1 夜美の高校試験
亮夜と夜美が司闇と激闘を繰り広げたその後__。
二人は6年前の忌々しい過去を思い出す。
死する亮夜を、夜美が拾い、新たな心を吹き込んで救った過去を__。
原点を思い出し、今一度、二人は大いなる道へ歩む決断を固め直した。
その後、亮夜の誕生日を始めとするイベントを終えて、2月__。
いよいよ、二人、いや、魔法界全体に関わる、大きな試練が始まろうとしていた__。
2月12日。
この日が、魔法学校受験の日である。
その前日__。
「よし、この分野は満点だ」
「これで万全だよね?」
亮夜は、夜美に勉強を教えていた。
中学校では、魔法分野は選択でとることも出来るが、夜美は敢えて取らなかった上、魔法塾にも通っていなかった。
要するに独学であるのだが、一般人と、土台の格が違った。
本人は否定すると思われるが、「司闇」という恵まれた血筋、その場と下界で得た、多種多様な知識と技術。この二つを得ていた彼女にとって、スタートラインにおいて極めて有利な立ち位置であった。
「うん。いつものようにやれば、実技は楽勝だ。筆記も、ここまで十分に身につけただろう?夜美ならやれるさ」
「後は事前の準備を・・・」
「それで万全だ。僕がいる、いないは関係ない。いつも通りにやれば勝てる」
そう言って、亮夜と夜美は立ち上がった。
その後、夜美は荷物のチェックを行い、亮夜は布団をめくり、二人はいつものように一緒に眠った。
次の日。
亮夜と夜美は久々に一緒に魔法学校に向かった。
最も、二人がついたのは相当早く、受付が始まる直前の8時であった。
「おうおう、10の癖に女連れとはな!」
「君には関係ないでしょう、礼二さん」
亮夜たちが最初に会ったのは、4組のクラス委員長、黄道礼二であった。
いつものように、格が劣っている亮夜を早速馬鹿にし始めたが、亮夜には構う気はなかった。
「早く行こう、夜美」
夜美を連れている今はなおさらであった。
「何あれ!お兄ちゃんに向かってなんて態度!!」
残念ながら、亮夜の気遣いは特に意味はなかったが。
「夜美」
しかし、亮夜の冷静な制止が、夜美が激するのを阻止する。
「今の相手は試験だ。そのことを勘違いするな」
「・・・」
「心配するな。万に一つ、そのようなことになるなら、試験は中止になる。君は目の前のことに全力を尽くせばいい」
「うん、そうだね」
仮に、夜美が亮夜を気遣わないといけない事態になるのなら、試験が中止になる程の騒動になると亮夜は教えた。
あからさまに言葉が足りていないにもかかわらず、夜美は正確に亮夜の言いたいことを理解した。
「ふん、ここはガキの遊び場じゃねえんだ!俺がお前たちを取り締まろうか!?」
「公私混同ですよ。さあ、もう行こう」
その一部始終を見ていた礼二は、さらに難癖を加えたが、亮夜たちは気にせずに先を急いだ。
校舎入口にいたのは、9組のクラス委員長の藤原美里香だった。
受付をする机に、夜美は書類を差し出し、受験用のバッジを受け取る。
その様子を少し離れた所で見ていた亮夜は、終わった夜美を再び先導した。__美里香には一切声をかけずに。
そのまま1階入り口の、2階まで使った巨大ホールの入り口まで夜美を案内した。
「次に僕が会うのは筆記試験が始まってからだ。分かっていると思うけど、それからは試験官の一人として対応させてもらう」
「分かっているよ。お兄ちゃんも頑張ってね」
「そちらこそ。ご武運を祈っているよ」
こうして、夜美と別れた亮夜は、少々時間を持て余すこととなった。
新入魔法試験は、各学年各組のクラス委員長と生徒会、そして先生の一部が臨時で参加することになっている。
持ち場をシフトも合わせて調整するシステムのため、人員は万全だ。
例えば、1組の次元楼次は、会ってこそいないが、外の見回り、2組の池和林也は、筆記試験の案内、3組の鏡月哀叉も同様、6組の本田愛華は校内の見回り、そして生徒会は実技試験の案内であった。
亮夜は、筆記試験の案内。
なお、教室自体は広い上、複数の教室を使うことになっているので、案内人は多数必要であった。
最も、夜美を送るのを優先したため、時間外に到着したことになったので、亮夜は時間まで校内を見回ることにした。
試験会場に着いた夜美は、ナンバーを確認して席に着いた。
今、彼女が成すべきことは、精神を落ち着けることだ。
亮夜から教わった試験の基本事項を確認しつつ、準備をしていく。
夜美の年代には、魔法六公爵の名を持つ人間はいない。だが、エレメンタルズらしき名を持つ者はいた。
名は嗣閃修子。
魔法界の上層からすれば、このように名のセンスが大きく異なる一族は、大体が魔法界に関わるエリートだと直感的に分かる。無論、一般のように見える名もあるにはあるが。
「嗣閃」は「佐光」の部下枠として、動いているということなので、トウキョウに住む人間なら、有名であり、無論、長女である修子の顔も知られている。
現時点では、その人物らしき人は確認出来なかったが、特にいてもそれほど気にしていなかっただろう。
再び心を落ち着けていると、隣に座った人物から声を掛けられる。
「あなた、どこかでお会いしたことはありましたっけ?」
声やオーラからでも分かるお嬢様らしき人物。
しかし、夜美の記憶には、その人物とは一致していなかった。そもそも年代も合っていないのだが。
要するに、初対面の人だ。
「いいえ。人違いだと思います」
「そうですか・・・。あなたは普通の人じゃなさそうだというですのに」
随分、身勝手な感じに進めてくれる、と夜美は思った。
「ああ、申し遅れました。私、令院堂棟寺月美玲子と申します。あなたは?」
「あたしは舞式夜美です。・・・」
言葉に詰まったのは、どう呼べばいいか分からなかったというより、彼女にどう接すればいいかが分からなかったからだ。
しかし、会話は途切れなかった。
「舞式と言いますと、あの舞式ですか?10組にして、恭人さんや生徒会長の宮正さんのお気に入りだというとか」
「う、うん(お兄ちゃん、いつの間にそういう立場になっていたんだ・・・)」
月美玲子こと玲子は、亮夜のことを知っていた。
そのため、夜美が亮夜の妹であると解釈したそうだ。
そのことは事実なのだが、どうにも夜美は素直に肯定する気にはならなかった。
「あなたはただ者じゃなさそうですわ。いざ、尋常に勝負ですわ!」
やっぱり、お嬢様の類は、ロクな人がいない。
完全に押されながら、夜美はそう思った。
時間が時間なので、夜美は一度席を外すことにして、少し落ち着けてから戻って来た。
席に近づくと、今度は予想していたかもしれない人物から声をかけられた。
「夜美ちゃん!同じ部屋だったんだ!」
トウキョウ二条中学校の親友、高橋真由が夜美の前に現れた。
「真由さん、あなたも受けに来たんだ」
「何言ってるの、魔法なんてもの、受けるに決まってるでしょ!というか、夜美ちゃんが受けることの方が驚いたよ!」
「ま、頑張って」
「ちょっと!」
しかし、夜美は突き放したかのような態度をとった。
中学でも、選択教育で魔法を学ぶことが出来る。そして、真由は魔法を選択して、夜美もそのことを知っていた。
夜美や親友の前では、ほとんど魔法を披露せず、逆に、夜美も魔法を使うところを目の前で見せなかった。ついでにいうと、夜美の兄、亮夜がトウキョウ魔法学校に進学したことも伏せていた。
席は離れているので、本心はともかく、面倒くさい絡みをされることはない。最も、隣にいるお嬢様は果てしなくうるさいのだが。
「分かっていらっしゃるのですね、夜美さん」
「どういう意味?」
「あんな弱っちい者とじゃれ合わず、孤高を貫くなんて。やっぱり、あの方たちと同じ匂いがしますわ」
「・・・」
色々気になる上、突っ込みたくなる内容だが、夜美は遮断することを選択した。
ここで下手に探っても、見返りがないに等しいと、彼女は判断したのだった。
試験開始時間少し前。
一人の先生と、三人の生徒が入り込んできた。
その中には、亮夜も混じっていた。
先生が試験ルールを説明して、一斉にスタートした。
亮夜が夜美に教えたテクニックを意識して、的確に書き込む。
分野が恐ろしく広い上、量も相当に多いのだが、それで取り乱す夜美ではなかった。
周囲の書く音にも、焦る雰囲気にも、強い緊張感にも、一度挟まれた仕切り直しにも、亮夜がいる感情の揺れにも、夜美は動じず、限りなく理想的なパフォーマンスを出して終えた。
ちなみに、亮夜たち監督者がいたのは、見張りのためであった。最も、カンニングといった事態はなかったので、結果的には無意味であった。
食事をとった後、いよいよ実技だ。
1つ目は、同程度の相手と1対1の真剣勝負だ。まず、事前に出された魔法成績から調整され、そこから勝敗に応じて、格の調整が行われるというものだ。なお、成績が公式にない場合は、最低ランクとして扱われる。
夜美は、実力は最高クラスであるのだが、公式の記録は存在しないので、最低ランクとして扱われる。
その結果__。
風魔法「トルネード」で一人目を吹き飛ばし__。
水魔法「アクア・バブル」で二人目を溺れさせ__。
闇魔法「グラビティ・プレス」で三人目を降参させて__。
あっという間に20連勝してしまった。
段階的に強くなる相手も、夜美の前では、ほぼ全員が瞬殺、耐えて秒殺という凄惨な結果となった。
この辺まで来ると、受験仲間どころか、生徒会や先生からも畏怖されていた。
最後に戦う相手は、夜美に次いで高い成績を出した、令院堂棟寺月美玲子だった。
「まさか夜美さん、あなたがここまで勝ち上がるとはね」
玲子の揺さぶりにも、夜美は動じない。
相手のことなど、特別なことがなければ、皆同じだ。
ただ、勝つ。
選択する魔法は、火魔法「フレイム・ウォール」。
試合開始と同時に、夜美が先制して放った。
強烈な炎の壁が、玲子を覆う。
水魔法で対抗するも、夜美の力を上回ることは出来なかった。
とどめに、光魔法によるただの閃光で目を眩ませた。
炎を解除して、玲子を取り押さえて、あっという間に勝敗は決した。
「そんなばかな・・・私の魔法が・・・」
「残念だけど、あたしには勝てないよ」
残酷すぎる程、圧倒的な力の差。
この勝負において、誰一人、夜美に敵うどころか、対抗できる者はいなかった。
夜美の最終結果はSランクという、最高の成績で実技を終えた。
2つ目の実技は、指定された基本的な魔法を的確に撃つというものであったが、やはり夜美にとっては、楽勝としか言いようがないものであった。
「・・・途中から見ていて、声が出ませんでしたよ」
一連の試験を全て終えて、生徒会室に戻った生徒会メンバーはこの結果にコメントを始めていた。
「・・・」
「・・・」
不自然なことに、宮正も恭人も、口を噤んでいた。
それは、その人物、舞式夜美の一応の素性を知っているからだった。
真の立場である、司闇の脱走者という素性は、お互いにとって隠す理はある。これが嘘だという可能性もあるが、二人には否定できる根拠もないし、それ以前に、それを信じていた。いずれにしても、そのことをそう解釈されれば、考えられる範囲でも憂鬱になる。
そのこともあって、ボロを出さないように、二人はなるべく無言を貫こうとした。
「会長や冷宮君でも知らない人なのですか?」
しかし、副会長の佐藤花子はそれを知らずに、堂々と尋ねた。
「いや、噂には聞いていた。舞式亮夜の血を分けし妹は、とてもよくできた魔法師だという噂をな!」
「ああ、目の前で見たのは初めてだが、私にも勝るとも劣らない・・・」
宮正も恭人も、初めて見たかのように、コメントをした。
「去年の冷宮君にも、3年前の雷侍さんにも匹敵して、その素性にも謎が多い・・・」
颯樹のこの発言には、佐紀や武則にも大きな興味を集めた。
「確か、普通の家だっけ?」
「記憶している限りでは。偶然の才能といったところでしょうか?」
「それなら、兄貴の方の成績がイマイチなのも納得がいくな」
「だからといって、「エレメンタルズ」に並ぶ程とは・・・」
話題が不穏な方に傾こうとしている。
そう鋭敏に感じ取った恭人は、この話を強引に打ち切ることにした。
「魔法師相手に無暗に素性を探るのはマナー的によろしくない。実力者であることは、将来的に歓迎すべきことだ」
「恭人の言う通りだ。我々が案じたところで、意味をなさない。それより、あの実力を役立ててもらう方が重要だ」
恭人の発言に合わせて、宮正も話の方向性を逸らさせるように話題を変えた。
「・・・と、つい会長風を吹かしすぎたな。来月には、この生徒会も終焉を迎えるというのに」
宮正の言う通り、生徒会の代替わりは、3月に行われる。他の学校が9月などということを考慮すると、極めて珍しいと言える。そろそろ引き継ぎを考えなくてはならない時期であった。
この発言も、宮正の狙ったものであったが、大した効果はあった。
「そうだったな。そういえば、嗣閃の長女はこの場に来なかったようだが」
「あいつは、私と宮正会長が知るエレメンタルズの中でも、屈指の問題児と聞いていたが、本当に来ないとは思わなかったな」
武則もそれに従い、恭人もそれに続く。
「「冷宮」のお前が言うのか?」
「私は私だ。修子は受験者で暫定2位の月美玲子よりも我儘だからな」
宮正の鋭いツッコミにも動じず、恭人は自分の知る知識を開示した。
「フリー・ライトニング」の異名までついている嗣閃修子を良く知る人物からは、凄い我儘なことで有名だ。
それでいて、エレメンタルズ屈指の金持ちである上、実力も例に漏れず、最強格であるがため、非常に質が悪い。
今回の高校試験も、何かと理由をつけてさぼった後、合格にしてもらうというのが、宮正と恭人には容易に想像ができた。
そして、そんな怠け者を通り越して、ダメ人間に片足突っ込んでいる後輩を考えて、二人はため息を吐きそうになった。
「・・・来年も、大変そうですね」
二人のエレメンタルズに散々振り回されてきた花子は、本気で溜息を吐いていた。
それ以降は、細々とした話が続いたが、舞式夜美と舞式亮夜の素性を探る話題は出てこなかった。




