7 舞式VS冷宮
恭人のエキシビションマッチを受けることとなった亮夜は、10組から驚きの声が次々と上がった。
「無茶だよ舞式くん!冷宮くんに勝てるはずがないよ!」
「今からでも遅くないよ!降参して!」
一部の女性たちが心配する一方、男性陣は激励するような声も上がった。
「今ここで舞式が勝てば、目に物を見せられるぜ!頑張れよ!!」
「相手は同じ1年だ!魔法以外のトコなら勝ち目あるぜ!」
亮夜からすれば、男性陣の激励は分かっていないとため息をつきたくなるものだった。
これから亮夜と戦うことになる冷宮恭人は、1年1組のナンバーワンといっても過言ではない魔法力を持つ。何せ彼は、エレメンタルズ「冷宮」の跡取りであるからだ。
彼が得意とする属性は水。その中でも水を固めた氷を得意とする。この力を全力で打たれれば、並の相手はなすすべもなく凍結するだろう。
今回の対決では、重症を負わせるような魔法は禁じられている。だが、その程度は何の有利にもならないと亮夜ははっきりと理解していた。
まともに戦えば、氷の魔法に当たって動けなくなったところを、とどめの一撃を受けて負ける。亮夜はそう確信していた。おそらく恭人も同じことを考えていただろう。
その彼がなぜ、10組の亮夜に勝負を申し込んだのか。ほとんどの人が、亮夜をかませ犬にして、1組を、自分を引き立てるつもりだと思っていた。
しかし、亮夜だけは違う可能性を考えていた。
礼二のエキシビションマッチを突っぱねて、恭人が戦うことを選んだ所を見て、恭人が自身の隠している力に感づいたかもしれないと亮夜は考えていた。
無論、亮夜に秘密の力を見せようという気はない。だが、礼二の戦いを断った上に、恭人の戦いも断れば、後々面倒になる可能性が高いと亮夜は思っていた。それならば、かませ犬に甘んじた上で、エレメンタルズの実力を目の前で体感しておいた方が、最終的な利益は上回ると判断した。
だから今、傍から見たら理不尽かつ絶望的な戦いに亮夜は挑もうとしている。
「相手は手強い。でも、やれるだけやるだけさ」
亮夜は前向きな強がりを口にした程度で、それ以上の返事を返さなかった。
一度自分の荷物をとりに行くために亮夜はアリーナを後にした。
5分後、戻ってきた亮夜はタクトを所持して、中央へ向かった。
今、中央にいるのは対戦相手の恭人のみ。
亮夜はタクトを、恭人は片手で抱える程の書物を所持していた。
無論、どちらもただの道具ではない。
亮夜が所持するタクトは、魔法補助のシステムが組み込まれている代物だ。魔力の出力先を指定する際、タクトの先を示すだけで、狙いをつけることが可能だ。また、数ある魔法道具の中でも、タクトは屈指の手軽さを持つ。出し入れもしやすい上、非常に軽いため、魔法なしの動きにほぼ影響を与えずに済む。
一方、冷宮が所持する書物は、中に強力な魔力を込められている代物だ。純粋に魔力をチャージできるものと、魔法の現象__魔法式とも言う__を封印して、力を解き放つことで、即座に発動できるタイプのものがある。魔力をチャージできるアイテムはそれなりにあるが、その中でも魔導書はチャージできる量は多い。さすがに片手で持てる程度のサイズ・重さなので、たっぷりあるわけではないようだが、ただでさえ高い魔法力を持つ恭人にとって、強力な武器、鬼に金棒と言うのにふさわしい道具だった。
亮夜の欠点を考えるならば、魔導書を採用するのもありだった。だが、解放するのにも問題が生じることもあって、恭人にまともに張り合えるほどの魔法を撃つのは、どう考えても非現実的だ。また、魔法勝負に依存しやすくなり、自分から不利な土俵に入り込むことになる。それならば、フットワークを重視し、早く撃てる程度に強化できるタクトの方が、勝負ができると亮夜は結論を下した。
目の前に立つ恭人は、見るからに強者の印象を与えていた。さすがに隙らしい隙が見当たらない。
一方、恭人の目の前に立つ亮夜も、目立った隙は見当たらなかった。臆している様子も、逆に驕っている様子も見られない。自分の強さを分かっていながら、なお確固たる意識を感じる。
恭人は目の前にいる男にますます興味がわいた。
「私の引き立て役になることを光栄に思うがいい」
恭人は、自身に倒されることを名誉だと宣言した。
「よろしくお願いします。いい勝負を」
それに対し、亮夜は形式的に勝負へ臨んだ。
そして、カウントのランプが消え、ブザーと同時に二人の対決が始まった。
多くの人物が予想した通り、先手を取ったのは恭人。彼が左腕を横にスライスさせると、指先から氷のつぶてを飛ばす「アイス・ショット」を2発放った。
だが、恐れるのは発動速度ではない。真に恐れるべきは弾丸の速度だ。弾丸は恐ろしく早く、時速90キロに達する速さだ。亮夜との距離はおよそ5メートル。時間にして、約0.2秒。発動するのに約0.3秒。つまり、当たるまでの時間は約0.5秒のみ。
しかし、亮夜は右にスライドすることで、この一瞬の一撃を回避した。
「ほう・・・」
多少の抵抗は恭人も予想していた。だが、当たることすらなかったのはさすがに想定外だった。
氷のつぶてを避けた亮夜を見て、アリーナの場外にいる野次馬たちは衝撃を受けた。
「嘘だろ、10如きがアレを見切るなんて!」
「バーカ、遊んでるんだろ?俺たちを楽しませるためにさ」
1組を筆頭に大きな衝撃を隠せない。
亮夜の所属する10組でも、
「はや!!あれよく避けたな!!」
「舞式、スゲーな!」
亮夜の見せた神業に大きな称賛の声が上がった。
亮夜は恭人の使う魔法を先読みして回避していた。見てから避けるということはやっていない。魔法の気配を読んで、飛んでくる方向を見切っただけだ。
しかし、魔法の気配を読むだけでも、彼の意識を苦しめる。今も、亮夜の体に大きな足が振り下ろされる幻覚を見て、亮夜は苦痛を漏らす。
マシンガンのごとく飛んでくる「アイス・ショット」を避け続けるのは困難だ。この力がなければ、間違いなく当たってやられていた。今も恭人に接近しつつ回避を繰り返す。だが、近づくと当たるまでの時間がさらに短くなり、0.4秒以内に当たるところまで来るのが精いっぱいだ(「アイス・ショット」を乱れ撃ちしているため、当たる方向に来るのに0.1秒余分にかかっていた)。
3メートル付近にまで近づかれ、恭人は使う魔法を変更した。水の力を大きく前方に集め、氷の力に変えて一気に放つ。「ブリザード」で一気に当てる作戦に切り替えた。
その間、2メートルまで接近した亮夜だったが、強力な魔法の発動を予測して、大きくジャンプした(魔法感知は使わなかった)。だが、亮夜の読みは外れた。
恭人の放った「ブリザード」は恭人の前方の大半を埋め尽くす程の吹雪を引き起こした。その規模もアリーナ内の大半を埋め尽くすほどで、とても避けられるというようなものではなかった。
亮夜は障壁魔法を使用しようとするが、彼の意識に襲い掛かった大きな刃の痛みで、魔法を中断してしまう。結果、猛烈なブリザードに亮夜は直撃した。
空中で体勢を立て直そうとするが、2重の痛みがそれを許さない。やむを得ず、膝をつけて亮夜は地に堕ちた。
無論、地に足をつけてからも、強力なブリザードは襲い掛かる。このままでは倒れるのも時間の問題だ。そこで亮夜は力を集中して、一発逆転の魔法を狙うことにした。
一方、恭人は吹き荒れるブリザードの制御に精一杯だった。最初はこれでとどめをさすつもりだったが、亮夜はダメージを受けつつも耐えている。相手はここまで魔法らしい魔法は一切使用していない。その状況に疑問を覚えつつも、油断することなくブリザードを発動し続けていた。
亮夜は、魔法の力を探る。しかし、今は恭人が水の力を散々に振り回しているため、力を集めるだけでも困難だ。
その間も、猛烈なブリザードと、全身を支配される恐怖が亮夜を襲う。
やがて少しの魔力をチャージし終えると、ブリザードの魔法を感知して、その範囲外の一点にいる恭人に、右手に持っていたタクトを向けて狙いを定める。
集めた魔力を凝縮し、光線の如く飛ばす魔法「マギ・ビーム」を発動した。
その時、亮夜は、全身を焼き尽くされる幻覚を起こした。
魔法の出力の余波と、強力なブリザード、そして幻覚による精神的ダメージの相乗効果により、亮夜は背後に吹っ飛んだ。
「ブリザード」の発動により、中継しているアリーナは、観戦者たちにはほぼ見えなくなっていた。
そして、吹雪が長時間発動しているのを見てどよめきが強くなっていた。
既に戦いは30秒を迎えようとしている。言い換えれば、亮夜は恭人の攻撃に30秒は耐えていることになる。
「ウソだろ、10の癖にあんなにやるのか・・・!?」
「どうせもうやられるだろう。所詮は無駄なあがきだ」
「いけー、舞式(冷宮)!!」
そんな中、戦いに大きな変化が生じる。吹雪の中に太い光が見えた。
観客は、亮夜にとどめをさすべく、恭人がビームを放ったのではないかと推測した。
強烈な吹雪を制御しつつ、亮夜の様子を伺っていた恭人はそろそろ終わらせようと考えていた。
(少しは楽しめたが、終わりにしようか)
魔導書に用意してある魔法「フリーズ・プリズン」で、亮夜を捕らえて終わらせようとした時、思いもよらないことが起きた。
恭人の目の前に強力なビームが飛び込んできた。
「何!?舞式め、やはりただ者ではなかったな・・・!」
そのビームは恭人の目から見ても、中々のものだった。1組を相手にしても遅れをとらない程だった。さすがにこの一撃がヒットすれば、治癒しなければならない程のダメージを負うだろう。
運の悪いことに自身の発生させた吹雪が、視界を遮り感知を鈍らせていた。恭人が気づいた時には、対応するのも困難な程、ビームが接近していた。
(やむをえん!)
恭人は吹雪の形を変え、高密度となった吹雪を、自身の周囲に引き起こした。
氷の力と、魔法の力がぶつかり合い、大きな爆発を引き起こした。
爆発に巻き込まれるも、恭人は制御魔法をかけて、宙に浮かぶことで、大きく吹き飛ばされずに済んだ。
だが、爆発の影響により、多少のダメージを負っている。
10組である亮夜が自身に傷をつけた事実に驚きつつも、心の中で称賛した。
(私の目に狂いはなかったか・・・)
初めて会った時から、彼には言い難いオーラを感じた。称号には不釣り合いな実力を確かに感じた。
その予感は今、自身に傷をつけたという形で表れていた。高速の「アイス・ショット」を回避した事実も、広範囲の「ブリザード」を凌いで魔法を発動させたという事実も、彼を評価することにつながった。
この一連の戦闘を見ても、1組と渡り合えるほどの実力を持つと評価できた。
それならば、なぜ彼は10組に甘んじたのか。
その答えは、今、亮夜を見た時に分かった。
(ここまでか・・・)
うつ伏せになった亮夜が、爆風の中から恭人が出てきたのを見て、敗北を確信した。
もう全身が、痛みと疲労でまともに動きそうにない。
自身の魔法で吹っ飛んだ後、亮夜は仰向けに倒れた。少し呼吸を整えた後、吹雪も利用する形で、何とかうつ伏せに転がったものの、立ち上がることができなかった。
直後、周囲の吹雪が収まると同時に、恭人がいたと思われる場所で、猛吹雪が発生した。そして、ビームが見えたと思ったら、吹雪とぶつかり合い大爆発を引き起こした。
その爆発に踏ん張るのが最後のあがきだった。
そして今、浮かんでいた恭人は倒れている自分を見つけた。
恭人が魔導書に魔力を込めると、亮夜の周囲に吹雪の渦が発生し、亮夜を包み込む。
魔法「フリーズ」。対象を凍らせて動けなくする魔法。
なすすべもなく、亮夜は捕まり、動くことも、もがくことも、許されなかった。
1組の冷宮恭人と、10組の舞式亮夜のエキシビションマッチは、亮夜を凍らせたことにより、恭人の勝利が確定したのだった。




