15 魔法解放の序章 後編
「これらを手に入れられたのは本当に幸運だった」
「それに、お兄ちゃんの知恵があったからだよ!」
「そうだね。でも、どんなに優れた能力を持ったって、心が成っていなきゃ、宝の持ち腐れだ」
「うん・・・あの人たちとあたしたちは違う」
「その道を確信できたのは、夜美の」
「お兄ちゃんの」
「「おかげだよ」」
亮夜が中学生になる少し前、珍しく亮夜と夜美は普通に散歩していた。
あちこちに手を出している関係上、まともな休息は限られている。
近所の仕事、会社への顔出しを始め、個人的にも、食料の買い出し、修行など、毎日のように用事が入っているので、こうして二人でのんびり出来るのは2週間に1回あるかどうか程度だった。
しかし、その呑気な散歩は、「熱」を感じたことにより中断された。
二人は同時に顔を見合わせる。
「行こう!」
「うん!」
二人はその地に向かって駆け出した。
その現場は、火災が発生しているマンション。
一人の女性が激しく叫んでいて、複数人で取り押さえられている。どうやら、無謀な突撃を止めているようだ。
そして、その人にとって、大切な人が、このマンションの中にいるということだ。
少しの時間、亮夜と夜美はアイコンタクトをとる。
(・・・行けるか?夜美)
(分かった。消火するよ)
(夜美は急ぐんだ。僕は話を聞いてから向かう)
(うん!)
わずかな時間で言葉を交わし合い、夜美は燃えているマンションに突撃した。
「あの、一体何があったのですか?」
それなりの人生経験を積んだとはいえ、火災を目の前にして比較的冷静でいる亮夜の態度に違和感を持った人物も多数いた__知り合いと思われる女の子が突撃した事も含めて、冷静でいろと言う方が難しいと思われる__が、そんなことを気にせずに、取り押さえられていた女性は声を掛けてくれた。
「あそこに私の子が!!」
「どんな人ですか?」
「あんたの連れとおんなじくらいの女の子よ!!7階にいるはずなのよ!!」
「ありがとうございます」
そう言った直後、亮夜はマンションに駆け出した。野次馬たちが止めようとしたり、「待て!」と言った声が飛んだりもしたが、亮夜は無視して突入した。
この時点で、1階は消火されている。
いくら急がせる必要があるとはいえ、夜美を先に行かせたのは失策だったと亮夜は思った。実際には、夜美と同時に突撃すれば、止める声を振り払うのに手間がかかるので、結果的にはどっちでもよかったのだが。
幸い、夜美とは2階で合流できた。
「お兄ちゃん!」
「夜美、まずは7階へ向かうぞ!消火作業は道を開く分で十分だ!」
「了解!」
湿度の高い霧を発生させて広範囲を包むという、実戦では別の魔法の起点にするなど、まともに使うのが難しい水魔法「ミスト・ウエットル」で消火していたが、水魔法「ウォーター・ライン」__魔法で発生させた水鉄砲__を発動させて、消火に切り替えた。
同時に、風魔法「ウインド・ブレッド」を通路の中心にめがけて発射して、安全な道を確保する。
天井の炎に対応しきれなかったので、亮夜が無理にフォローに回るといった事態もあったが、何とか7階にまで到達した。
連続で風魔法と水魔法を連発した上で、階段を駆け上がったにも関わらず、夜美は息を吐きながらも、体力が切れている様子は見られない。一方の亮夜は、魔法の行使により、夜美より荒く息を吐いている。それでも、夜美と同じく、へたれる様子は見られなかった。
「お兄ちゃん、あっち!」
夜美が指したのは、左側。
亮夜の直感も、左を指していた。
それが偶然なのかは、今の二人には分からない。
だが__。
「よし、消火優先で足場を広げる!」
亮夜がそう指示すると、夜美は再び「ミスト・ウエットル」を発動した。
今回は、全体以外にも、一部分を重視して発動したため、その部分だけは火が収まるのが早くなる。
その空間に亮夜が飛び込んで目と直感を駆使する。
亮夜も夜美も口にしていないが、この炎は偶発的な事故ではない。
魔法の力によって発動して、火災と化した、れっきとした放火なのだ。
そのせいで、魔法能力による感知が難しくなっている。
魔法の力が少ないとはいえ、火災全てが、魔法として認識されているからである。
二人は気づいていないが、既に炎魔法は発動していない。
だが、魔法によって起きた現象は、現実に残る。
水をかければ、濡れるという結果が発生し、雷をぶつければ、しびれるという結果が残る。
しかし、今回のケースは少し異なり、魔法の火が炎となったことで、魔法の定義そのものが変化を起こし、魔法のキャンセルが効かない。
実際には、火に限っては消せるが、変化した炎は、魔法によって発生させられた炎なので、魔法の力からは逸脱しているからだ。
聴覚と視覚を駆使して、部屋を調べていると、火に囲まれている女の子を見つけた。夜美と同程度の身長と、もらった情報と一致している。
「夜美、急げ!」
「うん!はぁあ!!」
亮夜の呼びかけに合わせて、夜美が霧の発生地をその場に向けて、高速で消火にあたる。
その間に、亮夜はその女の子の元に飛び込んだ。
「大丈夫か!」
「う、うん!」
幸い、体温が高くなっているだけで、煙を吸って酸欠を起こしたりしていることはなかった。
「この辺りを消火してくれ!」
「任せて!!」
安全を確保するために、夜美に消火を指示した。
ひとまず、安全は確保した。次は、このまま消火しきるか、先にこの女の子を戻す方が先か__と亮夜たちが考えていると、階段の下から炎が迫って来た。
発生源は、ここより下だと亮夜は考えながらも、事態の解決に頭を巡らす。
さすがにこの密度だと、消火するには時間がかかる。いや、消すだけならば大した手間ではないのだが、それを実行すれば、このマンションどころではない二次災害を及ぼす危険がある。時間をかければ、思わぬリスクが発生する恐れもあるので、早い内に脱出したい所だ。
だからといって、この辺の窓から脱出するのも、3人同時では困難だ。そもそも、出口の小ささを考慮すれば、どう考えても現実的ではない。
そう、大きい出口ならば__。
「・・・上だ!」
「えっ!?」
女性陣二人が驚く中、亮夜は気にせずに自分のアイデアを続ける。
「このまま屋上まで移動する。そこから夜美の魔法で浮遊して降りる。上なら火は少ないから消火しながらでも行ける。後は空を飛ぶだけだが・・・やれるな?」
「・・・任せて!」
亮夜の作戦を理解した夜美は、上への道を切り開くべく、魔法を発動して前進を始めた。
亮夜は、女の子を背負って、夜美の後を続く。
そして、10階の屋上__。
幸い、炎は一部分が燃えている程度に留まっていた。そして、入口の方から脱出できるのは、中々幸運に恵まれていた。
亮夜は女の子を背負ったまま、夜美に片手で抱き寄せる。
夜美も片手で亮夜を抱き寄せたまま、亮夜たちごと魔法で包んだ。
使用したのは、浮遊魔法。
魔法の力が、夜美たちを包み、重力を軽減する。
マンションの屋上に現れた3人を見た時、母親らしき人物は、悲鳴をあげた。
そして、3人が飛び降りた時、その人物は思わず目を背けた。
予期した最悪の事態に。
だが、そうはならなかった。
予期したものと違う声が聞こえて、彼女は目を向けた。
3人は、天使の如く、空からゆっくり降りてきた。
そして、華麗に着地した。
真っ先に駆け寄ったのは、言うまでもないが、その女性だった。
「ああ、洋子!無事だったのね!」
「お母さん!!お兄ちゃんたちがね、すごいことして助けてくれたんだよ!!」
「そうか、ありがとう__」
母親は、そう礼を述べようとしたが、亮夜と夜美はマンションに意識を集中していた。
「さすがにこうなると、少しずつやってはきりがないな・・・」
「どうする?」
「皆さん、少々荒っぽくなりますが、鎮火させます。よろしいですか?」
「それは、どういう意味だ?」
「大きめの建物の中などに急いで避難してくださいということです。これの一部に損害を与えることになると思いますがいいですか?」
「分かった、任せた!」
亮夜と夜美、そして男たちが話し合って、そう纏まった。
残っているのは亮夜と夜美。
残りは、近くの建物などに避難を急いでいた。
「夜美、とびっきりの水魔法で消火するんだ」
「分かった」
水の力を、周囲に集める。
それを、マンションの周囲に纏めながらもばら撒く。特に、建物の中に集中して集めて、内側と外側に水の力を纏めた。
変化は、水。
量を変化させ、質量を減らすことで巨大化。
後は発動させれば、巨大な水がマンションを襲う。
全方位から一気に発生させる水の塊は、火を消し飛ばすだろう。
そして、夜美は水を実体化させた。
マンションから、洪水のごとく、凄まじい水が溢れ出る。
その勢いは、窓にまで迫るものの、壊れることはなかった。
制御範囲を、マンション内部に集中させたそれは、水族館の如く、たっぷりと充満した。
その状況を一分程続けた後、空いている部屋から、水を流し出した。
火は完全に鎮火した。
しかし、亮夜も夜美も気を抜いていなかった。
この火災が魔法によって引き起こされたことは分かっていた。
犯人がこのそばにいるかもしれないのに、気を抜くことは出来なかった。
幸い、二人が鋭敏にしていた意識は、すぐにその悪意を捉えた。
ナイフを持って突っ込んでくる黒服の男。
だが、その気配などからして、素人であることは、すぐに分かった。
亮夜が夜美を庇うかのように前に出る。それと同時に、手ぶりで下がるように指示する。
わざと驚いたような演技をして、亮夜は相手を冷徹に見つめる。
後数センチ、手を伸ばしてもナイフが届かない一歩手前まで近づいたのを見て、亮夜は動いた。
バックステップでナイフを躱して、即座にステップで距離を詰める。
ナイフの一撃を躱され、男に動揺が走る。
その勢いのまま、亮夜の正拳が、男の腹部をえぐった。
同時に、左手で、男の右手を押さえて、ナイフを動かされるのを封じた。
右手の動きが利かない状況で、腹部に強烈な一撃。
さらに、その勢いで押されて、男は倒れた。
倒した後、亮夜は足で身体を押さえて、激痛を与えている隙に、ナイフを取り上げる。
この状況を見て、ようやく周囲の人物は動き出した。
亮夜が取り押さえるだけに留めたのは、周囲へのアリバイ工作のためだった。もし、夜美と二人だけだったら、殺しはせずとも、骨を折るくらいの制裁を下すつもりだった。
呼び出してきた警察に、亮夜を含めて事情聴取することで、男はあっさり逮捕された。
「これで、終わりましたね」
「さっすが、お兄ちゃん!かっこよかった!」
「こら、夜美。この人たちにちゃんと報告しないと」
一仕事を終えたノリで、亮夜と夜美は一声掛け合ったが、この一連の事態を傍観していた人たちは、亮夜たちの活躍に呆気にとられていた。
ただ一人、尊敬するような眼差しを向けるのは、助けた女の子だった。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんもすごかった!」
「君が無事でよかったよ」
「ありがとう!!」
坂上洋子は純粋に亮夜と夜美を誉めている。その純粋さが、亮夜と夜美には心地よかった。
「あれが魔法なんだね!」
魔法が大衆的に認知されているのは、亮夜も夜美も知っていたので、特に驚くこともなく、話が途切れることもなかった。
「君は魔法を知っているんだね」
それにも関わらず、亮夜は律儀にそのことを返した。
「うん、あんなすごいことが出来るなんて!あたしも魔法師になりたい!」
「なりたい、か・・・」
亮夜は話の途中にも関わらず、思考に沈む。
亮夜が魔法師とされたのは、自分の意向ではなかった。
才能があったから、そうなっただけだった。
だが、今はロクに魔法が使えない。
それは、過酷な試練の果てになってしまった呪いだった。
「・・・」
「お兄ちゃん?」
「あ、ごめんね。お兄ちゃんは、昔は魔法師だったけど・・・」
亮夜が無言になったのを見て、夜美が会話に入る。
「・・・そう、使えなくなったんだ。ごめんね、余計なことを」
「違うよ」
洋子の謝罪を止めるかのように、亮夜は再び口を開いた。
「今の君たちのおかげで、僕の目標は決まった」
先ほどまでの迷いのある、暗い表情とは真逆の、きりりとした、真剣な表情は、洋子も、夜美も注目せずにはいられなかった。
「僕はもう一度、魔法師になる」
「えっ・・・?」
夜美の驚きも無視して、亮夜は自分の想いを続ける。
「一度魔法を失って、僕はどうすべきかずっと迷っていた」
「でも、今の君を見て思った」
「魔法は戦うためのものじゃないと、はっきりと思えた」
「僕、いや、夜美の魔法は、君を笑顔にすることが出来た」
「そのことは、これが初めてだった」
「初めて、誰かを救うことが出来た」
「今までは戦うためにしか、使われている所を見たことがなかったからね」
何を念頭に思っているのか、夜美には手にとるように分かる。
彼女は、神妙な顔のまま、亮夜の演説を聞いていた。
「誰かを傷つけるのではなく、誰かのために役立てる魔法」
「僕たちは魔法をそう使いたい」
「もちろん、僕がそう簡単に魔法を使えるようになるとは思わない」
「でも、希望は持ったっていい」
「君が助かるのを願ったように」
「魔法で希望を作り出す」
「それで生まれる夢は、とても素敵だと僕は思う」
「魔法で救われる人がいるなら、この険しい道の一つや二つ、歩いてみせる」
それが、今の亮夜の使命的な行動原理の一つとなった。
この話を聞いていた二人は、神々しいものを見ているような顔をしていた。
「・・・分かった。だったら、あたしはお兄ちゃんの夢を叶えるお手伝いをするよ!」
「すごい!きっと、想像のつかないことが一杯ありそうだね!!」
「うん。魔法は希望を生むためにある。僕はそう信じる!」
「!!」
このような形で、亮夜たちは話を進めていた。
「ねえ、そういえば、あなたたちのお名前は?」
名乗り忘れていた。
だからといって、それをグダグダ悩む二人ではない。
「僕の名は舞式亮夜。そして、こっちが妹の舞式夜美。いずれ、魔法界に」
「変革をもたらす名前だ」
亮夜はそう宣言した。
魔法の宿命から解放し、変革をもたらす。
戦いではなく、平和のために、魔法を使えるようにする。
それが、今の亮夜の目的である。




