表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法解放少年  作者: 雅弥 華蓮
第6章 exam
68/121

13 闇と闇

 夕方、表彰式が行われて、一応の終わりを迎えた。

 __はずだった。

 なぜそうなったかというと、ある人物から、エキシビションマッチを申し込まれたのである。

 本来、この会場かつ、このタイミングでこのイベントなど、まずありえないことなのだが、該当人物の脅しに屈したため、やむを得ず開催することになったのだ。

 指名された相手は、トウキョウ魔法学校の新1年生にして、1組の新入生総代である、舞式夜美だった。

「まさか、本当にやることになるとはな・・・」

 受付から案内を貰った後、控え室に移動した亮夜と夜美は思いっきり溜息を吐いた。

 こんなことをしでかす人物は、彼らの知る限り、一人しかいない。

 おまけに、この状況で逃げ出しでもすれば、名誉的に致命的なことになる。

 いや、それ以上に、後々面倒なことになる可能性が遥かに高くなる。

 八方塞がりだと感じている亮夜は、そのことに巻き込まれた妹の気持ちを代弁するかの如く、もう一度溜息を吐いた。

「大丈夫だよ、お兄ちゃん」

 しかし、肝心の夜美は、むしろ闘志に溢れていた。

「あの人にだけは負けたくない。むしろ、絶好の好機」

 いつになく本気の目を見せ、やる気満々な妹を見て、亮夜は窘めた。

「相手は仮にも「司闇」だ。絶対に気を抜くな」

 とはいえ、この勝負が負けられない戦いであるのは、亮夜も承知していた。彼は、逸る夜美を宥めて、足元を掬われないようにと忠告した。

「分かっているよ。じゃあ、行ってくるね」

 そう言い残して、夜美は会場へ向かった。




 どういうわけか、試合会場の観客席は一人もいなかった。

 あれだけ宣伝しておきながら、この様子では、もしかして夢ではないのかと思ってしまうのだが、ここに来る前に亮夜に抱きついて、ぬくもりを感じている。

 夜美の目の前には、凛とした、鋭い印象を与える女性が立っている。その人物の前にいるだけで、普段は感じない怒りと闘争心が強く湧き出る。

 これは、紛れもない現実だ。

「こうして相まみえるのは久しぶりね」

 その相手は、夜美の双子の姉にして、「司闇」の血族の一人、司闇深夜だ。

 実際に並んでも、この二人は、双子どころか、姉妹とは思えないほど似ていない。正確には、一目見たら、であるが。

 ボリュームが十分(スタイルに限らない)な深夜と、お世辞にも大きいとは言えない夜美。

 鋭さと冷たさを併せ持つ姉と、本気以上の雰囲気を纏わない妹。

 身長も、肉付きも、雰囲気も、スタイルも、目も、髪も、似ている要素はなかった。

 だが、よくよく見れば、夜美の体つきは、深夜をスケールダウンさせたかのような部分が見られた。

「そっちこそ。甘くみないでよね」

 いつもの優しい雰囲気はどこにいったのか、今の夜美はやたらと好戦的だった。

「よくいうわ。私と今のアンタ、どれだけの差があると思っているの?」

「人間性なら、あなたに負けるはずがないよ」

「魔法師として、笑わせてくれるわね」

「あなたのような人がいるから、お兄ちゃんのような優秀な人が・・・!」

「出来損ないのこと?やっぱり、アンタも出来損ないのようね」

 深夜と夜美の挑発合戦は、夜美の沈黙で時は流れる。

「ふん、図星のようね。弱虫夜美ちゃんは、また負けるのがお似合いよ!」

 深夜はさらに煽るが、夜美は沈黙を続けたままだった。

「こんなへっぽこ妹より、このクールでかっこいい妹の方が、亮夜兄さんの妹に相応しいのではなくて?」

 とどめに、夜美が最も嫌いそうなことを口にした。

 本人に直接聞いたら否定するに違いないが、深夜もまた、亮夜に密かに懐いていた。

 やはり本人たちは否定するに違いないが、それは双子としてのシンクロに関わっているからだろう。

 夜美が亮夜に好意を向けているのに合わせられたのか、深夜もまた、亮夜を密かに気にしていた。

 しかし、夜美と違ったのは、司闇としてのプライドを持っていたということだった。

 表向き、亮夜に好意を抱くことは、彼女のプライドが許さなかった。

 そういう意味では、深夜は夜美を妬んでいた。

 自分の気持ちに従って、兄と共に駆け落ちするという大胆な真似をした、双子の妹を。

「・・・亮夜お兄ちゃんは言った。自分の家族は、妹は、あたしだけだと。本心から認めているのは、あたしだけ。だから、あたしはここで負けるわけにはいかない」

 深夜の予想に反して、夜美は激昂しなかった。だが、その呟きは、憤りを堪えているかのように深夜は感じた。それと同時に、亮夜の心は、夜美にだけ向けられていると改めて自覚して、深夜の闘志が激しく燃え上がる。

「妹として、あなただけには負けない!」

「上等よ!アンタを倒して、亮夜兄さんは頂く!」

 二人の方向性が全く異なる美少女たちの決闘が幕を開けた。




 まず、二人はお互いに闇魔法をぶつけた。

 双方、非常に早く、破壊力も、魔法大戦上位入賞者と遜色ないどころか、上回っていた。

 そして、最初の一撃を制したのは深夜であった。

 とはいえ、この一撃が押し切られるのは、夜美は予想済みだった。

 今、彼女が使用しているのは、運営が用意した魔法道具の一つ、魔導書と、自前で用意していたブレスレット。

 本来、ブレスレットは、選手以外は持ち込み不可能だが、亮夜の工作は、運営をも出し抜いた。

 最も、今回持ち込んだブレスレットは、あくまで魔法補助に使う、いわば、ブースターの役割を果たしているだけであった。いくら夜美の魔法技能が優れているからといって、補助道具なしではパフォーマンスは悪くなる。まして、相手が深夜程の魔法師であるならば、その欠点は致命的としか言いようがなかった。

 一方で、魔法能力を引き出す魔法道具と、魔法発動を手助けする魔法道具が別の種類だと、魔法処理を別々で行わなくてはならなくなるので、運用難易度が格段に上がる。しかし、夜美にとっては、この程度のテクニックなど、朝飯前であった。

 相手の深夜は、素手だ。それであるにも関わらず、夜美と互角以上の一撃を見せた。

 「司闇」の開発技術の一つに、直接、精神に魔法道具と同等の機能を持つ、特殊処理の精霊媒体を宿すという、一歩間違えれば洗脳そのものの技術がある。

 これにより、少し意識するだけで、魔法道具を使用したのと同等の効力を発揮することが可能だ。

 夜美はそのことを知らなかったが、亮夜からその可能性を教えてもらったこともあって、この実力差に取り乱すということはなかった。

(とはいえ、実力はさすがにね・・・)

 この一撃は躱せたとはいえ、姉とは否定できない実力の差がある。

 安易な戦い方では、間違いなく負ける。

 夜美の闘争心はさらに掻き立てられる一方で、冷静に、冷徹に、心が研ぎ澄まされた。

 一方、深夜も夜美が生き残る可能性は考えていた。

 ただし、かなり低い確率で。

 亮夜と夜美の二人で何が出来るかは分からないが、少なくとも、自分に比べれば、実力は一段と劣ると予想していた。本気の戦いで人を殺したことはないが、実戦の経験も、間違いなく上だと深夜は思っていた。

 しかし、実力は上でも、圧倒できる程ではなかった。

 横に避けた夜美を見て、深夜は悔しがると同時に、僅かに笑みを浮かべている自分に気づいた。

 もしかして、夜美と戦うことを、喜びに感じているのだろうか。

 余計な雑念が入った所で、深夜は思考を強引に切った。

 これは、自分のプライドを懸けた、戦いだ。

 万が一、夜美に遅れをとることがあれば、それは自分の死を意味する。

 司闇の血族として認められないということは、全てを失うと同じ、と深夜は思っていた。

 __ただ一つの例外を除いて。

 その例外を手に入れた夜美にだけは、絶対に負けたくない。

 自身をバトルマシーンとして、深夜は新たな魔法を発動し始めた。

 その後も、深夜と夜美は次々と魔法を撃ち合う。

 お互いに高速で移動し合い、隙を狙いつつ、魔法を放つ。

 どちらかが使用した魔法は、躱すなり、障壁を張るなりして、直撃を避ける。

 極限の魔法バトルは、一歩も譲らず、凄まじい早さで、攻撃と防御が繰り返される。

 とはいえ、実際にペースを掴んでいるのは深夜だ。

 なんとかして隙を作りたい夜美だが、深夜の魔法速度が速すぎて、牽制するのが精いっぱいだ。

 攻撃自体は出来るものの、深夜の魔法が、切れ目なく発動するせいで、一瞬の隙を作るのがやっとだ。

 一応、膠着状態に持ち込んでいるものの、このままではじり貧となって、致命的な隙を晒しかねない。

 一方の深夜も、夜美を追い詰められそうで、追い詰められないという状況に苛立ちを募らせ始めていた。

 自身の能力をフル活用した魔法は、夜美を確実に追い込んでいる。

 だが、決め手となる一撃を放てる程の余裕を、作らせてはくれない。

 相手はひたすら回避して、こちらが遠慮なく魔法を放てる状態にあるのだが、たまに飛んでくる魔法が非常に鬱陶しい。威力自体は弱いものの、夜美程度の相手ならば、この一撃から畳みかける魔法技術を持っているはずだ。司闇の教育でも教わったものなので、それは間違いない。

 一瞬のダメージによる隙が出来てしまえば、一気に逆襲に転じられる危険がある以上、直撃を喰らうわけにはいかない。

 だから攻撃が来る度に、一瞬、攻撃の対応をせねばならず、その隙が、決め手となる魔法が霧散してしまう。

 ここで、深夜は新たな攻撃手段を加えることを決めた。

 大量の黒の矢__「ダーク・アロー」は、連射に優れ、牽制に向いていた__と共に、夜美に突撃する深夜。

 同じように黒の矢を捌く夜美だったが、ここで、致命的な計算ミスを犯した。

 体勢的に不利な状態で、深夜に近づかれた。

 黒の矢を対処した直後の、集中力を削がれて、少し仰け反っている夜美と、弾丸と化して、突撃している深夜。

 どちらが有利かは、言うまでもなかった。

 懐に飛び込み、大きく蹴り上げる深夜のキックに、夜美は吹き飛ばされた。

 そのまま追撃しようとするも、夜美の放った炎の閃光に、行く手を阻まれてしまう。

 閃光を弾くことで、身を燃やすことは回避した。

 吹き飛ばされた夜美は、尻餅をついた上、魔導書まで落として、腹部をかばっているあたり、明らかにダメージを負っている。

 だが、深夜は魔法を弾くという、小さくない隙を晒していた。

 このタイミングならば、ぎりぎり先手を打てる。

 腹部から全身に届く痛みをこらえつつ、夜美はまだ使っていない魔法を放った。

 それは、深夜が魔法を放つ準備を終えた直後だった。

 夜美が選んだのは、無属性の「スパイダー・ネット」。

 魔法によって、粘着的な糸を作り出し、相手を足止めする魔法。

 魔導書から読み込んで、一応は準備していたものだったが、使えるタイミングで使わないという手はない。__本人は自覚していないが、魔導書から魔法を呼び出して自分の精神に保存するという、まだ会得していない極めて難易度の高い技術をさらりと実行していた。

 それに気づいた深夜は、進行方向を変えることで、回避しようとする。

 だが、夜美の仕掛けた糸は、深夜の周囲全域であった。

「しまっ・・・!!」

 ようやくまともな隙を作り上げた夜美は、立ち上がりつつ、一旦、治癒魔法を使った。

 魔法による治癒__該当部分に合わせた、治癒成分を魔法によって集中させることで回復することもできる__で、なんとか動けるだけの体力を回復した夜美は、魔導書を回収して反撃に出た。

 自分の魔力を流し込んで糸を破壊した頃には、夜美の態勢は万全であった。

 いくら深夜でも、自分と同じ程度の才能を持つ相手に、先手を取られれば、不利になることは避けられない。

 厄介なことに、マルチ的な攻撃ばかり仕掛けてきて、反撃もままならない。

 魔法の基本スペックならば、深夜の方が上なのだが、魔法の使いこなし方__レパートリー的な意味ではなく、運用方法的な意味である__に関して言えば、夜美の方が上だ。

 炎を躱したと思ったら、背後から水が押し寄せてくるので、受け止める。

 止めたと思ったら、上空から光線が貫こうとするので、回避する。

 それと同時に、風の刃が襲い、さらに足元から地面が噴き出してくる__。

 完全に後手に回りつつも、何とか致命傷を避け続けていた深夜だったが、ここで誤算が起きた。

 3連続で組み合わせた魔法のコンボに、遂に捌ききれずに、闇のレーザーに貫かれた。

 貫かれた肩を庇いつつ、地に伏した。

 これ以上、後手に回っていれば、負ける可能性がある。

 そう恐れた深夜は、直後に襲い掛かった旋風を気合で耐えて、新たな魔法を発動した。

 2撃、深夜に魔法を当てた夜美だったが、1撃目と違って、手応えがない。

 猛攻を中断して、夜美は新たに飛んでくる魔法に備えた。

 深夜が新たに使用した魔法は、「ダーク・ドール」。

 黒の人形と化して、自らを操作するという、攻防一体の闇魔法だ。

 この魔法相手だと、ここまでの小手先の魔法では歯が立たない。

 夜美もまた、普段使わない、強力なカードを切ることを決意した。

 深夜と同じく、「ダーク・ドール」を発動させた。

 ただし、全身を闇で覆った深夜と違い、夜美の物は、腕と足に集中して集まっている。それ以外は、薄い闇で覆われており、なんとか元の姿が見えているというところだ。

 全てを闇で覆った結果、魔法のリソースを全て移動と維持に回さなくてはならない深夜と違い、長期的な防御力を犠牲にした分、物理的機動力と魔法能力を優先した夜美。

 二人の少女の格闘戦が幕を開けた。

 魔法の隙間を狙う深夜。

 夜美はそれを、防御を集めることで受け止めた。

 その状態で、夜美のキックが深夜を直撃する。

 吹き飛ばされた深夜に、確かなダメージを負う。

 しかし、不自然に戻って来た深夜のパンチが、夜美の顔に当たった。

 ダメージを気にせず、夜美もキックを返した。

 吹き飛んだと同時に、二人は接近をする。

 激しい格闘戦が繰り返される。

 お互いに、ダメージを気にすることなく。

 戦いは、深夜が優先で進んでいた。

 ここで、夜美が深夜の動きを止めるかの如く、戦い方を切り替えた。

 一瞬の隙をついた深夜は、夜美の身体に全力を乗せたパンチがクリーンヒットした。

 夜美が抵抗する気も見せずに吹き飛ぶ。

 次の行動に出ようとした瞬間__。

 空から、浄化の光が降り注いだ。

 もし、「ダーク・ドール」を使っていなければ、躱すことも出来ただろう。

 身体で動くことが出来ないため、魔法を介して動く今の状態では、僅かなタイムラグが生まれる。

 その一瞬が、致命的な隙を生んだ。

 夜美が密かに仕掛けた、「ライト・ヘブン」__力を集中させやすい天から光を落とす魔法__が、深夜の「ダーク・ドール」を貫いた。

 破壊された闇の鎧から、猛烈な光が、深夜を焦がした。

 お互いに、致命的な一撃を受けて、動くのも困難になっている。

 夜美は最後のカードを切ることを決意した。

 それは、深夜も同じだった。

 大量の魔力をお互いに集めて、巨大な魔力球を作り出す。

 その間、お互いに牽制しようと狙っていたが、その隙も、その余裕もなかった。

 二人の、シンプルかつ壮大な魔法が、ついに放たれた。

 巨大な闇魔法と、巨大な無の魔法。

 二つが衝突した時、凄まじい魔力の磁場が発生した。

 ビリビリと、空気すら歪める、激しいぶつかり合い。

 現在、立ってすらいない二人は、それに耐えるのが精いっぱいだ。

 そして、振動が全身を揺らし始めた時__。


 凄まじい突風が、会場から発生した。


 深夜も夜美もなすすべもなく、吹き飛ばされた。




 この試合を陰で見ていた亮夜は、舞台の二人と同じく、極限の緊張をもって、見守っていた。

 夜美が傷つく度に、彼の心に強い痛みと怒りが現れる。

 だが、試合に乱入する気はなかった。

 出て行った所で、瞬殺されるのは目に見えているし、何より、夜美は深夜との決闘を邪魔されたくないと望んでいた。

 昔から、深夜と夜美は余り仲が良くなかった。いや、仲が良かったのは亮夜と夜美くらいだが、その中でも、この二人は特に仲が悪かった。

 今でも、夜美は、深夜にライバル意識を抱いていたし、深夜もそうだと感じていた。

 亮夜に、手助け無用と感じさせる程には。

 それは、妹としてなのか、女としてなのか、それとも、舞式としてなのかは、亮夜には分からない。

 だが、本気で勝つつもりの妹に、水を差す真似をするつもりはなかった。

 戦いはさらにヒートアップし、傷つくのも厭わない、格闘戦となった。

 共に身体を鍛えていたとはいえ、相手はあの司闇だ。

 よくて、互角だと亮夜は思った。

 だが、夜美と深夜には決定的に違う差があった。

 それは、強敵との経験の差。

 単純な実戦経験の差ならば、深夜の方が格段に上だ。

 夜美の方は、基本スペックも、手札も、深夜に劣る。

 その分、夜美は強敵と戦うことを意識しなくてはならなかった。

 自分よりも強い相手と戦うには、魔法の使い方で、相手を上回らなくてはならない。

 搦め手や、効率よく魔法を使って、相手よりも有利な立場を作らなくてはならない。

 その技術は、夜美の方が間違いなく上だ。自分が最強格であるがために、ただ強くなることを優先した、深夜との決定的な差だった。

 その結果、最初は押されていた夜美も、徐々に自分のペースを掴みだし、遂には相討ちにまで持ち込んだ。

 吹き飛ばされた時、亮夜は夜美を止めるつもりだった。

 だが、今の力では、夜美を救うどころか、身代わりになるかも怪しい。

 己の力のなさを悔やんでいると、二人が最大級の魔法を放とうとしていた。

 魔法同士は、相殺させることも可能だ。

 その時、お互いの現象に影響を及ぼし、意図しない衝撃などが発生することがある。

 まして、この二人のこれだけの魔法が直接ぶつかり合えば、災害級の破壊が起こりかねない。

 今すぐにでも止めたいが、これは試合である以上、余程のことがないと止められず、そもそも、こんな大魔法を、亮夜で止められるはずがない。

 それでも、逃げ出すなどというみっともない真似はせず(そもそも逃げた所で、逃げ切れるか怪しいという部分があった)、会場の裏で見守っていた。

 そして、その予想は、的中した。

 ただし、舞台内限定で。

 亮夜は忘れていたが、この会場には、超高性能の魔法障壁が起動している。それに加えて、建物そのものが、凄まじく丈夫に出来ている。その耐久力は、下手な軍事施設を上回るといっても過言ではなかった。

 もし、この施設内でなかったら、確実に大惨事となっていただろう。言うまでもないだろうが、深夜も夜美もそのことを意識していなかった。

 二人は、凄まじい勢いで吹き飛ばされた。勢いよく壁に激突した二人に、深刻な損傷が予想できたし、それ以前に、亮夜の身体は意識する前に動いていた。

 しかし、突風は亮夜をも吹き飛ばし、会場外に吹き飛ばされた。

 その外には、宮正、恭人を始めとして、沢山の知り合いと、魔法界の重要人物が集まっていた。

「夜美!!」

 しかし、亮夜は周囲に全く気に留めずに、会場に向かって走り出した。

 それに合わせて、外野も走り出したが、黒服の人物に阻まれた。

 そのようなことを無視して(黒服に素通りされたこと自体、気づいていない)、激しく打った身体を気にせず、亮夜は会場に戻った。

 その内部は、崩壊したフィールド。

 壁に大きく空いた二つの穴。

 その下には、二人の少女が倒れていた。

「夜美!!!」

 その一方、夜美の倒れている方に目もくれずに走った__幸運なことに、夜美が倒れていたのは、亮夜が入って来た方だった__亮夜は、傷ついた妹を見て、絶句した。

 顔は出血も含めて傷だらけ、それ以外も、肌が露出している所は、全てが傷だらけだ。もちろん、服を着ている部分も、相当な損傷が予想された。

 かつて、自分にされた、酷い仕打ちを思い出し、憤怒というのも生温い怒りが生まれそうになる。

 しかし、我を失ったのは、この一瞬だ。怒りに身と心を任せる程、亮夜は子供ではなく、何より優先すべきことを理解していたからだ。

 何の遠慮もなく、亮夜は夜美に触れた。

 あまり痛みを感じないように。

 幸いなことに、脈も、呼吸も僅かだがある。

 大急ぎで治癒魔法を夜美にかけた。

 何もかもを失った無の世界に迷い込んだ幻覚が、亮夜を襲うものの、それすら無視して、夜美に治癒を続ける。

 1分かけた頃には、夜美本人が治癒魔法をかけられるようになった。

「お兄ちゃん・・・」

 ひとまず、危機は去ったものの、どう考えても、まともに動けるわけがない。

 亮夜は、深夜と話をすると言い残して、一度、夜美から離れた。

 いつもなら、怒るに違いないだろうが、今回は、素直に頷いた。

 強い信頼を感じさせてくれる瞳で。

 亮夜が深夜の所に着いたころには、深夜は座り込んでいた。既に治癒魔法をかけ終わっているが、ひとまず回復を優先したといったところだろう。

「深夜」

 かつて、一応の深夜の兄であったかのように、亮夜は少しだけ厳しい声色で、深夜に声をかける。

「私を、どうするつもりなの」

 さすがの深夜も、あれだけの魔法使用と、既に直したものの、全身強打を修復すれば、精神的な限界が見え始めていた。もちろん、身体も傷だらけなので、まともに動けない。

 今は、亮夜に抵抗するつもりもなかった。それでも、自分を守るだけの魔法力は残っている。だが、それを使った所で、亮夜を倒せるかは怪しいし、何より、離脱の難易度が激増する。もし、避けられる戦いだというのなら、不本意ながら、今は避ける方が優先であった。

「まさか。君を殺すつもりなんてないよ」

 その言葉は深夜にとって、信用できないはずだった。それなのに、深夜の臨戦的な態勢は解いていた。

「君が、いや、君たちが僕たちのことをどう思おうと、本気で殺すつもりはない。ただ、敵対をやめてもらえれば、それでいいんだ」

 普段なら、「戯言を」などと言って、一蹴するところだ。だが、今は明らかに不利な立場であると理解していることもあって、僅かに笑みを見せる程度に留めた。

 少しの無言の時が流れて、深夜は僅かに焦ったが、亮夜はそのように気分を害したわけではない。

「深夜」

 代わりに、血は繋がっていても、絆は繋がっていないもう一人の妹の名を呼ぶ。

「な、なに?」

 深夜の表情が僅かに赤らむ。

「僕と夜美が君たちから離れた理由は、君が知っているはずのものだけではない」

 亮夜は、昔と今の戦いを見て、夜美と深夜の確執を理解していた。その背景__亮夜を巡る妹ポジションの取り合い__までは理解していなかったが、亮夜に酷い仕打ちをされていたこと自体は、司闇一族の上層部ならば知っている話だ。それを避けるために、夜美が亮夜を連れて司闇から脱走したことも。

 深夜が考えていた理由は、亮夜の説明した理由と完全に一致していた。そして、先の話が気になって、無言で亮夜を見詰めた。

「司闇の陰に潜む闇・・・僕たちはそれからも逃げるために、君たちから離れた」

「それは・・・?」

 戦うまでの素直じゃない態度はどこにいったのか、何かに縋るように亮夜を見詰めている。

 その姿は、夜美とよく似ていて、やはり双子だと亮夜に思わせた。__本人に聞いたら、深夜も夜美も間違いなく嫌がるだろうから、口にはしなかったが。

「これは僕の仮説だが」

「司闇の血が普通ではないということは、君も知っていると思う」

「その普通でないということが、ただでさえ深い闇の中に、深淵の闇を生み出した」

「君の兄の闇理兄さんは、昔は違う人だったはずだ」

「昔は、厳しくも優しい兄だった」

「でも、過闇耶兄さんがいなくなったころから、兄さんはおかしくなった」

「力に取り憑かれ、ただでさえ強かった兄は、さらに力を求めるようになった」

「確かに兄さんは強くなった」

「でも、その代償に、人の心を失ってしまった」

「実の弟を殺してなお、平然としていられる程に」

 亮夜の演説のごとき説明に、深夜は口を挟まなかった。

 普段ならば、鼻で笑って否定するに違いないが、なぜか、心の奥にこびりついた。

 それに、亮夜の言っていることにも、心当たりがあった。

「ここからは、君の妹の夜美の話だ」

「僕を失ったと勘違いした時、夜美の中にかつてない衝動が現れたという」

「司闇の前世代は、この衝動を用いて、より強い力を引き出そうとした」

「だが、夜美はこの力を使おうとしなかった」

「自分が自分でなくなる、と夜美は恐れた」

「自分ではない、別の何かに取って代わられる、と夜美は思ったらしい」

「このことから、僕は先ほどの仮説を立てた」

「司闇の特殊な血統が、人でなくなる程の人智を超えた魔力を生み出す、と」

 深夜は、何も口にしなかった。

 何も話すことは出来なかった。

 心がぽっかりと空いてしまったかのように、何も考えられなかった。

 亮夜が今説明した、自分ではない何かが乗っ取ろうとしているかのように。

「・・・僕の言うことは信じられないと思う。だけど、僕と夜美はそれを知って、魔法師である以前に人間であることを選んだ」

「そろそろ僕たちは行くよ。いつまでも他人が来る保証はない」

 亮夜がここまでペラペラしゃべったのは、周りの気配に、自分を含めて3人しかいなかったからだ。

 それを過信したわけではないが、あくまで深夜を通じて、事情説明をしたというわけだ。

「待って!」

 亮夜が去ろうとした時、深夜が後ろから抱きついた。

「!」

 亮夜も想定外すぎたのか、わずかに意識がフリーズした。

 最も、意識がフリーズしていたのは、深夜も同じだ。彼女は、衝動的に亮夜に抱きついた。

「どうしてなの・・・?」

「深夜・・・?」

「どうして、兄さんは、この私に優しくしてくれるの・・・?」

 泣くのを必死に堪えているかのように、深夜が呟く。

 亮夜は振り向かず、答えを探す。

 今だけは、兄として、答えるべきことを__。

「どんなダメ妹でも、兄というのは、妹が可愛いと思えてしまうのだな・・・」

 そう発言した亮夜には、どこか諦めているような部分があった。

 深夜は目尻に涙が浮かびそうなのを自覚して、亮夜から離れた。

 二人は、違う出口へ歩みだす。

「・・・ありがとう」

 その声は、とても小さかったが、亮夜にははっきり聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ