6 魔法師友好会
亮夜がトウキョウ魔法学校に通い始めて2週間が経とうとしていた。
入学時は初々しく緊張した態度でいた新入生たちも少しずつ慣れていった。それと同時にちょっとした不祥事も発生したが、まだ亮夜にとって致命的なことに巻き込まれるということはなかった。
しかし、次の土曜日には、魔法師友好会という亮夜にとって少々困ったイベントがあるのだ。
魔法師友好会とは、新入生たちが特別なホテルで一夜を明かしつつ、互いを知り、友好を深めるイベントがある。
その中で亮夜が面倒だと思っているのは、エキシビションマッチと就寝だ。
前者のエキシビションマッチは、1対1を基本に、魔法で戦うイベントだ。亮夜は入学してすぐにあの冷宮恭人や黄道礼二に因縁をつけられたという自覚がある。それ以前に亮夜の抱えているハンデからして、不必要な魔法の使用は極力避けたかった。仮にだれかと戦うことになれば、魔法の行使は避けられない。そうなれば、運が悪かったら、更なるハンデを背負いかねないからだ。
後者の就寝に関しては、亮夜だけでなく、妹の夜美も頭を悩ましていた。
「お兄ちゃん、本当にそれでいいの?」
「仕方がないよ、まさか夜美を連れていくわけにはいかないだろう?」
「あたしは別にいいけど?」
「いや、僕の問題だ。多少のリスクはやむを得ないさ」
ここで言う亮夜の問題とは、言うまでもないが、夜美を連れていくことができないということだ。亮夜は眠っている時に、幼い頃のトラウマを引き起こしてしまうのでまともに眠ることができない。そのため普段は夜美がそばについて中和的な役割を果たしているのだが、このイベントでは、夜美をそばに置くことはできないのだった。別の理由としては、この程度のことで二人に関係するいろいろな秘密を周囲に明かしたくないという事情もあった。
「普段のお兄ちゃんからしたら無茶だよ!徹夜なんて!」
「じゃあ、夜美だったら、どうするんだ?」
「・・・」
亮夜の質問に夜美は止まってしまう。夜美も先ほど止められた手段を除いて、これがとりうる可能性で最もマシだと知っているからだ。
例えば、医療機関でのみ使用が許可されている不眠薬を持ち込むのは、間違いなく学校側に摘発される。亮夜が独自に開発した薬は、同じくこのケースにおいては役に立たない。だからといって、このイベントに欠席するのは極めて好ましくないことだった。そうなると、亮夜のとれる現実的な手段は不眠で徹夜する以外方法がないのだった。
「いつもごめんな、夜美。こういう時に迷惑ばかりかけて」
「仕方がないよ、お兄ちゃんだもん」
昔は、二人とも普通の学校に通っていた。しかし、修学旅行の時、二人とも色々言い訳をして欠席したのだった。亮夜はそのことに罪悪感を覚えていた。
「今度の休み、久々に二人で出かけよう。そこでまた楽しもう」
「分かった、楽しみにしているね!」
その代わりというべきなのか、亮夜は休みの日に、時々夜美と一緒に出掛けるようにしている。そのことは兄妹双方の楽しみになっていた。
こうして、次の土曜日に向けての話し合いはお開きとなった。
それでも、まだ色々問題が残っていたのだが、この大きな問題に悩まされた亮夜にとってはこのくらいはどうでもいいこととなっていた。
土曜日の朝、亮夜が学校に着くと、大きなバスが複数あった。
いや、正確に言うならば、バスのような乗り物だ。
大量についてある車輪。小さな部屋で区切られているような本体。上にも同じような構造でつながっている小さな部屋で区切られているような本体。そして見やすさを優先した、シャープな先端をした運転席。
席の効率性と、運転の効率性を両立したようなデザインだった。
予め数字が振り分けられていたため、どのバスに乗るかというひと悶着もなく、乗車はスムーズに行われた。
バスに乗ること約40分。一行はトウキョウより南東にあるチバ地方のホテルみたいな所に到着した。
だが、このホテルは、魔法師向けにカスタマイズされたホテルだった。
メインの客室は20階程もある大きな所に固まっている一方で、2階程度のエリアもいくつかある。さらには、ホテルの離れには、格闘場のようなものまである。
身を休める他にも、魔法師としての力を発揮できるような施設もあるのが、魔法師用のホテルであった。
魔法学校の1年生たちは、まずはカードキーと認証用のキーをもらって(最先端技術と安全性を両立したシステムである)、各部屋に降り立った。
とはいえ、総勢300名弱のメンバーを個室に割り当てるほどの収容数はない。そもそも、イベントの内容からして本末転倒とも言えるが。
つまり、少数人で同じ部屋を共有するということだ。亮夜と相部屋になったのは、多少の知り合いにはなっている(と亮夜は思っている)高本陸斗だった。
部屋で少し休んだ後は、クラス対抗のレクリエーションだ。
事前に委員長たちで決めた球技を行うことになった。
その結果、10組がまさかの優勝となり、ついで1組、7組、2組、3組と続いた。
昼食をはさんだ後、続いてはダンスだ。
フォークダンスのタイプで、1組から10組まで完全シャッフルして割り当てられることになっており、男性陣も女性陣も三者三様の理由でワクワクしていた。なお、上級組と下級組、どちらがよりワクワクしていたかというと、下級組の方である。
しかし、亮夜はその中ではワクワクしていない方の珍しいタイプだった。
別にダンスが苦手なわけではない。
むしろ、普通の立場で見れば、よくできている方だと思っている。
面倒だと思うのは、わざわざ仰々しく仲良くしようという根端が見えていることだ。
亮夜は孤独を望むというタイプではない。
だが、好き好んで仲良くしたいとも思っていない。
必要、もしくは困らない繋がりがあれば十分だと思っている。
それは、亮夜のある過去が、そうさせている。
甘ったるい雰囲気は嫌いではないのだが、自分もそれに巻き込まれれば、たまったものではないと思っていた。
そう考えると、ただ楽しむだけのイベントは、ただ一つを除いて、素直に楽しめないものだった。
そんな楽しそうに見えず、けだるそうに見える亮夜を見て、たまたま隣にいた陸斗は、亮夜に声をかけた。
「何だよ、亮夜。フォークダンスだ!楽しもうぜ!」
既に出会ってから2週間が経ったからなのか、少し砕けた話し方になっていた。
「・・・どうやったら、何も気にせず楽しめるんだろう?」
予想外な発言と微妙に追い詰められているような亮夜の顔を見て、陸斗は困惑の表情を浮かべた。
「こういうのはノリだ!楽しまなきゃ損!」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「細かいのは後々!さ、楽しもうぜ!」
「ちょっと、高本君!?」
結局、引きずり出される感じで、亮夜は踊ることとなった。
まず、最初に踊ったのは、4組の女子生徒。続けて、8組、10組の女子生徒。
三人目も10組の女子生徒だったが、亮夜には見覚えがあった。
「上手だね、舞式君。ダンスとか習っていたの?」
そう、魔法実技でもまともに話したこともある花下高美だった。
「大分昔にね」
会話を挟みつつ的確にエスコートしていく。
「私は、授業で習ったけど、舞式君には敵わないなぁ・・・」
「そんなことないよ。君の踊りは慈愛に溢れている。素敵な踊りだと思うよ」
これは、お世辞ではない。亮夜の本心だ。ただし、純粋すぎるコメントだ。そこに男女としての愛は(亮夜の意識としては)なかった。
「・・・そんな・・・」
だが、高美はこの言葉を大げさに受け取ったのか、少し顔を赤らめていた。
その様子を見て、少しやりすぎたかと亮夜は戸惑いを覚えた。
高美との踊りを終えて、今度は7組、1組と順に踊り、最後に踊った相手も知り合い以上の相手だった。
「亮夜・・・!」
「鏡月さん。ラストダンスが君とは驚いたよ」
それは、入学式の時に出会い、以降もクラス会議で顔をあわせたこともある鏡月哀叉だった。
「亮夜。あなたと踊りたいと思っていました。一曲お相手できますか?」
それにしても、「亮夜」と名前で呼ぶようになったことといい、やたらと丁寧に接してくるのだが、回数で言えば数回しか会っていないのに、一体何があったのだろうか。
亮夜は、哀叉が自分と仲良くしたがっていると解釈した。
だが、亮夜はその気持ちを素直に受け止めることはできなかった。
人付き合いが苦手とか、哀叉に苦手意識を持っているからではない。そしてその逆でもない。
亮夜には自分の事情で、死なせてしまった友人がいた。
それ以降、必要以上に他人との関わりを望もうとしていない。
だから、高美にも、哀叉にも好意を向けられても__それがどんな種類だとしても__素直に受け入れることができないのだ。
最も、それはそれ、これはこれだ。自分と踊りたい相手に対して、特別な理由があるならともかく、亮夜に断る理由はなかった。
「よろこんで」
亮夜は丁寧に右手を差し出し、レディをエスコートするかの如く気取ったポーズをとった。
フォークダンスは無事に終わった。
最後に踊った哀叉とも上手くいって、亮夜は楽しいという気分に囚われていた。
柄にもなくウキウキしていると思っているが、それを表に出す亮夜ではない。
それは今、次のイベントの準備もあるからだ。
「もういいだろ、まずは10!俺と勝負だ!」
「いや、まずは僕と次元君でどうかな?勝負としてはいいものになると思うよ」
「やっぱりさ、挙手制にして、それに応じてあたしたちが相手するのはどう?」
「万が一、一人もいなかったらどうするのですか。ここは妥当に池和君の案をとって、10と9、8と7といった感じで相手した方がいいと思います」
「出来れば僕はパスしたいけど・・・」
「わ、私も!こんなことになるなんて!」
「言っておくが、俺と冷宮は御免被るからな。やはり見せしめた方が早くないか?」
「・・・はぁ・・・」
「よっしゃ、決まりだ!おい、10のガキ!俺と勝負だ!」
「またそれですか・・・。いっそのこと抽選にしたらいかがですか?」
・・・しかし、このような感じでエキシビションマッチの会議は平行線を辿る一方だった。
クラス委員長たちが話しているのは、マッチング相手の設定だ。
本当は、魔法師友好会が始まる前にある程度決めるものだが、メンバーの統率は全くとれず、今の今まで引きずってしまった。一応、5組の神谷将郎を除いて発言はしているのだが、進歩は見られなかった。
「いいや、これ以上待たせるものか!吊し上げた方が早いぜ!」
「お断りします!」
「いや、舞式。お前がちょうどいいのだ。やってくれないか?」
「どういう意味ですか!何度もいいますが、本当にお断りします!」
「いい加減にしろ、お前ら!」
4組の黄道礼二たちが強引にすすめようとした中、ここにいなかった新たな冷徹な声が轟いた。
「いつまでこの私を待たせるつもりだ。私が指名していいか?」
そこに現れたのは、1組の事実上のナンバーワンとも言われており、さらには生徒会の新メンバーでもある、「冷宮」の跡取り、冷宮恭人だった。
今、クラス委員長たちが話している場所は、ホテルの会議室だ。一応貸し切りになっているのだが、場所自体は関係なくとも分かる。
次のイベントが始まるのに既に20分は経過している。
それだけ時間がかかっていれば、直接殴り込むのはともかく、大なり小なりの行動があってもおかしくないだろう。__なお、先生たちは、生徒のやっていることとして、関与する予定はなかった。
現に恭人の明らかに不機嫌そうな態度を見て、楼次でさえ、口を挟むことが出来なかったほどだった。
その無言を、恭人は、自分で指名していいと解釈した。
「私が戦いたいのは、舞式亮夜。お前だ」
余りに想定外な発言に、恭人を除いた全員がフリーズする。
少し時間が経って、最初に口を開いたのは、やはりというべきか、礼二だった。
「よっしゃ、ぜひやってください冷宮様!上級組の格を見せてやりましょう!」
「お前が口を挟むな、黄道礼二。で、どうなんだ?」
礼二の発言をあっさり切り捨て、亮夜を鋭く見つめる。
少し悩んだ素振りを見せたあと、亮夜はこう答えた。
「分かりました。対戦をよろしくお願いします」
その結果、飛び入りで参加した冷宮恭人と、10組のクラス委員長である舞式亮夜の対戦が決定した。