3 誘い
1年1組が改めてスタートを切って、1週間が経過した。
一部の人が不安に思っていた、修子を始めとするメンバーたちの暴走は発生せず、本当の意味で平和が戻って来た。
とはいえ、すぐに魔法試験が始まるので、また騒がしい状況になるだろう。
幸い__と言うには無理があるかもしれないが、1年1組の騒動に気をとられた人物が多かったためか、無用なトラブルが発生することはなかった。
1つの大きな事件が、劣等感や野心を飲み込んだのか、特設の治安維持部隊を作る必要もなかった。
魔法試験が始まるその直前まで、誰もが予想出来なかった程、平和だった。
亮夜と夜美は抜かりなく、試験の準備をしていた。どちらかと言えば、いつものように、魔法の学習をしていただけであるが。
幸いなことに、二人とも知力はよい。
夜美は、純粋に、知力に優れていた。
一方、亮夜は、精神の一部が崩壊しているため、記憶が色々おかしくなっている。思い出など、映像が関わる記憶は、特に覚えが悪かった。夜美のことはともかく、「自分」としての体感したことを、どこか映画を見ているかのような記憶になっているものが多い。
その分、知識としての記憶には優れている。魔法式の法則を始めとする、理論的なデータなどは、彼の記憶には強くこびりついている。正常に機能しないが故の影響であるが、亮夜本人は、はっきりと意識していない。
最も、記憶が偏っていること自体は自覚しており、不自由な記憶に愚痴をこぼすようなことはなかった。
要するに、二人とも、筆記の知識関連は相応に優秀だ。
少なくとも、個人的には満足するだけの成果だった。
一方で、実技は成績、戦法、共に大きな差があった。
亮夜は成績が致命的とまではいかないが、決定的に悪く、夜美はダントツのトップであった。
戦法も、亮夜は小手先の奇襲が主な戦法であるのに対し、夜美は力押しという、余り賢くない戦法をとることが多い。しかし、よく見ると、封殺するような戦い方は、二人に共通している。つまり、魔力の差を考慮しなければ、どちらもハイレベルなのだ。
事実、夜美は言わずもがな、亮夜も同クラス内では、トップレベルの実戦成績を修めている。
ここまでの成績から言っても、手堅く挑めば、何の問題もないのだ。
二人が変に力んでいないのも、納得と言えるだろう。
結果として、二人とも想定内の、満足いく結果に終わった。
筆記は、亮夜はクラス内でダントツ1位、総合も学年50位に入る結果で終わり、夜美に至っては、総合の学年でトップ3に入る程だった。
実技は、夜美が圧倒的1位。文句のつけようのない魔法の腕前には、玲子であろうと、修子であろうと、歯が立たなかった。
一方、亮夜はトップから転落した。
結論から言えば、亮夜は根本的な成長が出来ないというのが、敗因であった。
魔法の使い方や戦法などは、確かに成長しているのだが、根本的な魔力が、致命的に伸びていない。その理由は言うまでもないが、基本的な強さがほとんど変わっていなかった。
いくら「10」であろうと、一定は認められた魔法師。彼らも、小さいながらも、確実に強くなっている。
そして、亮夜の戦い方も知っている人物は少なくない。
結果として、力押しで倒すなり、ルールの隙をついて攻撃させないといった対策をとれる人物が、少なくなかった。
さらに言えば、1年1組の騒動をきっかけにして、使用する道具は全て、学校から支給されるというのも、亮夜にとって厳しいものだった。
最適化されていない魔法道具だと、彼のスペックを半ば殺すことになる。
魔法をほぼ使えない魔法師が、勝負に勝つなど、不可能に近いと言えた。
しかし、バトルロイヤルならば、勝ち残りさえすればいいので、この亮夜でも戦う術はあった。
身体能力と戦術を駆使してある程度カバーした亮夜の成績は、最終的には及第点と言える程度には落ち着いた。
とりあえず、問題のない成績で終わった亮夜だったが、彼は今、2年2組の鏡月哀叉に呼び出されていた。
夜美とともに。
自分だけでなく、夜美も呼ばれたということは、重要な話である可能性が高い。
亮夜はそう思って、身構えていた。
夜美も似たような結論に至っていたのか、同じく身体に緊張を走らせていた。
「亮夜、夜美さん。二人に重要な話があります」
予想通り、重要な話のようだ。
亮夜と哀叉は、進級してからは数える程しか話していない。その内容も、とるに足らないものばかりだ。こうして、真面目に、あるいは、綿密に話し合うのは、1年の時以来だった。
「数日前、私の元に、あるメールが届きました。差出人は不明。その内容は、「聡明」の住居が記されていたのです」
「「聡明」?」
予想もしなかったワードに、亮夜は思わず思案を張り巡らせた。
コネとインチキを使って、魔法界の様々な情報を仕入れている彼にとっても、このワードは驚くべきものだ。
世間的には、特に名がない一族なのだが、魔法界の噂では、政府の上層部を支配している一族らしい。
実際に裏付けはとれておらず、亮夜は半信半疑でこの情報を判断していた。
「エレメンタルズ」であれば、大なり小なり、名声はある。
そのような名声のない一族ではあったが、隠そうと思えば隠せる、というか、隠蔽されている可能性もあると亮夜は考えていた。__事実、自分たちも同じようなものだからだ。
一方、裏付けをとれない理由としては、単純に情報不足という点が大きい。
現状、亮夜たちのリソースは既に一杯一杯で、少し先の予定として立てておかねば、特別に動くのは困難だ。
「司闇」や重要な魔法開発関連であれば話は変わるが、日常を崩してまで、探るつもりはなかった。
まさか、探るのに重要な情報である「場所」が知り合いからもたらされるとは。
「はい。「聡明」は先日、とある「エレメンタルズ」を迎えたのです。「司闇」に傷つけられた「エレメンタルズ」を」
続く情報に、またしても衝撃を受けた亮夜は、考察を後回しにすることを決意した。思考にふけっていれば、聞き逃す危険があるからだ。
「私も、その一人です。せっかくですので、亮夜たちとともに参りましょうと思いまして」
哀叉が、「司闇」に傷つけられていたことは、亮夜たちも知っていたが、表に出すような真似をしない。
ただし、これは事情を知っているが故の反応で、本来なら、「エレメンタルズ」級でないと知ることの出来ない情報だ。
驚かない亮夜を見て__夜美は少し俯くような反応を見せていた__、既に自分の過去を知っていたと戦慄した哀叉だったが、この非常識(?)な少年は、このようなイレギュラーなテクニックを見せるのは今更だと学習していたので、少し見詰める程度に留めた。
「悪いけど、回答までの時間が欲しい。すまないけど、いいかな?」
亮夜は、回答の吟味のための時間が欲しいと思った。時間稼ぎや、大義名分といった事情ではなく、本当に考えるための時間が欲しかった。
「分かりました。では、3日後に、学校で」
幸いなことに、哀叉は亮夜のリクエストを聞き入れてくれた。
哀叉は亮夜と夜美にさよならの挨拶をしてから、去った。
その夜、亮夜と夜美は昼間の件について、たっぷり吟味をしていた。
「・・・それで、哀叉さんの誘いに乗るの?」
「それを、今も考えているんだ」
わざわざ夜美に言い返す程、この問題に行き詰まっていた。
「重要なのは、「聡明」と哀叉さんとの繋がりだ」
哀叉のセリフを素直に受け取るならば、謎の差出人から、繋がりを持ったということになる。
それが事実だとして、問題は、謎の差出人のことだ。
常識的に考えるならば、「聡明」を知ることが出来る程の上役、しかも、割と問題児と言えるタイプの人間だろう。あるいは、自分たちのような、イレギュラーなタイプか。
「・・・いや、それより、哀叉さんにこのことを教えた奴の方が気になるな」
「どういうこと?」
亮夜は、先ほどの推理を、簡単に夜美に伝えた。
「・・・つまり、その人が何かを企んでいるということになるよね?」
「そうとしか考えられない」
夜美の出した推測は、亮夜の推理と一致していた。
「そいつが哀叉さんと「聡明」を接触させて何をしたい?それとも、僕たちのことを感づいているのか?」
「聡明」を知りたがっている亮夜たちを、哀叉を利用することで、間接的に知らせようとしたのかと、亮夜は思ったが、あまりに回りくどい。
ここまで謎が多いと、哀叉からもう少し情報を得たくなるが、生憎、聞き出せるチャンスがなかった。
答えを出せない難題に、亮夜の思考は迷走を始めていた。
「それもそうだけど、あたしは「司闇」に傷つけられた人の方が気になるな」
幸いなことに、思考の迷宮に囚われる前に、夜美が話題を変えてくれた。
「哀叉さんはあたしたちのこと、気づいていないよね?」
「うん。もし、気づいていたら、夜美に分からないはずがないだろう?」
哀叉は過去に、司闇一族に親を殺された過去があり、「司闇」に憎しみを持ってもおかしくない。
つまり、「司闇」への憎しみを持っているなら、悪意を感知できる夜美なら見破れるということだ。
「そうだけど・・・」
「・・・まさか、「新亜」なのか?」
思考していた亮夜は、そのエレメンタルズが、「新亜」であるという可能性を考えていた。
彼が知っている「司闇」に傷つけられたエレメンタルズは少なくない。
中でも、「新亜」は、「舞式」以前から知っている一族なので、亮夜も気にかけていた。
__要するに、印象の差による思い込みだが、亮夜は気づいていない。
「気づかれる可能性は?」
「僕たち本人は出ていないけど・・・」
亮夜たちがいた「司闇」は、かつて、「新亜」を滅ぼした過去がある。
実際には、没落させた程度の計略だったが、「司闇」を恨んでもおかしくない。
その当時、亮夜たちは生まれてもいないので、立場を明かさなければ、バレる危険は低いと、亮夜は思っている。
しかし、離脱する前でも、多少は警戒していた程度の相手だ。
「・・・分からないところが多すぎる」
現状、与えられている情報が少なすぎて、今の亮夜には結論づけるのが困難な程、追い詰められていた。そもそも、そのエレメンタルズが、「新亜」であるという話すら、亮夜の推測にすぎない。
「哀叉さんともっと話し合おう。情報を集められるだけ集めて、最大限に警戒して臨む」
「うん・・・」
最終的に、リスクを自前で回避するという選択をとることにした。
それだけ、「聡明」に会うことは、意義が大きいと、亮夜は判断していた。
3日後、亮夜たちは哀叉の家に上がっていた。
亮夜がもっと知りたいと尋ねた所、哀叉は自宅で話すと返した。
朝9時に学校にやってきた亮夜たちを、哀叉が現れて、そのまま自宅まで案内した。
亮夜と夜美は、外出時によく使うタイプのファッションで、真夏であるにも関わらず、丁寧に着込んでいる。一応、夜美はロングスカートなので、足先だけは露出しているが、ソックスをつけているので、実質的には顔と手以外、兄と同じように全く露出していない。
それに対して、哀叉は夜美と比べて、露出が多い。スカートは膝上、腕は、肘から先は素肌が露わになっており、肩も少々、肌色を覗かせている。胸元はほぼ見えていないが、服の上からでは、それほど膨らみがある様には見えなかった。__発作を起こさないような服装で、亮夜は少しほっとしていたが、言うまでもなく、表に出していない。
私服姿の哀叉は、亮夜にとって、やや意外な姿であった。
ミステリアスな印象を与える彼女には、妹のような着込んだ服装であると予想していたが、実際には、女の子として丁寧にまとまった、真面目さや真剣さを感じさせる服装を着こなしていた。
そんな彼女に連れられて、おおよそ30分。
住宅街から離れようとしている辺りで、高層な建物に入り込んだ。
マンションと呼ばれる建物は、元々は人口増加の際の住居を建てるための立地を節約するために作られたものだ。高い建物を、部屋ごとに住居をわけることで、狭い立地でたくさんの人が住むことが出来る。
最も、人口の急激な減少が何度かある現在では、個人的な住居を持つより、マンションのような、コンパクトで安上がりという事情で、便利ということになっている。
哀叉は、一人暮らしといった事情もあって、こちらで住居をとることにしていた。
コンパクトにされた分、家には生活するには最低限の分の部屋しかない。
通路を一つ跨いだリビングで、亮夜たちは哀叉と向き合っていた。
ここに来る途中では、試験のことなど、しょうもない雑談をしている。
しかし、いざ話を切り出そうとなると、どこから話せばいいのか、少し途方に暮れた。
「それじゃあ、聞いてみたいけど、いいかな?」
少し悩んだ末に、亮夜は質問のジャブから入ることにした。相手が自然に受け答え出来るものならば、話をしやすいと、彼は思った。
「はい」
狙い通り、哀叉は返事を返した。やや緊張気味だった空気が、特に何もない、普通の空気となった。
「例のメールだけど、「聡明」の住居と最近行ったこと以外、書いていなかったのかい?」
「はい。それ以外のことは、特に」
表面的には嘘をついていないと、亮夜は思った。
普通に考えれば、16歳の少女相手に、このような話で、真実を探ろうとする亮夜たちの方がおかしい。
しかし、哀叉は気分を害した様子はなかった。
「そうか。じゃあ、「聡明」のことは知っているかい?」
亮夜がそう尋ねると、哀叉は口ごもった。
それを見て、亮夜はある程度隠しておきたい事情があると察した。
「・・・「聡明」は、お父様が交流をもっておられました」
「何だって!?」
哀叉の告白は、亮夜の意識に衝撃を与えるほどだった。
正体不明、油断できない、特異的な一族を知る人物が、こんな側にいたなんて。
目で見ていないが、夜美も絶句しているのが、亮夜には手に取るように分かっていた。
「ですが、「聡明」は度々住居を変えていて、私が一人になった頃には、連絡が途絶えていました」
哀叉が一人になったのは、4年前の話だ。
4年は会っていない、特別な繋がりを持つ相手に、哀叉は会いたがっているのだろう。
「・・・そうか」
人の事情においそれと踏み込むわけにもいかなかったので、亮夜はどうとでもなる返答を返した。
「私にとって、他人とは思えない相手・・・。また会ってみたいと思っているのも本心です」
哀叉の瞳には、しんみりとさせるようなものが浮かび上がっている。
本人は、少し寂しそうにしているが、亮夜たちには、偽りようのない事実を思っていると捉えられた。
そこまで考えて、亮夜はある事実に気づく。
なぜ、哀叉は自分たちを誘ったのか。
そのことを確認しておくことを、すっかり忘れていた。
亮夜は遠慮なく、そのことについて尋ねてみた。
「えっと・・・それは・・・」
予想外だったのは、哀叉が悩む素振りを見せたことだ。
回答を拒否されるとか、即答されるとかならわかるが、この反応は、想定していなかったということになる。
「その・・・あなたなら、いいかな・・・と思って・・・」
紡ぎ出した答えはこれだった。
亮夜はどう返したらいいか分からず、「そうか」とだけ答えた。夜美も、リアクションに困っていたようで、わずかに驚く程度の感情表現に留めた。
「そういえば、大分話をそらしてしまった。申し出の件、受けることにするよ」
しかし、最終的な決着はまだつけていない。
やや強引なのは否めないが、亮夜は自分たちの意思を急に伝えた。
「分かりました。日にちは後程伺います」
幸い、哀叉も普通に受諾してくれた。
「聡明」に会いにいく交渉を受けることにして、亮夜と夜美は哀叉のマンションを後にした。




