2 生徒会決定戦
それは、生徒会選挙が行われた頃の話__。
魔法大戦が終わり、夜美の卒業式を見届けた亮夜は、恭人の生徒会としての悩みを知った。
次の新入生総代を誰とするのか、ということだ。
入学試験の成績を見るならば、亮夜の妹、舞式夜美で確定だ。
本来なら、恭人もそれで決めるつもりだった。
しかし、彼を悩ましているのは、別のエリートのことだった。
名は嗣閃修子。
エレメンタルズ「嗣閃」の長女で、妹が三人いる。名に相応しい実力を持ち、下馬評では、今年の新入生総代候補筆頭と言われていた。
しかし、彼女は、非常に我儘という、致命的な欠点があった。
魔法六公爵の一つ「佐光」の右腕として動いている「嗣閃」の名は、並大抵の権力を押し通せる程で、彼女はそのこともあってやりたい放題であった。流石に、傍若無人の「司闇」に比べればマシなのだが、エレメンタルズなどからすれば、悩ましい種の一つであった。
今回の魔法試験も、適当な理由をつけてさぼった後、学校を脅すという形で無理やり合格した。言うまでもなく、このような入学は認められないのだが、あまりの権力と、「嗣閃」の血族が魔法学校に不合格では名誉的な意味で別方面に影響が出かねないという事情もあって、学校側は屈した。
恭人も「冷宮」の跡取りとして、修子と接したことは何度かあるが、いかに完璧主義である彼であろうと、コミュニケーションは容易ではなかった。__むしろ、性格的に相性が悪すぎる二人なのに、恭人は苦手意識を持っている程度で済んでいるだけ、恭人は頑張っているほうなのかもしれない。
さらに質の悪いことに、仮の新入生総代となっている舞式夜美に対して、異議を申し出した。
素直に頷けない事情が多すぎて、恭人は頭を悩ました。
まず、修子が魔法試験を受けていない関係で、外聞に問題がある。
次に、一応の新入生総代である夜美は、実力、学力、共に申し分なくて、新入生にして、自分たちエレメンタルズに肩を並べられると評価している。無論、「嗣閃」の修子にも劣らない程だ。
一方、先ほどの話の裏返しだが、修子は「嗣閃」であり、エレメンタルズである彼女が新入生総代とならなければ、別方向で外聞に問題がある。
そもそも、彼女は我儘すぎて、当日にサボるどころか、そもそも受諾するかどうかも分からない。
実力、身分において、文句なしだというのに、性格が悪すぎて、安易に一存できない。その分、夜美はそういった不安がないのだが、「嗣閃」の修子を差し置いてなれば、外聞的な問題があって、そうだとしても__。
__そんな感じで、恭人はいつにない難題に頭を捻っていた。
そういうわけで、夜美はトウキョウ魔法学校に緊急で呼び出されることとなった。さらに、亮夜には授業よりも優先する緊急事項を与えられて、生徒会へ向かうことになった。
「ここが生徒会なんだ」
夜美が呼び出された理由は、新入生総代に関する件。この時点でもおかしいのに、亮夜には、彼女の付き添いという理由で呼び出された。
一体、恭人は何を考えているのかと亮夜は頭を悩ましたが、思い当たるふしはあんまりなかったので、結局素直に向かうことにした。
夜美が目で、亮夜の様子を伺う。
亮夜は、優しくも、真面目な表情で、夜美を見返した。
つまり、自分でやりなさいということだろう。
ノックをして、丁寧に決まり文句を述べた後、夜美は入場した。遅れて、亮夜も続いた。
部屋にいたのは、恭人を始めとする、今期の生徒会メンバー。以前と違って、宮正たちはいなかった。
「よく来た。まあ、かけてくれ」
長方形のテーブルには、右側の奥から、珂美、武則、佐紀の順に座っており、左側は、花子が奥に座っているだけだ。
夜美がそれに続いて、亮夜はその隣に座ると、生徒会長席についていた恭人が、一番奥の席に座った。
「まず、我ら生徒会の紹介をしよう。私が生徒会長の冷宮恭人だ」
「副会長の遠藤珂美よ。一応、よろしく」
「会計の佐藤花子です。よろしくお願いします」
「書記の大平武則だ。よろしくな!」
「同じく書記の唐沢佐紀。よろしく」
「あたしは舞式夜美です。よろしくお願いします」
「僕は舞式亮夜。ここにいる夜美の兄です。よろしくお願いします」
全員が終わった後、夜美と亮夜も続いた。
「しかし、冷宮君。どうして、舞式君も呼んだの?」
このメンバーの中で、既に夜美と面識があるのは、恭人だけだ。そして、彼は夜美と、その兄の亮夜との仲の良さも知っていた。
今回、色々厄介なことになりかねないアクシデントだと、恭人は考えている。いざという時、兄である亮夜もいた方が、何かと都合がいい。
しかし、それを今、馬鹿正直に告げるのは、恭人にとって、考えものであった。
一方、珂美は、恭人よりは小物で、特権階級に拘った奴らよりはましだが、「10」である亮夜がこの場にいることを快く思っていなかった。
それでも、恭人は当然として、他のメンバー全員が当然のように認めているという状況もあって、糾弾自体はしないという程度の分別は持っていた。__最も、その態度を見透かされて、夜美に睨まれたが。
「一応、夜美と、亮夜にも、間接的に関わる可能性があるのでな。念のため、呼び出しておいた」
結局、何とでも解釈できるような建て前で、恭人は押し通した。
「本題に入ろう。今年の新入生総代。舞式夜美が担当することになっている」
入学試験で最高成績を修めた者がその地位を得られる、新入生総代。その立場を、夜美は勝ち取っていた。
そのことを事前に知らされているので、夜美は驚きもせず、ただ頷いただけだった。
「実はな、ある人物が、異議を申し出た」
ここで、亮夜を除く全員が、肩を震わせる。
「その人物の名は」
恭人が名を言い出そうとした時、ドアががらりと開いた。
「嗣閃修子。エレメンタルズ「嗣閃」の長女だ」
「そう!この私が、嗣閃修子様よ!!跪きなさい!!」
その発言に、全員が__夜美や珂美どころか、亮夜や恭人ですら__驚きを露わにしていた。
「・・・なんですの、その反応は?せっかく皆様が私のことをお話していらっしゃったのですから、のって差し上げましたのに」
数秒、固まってしまった雰囲気に、突如現れた、嗣閃修子がそう発言した。
その姿を見た時、亮夜が露骨に不機嫌になったのを見て、夜美も態度を硬化させた。
その姿は、夜美を二回り程ボリュームアップさせて、髪型はパーマと、如何にも高貴なお嬢様といったところだ。身長も、女性陣の中では、高めの身長である珂美に次いで高い。顔つきは真面目と、こう見れば頼れそうなお嬢様だと思わせるのだが、お嬢様節全開な発言と態度が、それを台無しにしていた。
「・・・相変わらずだな、お前は。後5分待てといったはずだ」
「私を待たせるなんて、いい度胸をしていますわ、恭人さん」
「・・・そういうわけだ」
恭人がいつものように修子を注意して、修子が言い返すのは、二人にとって定番のパターンだ。
もう慣れすぎて、まともに相手するのも嫌気がさし始めていた恭人は、そのままメンバーに、彼女の性格を端的に説明した。
そして、全員が、修子に嫌そうな目を向けた。特に、舞式兄妹は露骨な程、不愉快な目を向けていた。
「だいたい、どうしてこの私を差し置いて、舞式夜美などという、無名な女が、新入生総代となるのですの!」
このやりとりで、恭人の懸念を理解しきった人物は、夜美を含めて、全員であった。
「・・・そういうわけだ、夜美。この女に任せたら、どれだけの問題になるか理解できただろう?」
「・・・うん」
「だが、ここでお前に任せても、コイツが喚くのも想像が出来るはずだ」
「・・・うん」
話しているのは、恭人と夜美だが、修子を除く全員が、この問題に同意を示していた。
あんまりな展開に、夜美がいつものノリで喋っているのだが、それを咎める人物はいなかった。
「恭人さん!この女だの、コイツだの、私のことですよね!?」
「いい加減にしろ。学校や我ら生徒会はお前の道具ではない」
「私を邪険に扱うのでしたら__」
「「佐光」の当主に言いつけるつもりだろう?だが、生憎、私はそのようなことに屈しない」
修子が激昂するも、恭人は冷徹に切り返した。さらに、修子が言うであろうセリフを先取りして、沈黙に追い込んだ。
その隙に、恭人は亮夜と夜美を連れ出して、外に出た。
「夜美。魔法道具を持ってきているか?」
「えっと、普段身につけている物ならあるけど?」
「それでいい。修子の相手をしてくれないか?」
唐突な発言に、夜美は声を上げそうになったが、亮夜が口を塞いだおかげで、声が漏れずに済んだ。当の亮夜も少し驚いた顔を見せていた。
「アイツのことだ、ちょっとやそっと説得した程度で引き下がるとは思えない。ここは、新入生総代を賭けた勝負として、奴に挑め」
そのことは、亮夜たちも予想していたので、その後の発言に口を挟むといったことはなかった。
「・・・やってくれるか、夜美?」
亮夜が苦々しく、夜美に尋ねる。妹に、不毛な戦いをやらせることに、彼は抵抗を覚えていた。
「分かった。全力で叩き潰す」
しかし、想像以上に気合の入っている夜美を見て、亮夜は少し驚いていた。
「あたしは個人的にあの人が気に入らない」
端的だが、口調も表情も紛れもなく本気だ。
こうなれば、亮夜にも異存はない。
「分かったよ。頑張ってくれ」
「うん」
「決まりだな。いくぞ」
話を締めくくり、恭人は二人を従えて、生徒会室に戻った。
案の定、修子はひたすら愚痴を言いまくって、残りの4人を困らせていた。
「いい加減にしろ、修子」
戻って来た恭人の、低音で響く声色が、さすがの修子も、口を止めた。
「ここでは私がリーダーだ。和を乱す行動は許さぬ」
いつになく本気の口調に、亮夜以外の全員が、プレッシャーに呑み込まれていた。
「お前には、新入生総代の座を賭けて、ここにいる舞式夜美と勝負してもらおう」
そのセリフに、生徒会メンバーは三者三様の驚きの顔を見せた。
修子はただ、口を閉ざしていた。
「不服か?」
「なぜこの私が、この女などと」
「話し合いで決着がつかぬ以上、強引にどちらかが引かなければならない」
「だったら、この女にさっさと引かせなさい」
「この場は私がリーダーだ。私の命令に従ってもらおう」
「・・・くっ」
「言っておくが、舞式夜美はかなり強い。お前であろうと、いい勝負になる」
それでもいつものように我儘を通してもらおうとするが、恭人にあっさりと両断された。
さらに、自分より夜美を信用している恭人の態度を見て、修子の中に強い怒りを感じた。
最も、恭人の夜美への評価には、他のメンバーも驚きを隠せなかった。
恭人はナルシストではあるが、現実をちゃんと見ることが出来る客観性、つまり、身びいきはしないタイプである。
そうである彼が、エレメンタルズである「嗣閃」に匹敵する実力と評価している。
いくら恭人の言葉であろうと、すぐに信じられるものではなかった。
「・・・いいわよ。そこまでいうのなら相手になってあげるわ」
「決まりだな。武則、試合室、時間のとれる場所はあるか?」
「2講目に地下演習室が使用可能だ。そこでいいか?」
「ああ」
恭人がそう武則に指示して、予約をとった。
演習室は、日中は授業中に使用されることが多い。本来なら、予約をとる以前の問題なのだが、今回、生徒会メンバーは、重要案件という名目で、特別活動を行うということにしている。そのため、やっていることはともかく、問題なく通すことは可能だ。__生徒会ということもあるとはいえ、よく考えれば不必要であるが、こういうことに筋道を通すというのは、魔法科生徒として重要なことであるということを、一同は理解していた。
「では2講目。地下演習室に二人は来てもらおう」
修子は外で待たせている従者の元に戻った。相変わらずすぎる様子に、恭人は頭痛を覚えそうになったので、珍しく、一人になった。
一方、亮夜と夜美は修子対策の準備をしている__わけではなかった。
「まさか、こんなことになるなんてね」
「恭人さんが頭を悩ます理由がよく分かったよ」
学内を散歩しながら、二人でまったり雑談していた。
亮夜たちの本音は、ただ、巻き込まれただけだ。
夜美は別に、新入生総代になりたいわけではない。他の人が名乗りを上げるなら、譲ってもいいくらいには、執着していなかった。
だが、恭人には、それなりに義理はあるので、自分のためにも、骨を折ってやろうくらいには考えていた。
__要するに、別に負けてもいいくらいには、甘く見ていた。試合であって、勝負ではないとはいえ、わざと負ける気もなかったが。
「ところでお兄ちゃん」
「うん?」
「あの人のこと、個人的にも気に入らないから、好きなだけいたぶっていいかな?」
亮夜も、個人的には修子のことを嫌っている。
ただ、それで八つ当たりしない程度には、彼は大人だった。
しかし、妹が手を下そうとするのに、止めようとせず、もっとやってくれと、密かに思うくらいには、彼は子供だった。
「ご存分に。ルール違反だけはするなよ」
亮夜がそう宣告すると、夜美は不吉な程、黒い笑みを浮かべた。
その様子は、双子の姉を連想したが、すぐに亮夜はその思考を打ち消した。
亮夜たちがやって来た地下演習室は、その名の通り、地下フロアの一つにあった。
他の演習室と比較して、やや自然的で、加工されているとはいえ、地面が剥き出しになっている。
修子は既に到着していた。その様子には、恭人でさえ、少し驚いていた。
「あら、私を相手に、そんな動きづらそうな服装だなんて、いい度胸をしていますわ」
体操服に着替えていた修子に対して、夜美は制服だ。
夜美はそれを、無言で返した。
二人が中央に立ち、それぞれの武器をセットする。
夜美は日常的につけているブレスレットを、修子はタクトを構えた。
「ルールは試験の時と同様、先に倒した方の勝ちとする。ただし、この私が判定をした場合は、それに従ってもらう。また、相手に致命傷、重症を与える攻撃は禁じる。よいな?」
恭人がそう説明すると、夜美も、修子も静かに頷いた。
恭人がそれを確認して、小さなボタンを取り出した。
彼がそれを押すと、試合開始のゴングが鳴った。
この展開を、誰が予想したのだろうか。
1秒にも満たぬ時間で、嗣閃修子は倒された。
「しょ、勝者、舞式夜美!」
審判を務める恭人ですら、宣言が遅れた。
観客兼立会人として見ていた、他の生徒会メンバーは、余りの光景に唖然としていた。
唯一、亮夜だけは僅かに笑みを浮かべていた。
「ウソだろ!?あの「嗣閃」を一瞬で!?」
「魔法のフライングもしていないはずなのに」
「とんでもないわね」
「会長といい勝負しそう」
夜美が使用した魔法は、「クリスタル・ショック」。
結晶を相手の身体に作り出し、そのショックで攻撃する魔法。
相手からすれば、魔法そのものを自分の力で上書き出来なければ直撃は避けられないという、厄介な魔法だ。
本来、作り出すまでの時間に、無視できない難点があるのだが、夜美の魔法力はその欠点をものともしない程だった。
つまり、まず避けられない猛烈な一撃が、いきなり襲い掛かる。
これに対抗できるのは、この場では、魔法力で対抗できる恭人と、対処法を知っている亮夜くらいしかいない。
修子程度ならば、こうして、肩に巨大な結晶が生えるという形で、あっという間にケリがつく。
「立てるか、修子?」
「はあ・・・はあ・・・じょ、冗談じゃありませんわ・・・あれは、フライングですわ・・・」
「生憎、魔法検知は機能しなかった」
「さては・・・イカサマ・・・」
「お前の魔法は感知していた。一瞬で霧散したが」
難癖をつける修子だったが、恭人も、事前に対策は打ってある。
「これが、お前と夜美の差だ。お前に新入生総代は務まらない」
「ひきょ」
「文句を言われる筋はない。正当な勝負の末に、お前が負けたのだからな」
「・・・」
「もうお前がここにいる理由はないはずだ。分かったなら、もう帰れ」
もはや何も言い返せない修子は、ダメージを受けた身体に鞭打って、演習室から去った。
その時、夜美を強く睨みつけていたことを、全員が気づいていた。
__そのようなことが、新生徒会発足直後に起きた、事件であった。
生徒会は、夜美を正式に迎えて、書記として受け入れた。
一方、修子は本来の結果通り、一生徒としての立場を、受け入れなくてはならなくなった。
「では、次の日より、特例を除いて、ここに来てもらおう」
「はい」
生徒会長の恭人が、新人書記の夜美に、確約を取り付けて、ひとまず、この話は終わりだ。
「他に何か、聞きたいことはないか?」
「大丈夫です」
恭人の念押しにも、夜美は慌てず、丁重に返した。
「よし。もう昼の時間だ。ここで食べていくか?」
「いえ、もう帰ります」
恭人の誘いに、夜美ではなく、亮夜が応じた。少し考えればおかしなことなのだが、全員が当たり前のように受け入れていた。
「そうか。では、また明日な」
「じゃーねー」
「またな」
生徒会メンバーに見送られて、亮夜と夜美は生徒会室を後にして、学校を出た。




