3 心の陰
チュウブ地方の山脈に隠された、小さな里。
その一帯全てが、魔法六公爵の一角「司闇」の居住地だ。
闇を司り、ただ、強さに驀進してきた彼らは、他の六公爵を凌ぐ、圧倒的な力を手に入れた。今も、その余念なく、ただ、強さを求めている。
人工培養、精神改造を始め、明らかに非人道的な行為も平気で行い、六公爵の中では、最も異端で最強だと、魔法界で恐れられている。
時々世間に現れては、甚大な被害をもたらし、世間の裏で、平気で犯罪行為を行う。
しかも、圧倒的な力と、その凶暴性、さらに秘匿主義なことから、明確な正体を掴むことが出来ずに、ただ、恐れることしか、世間には出来なかった。
だが、彼らにも表に出ていないとはいえ、弱みはあった。
これだけの非道徳的な行為を行っていることもあって、そのことに反感を抱く内部の人間も少なくない。
最も、その度に、弾圧、洗脳、暗殺を繰り返しているため、内部でさえ表面化しない。
しかし、6年前、司闇の血族である、司闇亮夜と司闇夜美が逃亡したというのは、彼らにとって、致命的な失敗であった。
司闇の洗脳が上手くいかなかったため、最終的に死亡した亮夜。
まだ施さずにいたせいで、彼の死に影響されて、姿を消した夜美__と、表向き、部下たちに公表されていた。
だが、この真実が漏れれば、「司闇」の権威は地に堕ちる。
そのことを恐れた司闇の血族たちは、夜美を犯罪者、裏切り者に仕立て上げて、殺そうとしたが、6年間、見つかることはなかった。
内部で死亡説がささやかれ始めた頃、夜美の存在が確認された。さらに、亮夜も生きていることが判明したため、彼らは改めて抹殺しようとした。
だが、亮夜は大胆にも、司闇の里に乗り込み、さらに取引を持ち込んで承諾させたことにより、一応の不可侵条約を結ばなくてはならなくなった。
そもそも、亮夜たちを殺そうとした理由は、彼らから、司闇の秘密や恥が漏れるのを阻止するという部分が大きかった。
しかし、6年経っても、そのような情報は出てこなかった上、亮夜たちは、「舞式」に名を改めていたこともあって、放置しておくことのデメリットが小さいと判断した。
そういうわけで、現在は亮夜たちの抹殺の優先順位が下がっている。
再び、内部編成の強化を優先し始めた彼らだが、また新たな事件が発生した。
司闇の血族の一人、司闇深夜が、犯罪者にして、同じ血を引く司闇夜美に勝利できなかった。
このことから、深夜は罰として、「司闇」の再教育を受けることになっていた。
深夜の周囲に、男女問わず、多数の死体が転がっている。
その深夜には、身体のいくつかに血を浴びた跡がある。
言うまでもないが、深夜が殺した返り血だ。
闇理から出された課題は、ひたすら殺す修行だった。
「司闇」に仕える人間の失敗作を、深夜が処分兼修行として、消し去る。
彼女の魔法で、次々と生命を奪った。
しかし、彼女の内に変化はなかった。
いや、変化を恐れ、正気を保とうとしていた。
深夜に、殺人の禁忌はない。
だが、兄や姉と比べれば、狂気と呼べる程、殺すことに執着しているわけではなかった。
闇理の逆鱗に触れる原因となった、夜美の兄にして、自分の元兄である、亮夜から聞かされた司闇の真実。
深夜の心に、その記憶が深くこびりついていた。
殺す度に目覚めそうになる、もう一人の自分。
その衝動を深夜は抑えつつ、ただ、修行に励む。
「まだ・・・アンタたちを殺す・・・私が私でいられるように・・・」
本当の自分を見失わないよう、ただ、殺戮の時間を耐えていた。
ただ、なぜ、自分というものを欲しているのか、深夜にはまだ、分からなかった。
生存欲求はある。
自己顕示欲もある。
そのために、司闇の人間として生きていくために、強くなった。
その過程で、心を捨てることを、彼女に躊躇はなかった。
だが、亮夜との交流が原因で、普通の人間として生きたいという望みが、深夜に生まれていた。
今は、司闇ではない、別の生き方以上の認識が出来ていない。
それでも、深夜は、その生き方を、通したかった。
何一つ、理解出来ない、その生き方を。
成果自体は悪くない。
少なくとも、あの出来損ないに比べれば、確実に成果は現れている。
そのはずなのに、闇理はその結果に不満を持っていた。
心理的な変化がないに等しい。
明らかに殺すのに慣れているのに、自分たちと同じように、無駄な感情を捨てきっていない。いや、壊れきっていないというべきか。
とはいえ、実力もそうだが、任務を果たす上では十分すぎる程、冷徹さが磨き直されたことはこの成果が証明している。
再び、任務をやらせても構わないと思い始めてはいるが、現在の体制でも、司闇一族の運営に大きな問題が出ているわけでもない。
もう少しやらせてからでもいいと、闇理は思った。
真の強さの前には、心など、不要なものだと、司闇の上層部ならば、ほぼ一致した結論であったからだ。
所詮、闇理にとって、血縁とは、ただの繋がりであるから。
そこに特別な意味など、闇理にはなかった。
トウキョウ魔法学校の入学式が終わって、最初の授業が始まった日。
この日も、亮夜と夜美は一緒に学校に向かっていた。
亮夜はともかく、夜美は新入生総代として顔が売れているので、夜美の顔を見て、注目を集めるという場面もあった。それに、夜美は可愛い姿をしている__と亮夜は思っている__ので、純粋に目を引く部分もあるだろう。
最も、当の夜美はその邪な視線を全て無視して、亮夜にべったりとくっついていた。
そんなこんなで、学校の入り口についた時__。
夜美が一緒に行きたいとだだをこね始めた。
どうもこの妹は、今年に入ってから、また子供っぽくなった一面がある。
とはいえ、これ以上甘く接していたら、本当に四六時中、一緒にいられない場面でも離れることができないことになりかねない。
亮夜は少し厳しく、でも優しく、夜美に語り掛けた。
「夜美、終わったらちゃんと一緒にいてあげるから、今は我慢するんだよ」
「えー!」
「・・・全く」
口では嫌そうにしているが、夜美を見詰める亮夜の瞳には、笑みが浮かんでいた。
夜美も、文句は言いながらも、亮夜と話せて嬉しいという態度を、衆人環境なのにも関わらず、隠そうともしていなかった。
亮夜が夜美を抱き寄せて、頭を撫でる。
「君にはここで、僕とは違うものを学ぶ必要がある。その知識と能力が僕たちには必要なんだ」
「うん」
「いい返事だ。じゃあ、頼んだよ」
最後に自分の額を、夜美の額に優しく当てて、亮夜は一度、校舎を出た。この学校は、学年ではなく、クラスである程度、入口が別れているからだ。
夜美は、亮夜の妹で仲よくいたいという気持ち以上に、亮夜の力になりたいと思っている部分がある。今回のように、亮夜から使命や命令を言い渡されれば、私情を抜きにして、作業をこなす程度には、夜美は兄想いだった。亮夜はそれを知っているから、たまにこうして、夜美を宥めることがある。
当の夜美は、そのことに全く不満を持っていなかった。厳密に言えば、兄と一緒にいられないことに不満はあるものの、兄に頼まれたことを最優先でこなすという気持ちの方が大きかった。亮夜の妹として、兄に甘えたい気持ちから、亮夜のパートナーとして、真面目に取り組む気持ちに切り替わった。
夜美が教室についた頃では、まだ、それほど集まっていない時間だった。
自分用に使える端末を使用して、夜美はこの学校の情報を調べていた。
しばらくすると、自分を伺いみる目に気づいた。
少し客観的に考えれば、その理由は思い至った。
新入生総代、つまり、現時点でのナンバーワンである自分に、お近づきになりたいという邪心があるということだ。
夜美はそのような邪心とは無縁で、どちらかと言えば、世捨て人なタイプといえる。正確に言えば、人付き合いにおいて、焦りを見せないというべきか。
自分をちらちらと伺いみる目を感じたのは、割と久しぶりだ。
小学時代も、中学時代も、独特な容姿と成績上は優秀だったので、度々目を引きつけた。
ただ、夜美の性格が皆に気に入られなかったわけで、一時の人気で、目を集めていただけだった。__ちなみに、大半が夜美のブラコンに呆れていたのが原因だが、本人は全く気にしていなかった。
友達を積極的に作りたいというタイプでもなかったので、当面は真面目に魔法学を学ぶつもりで、夜美はトウキョウ魔法学校に臨んでいた。
1年1組の多くは、夜美を伺いみている。
同年代で、この学校に来るはずの嗣閃修子を差し置いて、新入生総代となったのも衝撃だったが、改めて見ると、文句なしの美少女と評価できた。体つき的な意味では、身長が小さすぎるのが残念だが、そのような邪心を見せる男子生徒はいなかった。
何とかして声をかけたいのだが、テキストデータを一心に見ている夜美に声をかける勇気のある人物はいなかった。入学試験で見せた夜美の実力を恐れて、怒らせでもしたらどうしようと萎縮する人物が少なくなかったというのもあるが、何より、皆で牽制し合っている結果、クラスのほぼ全員を出し抜く覚悟のある人物はいなかった。
それに、玄関で一緒にいた、夜美の彼氏らしき人物の存在もあって、不用意に近づくことも出来なかった。
緊張と沈黙に包まれた空気を打ち破ったのは、新たに入り込んだ、派手な美少女だった。
「ご機嫌麗しゅう!私のお通りですわ!」
唐突に、しかも、物凄くえらそうな女子生徒が入り込んできた。
子供らしさがある夜美とは違い、ゴージャスで派手な印象を与える、全く違った意味での美少女が現れ、周囲の目は二極化した。
「あの人、嗣閃の・・・!」
ある男子生徒が呟いた、その言葉に、その人物に目が集中した。
「嗣閃修子さんか!?」
「そこ!」
名指しで呼ばれた女子生徒、嗣閃修子は、彼女の名を呼んだ男子生徒に指を指して威圧した。
「修子様よ!馴れ馴れしく呼ばないでもらいたいですわ!」
「は、はい、修子様!!」
「ふふ、いい子ですわね」
満足のいく回答を得たのか、修子は笑みを浮かべた。その笑顔に魅了された男子生徒は我こそはと、こぞって、修子の側に集まり、崇め始めた。
一方、女子生徒たちは、そんな男子生徒に呆れていた。
しかし、夜美を取り巻こうとする男子たちの大半がいなくなったので、自然と近づきやすくなった。
「舞式さん、おはよう」
突然、自分に声をかけられて少し驚いた夜美だったが、飛び上がるような動揺を見せずに、体を振り向いた。
「おはよう」
少し照れ臭そうにして、返事を返した夜美に、またしても、男たちは魅了された。
突然、男たちが集まり出して、夜美は少し戸惑うものの、悪意があるわけでもない相手に、敵意を向ける必要もないので、とりあえずいつもの態度を貫くことにした。
しかし、周りの女性陣は、それが気に入らなかったようだ。
「ちょっと、次は私の番!」
「いや、俺の番だ!」
「私が先に並んだの!」
「俺だ!」
少なくとも、夜美は意識していないのに、勝手に喧嘩が始まってしまった。
明らかなイジメや、一方的な攻撃ならば、夜美も加勢するのだが、今回のような、無秩序に起きた喧嘩ならば、さっさと無視をするのが吉だと、夜美は学習していた。
周囲の雑音を全て無視して、夜美は再び、テキストを読み始めた。
同じく傍観していた、修子の前に、やはり傍観者である、ある女子生徒が現れた。
「おはようございます。修子様」
自分と同じく、どことなく高貴な雰囲気がする女性。
余計な雑草と相手をするのは、気が引けるのだが、なぜか、修子は相手に対して、好意的な気持ちを持っていた。
「私、令院堂棟寺月美玲子と申します。嗣閃修子様、お会いできて光栄でございます」
令院堂棟寺月美玲子こと玲子は、修子に対して、好意的に挨拶をした。
「ありがとうございます。私は、嗣閃修子と申します。よろしくお願いいたしますわ、玲子さん」
「こちらこそ」
二人のお嬢様は、周りの目を盗んで、密かに友好的な関係になっていた。
「さて、修子さん。あそこにいる舞式夜美さんがお気に召さないようで」
「あら、いつお知り合いになったので?」
「入学試験の時に。苦杯をなめさせられましたわ」
「それも同じですわね。あの女には、新入生総代をかけた勝負などと、恭人さんが言い出して、あの女と勝負させられて、敗北してしまいまして」
少しボリュームを落として、囁くように話していた二人だったが、修子の驚くべき発言を聞いて、玲子は驚きを隠せなかった。
「なんと、あなた程の腕前を持つお方が!?」
「悔しいですが、遅れをとってしまいましたわ。そういうわけで、少々気に入らないので」
自分の直感は当たった。
そして、玲子は少し悪い笑みを浮かべて、修子に囁いた。
「そうでしたら、私も協力いたしましょう」
「どういうことですの?」
「私も個人的に、夜美さんは気に入らないのですわ。ここはひとつ、私とあなたが手を組んで、このクラスを支配するというのはどうでしょう?」
玲子も、夜美のことは本心では気に入っていない。
妙に親近感が湧く相手だと思ったが、まさか、修子すら上回る相手だとは思わなかった。
一方で、修子とは本心から仲よくしたいと思っていて、そのためには、二人の共通の敵である、夜美を叩くのが、最もいい近道だと考えていた。
「いいでしょう。その誘い、乗りましたわ」
修子もまた、夜美には何らかの形で報復をしたいと思っていた。そこで、このお嬢様と協力をすれば、確実に蹴落とせると、修子は企んでいた。




