9 試合の幕間
「シューティング・バレット」で見事一位をとった宮正は、堂々とトウキョウ魔法学生の元に帰還した。
「お疲れ様です、会長!」
「うむ、我の雄姿、とくと見るがいい」
宮正にとって優勝は当然とはいえ、興奮しているのは否定できない。いつになく癖のあるセンスを発揮している上、後輩の恭人に似たナルシストぶりを見せつけていた。
「さすがです、宮正会長。1年ぶりでしたが、あの魔法、さらに磨きがかかっていましたね」
自分と似た部分を見せられていた恭人も、割と純粋に宮正を持ち上げていた。
恭人は気をつかっていたが、あの魔法とは言うまでもなく、「エクレール・ディザスター」である。
世間的には、一応の秘匿扱いされている代物なので、詳細のデータを出すことは禁じられていて、一般的な調査は禁じられていた。
名前すらぼかすのは、恭人が神経質になりすぎていることは否定できないが、注目を集めるのは確実だ。
なお、エレメンタルズや魔法六公爵が特別な魔法を使うこと自体は、魔法師にとって有名な話だ。あくまで、形式的に秘匿されているという具合であった。
だからといって、堂々と語ることは出来ない。切り札や奥の手というものは、詳細データは秘密にするものだ。
「お前にそう言ってもらえるとは鼻が高いな」
「私は後輩ですよ?」
恭人がツッコミかどうか分かりにくい一言を、宮正が笑い飛ばしたことにより、一同は笑いの雰囲気に包まれた。
このおかげで、宮正の使用した魔法を追求されることはなかった。
「あれが「雷侍」の固有魔法か。生で見るのはわけが違うな」
試合を観戦し終えたころ、亮夜と夜美は試合で使用した魔法について話し合っていた。
「一人目のアレも凄かったよね。お兄ちゃんは分かった?」
「ああ、あの感知能力は異常だ。僕でも容易に再現できないくらいには」
「でもお兄ちゃんのことだからちょちょいと作れそう」
「そういう軽口は止めてくれ」
所々、冗談を交えつつも、二人は実に楽しそうだ。
テレビなどで見る情報と、リアルで見る情報は随分差がある。
亮夜や夜美程度の魔法知識などを持つならば、その情報の差が分かりやすく現れる。
魔法を使用している様子を、直接感じる、視ることが出来るのが、大きな違いだ。
それを認識できる亮夜たちは、出場者のハイレベルな魔法テクニックを直接視ることが出来る。
このようなことをすれば、二人にとって、珍しくてよい経験となる。
多少無理してでも魔法大戦に観戦したかった最大の理由であった。
「さて、帰ろう。いい経験になったね」
亮夜が立ち上がり、夜美も兄に続く。
しかし、そのまま帰るというわけにはいかなかった。
客席から会場の出口に入ろうとした時に、見覚えのある女性と出会ったからだ。
「舞香さん・・・!」
「亮夜・・・!?」
黒コートをつけた藤井舞香が、同じく黒コートをつけた長身の男を連れていた。
「まさか、こんなところで会うことになるなんてね」
「そうですわね。私としたことがうっかりしていましたわ」
亮夜も舞香も当たり障りのない会話をしていたが、ここにいる4人は、さっさと話を進めろと言わんばかりの感情を等しく抱いていた。
「ところで、今の君はどっちなんだ?」
舞香からすれば、ステラなのか、舞香なのか、どちらの身分で通じているのかと理解したが、もう一人の男からすれば、既に立場が割れていると解釈した。
ステラの前に、その男が前に出る。
亮夜はそれで、舞香が何かを隠したがっていることを理解した。
「それもそうか。意地の悪い質問をして悪かったよ」
はっきりと因果関係を掴めなかったが、側にいる男の機嫌を損ねたように見えたので、ひとまず引き下がることにした。
「すまない。この子のことは、僕も気にしなくてはいけない立場だからね」
「紹介し遅れましたわ。この殿方は、東雲佳純。東雲コーポレーションの社長を務めておりまして、私のボディーガードを依頼しておりましたの」
幸い、東雲佳純は亮夜の謝罪を受け入れ、舞香も彼を紹介することで、少し悪くなった雰囲気は霧散した。
亮夜も夜美も自己紹介して、元通りの雰囲気に戻った。
その代わり、亮夜と夜美の素性を聞いて__話したのは、トウキョウ魔法学校所属ということだけである__、佳純の意識は自分の方に向かった。
「佳純さんったら、私を一人にしておけないと仰いまして、四六時中共に行動をしておりますのよ」
「いい人だね」
「夜美は相変わらず亮夜と一緒におりますものね。その様子ですと、本当に24時間ずっと一緒にいるんじゃないですの?」
「まさか。そんなことが出来るなら、ギネスブックに載ってもおかしくないだろうに」
「・・・」
「彼は僅か16歳にして、企業経営の社長を務めておりまして、そのせいなのか知りませんが、すごい慎重なのですよ」
「それはすごいね」
「思ったより、リアクションが薄いのですね?」
「今の時代、労働はかなり自由となっていて、企業もちょっとコネがあれば難しくない。努力家として認めるのは確かだけど、特別驚く程ではないじゃないか?」
「ふーん、亮夜は随分、あちらよりな考えなのですわね」
「それは、あたしもお兄ちゃんも生きるのに苦労したからだよ」
「生きるためなら、あちこちにコネを張っておくのは重要だからね」
「そういえば、後になって、そのような噂を聞きましたわね」
亮夜も、夜美も、舞香も、佳純のことを中心にわいわいと話している。
「そうだ、君たちがあの亮夜君と夜美君だったか」
突然、佳純が口を開いて、3人の意識は、佳純に向けられた。
「度々噂を聞いたんだよ。中学生にして、企業のサポーターとして、影で活躍しているって」
別に亮夜たちは影で働いていたつもりはない。確かに表に出たくない事情はあったが、年齢の都合で、表に出られないという部分が強かった。
「それに夜美君といったら、今年の新入生一の優等生ではないか。御兄上の方はともかくとして、君は間違いなく、魔法界の有名人となる」
佳純の口調に、徐々に熱が入り始める。
当の夜美は、亮夜を見下していると解釈できる言葉に不快感をにじませていた。
一方の比較対象にされた亮夜は、この男に口に出来ない胡散臭さを覚えていた。
「良かったら、今度、僕の企業に来ないか?無論、それ相応の代金は払おう」
3年くらい前なら、積極的に飛びついただろう。
だが、亮夜は冷静に夜美を制止しつつ、前に出た。
「気持ちはありがたいですが、後日返答してもらってよろしいでしょうか」
「それもそうだね。焦ってはお互いに良くない。分かった、気が向いたらこちらに電話かメールをかけてくれ」
そういって、佳純は名刺を差し出した。
亮夜は、それを丁重に受け取り、懐にしまった。
「中々面白い人たちだ。良かったら、明日から行動を共にしないか?」
この提案は、亮夜たちにとって、微妙なものだ。
特別受け入れる理由もないし、特別断る理由もない。
だが、亮夜の直感は、この男に気を許すのは良くないと判断している。
その一方で、頭ごなしに佳純を否定する理由もない。
どちらにしても、後味がよくないと言える、ある意味一番困るタイプの相手であった。
「僕たちはともかく、そちらは明らかに忙しそうな身でしょう。無理に共に行動する理由はありません。ただ、また会場であった時には、こうして共にいましょう」
結局、亮夜は建前論を使って、話をさっさとまとめた。
妥協案を出して、二人を表面的に納得させた後、亮夜は夜美を連れて、さっさと会場から去った。
この会話を、陰で聞いている人物がいた。
「兄さんとねえ・・・」
ステラや佳純と同じ黒コート。ただし、黒ずくめでありながら華がある二人とは異なり、より黒っぽさが増して、印象に残りにくいコーディネートとなっている。
これだけなら目立つだろうが、実際の所、黒コートで来ている人物は意外と多い。いかにも怪しんでくださいと言っているような見た目だが、当然のように紛れ込むそれらは、世間的に公表できない人物がいる__その理由は、あらゆる意味で多岐にわたる__ので、一応不問とされる。最も、パスポートの偽装に成功するような連中ばかりなので、ある意味で職務怠慢と言える杜撰さがあった。
とはいえ、ここで実際に騒ぎを起こせば、各地に仕掛けられている監視センサーに引っかかり、特別枠で観戦している魔法六公爵の数人(今年は、司闇を除く全員が来ていた)を筆頭とする精鋭に捕まるのがオチだ。また、情報量の差があるとはいえ、試合自体は中継されており、秘匿性が低い。
つまり、犯罪者が紛れ込んだとしても、事を起こせば、確実に捕まるし、メリットも少ない。
このような事情があるから、この程度怪しくても詰問されることはないし、彼女を含めた犯罪者が、容易に行動を起こせなかった。
黒コートを地味な配色にしつつ、違和感のないコーディネートを決めている彼女の名は、司闇深夜。司闇一族の一人にして、次女だ。
毎年、メンバーを魔法大戦に潜入させて(偽装していることは言うまでもない)、最先端の情報を盗もうと企んでいた。
魔法界の最先端の力を持つと自認していても、ここで得られるものは、司闇にとっても、有益であることも少なくない。
今回は、深夜が率先してこの任務を引き受けた。
既に儀式を済ませているが、兄たちと違って、まだ力を引き出せていない。
その分、無駄な感情があったのか、このような俗っぽいものに興味があった。
そのことは、闇理や華宵たちも知っていたが、そのことを気にせずに、別行動させている部下とともに任せた。
__要するに、深夜を含めた、気まぐれである。
しかし、最初から興味深い情報を手に入れられて、深夜のモチベーションは大きく上がった。
たまたま亮夜たちが側にいたのを発見したので、少し挑発してやろうと思ったが、その前に佳純とステラが現れて、その話を盗み聞きしていた。
佳純は東雲コーポレーション社長となっているので、魔法界に精通している司闇ならば、個人情報を暴くことくらい余裕だ。さすがにステラは、愛姫ステラだと断言することが出来なかったものの、ほぼ確証に近い疑惑を抱いていた。
自室に戻った深夜は端末から、別行動している部下を呼び出した。
「お嬢様」
「舞式亮夜と舞式夜美を発見した」
「何ですと!?」
「だが、今はそれより東雲佳純たちの情報収集を優先してもらおう」
「たち、とは?」
「愛姫ステラらしき人物と共に行動をしている。詳しい扱いは、私に任せるから、お父様たちへの報告は後回しだ」
「はっ」
「亮夜と夜美は私がやる。よいな?」
「了解しました」
部下に新たな指示を下して、深夜は今後の作戦を練り始めた。
魔法大戦は、ある程度決められている法則はあるものの、新チームの参戦や、競技の入れ替えなどで、度々スケジュールが調整される。
今回は、1日1種目ということもあれば、2種目を、日を跨いで開催といったケースもある。
1日目の「シューティング・バレット」が行われた裏では、バトル競技「ウォーズ・マジカル」が開催されていた。
3部門に分かれたこの競技は、1対1、学校別のチーム戦、そして、全員参加のバトルロイヤル式の3パターンがあった。
このうち、チーム戦は中盤、バトルロイヤルは最終日に一気に開催されるが、1対1はランダムに振り分けられて行われる。
また、トーナメント制である他のルールと違って、1対1だけは、大体の相手と戦うリーグ式になっている。
例えば、宮正は出場していなかったが、恭人や武則、花子といった人物が出場していた。
基本的に一人一日一戦の間が長い戦いであるので、上手いことメンタルを調整する必要がある。
その中には、フクオカのエース、魚瓜翠華も参戦し、勝利をもぎ取った。
途中経過として、トウキョウが1位、オオサカが2位、フクオカが3位と続く結果となった。
2日目に行われるのは、「ムーブ・レース」。
試合会場外に用意された、巨大なレース会場において、ひたすら走るというものだ。
魔法を使いつつ走るこのレースは、おおよそ2時間。
道中は、平地から、岩山、森、海、洞窟と、様々な所を走らなくてはならず、対戦系を除外すれば、最も厳しい競技と恐れられていた。単純な運動量だけを見れば、屈指のものだ。
また、コース自体は一試合で変わらないものの、仕掛け自体は毎回少しずつ変わる。
2日に分けて行われる種目の一つで、前半は代表決めで、後半は代表同士の戦いだ。
トウキョウ魔法学校の出場者は、大平武則なども参加したが、トウキョウ魔法学校で決勝進出を果たしたのは、武則のみであった。
彼の優れたスタミナが、息と魔力を切らすことが少なく、安定したペースで走れたのが勝利の一因であった。
その日の「ウォーズ・マジカル」は、恭人が出場し、ここでも勝利を勝ち取った。
亮夜の見る限り、最初の一撃で仕留められる程のパワーを見せていた。
回避は難しすぎるし、攻撃力は言わずもがな、圧倒的な制圧力に対応など、並の選手には荷が重すぎた。
亮夜がそう評価する相手に、対戦相手は、勝負にすらならなかった。
その日は、亮夜たちとステラたち、そして、深夜が邂逅することなく、時が過ぎた。
その夜、佳純の部屋に呼び出されたステラは、佳純と話し合っていた。
「昨日の話になってしまったが、ステラ、亮夜君と夜美君をどう見る?」
本当は、昨日の夜に話すつもりだったが、ステラが表の顔としての詰問に答えなくてはならず、会う余裕がなかったので、この夜に回された。(ちなみに、佳純はステラのマネージャーではなく、ただの知り合いということにされている)
「どういう意味?」
「我らの脅威という意味だよ」
我らとは、言うまでもなく、RMGという組織から見ての評価だ。
ステラは少し迷ってから、口を開いた。
「夜美はかなり強いよ。油断すれば、足元を掬われる。亮夜は、良く分からない」
この反応は、佳純にとって予想外だ。
いや、それ以上に、この返答は何かがおかしい。
亮夜はともかく、夜美の実力を明らかに知っているかのようなものだ。
ステラにそのような目はない。
一度手合わせをしなければ、このような評価は下せないはずだ。
それに、二人とは見知ったような態度を見せていた。
「ああ、ごめん。ついつい考え込んでしまったよ」
ステラが心配そうな表情で見つめていることに気づいて、佳純は我を取り戻した。
そして、思考をまとめると、その目に強い光が宿る。彼の儚げな姿とは真逆の、どことなく神秘的な印象を与えていた。
「ステラ、もしかして、前に会ったことがあるのかい?」
「えっと、それは、その・・・」
ステラにとっても、このような返され方は想定外であった。
8月の時のあの成果は、非公式であると判断して、組織に報告していない。
佳純の真面目な表情に圧されて、結局自白した。
「・・・それは、厄介だね。君を上回る魔法師とは」
「で、でも油断しただけですの!次こそは、負けませんわよ!」
「総帥様は慈悲深いからいいにしても、幹部である君が負けたなどとなれば、士気にかかわる。本来はあってはならないと理解しなくちゃいけないよ」
「・・・申し訳、ございません」
自分の負けを言い訳していたが、佳純の原則的すぎる言葉には、手も足も出なかった。
実力的にも、人格的にも、佳純の方が上だと、ステラは理解せざるを得なかった。
「それはともかく、夜美君であれだと、亮夜君はより厄介な相手になりそうだ。「10」であるというのに、あの態度・・・。油断できないな」
「佳純さん・・・」
佳純の分析と、ステラの評価はある程度一致している。どちらかというと、佳純の方が亮夜を買っている。
「とはいえ、あの穏便に済ませようとしていたあの態度。あれは、不要な争いを避けるタイプだろう。従って、本気で敵対しなければ、敵に回すこともあるまい」
「それは、そうだろうね」
その評価も、ステラと一致していた。
「それよりも、司闇の方だ。いつ会うか分からない。お互い気を付けて行動しよう」
「分かった」
二人は、現時点での舞式兄妹の危険度を低く評価して、引き続き別の脅威を警戒することにした。




