12 battle
先発隊が学校を守る敵たちとぶつかったのを見て、亮夜たちは突撃を始めた。
亮夜と夜美、宮正、恭人の三組に分かれて向かう。
敵たちは後続に気づくも、目の前の敵が強いため、手を出せなかった。
とはいえ、相手も対策はしていたのだろう。
玄関から次々と、新たな敵が現れた。
しかし、夜美と、宮正と、恭人の魔法が次々と炸裂したことにより、あっという間に倒された。
単純に相手の練度が低いというのもあるが、味方を巻き込む恐れがない程、相手を狙いやすいのと、3人とも、当てるだけの練度があったということだった。
最も、足止めとなった敵の先発隊の中には、まだ倒されておらず、逆に押している者もいる。
「お前達は先に行け!」
恭人は玄関までたどり着いた後、3人に言い残して、Uターンをした。
「おい、恭人!」
当初の予定を変えた彼に対し、宮正が反発する。夜美は足を止めて、亮夜は妹に続いて足を止めていた。
「私が周囲の安全を確保する。いざという時のバックアップは任せろ!」
口ではそう言っているが、倒れた仲間を見捨てられないというのが、恭人の本心だった。ちなみに、宮正はやむを得ないと割り切っており、亮夜たちはそれに加えて、他人の相手だからという、少々薄情な考えを抱いていた。
だからといって、亮夜たちが悪いというわけではなく、あくまで彼らは、内部的な被害を抑えるのを優先している。
恭人もそのことを理解して任せた上で、目の前の状況の対処を優先することにしたのだった。
「分かった。退路を頼む!」
二人が了承をとると、宮正は再び走り出し、亮夜も夜美を引っ張って校内に突入した。
突入後、宮正と分かれた亮夜と夜美は、物陰に隠れながら、進軍していた。
意外だったのは、敵の練度も密度も少ないということだった。
しかし、夜美の感知には引っかかりにくく、自発的に探し出さないといけないという点で、緊張が途切れるということはなかった。
恭人の推測は間違っていなかったとはいえ、これだけだと、少々過剰装備ではなかったのかと、亮夜たちは思い始めていた。
しかし、夜美の感知におかしな点が引っかかったのを見て、二人の少し気楽だったムードが霧散した。
「階段の裏から、悪意を感じる」
夜美は先天的に悪意の感受性に優れている。
その範囲は決して広くはないものの、一部屋分くらいなら、十分感知することが可能だ。
一方で、プライベートの場合だと、悪意を無意識にキャッチしてしまうので、大人の世界には、個人的な怨恨を除いても、苦手意識を持っていた。
しかし、実戦では、不意打ちにかなり強い。
スナイパーや魔法六公爵当主、司闇クラスの相手ならば話は変わるが、この程度の相手ならば、先手をとられる恐れはない。
亮夜が少し前に出て、相手を挑発する。
何も知らない相手は、亮夜に不意打ちの魔法をしかけるも、あっさりと躱された。
魔法を使用すれば、発動に使用する精霊などを辿ることで、感知される危険がある。
その技術は、「1」や2年の中位以上ならば、習得しているべき技術だ。
だが、亮夜と夜美は、一般的な練度を遥かに超えており、居場所そのものを特定していた。
後は、夜美が魔法を放てば、相手に勝ち目など0となる。
倒した相手を見て、夜美は少し疑問を覚えた。
一撃で倒したから一般的な違いは分かりにくいが、先ほどまでの1組生徒たちなどとは違い、随分強く感じた。
戦闘へのやる気と言うべきなのか。
先ほどまでの相手は、この意識が作られていたかのように感じる。
夜美がそのことを兄に伝えると、亮夜は考えすぎるなと注意して、校内を進軍し始めた。
その後も、何度か戦闘があったが、本当に敵の練度の差が激しい。
普通に戦わなくてはならない、油断ならない相手から、魔法どころか、亮夜の格闘術であっさり片がつく程、弱い相手まで、実に様々だ。
本格的に訝しさを覚え始めた二人だったが、そうこうしているうちに、体育館の前に到達した。
宮正と合わせて、校内の8割は回っていた。
その時点で、修子たちは未だ発見されていないという。
そうなると、ここにいる可能性は高い。
一方で、学校内の実験室のいくつかで、正体不明の実験が行われていたという。
非人道的なものと決めつけていた亮夜は、少し苛立ちを募らせていた。
夜美が部屋内部を感知した状態で、ドアを開けた。
予想できた不意打ちはなかった。
しかし、内部の環境には、夜美が意識を奪われ、亮夜も足が鈍った。
言われなければ、体育館だったと思えない。
派手で華美でゴージャスな装飾をたっぷりとつけられており、誰がどう見ても貴族の部屋だと思うだろう。それも、最高位の。
中央は、一つの対談室のように、ソファが二つ、テーブルが一つ用意されていた。
そして、ソファには二人の女性が座っている。
一人は、令院堂棟寺月美玲子。
もう一人は、嗣閃修子。
ティータイムのように、ゆったりとしている雰囲気だった。
不覚なことに、亮夜たちの行動より、修子たちの行動の方が早かった。
「何者!?」
今、亮夜たちは戦闘用の改造スーツを纏い、改良したバイザーをつけている。傍から見れば、背格好以外、亮夜たちだと分かるものではなかった。もちろん、修子たちには亮夜たちだと分かっていなかった。
その声で、亮夜たちはようやく、意識を修子たちに絞った。余計な事を考えずに、亮夜は単刀直入に要求を突き出した。
「君たちの企みはここまでだ。潔く、降伏してもらいたい」
「私を誰だと思っていますの?」
亮夜からすれば、降伏勧告のつもりだった。それと同時に、相手が到底受け入れるはずがないということも分かっていた。
しかし、奇襲を仕掛けるつもりはなかった。油断なく身構えているとはいえ、相手はあくまでも同じ学生。ただ倒すだけでは、今回の目的は果たせない。
「私こそが、「嗣閃」の長女にして、最も偉い、嗣閃修子様ですわ!」
__だからといって、この演説を聞くのは、亮夜も、夜美も、嫌気がさしていたのだが。
「それで僕たちが屈すると思うかい?」
そのくらい、亮夜は苛立っていた。
感じたことのない威圧感に、修子も、少し離れている玲子も、身動ぎをした。
「冷宮恭人さんたちが、この学校の反乱因子を抑えている。それに、非人道的な実験のデータも確保してある。これを表に出せば、確実に君は失脚するだろうね」
しかも、完全に主導権を奪われている。嗣閃の部下たちと、協力者の腕っぷしはたちそうなメンバーが壊滅していたなど、修子には信じ難かった。
修子たちが焦りを隠していない態度を見て、亮夜はバイザーを外した。
「あなたは!?」
思わず、修子たちが声をあげる。
夜美も兄に続いて、素顔を現した。
その服からは想像できない幼い顔が、強烈なギャップを生んでいた。
完全に絶句した相手を見て、亮夜は言葉を続ける。
「しかし、君にも立場があるだろう。ここはひとつ、取引といこうか」
「お兄ちゃん?」
「何を?」
亮夜が思いもしない発言により、夜美が思わず聞き返していた。修子も我を忘れていたのか、生返事を返していた。
「もう一度、夜美と勝負してもらおう。もし、君が勝ったら、今回は見逃してあげよう」
修子たちが反応を返す前に、亮夜は続けた。
「ただし、夜美が勝ったら、君たちを拘束させてもらう」
冷静に考えれば、亮夜の取引はかなりおかしい。
最初から取引などせずに、二人で問答無用で仕掛ければいいだけのはずだ。特に、夜美は客観的に見れば、修子より強いので、必要意義すら怪しい。
それを、わざわざ交渉ということで、自分を見逃してもらえるチャンスを与えている。
修子のとる手段はただ一つだ。
「その取引、乗りましたわ」
しかし、修子がこの時点で詰んでいるに等しいなど、修子はまだ気づいていなかった。
元体育館のステージの上、アイドルが踊るような装飾を飾られた舞台の上で、夜美と修子が向き合っている。
夜美はバトルスーツに特殊チップを追加した装備となっている。
チップの処理をバトルスーツに任せるシステムを組み込んだことにより、腕を自由に使うことが出来る。もちろん、バトルスーツには耐久性が整えられているため、魔法戦闘にはうってつけの装備だ。
このバトルスーツ自体は、高校や一般人程度では入手が難しい代物だ。亮夜たちはそれを、コネを使って入手したものを独自に改造して保管してあった。
最も、それを修子たちが知るすべはない。現在公表されている技術では、亮夜の作ったスーツよりも一回り優秀とはいえ、それを手に入れているということは、家柄的な意味でも、只者ではないという証明であった。
一方の修子は、魔力ブースターの機能を果たす、指輪型の魔法道具を大量に身につけていた。ちなみに、服装は身軽なものとなっていた。
本来、魔力ブースターは熟練者でも2つが精々だ。
魔力を供給して新たに生み出すプロセスを増やすということは、制御能力もそれに見合った分が必要となる。もし、制御しきれないという事態になれば、あらゆる意味で効率の低下を招く、非合理的な状況となってしまう。
しかし、修子の使うブースターは、彼女の暫定的なパートナーである、東雲佳純から贈られたものだった。
通常のブースターと違い、相互リンク機能が追加されている。
複数の機能から供給される魔力を、一つとして強制的に扱うシステムを組み込まれている。
この機能により、見かけ上では、全身から魔力を引き出すという形で実現させた、とっておきの切り札といえるものだった。
__言うまでもなく、佳純はこのシステムの問題点を口にしていなかったが。
しかし、たとえデメリットがあったとしても、修子にこれを使わない選択肢はなかった。
各指にはめられた、それぞれの指輪を起動し、凄まじい魔力を感じる。
溢れるばかりの凄まじい魔力に、夜美どころか、亮夜も、共犯者(?)の玲子も恐れを隠せなかった。
事実、夜美は相手の格の違いを理解させられて、作戦を変更せざるを得ない程、追い詰められていた。
小手先の魔法では、修子にロクにダメージを与えることが出来ない。
魔法の撃ち方は単発であるものの、まともに喰らえばただでは済まない。
暴走の如く、荒れ狂う魔力の暴力の前に、夜美は防戦一方だった。
とはいえ、修子もほとんど正気を保っていられるものではなかった。
魔力が通常よりも遥かに満ち溢れているため、それを制御するのは、システム的な改造をされて、サポートを受けているこの状況でも、容易なことではない。
その分、魔法の規模は格が違う。
それどころか、細かい制御を外して、ただ力の限り振るうだけでも、強烈な一撃と化す。
しかも、全身から湧き出る魔力は、自身を守る衣となり、夜美の小規模な魔法ならば、弾き返せる程だった。
単純な魔力の量ならば、文句のつけようがない程、修子の方が上だ。
しかし、イレギュラーと言える程の、大量の魔力を、常人にまともに扱えるはずがない。
魔法に精通している者ならば、修子が魔力に押しつぶされている姿が視える。夜美は言うまでもなく、亮夜と玲子にも視えていた。
大量に取り込んでいる魔力を前にして、修子はただ、敵を倒すことしか考えることが出来なくなっていた。
修子との攻防を3回程繰り返した所で、夜美は相手の状況をほとんど分析し終えていた。
魔力の超暴力の前には、自分の魔力では、歯が立たない。受け止めれば、よくて致命傷といったところだろう。
逆に、こちらの攻撃は、ほとんどダメージを通せない。まともな攻め方では、じり貧になるだけだ。
しかし、相手の消耗は明らかに激しい。このまま長期戦に持ち込めば、勝負に勝つことは難しくない。
だが、その状況になれば、修子の身の安全は保障できない。
そうなれば、最終的な勝負は、夜美たちの負けとなってしまう。
そうなると、修子を倒して、止めるしかないのだが__。
このパワーを前にして、一騎打ちでは、どうあがいても手数に難が生じてしまうのだった。
夜美はスーツの左胸に隠していた、もう一つの魔法道具を取り出した。
まだ非公式のアイテムだが、やむを得ない。
取り出したのは、水晶型の魔法道具。
魔法の手数を増やすことに適した道具で、他の魔法道具と違い、魔法の力を引き出す、補助装置の役割はない。
どちらかと言えば、保存に近い要素があり、魔法の現象を複写することで、魔法発動の中断をすることが出来る。
通常の戦いでは、先手をとられたりすれば、魔法が霧散してしまうという難点があるのだが、これを実用化させることが出来れば、魔法のチャージというのが、一人で行うことが可能だ。
一応、技術自体は、数年前で完成していたのだが、限られた、一部の魔法しか保存できない上、再発動するのにも手間がかかると、控えめに言っても、使いにくい代物だった。
だが、亮夜は保存できる魔法を1つに最適化させたため、保存容量の拡大と、動作の最適化は実用に耐えられるものとした。汎用性はかなり低下したものの、実用性では、こちらの方がかなり上だ。
今、この魔法を発動させる準備に、夜美は取り掛かっている。
回避と足止めを繰り返して、隙を見て、水晶に魔力を注入している。攻撃自体は単調なので、油断しなければ、夜美の能力ならば、対処は難しくなかった。
そして、水晶に魔法の複写を完成させた。
夜美がそこから、特大の魔法を放つ。
巨大な闇が、修子の身体を蝕んだ。
司闇に伝わる秘術の一つ、「ブラック・イクリプス」。
闇を広げ、敵を侵食する闇魔法。
これを使うことによる、身元のリスクを、亮夜も夜美も覚悟していたが、この規模の大魔法を水晶に肩代わりできるような強力な魔法は、現状、これしかなかった。
幸いなことに、司闇内部を除けば、知っている人物はほぼいないのだが、二人はそれを知らなかったし、知っていても、そのリスクは重く受け止めていたに違いない。
解き放たれた闇は、魔力を求めて、修子に襲い掛かる。
その一撃は、修子の魔の衣を打ち破った。
魔力を喰らうかの如く、闇が覆いつくされて、魔力を消し去った。
無理やりに引き上げられた魔力を失った修子は、地に伏した。
「あ、あれは・・・!」
その光景は、玲子にとって、あまりに恐ろしいものだった。
特に、夜美が最後に放った、あの闇魔法は、人智の力を超えているようなものだった。
それが撃たれた後、修子と夜美の周囲が、黒い霧で覆われていると錯覚した程だった。いや、実際に闇の霧は発生していたが、ほんの短時間で、その実感に縛られていたというべきか。
とにかくあの二人の、化け物じみた魔法を使う姿は、彼女の常識からかけ離れていた。
玲子は恐怖のあまり、逃げ出そうとするが、亮夜によって、あっさりと拘束された。
一方、夜美もこれだけの魔法を発動して、無事でいられたわけではなかった。
固有魔法は、作られ方が様々だが、司闇のものとなると、まともなやり方で作られたはずがない。無論、副作用も大概は無視されていた。
強大な魔法には、それ相応の副作用を伴うリスクを背負っているのも少なくない。一般の世界とは違う力を使うが故のものだと、多くの魔法師からは信じられている。
この「ブラック・イクリプス」は、亮夜の改造もあって(改良ではない)まだましな方で、物理的な体力を無視できない程には消耗する程度だ。酷いものだと、精神そのものを削り取る副作用やら、生贄を介して発動やら、強制的な睡眠や気絶を招くものまで、世間的には秘匿される程のものがある。
ともかく、夜美であろうと、立っているのが困難になる程度には、疲労を抱えていた。
それでも、戦士として、辛うじて隙の見えない立ち姿で、倒れている修子を見下ろす。
しかし、修子はまだ懐に隠してあったもう一つの魔法道具に手を伸ばした。
黒を基調とした魔法銃を夜美に向けて、魔法を発動しようとする。
反応は、夜美よりも、亮夜の方が早かった。
「夜美!!」
いつになく、焦りを隠そうともしていない、亮夜の声。
彼は今、実行されようとしている魔法に、強い恐怖を覚えていた。
それが、夜美に向けて放たれる__。
しかも、夜美は魔法の行使による疲労で、離脱することが出来なかった。
この瞬間、亮夜はかつてない程の絶望と後悔を味わっていた。
禁断の魔法を使わせた、愚かな自分に。
たとえ、それ以外に切り拓く道がなかったとしても。




