡明」様のお家でしょうか?」
「宮間様の知り合い?」
「ええと、知り合いというか・・・」
この子供に押されているのか、哀叉はややどもっていた。
「僕たちはその「聡明」に一目お会いしたくてやってきたんだ」
代わりに、亮夜が回答を引き継ぐ。亮夜に注目した彼は少し怖がった様子を見せたが、すぐに気を取り直した。
(さすがに、只者ではないようだ)
その態度を見て、亮夜の内心に僅かな警戒心が宿る。
「そっかー。じゃあ、僕が呼んでくるね!」
少年は、にこっと笑顔を見せると、すぐに反転して、屋敷の中に駆けこんだ。
「宮間様ー!」
__実に子供らしいと、3人は微笑ましい笑顔を見せた。
1分後、新たに出てきたのは、メイド服を着た女性が3人だった。
「お待たせしました」
3人が丁重に頭を下げるのを見て、3人が三者三様のタイミング__亮夜は、ワンテンポ遅れながらも、丁寧に、夜美は、兄に続いて子供らしく、哀叉は、亮夜と同じタイミングだったが、少し堅い__で頭を下げた。
「宮間様は、謁見室でお待ちとなっております。私どもの後に続いてください」
そう指示をすると、メイドの3人は背中を向けて屋敷の中に入った。亮夜たちも少し遅れて後に続いた。
屋敷はそれなりに立派であるが、こうして見ると、司闇の屋敷とは随分違う印象だ。
あちらでは、内装が新しい一方で、こちらは、少々古めかしい印象を与える。「伝統」というワードが特に似合う印象だ。
キョロキョロするほど、失礼な真似をしたわけではないのだが、通りすがりの子供たちが目に入る。中には、自分たちと同年代のような、大人びている人物も何人かいたが、声をかけることも、かけられることもなかった。
やがて、一つ大きな襖の前で、メイドたちが跪いた。
「宮間様、お客様をお連れしました」
中から、重々しい声が響き渡る。
「うむ」
そのまま、メイドたちが襖を開いた。
まるで、殿様がいるのに相応しい部屋だった。
その奥に、段差がひとつあり、そこには老人が一人。
礼服の類でないにも関わらず、高貴な印象が全く薄れていない。
胡坐で座っている辺り、相当に出来る老人だと見られる。
「入れ」
その手前の方には、座布団が3つ。
亮夜たちは、丁寧な態度で、入場した。
3人とも正座だ。意外な事に、この時代の人間にしては珍しく、全員が正座に慣れている様子だ。その老人は、3人の態度をみて、満足気な笑みを浮かべていた。
3人が座ったのを確認したメイドたちは、どこからともなく用意した(と言うと、魔法の類でも使ったかと思われるが、実際には、別のメンバーが用意しただけだ)お茶を、3人に配った。メイドたちは退室して、襖を音もなく閉めた。
「さて・・・」
メイドたちが退室したことを確認して、老人が口を開いた。
「わしの名は、聡明宮間。久しいのう、鏡月哀叉」
その老人、聡明宮間は、哀叉を見て、懐かしさを感じさせる声色で語り掛けた。
「・・・私のことをご存知なのですか?」
「お前が生まれてすぐ、御津殿に連れられてな。そうかそうか、こんなに立派になって」
哀叉の父、鏡月御津に連れられたのは、哀叉が2歳の時の話だった。
その後、御津が多忙で宮間の元を訪れることが出来なくなったのと、様々な事件の影響で、連絡が途絶えていたので、哀叉は14年間、行くことが出来ず、4年間、知ることが出来なかった。
そもそも、2歳の時の話など、覚えているのは容易なことではない。
哀叉は、少し寂しげな笑顔を浮かべていた。
「・・・無理もないか。2歳のことなど、覚えているようなことではないからな」
宮間には、哀叉が誤魔化していることが手に取るように分かっていたので、少し笑い飛ばすかのように、露骨な笑顔を浮かべた。老人でありながら、非常に自然な笑顔に、3人は満足感を覚えた。
「・・・おお、そういえば、お前達は何だ?哀叉の友達か?」
娘同然の哀叉としゃれこんでいて、連れの少年たちをスルーしていたのに気づいて、水を向けてみる。
「僕は舞式亮夜。哀叉さんとは、同じ学校の生徒です」
「あたしは舞式夜美。亮夜お兄ちゃんの妹で、哀叉さんとは、後輩となっています」
亮夜は威風堂々と、夜美はキビキビとした子供らしい様子で、一礼をした。
(亮夜・・・?夜美・・・?)
一方、宮間の脳裏では、彼らの記憶があったことを気づいて、懸命に探している。
それに、この肌に響く、邪悪でありながら、邪悪さを感じない、奇妙な波動とは。
この波動は、あの人物と似ている。
トウキョウ魔法学校の事件解決の陰の功労者。
「10」でありながら、イレギュラーな存在。
まさか__。
亮夜たちが丁寧なあいさつをすると、宮間は少し考え込むような素振りを見せた。
もしかして、名前だけを聞いて、あの関係に気づいたのか。
亮夜が緊張して、宮間を見詰める。
少しすると、宮間の目は細められ、亮夜たちを鋭く睨みつけた。
その眼光に、夜美は腰を抜かしそうになるが、亮夜は動じない。
「若造。お前は何か、隠し事をしていないか?」
厳しそうな態度に相応しい、重々しい声が、部屋に響き渡る。
想像以上に、「聡明」はただ者ではない。
亮夜はそう判断した。
しかし、ここでそのことを明かせば、彼らの未来は潰えるも同じだ。
亮夜がどうにか誤魔化そうと考えると__。
隣から、強烈な脱力感を感じた。
亮夜が思わずそちらに振り向くと、宮間の態度に怯えた夜美が、腰を抜かして震えていた。
「大丈夫か、夜美!」
正座のまま、夜美を横から抱きしめる。
安心したのか、夜美の目からは涙が浮かんでいた。
そして、そのまま泣き出してしまった。
「宮間さん、いきなり疑いをかけるのは・・・。夜美さん、大丈夫ですか?」
都合のいいことに、哀叉が夜美を庇い始めた。
「すみません、宮間さん、哀叉さん、少し席を外させていただきます」
それに合わせて、亮夜は強引に夜美を退席させた。




