11 血の宿命
その様子は、観客として見ていた亮夜と夜美にとっても凄まじいものであった。
「あれが・・・恭人さんの力・・・」
「驚いたよ。魚瓜翠華さん相手に、ここまで圧倒するなんて・・・」
夜美は一度、恭人と共闘したことがある。
その時でも、強敵とするのに十分すぎる器量を見せていたが、この試合の成果は、彼女のライバルに勝るとも劣らない成果であった。
一方の亮夜も、今までの判断より、さらに警戒度を引き上げていた。
お遊びの試合でも、宮正と相打ちに追い込んだこともあって、納得と同時に戦慄を覚えていた。
「お兄ちゃん、あの戦いで、「冷宮」の魔法は使っていたの?」
ショックから立ち直るのに、それなりの時間がかかった夜美が尋ねたのは、単純な評価ではなく、自分の興味に関する質問だ。
「・・・いや、あれは「冷宮」固有の魔法ではないはずだ。恭人さん自らが作り上げた固有魔法か・・・?」
魔法知識に精通している亮夜でさえ、返すのに時間が必要だった。
「・・・仮名「アブソルト・ワールド」。宮正さんが見せた「エクレール・ディザスター」とは異なり、正真正銘の固有魔法。指定範囲の全てを凍てつかせ、自分の制御下に置く、恐るべき氷魔法。単純な攻撃としても厄介だが、何より厄介なのは、魔法的な空間すら、凍らせる。恭人さんの魔法力を上回ることが出来なければ、魔法を使うことも叶わない、攻防一体としては、申し分ない魔法だ」
亮夜が呟くかの如く、恭人の魔法を分析する。
仮名としたのは、固有魔法は公式的に名付けられていないからだ。エレメンタルズや魔法六公爵に伝わる固有魔法ならば、一部は公開されている。そういう意味で、恭人の使用した魔法は、亮夜の分析において、正真正銘の固有魔法とした。
夜美は、兄の評価を聞いて、不安げに亮夜に身を寄せた。
「・・・もし、恭人さんを敵に回したら、勝てるの?」
「僕は勝ったことはない。だが、夜美ならば勝ち目はある。それでも、司闇の末端相手くらいには油断できないが・・・」
亮夜でさえ、勝ったことのない相手に、夜美は不安を隠せなかった。
そして、兄の評価さえもらえない程の強敵と認識されて、夜美はさらに緊張した。
「とはいえ、筋のある男だ。利のない行動をしなければ、敵に回ることはないよ」
不安な妹を気遣って、亮夜は彼を敵に回さない発言をした。
それを聞いて、夜美はいつものように亮夜に身体を預けた。
舞式兄妹から、強敵扱いされても、恭人のペースが崩れるということなどなかった。
4日目に行われたのは、「ウォーズ・マジカル」団体戦。
メイン競技の裏で行われたこれとは異なり、団体戦は、1日を使った注目されるべき競技となっていた。
チームのメンバー配分的な意味で、特別な事情がなければ、「ウォーズ・マジカル」は全パターン全員参加となる。最も、毎年、必ずといっていい程、辞退者は出ているので、実際の所は、本選系統は8割近い人物が参戦という具合になっているのだが。
予選ではほぼ総当たり、本選は、上位4組による、トーナメント制である。
トウキョウは、5人チームが、5組できたので、単純な戦力保有量を考慮して、バランスよく振られた。現時点の点数は、トウキョウが1競技さぼれるだけの差をつけている。1点集中するといった、奇策に走る必要もなかった。
結果として、エレメンタルズが率いる3チーム(宮正、恭人、翠華)と、ここまで試合に出ていなかった、魔法六公爵「帥炎」の一人である、オオサカの高校2年の帥炎勝太が本選まで残った。__なお、次元楼次が率いるチームは3敗して、ホッカイドウの精鋭と互角だったが、脱落していた。
さすがの恭人も、勝太に敵わず、敗北し、決勝に進出した宮正も、勝太に大ダメージを負わせた所で、試合に敗北した。
とはいえ、トウキョウがさらに差をつけて、フクオカ、オオサカと続く。
ここまで差をつけているといっても、1年前に比べれば、かなりましであった。
1年前、佐光一族の佐光睦美がトウキョウにいたことにより、何一つ勝負にならなかったのだ。
今年は卒業したものの、新たに冷宮恭人が入学したため、ジョーカーの保有数が変わることはなかったので、大局的に見て、大して影響はなかった。
5日目、その日に行われたのは、「マジック・マーシャル」。
早い話が、魔法格闘戦だ。
「ウォーズ・マジカル」と違うのは、魔法による攻撃が禁止されているということ。魔法を使った直接攻撃、もしくは、魔法道具を応用した、魔法武器による攻撃のどちらかが許可されている。
そして、相手を先にノックアウトさせれば勝ちという、他の格闘技に近い種目だ。
その競技に、勝太は出場し、大柄な見た目に相応しい力尽くな戦いに、どの学校のエースも誰一人敵うことなく、優勝をもぎ取った。
さらに、前後の「ウォーズ・マジカル」にも勝利したこともあって、遂にフクオカを超えて逆転をした。__最も、勝太の出番が、後半からということもあって、予測から考えれば、年季的な意味で、オオサカがフクオカに逆転するのは当然である。
6日目には、初開催となる「バトラー・ウェポン」が開催された。
専用の大型魔法兵器を使用して戦うという、ロボットバトルか何かと思わせるような競技だ。
現在、軍が積極的に開発を進めている兵器で、戦闘にバリエーションを持たせて、高い制圧能力を持つ、癖の強い一品だ。
パイロットが乗り込み、魔法同調システムを使うことで、この兵器を自分の体のように操ることが出来る。さらに、兵器内に内蔵してある様々な兵器を使用することも可能で、魔法師の戦闘服の一つ、パワードスーツ__耐久力と機動力に優れる他、補助システムも導入されている__を遥かに上回る、戦闘能力を誇る。
どう考えても、市販されるような代物でない、ぶっつけ本番が当たり前のものだが、操作性自体は、ここにいる魔法師ならば、十分操作できる程度だ。
実際の試合では、マシンガンのように魔法を発射、シールド展開、ビームサーベル、変形分離による奇襲など、ロボットアニメを見ているかのような派手な戦いが繰り広げられた。
この競技は、まさかのホッカイドウの魔法師が、トウキョウのメンバーを下して優勝した。
兵器を操るバトラーとしての能力はイマイチであっても、機体を動かすパイロットとしての能力は優れていたことによって、機動力で勝利を納めたのだった。
派手な対決は、男女で大分温度差があった。
男子たちは凄い勢いで盛り上がったのだが、女子たちは、どこか白けた雰囲気で眺めていた。それでも、勝負を決した時には、多少は盛り上がっていたが。
もちろん、その中には例外もいる。
観客として眺めていた、舞式兄妹のように。
「すごい!あんなに派手なことになるなんて!」
「・・・」
夜美が子供のように、すごく興奮している中、亮夜は考えに沈んでいるかの如く、沈黙を続けていた。
「ねえ、お兄ちゃんはどうだった!?すごかったよね!?」
「!」
突然、亮夜が目を見開き、驚いたような表情を見せたため、夜美も驚きを隠せなかった。
「どうしたの、まさか寝ていたの!?」
「分かったから少し落ち着いてくれ」
自分のことをよく知るはずの妹が、こんな場面で寝ていたなどと思われて(普通に寝たら、惨事を起こす為)、少し不愉快になったが、それをおくびにも出さず、夜美の興奮を落ち着けさせた。
「あれが新兵器か、と思ったよ」
「・・・それだけ?」
感想がそれだけで、夜美は思わず聞き返してしまった。
「最も、あれはコストパフォーマンスがいいとは言えない。まともに動かすのはここが初とはいえ、普通にパワードスーツの方が有能だと思う」
最新鋭のニュースに気を配っている亮夜は、この兵器、魔法式大型機動兵器、通称、魔法ロボのことを知っていた。
その上で、このようにイマイチな評価を下した。
「僕たちの身体能力はともかく、まだ、開発途中であるというのがわかるよ」
亮夜の裏話を根気よく聞いていた夜美だったが、ふと思いついたかのように尋ねる。
「お兄ちゃんなら作れないかな?」
「素材を持ってきてもらおうか」
案の定、ダメだしを受けたが。
しかし、その気になれば作ることはできるというメッセージに、夜美は気づかなかった。
「今、手を出しても仕方がないだろう。さあ、帰ろう」
やはり気づかないまま、夜美は先に立ち上がっていた亮夜に続いた。
出口のゲートに近づく。
やたらと黒コートの人物が多く、少し不愉快に感じてくる。
特に、今、側にいる人物は、どういうわけか恐怖を感じてくる。
スタイルが目立つわけでもないのに、なぜか本能的な恐怖を感じる。
通り抜けようとした時、その人物の素顔が少しだけ露わになった。
そして、気づいてしまった。
側にいた黒コートの人物が、あの司闇深夜であったということを。
「どうして・・・君がここにいる!?」
夜美は絶句し、亮夜でさえ動揺が隠せなかった。
「・・・」
深夜は、コートのカバーをとり、頭を現した。
亮夜と夜美は油断なく極度の緊張をもって、深夜と向き合っていた。
「ここがどこかくらい分かるでしょ?アンタたちに手を出すつもりはないわよ」
よっぽどそのような目を向けられるのが癪だったのか、深夜はそう呟いた。
__その後、「別にアンタたちのためじゃないんだから」などと聞こえた気がしたが、二人ともリアクションを返す余裕はなかった。
夜美と深夜は双子の関係で、深夜が姉、夜美が妹であった。
しかし、二人の兄の一人であった亮夜が、夜美と共に家出をして、表向きは関係のないことになっていた。
先日、亮夜たちが深夜の実家である司闇一族に挑発を仕掛けて、交渉に持ち込むことに成功して、一応の不可侵条約を交わした。最も、亮夜からすれば、口約束程度と思っており、いつ反故にされてもいい心構えをしていた。
その時に、亮夜たちと深夜は会っている。しかし、話す機会がほぼなかったのだった。
「改めていってあげるけど、よく6年間、くたばっていなかったものね」
「死ぬわけにはいかないからな」
深夜が少しは心配したような態度を見せると、亮夜はやや拒絶的に使命を見せるかのように応えた。
「随分疲れているようだけど、あきらめたら、兄さん?」
「これは君たちのせいだ」
亮夜の目の隈を指摘しても、やはり端的にしか答えなかった。
あきらめたら、に、やたらと意味があったのだが、彼は全て無視をした。
代わりに、夜美が強く反発した。
「ちょっと、亮夜お兄ちゃんの妹はあたしだけなの!」
夜美にとって許せなかったのは、あれだけの仕打ちをしたのにも関わらず、都合よく亮夜のことを兄と呼んでいることだった。
「なによ、私の方が強いわよ」
「あたしの方が相応しいの!」
「落ち着け、夜美」
形式上は、二人の妹が喧嘩をし始めたのを見て、亮夜は夜美を止めた。
その声色に、夜美は怯む。
「アイツのことはともかく、僕にとって妹は、夜美だけだ。いや、僕の家族は夜美だけだから、そんなに騒ぐな」
相手が相手だからなのか、いつもより口調が厳しい。
それでも、二人とも、亮夜が何を言いたいかは分かった。
夜美は亮夜に寄り添って深夜を睨みつけ、深夜はそんな夜美を疎ましい目で睨みつけた。
そのまま、沈黙が続く。
しばらくして、口を開いたのは深夜だった。
「これ以上は時間の無駄ね。親愛なる亮夜兄さんにもう一つ教えてあげる」
明らかな挑発的な口調であったが、夜美を煽るのには十分だ。
だが、亮夜が制止したことにより、場外乱闘になるのは避けられた。
「最近、随分と戦力増強に努めているみたい。その気になれば、アンタたちなんて、あっさり捕まえられるというのにね。兄さん、どういう意味か分かる?」
単なる口約束ではない、ということくらいなら分かるが、この発言だと、何か裏があるとしか思えない。
「私たちの方でも、ロクなことが起きていないということよ。アンタたちに相手する暇がないくらいにはね」
その言葉が真実ならば、少しくらいは対応を変えてもいいとは思ったが、信用するわけにはいかない。
「もう一つ、質問させてもらいたい」
「言ってみなさい」
代わりに、駄目元で亮夜は質問の許可を求めた。
驚くことに、深夜は許可した。
そして、亮夜は僅かに意外感を見せる程度だった。
信じていないのは変わっていないのだが、ここまでの話で、少しくらいなら信用してやってもいい程度には思っていた。もし、断られたとしても、すぐに手のひらを返せる程度には、期待しておらず、逆に許可されても、意識を割いていたことにより、心の準備が出来ていた。
「捕まえることは、どの程度本気だ?」
率直だったのか、意外だったのか、深夜に一瞬の沈黙が訪れる。
「・・・二人は本気」
「君が本気でここに来たわけではないということがよく分かったよ」
「・・・勘違いしないで。私はただ、任務をこなす。アンタたちは今、粛清する必要はない」
その一言だけで事情を見破った亮夜は、僅かに感謝の意を込めつつ、答えを出した。それに対し、深夜はその意思を否定した。
「・・・そのことは聞かなかったことにするよ。ここで見逃してくれる礼だ」
うっかりなのか、やむを得なかったのか、深夜が示唆した目的に、亮夜はスルーして、夜美とともに通ろうとする。
「この大会、すぐに終わらせようとしないことね。アンタには一度、徹底的に叩きのめす事情があるからね」
「・・・」
深夜の予言じみた警告に、亮夜も夜美も何も言わずに去った。
「隠れていないで出てきたらどう?」
亮夜たちが去った後、深夜は突然そう呟いた。
既に多くの人が引き上げている中、言っている意味が分からず、スルーする人物が多数だった。
その当人は、出てくることはなかった。
「だったら、この場でばらしてあげようかしら、愛姫ステラ」
深夜はその人物を正確に言い当てた。
ステラと、お付きの佳純が、離れたフロアから、深夜の元へやって来た。
「間違いないですわね・・・。あなたが、あの・・・」
「名乗るほどじゃないわよ」
ステラが深夜の名を言い当てようとしたが、深夜は即座に打ち切らせた。
余りに身勝手な態度に、ステラも、側にいた東雲佳純も、憤慨した雰囲気を見せたが、深夜は全く気にしていなかった。
「先ほどのお言葉、どういうことですの?あなたと亮夜が兄妹だなんて・・・」
「まさか。あんなゴミクズを?アンタたちを惑わすためにそう言っただけよ」
言うまでもないが、この発言は嘘だ。
亮夜たちと話している途中から、ステラたちに見張られていることを、深夜は知っていた。
亮夜たちは、自分の名を出そうとしなかった。
しかし、深夜は恩を仇で返すかの如く、堂々と亮夜を兄扱いした。
自分の正体がばれかかっていたのは、さすがに想定外ではあったが、それを表に出す程、彼女は素人ではなかった。
「仕事外とはいえ、私の邪魔をするなら、どうなるか分かっているわね?」
「うん」
暗に抹殺を告げた深夜に対して、口を挟んだのは、ここまで会話に入っていなかった佳純だった。
「今の僕たちには、君を本気で敵に回すつもりはない。事情があるのはお互い様だ。だから、僕たちはもう行くよ」
「待ちなさい」
佳純が話の打ち切りをしようとしたら、深夜がそれを止めた。
「さっきの自分の言葉を思い出しなさい」
「・・・こっちの情報を渡せと言いたいのかい?」
「ご名答」
あくまで、対等に扱うつもりのようだ、と佳純は思った。
いくらリスクが0にならないとはいえ、黙秘を決めて「司闇」の怒りを買うよりは、少しくらい情報を出して妥協させた方が無難だと、二人はそう結論した。
「僕たちは真の意味での世界平和を求めている。そのためには、全てを超えられるような、圧倒的な力が必要なんだ。君たちを超えられるような、真の力を」
しかし、情報に関しては、佳純が勝手に出した。
これは、深夜に主導権を握られて、根掘り葉掘り聞かれるより、自分で主導権を持って、言うべきことをさっさと言うことを目指していた。
「・・・ふっ、まあいいわ」
一瞬迷った後、深夜は僅かに笑みを浮かべた。
「言っておくけど、この話に満足したわけではないから。たまたま気が変わっただけよ」
底知れない思考を持ちつつ、
「今は平行線と行きましょうか、RMG」
相手の正体を見破っていることを示唆して、深夜は去った。




