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魔法解放少年  作者: 雅弥 華蓮
第7章 chaos
76/121

7 混沌

 恭人との密談を終えた夜美は、亮夜と別れて、1年1組に戻った。

 現状、無視で済んでいる嫌がらせだが、油断はするなと、亮夜から忠告を受けていた。

 だから、足を引っかけようとするいたずらや、ぶつかってくる嫌がらせを回避することが出来た。

 最も、夜美は悪意に敏感な異能があるので、その気になれば、黒幕を捕まえることも可能だ。

 だが、証拠もなしに捕まえても、学校というルールには勝てない。勝負に勝っても、試合には負けるようなものだ。

 だからといって、証拠を残す__つまり、わざと痛い目に遭う気も、夜美にはなかった。

そんなことをすれば、亮夜がどれだけ悲しむか、考えただけでも不安になる。

そういうわけで、しばらくはおとなしく、ただし実害は受けずに、イジメられようかと、夜美は甘んじることにした。




 現在、1年1組は、修子と玲子が率いるグループを中心に成り立っている。高い魔法力と行動力、そして、権力を用いることで、次々と同学年内に味方をつけることに成功した。最も反発が大きかった男子たちも、様々な手で誑し込むことで、こちら側につき、クラス内で最も大きな派閥となっていた。

 上手くなじめなかった少数派も、結局は降伏し、彼女たちに口を出すことが出来なくなった。

 そして、最終的な目標は舞式夜美。

 修子が強い恨みを持つのを、玲子が煽って、協力しているという関係に、クラスたちも巻き込まれることになり、ほぼ全員が、夜美に嫌がらせを行っている。

 当たり屋、引っかけ、落書き、異物混入、ぶつけ、押し付けなど、無視からいきなり、やることがエスカレートしてきた。

 そして、夜美を屈服させて、屈辱的な目に遭わせることが、修子たちの目標だった。

 しかし、夜美はそう簡単に、嫌がらせに動じなかった。

 物理的な嫌がらせは回避し、異物混入はほぼ手を出させず、押し付けや落書きは素直に引き受ける、といったように、大して手応えはなかった。

 やがて、魔法授業の際にも、本格的に嫌がらせが始まるようになった。

 誤射のふりをして、夜美に向けて飛ばす。

 多人数で、リンチを狙う。

 わざと、魔法を大量に放って、授業妨害をする。

 それでも、夜美の魔力と身体能力、そして、精神能力の前には、大した妨害にもならなかった。

 成果が思ったより出ない現状を見て、修子は焦りを覚え始めていた。




 夜美への本格的な嫌がらせが始まって3日目。

 嫌がらせのレベルがさらにエスカレートし、物理的な拘束をしようとしたり、断りにくい状況を作って、妨害するなど、陰湿な嫌がらせが目立つようになった。

 それでも、夜美を前にして、上手いこといかなかった。

 そして、ある時の授業__。

 1年1組は、魔法による正確性を強化するという、授業を行っていた。

 この嫌がらせに対し、快く思っていない、本質は善人な人物は少なくない。

 だが、この猛烈な嫌がらせが、自分に向いたらどうしようと、保身を優先して、止む無く加担するという人物が大半であった。中には、面白半分で、夜美が明確に嫌がっていないからといった理由で、興味本位が強いという人物も少なくなかったが。

 そんな中、魔法弾が、まだ並んでいる夜美に向けて飛ばされた。

 言うまでもなくわざとで、指導員が目を背けているタイミングを狙って、夜美に攻撃を仕掛けようとした。

 しかし、夜美はこれを、魔法で受け止めた。

 その余波で、隣にいた女子生徒たちがよろけた。

「どういうつもりだ、舞式!?」

 それを見逃さなかったある男子生徒が、夜美に向けて抗議した。

「このまま避けていたら、後ろにいる子に当たったよ」

 対して、夜美は冷静にそう返した。

 確かに、魔法の直線上には、男子生徒がきっちり並んでいたため、夜美が避けていれば、その人物に当たっていた。

 夜美の発言でそのことに気づいた当人は、驚愕と同時に、感謝の意を見せた笑みをこっそり浮かべた。

 一方、周りの人物も何人か、夜美の判断能力の高さを評価せざるを得なかったが、勝手に魔法を使ったという、問題点に引きずり込むことはできた。

「そういう問題じゃないのですの。無断で、規則外の魔法を使った。その問題がどの程度かお分かり?」

 最初から並ぶ気もない修子が、夜美にそう難癖を付け始めた。

 いつもなら、夜美は無視を貫くのだが、このテーマはそう無視できるものではない。

 ここで引き下がれば、人命よりも、規則が大事だと認めることになる。

 規則とは即ち、下らぬプライド、縛り付ける呪縛だと、夜美は認識していた。

 さすがに、犯罪行為を平気で行える程、超然としていないが、人間として、正しい選択肢は、常に取り続けるつもりでいた。

 それが、兄・亮夜を救う際に、己に課した決断であり、覚悟であった。

 どのような理不尽であろうと、魔法師である以前に、人間であるために。

「あなたたちの使った魔法で、一人重症者を出すよりましだよ」

「よく言いますわね。そんなことを言って、いつか、私たちに復讐する気でしょう?」

「それはあなたたちでしょ」

「あくまで白を切る気なのですね」

「冤罪を認める気なんて、全くないよ」

 修子と夜美の挑発合戦が繰り返される。

 修子の態度と語気に、徐々に苛立ちが募っていくのに対して、夜美は冷静に、いや、冷徹に、雰囲気が研ぎ澄まされていった。

 今までの、シャットアウトを続けていた、夜美の冷たさとは違う。今の夜美は、鋼の如き、空気だけで人を傷つけられそうな、冷え冷えとする冷たさを放っていた。1か月程前の、深夜を相手にした時と同じように。

 いつもと違う夜美の態度に、周囲の野次馬は、焦りを見せ始めていた。裏を返せば、夜美が報復しないと見込んでの、嫌がらせであった。

 それが今、不愉快な態度という形で、現れようとしている。

 取り巻きたちが少しずつ後退する中、夜美と修子、そして、別の所で並んでいた玲子の3人が、睨み合っていた。

「はあっ!」

 遂に修子が、魔法を使って、夜美を攻撃し始めた。

 夜美は避ける気もなく、光のライフルが、夜美を貫く。

 すると、夜美の姿が消えた。

「魔法!?」

 目の前で姿を消した夜美を見て、修子は動揺した。

 魔法を使ったのは、先ほど、受け止めた一回だけのはずだ。

 いくら自分と互角に戦える(と思い込んでいる)とはいえ、魔法を使わなければ、あんな芸当は出来るはずがない。

 いや、ライフルごと消えたならば、やはり魔法を使ったに違いない。

 その推測は、突然、現れた。

 背中から触感を感じた直後、意識を刈り取られた。

 意識を失った修子は、そのまま前に倒れた。




 その姿を、夜美は背後から冷徹に見詰めていた。


 攻撃を受けたあの時、魔法を受け止めると同時に、複数の魔法を発動させていた。

 魔法の源、精霊を実体化させて、映し出す魔法・「ミラージュ・スピリット」。

 さらに「ライト・リバース」を使用し、自分の幻影と入れ替わる形で、密かに移動しておいた。

 もし、「ミラージュ・スピリット」を使わなければ、本当に夜美が消えたと思い込むだろう。

 魔法を感知出来る者がいたとしても、複数の魔法をまとめて感知するのは困難だ。現象的に言えば、夜美本人は全く動いていないので、そもそも見抜くのでさえ至難の業と言える。

 挑発合戦までは、偽物の夜美の側におり(背後に回ったりすれば、耳が良ければ気づかれる危険がある為)、口論が終わろうとした時には、修子の背後に回っていた。

 そして、攻撃された際には、偽物がライフルを受け止めてから、修子に不意打ちを仕掛けた。

 ここでは、「ソウル・ヌルフィ」という、精神を刈り取る魔法を発動させた。

 相手の精神に直接魔法をかけて、意識を奪い取る魔法だ。

 出力を強化すれば、永遠に消し去ることも可能だが、言うまでもなく、夜美に殺すつもりはなかった。1分くらい、意識を奪う程度の出力だった。

 ここまでした時点で、姿を隠すつもりもない。

 修子を倒したのを確認して、夜美は姿を現した。




 あまりの突然の展開に、一目で理解できた人物はいなかった。

 いや、その過程が分からなかっただけというべきか。

 夜美が何らかの手段を使って、修子を倒したという事実は、野次馬と玲子の全員が理解していた。

 そして、ここまでくれば、夜美が明確に攻撃したという、証拠の完成だ。

 少しの沈黙の後、凄まじいブーイングが、夜美を襲った。

 夜美はもはや、まともに相手にする気もなかった。

 ここまで来ると、ほぼ全員が狂気的に取り憑かれていることが分かる。

 自分たちの尊敬する__どういう尊敬かは、一概に言うことは出来ない__修子を傷つけた(ただし、本当に傷ついていないことを理解した人物は存在しない)夜美を、吊るし上げるべく、咆えた。

 修子と玲子が何を仕込んでおいたのは知らないが、そう決めつけていた夜美は、これ以上の抵抗は危険と判断した。

 一応、止めるだけなら、楽勝なのだが、流石にこれだけの相手を無傷で倒す(夜美が、ではなく、相手が、である)のは、いくら夜美でも容易なことではない。

 そもそも、今の立場からして、無暗に傷つけること自体、本末転倒だ。

 授業を無視して、夜美は逃げ出すことを決意した。


 この時、玲子が既に姿を消していたことを、夜美は気づいていなかった。


 部屋から抜け出した夜美は、身を隠した後、亮夜のナンバーをプッシュした。

 普通に考えれば、授業中である彼が応対するのもおかしいし、そもそも、夜美の性格からして、兄を煩わせるようなことを行うのもおかしいのだが、そのくらいの分別は二人とも区別をつけていた。

 その証拠に、3秒にも満たない時間で、亮夜は応答してくれた。

「お兄ちゃん?・・・それで、1組と・・・うん、分かった。お願い」

 亮夜から出された指示に従って、しばらくの間、身を隠すことにした。




 その頃、亮夜は2年10組の教室で座学を受けていた。

 一応、一般科目では秀才となっている彼でも、疎かにするつもりはなかった。

そもそも、秀才だとしても、学ぶべきことは沢山あるのだから。

 そういうわけで、テキストを読み込みながら、心の片隅で妹を心配していた。

 その予感は、携帯端末から知らされた。

 本来、授業中の端末の使用は禁じられているのだが、亮夜は何の抵抗も持たずに、応対した。

 なぜなら、その相手は、彼の妹、舞式夜美であったからだ。

「夜美?そうか、ついに1組でか・・・」

 突然、端末を起動させて電話を始めた亮夜に、疑念の目が集中するが、有象無象の相手より、夜美の相手をする方が重要だ。この場では、指導教員がいないものの、たとえいたとしても、遠慮なく使っていただろう。

 夜美から状況を聞いた亮夜は、作戦を立てて、夜美に伝えた。

「成程、そのまま続けていた方がいい。僕がこれから恭人さんや若井先生に手を打つ」

 夜美との電話を終えた亮夜は、そのまま立ち上がり、教室を出ようとした。

「今の相手って、夜美ちゃん?」

 そう発言したのは、亮夜の親友の一人、花下高美だ。

「うん、悪いけど、今から行かなくてはならない事情が出来た」

 何とでも解釈できる発言を残して、亮夜は教室を出た。

 彼が向かったのは、2年1組__ではなく、生徒会室だった。

 亮夜がカードキーを通すと、扉は開いた。

 このキーは、生徒会長の恭人と、書記の夜美による独断で、亮夜に渡されたものだ。

 まさか、こんな場面で役立つとはと、少し自嘲気味に笑いつつ、亮夜は部屋の一角にある通信機を操作した。

 この通信機では、学内にある機器と連絡をとることが出来る他、学内登録してある端末に連絡を出すことも可能だ。言うまでもないが、恭人を始めとする、生徒会メンバーの分も登録してある。亮夜たちの分も登録されているが、この生徒会から連絡を出されるという例は、この時点ではなかった。

 恭人のデータを選択して、大至急来てほしいと依頼する。

 3分後、恭人はやってきた。

「すみません、こんな時間に」

 まず、亮夜はやって来た恭人に謝罪をした。

 明らかに授業中に呼び出したため、よほどの人物でないと、気分を害するに違いない。

 そのため、亮夜は最初に謝罪をしてから本題に入ることにした。

「お前がこんな時間に呼び出すということは、相応の事情があるのだろう?」

 幸い、恭人は状況を理解していたのか、然程苛立っている態度は見られなかった。

 亮夜がこの時期に呼び出すなど、考えられる件は一つしかない。

「はい。1年1組内で、暴動が発生しました」

 そして、予想は一致していた。

「とうとうやりおったか。それで、お前の妹は?」

 呆れながらそう発言したのは、1か月程前にもあった、学生同士の対立を連想して疲れが見えたからなのか、また嗣閃修子が何かやらかしたのかと呆れたのか、どちらもあり得そうだった。

 だからといって、現実逃避をする意思を欠片も見せずに、亮夜に確認を求める。

「授業を抜け出して、逃げることには成功しています」

「・・・生徒会長として、見過ごしたくはないのだが、仕方あるまいか」

 平然とサボタージュ宣言をする亮夜に対して、恭人はまたしても悩まされることになるのだが、物事の優先順位はきちんと弁えていた。

「私は1年1組の使用した演習室に乗り込み、直接捕縛する。お前は夜美の方に行ってこい」

 今、優先すべきことは、1年1組内で起きた暴動を止めることだということを。




 しかし、恭人たちの予想に反し、1年1組は想像以上に過激に動いていた。

 なんと、ほぼ全員が授業をボイコットし、夜美を追っていたのだ。

 恭人がついた時には、少数と、担任の若井がいただけだった。

「これほどとは・・・」

「会長!」

「恭人君!どうして君が!」

 若井は、1年1組の担任を務める先生の一人。

 この学校の先生でも、20代とかなり若いが、実力も指導力も証明済みだ。

 最も、この惨状を見て、とてもそうだとは思えないのだが。

「匿名通報で、ここに駆け付けました」

「あの、会長・・・」

 見るからに小さい、可愛げのある男子生徒が不安な声で話に割り込んできた。

 彼が話してくれた内容は、1年1組の暴動の原因だった。

「・・・そうか。想像以上に面倒なことになったな」

 事情をある程度知っている恭人でさえ、この厄介ごとの大きさに、苦い顔をした。

「私では止められませんでした。恭人君、無礼を承知で頼みます」

 若井は、恭人に土下座して、頼み込んだ。彼は、恭人を生徒会長ではなく、「冷宮」として扱っていた。

「どうか、この喧嘩を止めてください!」

 最も、恭人は始めからこの事件を解決するつもりでいた。そして、この先生は、思ったより頼れないと、失礼なことを考えていた。

「分かっています」

 だからといって、そんな態度を何一つ出さずに、恭人は承諾した。




 夜美は現在、放送室に隠れていた。

 彼女がここを抑えた理由は、通信の主導権をとるためだ。

 もし、修子たちに放送を使われれば、事情を知らない人全員を敵に回される危険がある。

 特に、先生を敵に回せば、恭人たち生徒会ですら庇いきれない可能性がある。

 万が一すぎる可能性とはいえ、あまりにハイリスクとしか言いようがなかった。

 __結果的に言えば、この判断は正しかった。

 外から、ひたすらガチャガチャと、扉を開けようとしている。

 全ての雑音を無視して、夜美は扉の死守をしていた。

 ここまでされても反撃に転じないのは、亮夜たちが動いてくれていると夜美は確信しているからだ。

 部外者が手を出すというならば、自分が過剰防衛に問われることは一応ない。

 既に、放送室の立てこもりと、そのための魔法使用という、完全にアウトな行為を行っているのだが、もはや気にする必要すら、夜美にはなかった。

 そして、夜美の期待は予想通りとなった。

 外の激しい抵抗が止む。

 放送室の扉がノックされた。

「夜美、いるよね?」

 聞き間違いようのない、優しい声。

 夜美がドアを開けると、その場には、亮夜と恭人、そして、捕まえられた1年1組の多数の生徒がいた。

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