13 小学校生活
「ありがとう、夜美。何度言っても、感謝し足りないよ」
「こちらこそ。本当に生きててくれてよかったよ」
「そろそろ終わりにする?もう何時間話しているか・・・」
「このまま小学校の思い出も続けよ!最初は・・・」
亮夜が本当の意味で復活した後、亮夜と夜美は本格的に行動を開始した。
まずは、この地域においての知識を得ることである。
家に置いてあったマニュアルと、近場にあった図書館を駆使して、たくさんの必要な知識を身につけていった。
一方で、その後始末を忘れて、役所に行って、戸籍を作ったり(家を建てた時に夜美が用意させたのを修正させたものだ)、住宅代などを支払ったりして、大変なことにもなったが。
魔法に関する知識を探していたある日、亮夜と夜美は図書館の館長に呼び出された。
「君たち、学校はどうしたかね?」
「学校?」
当然だが、亮夜も夜美も学校に通っていない。その本はまだ読んでいなかった。
「なんだ、知らないのかね?学校というのは__」
__要するに、亮夜たちの年代の子供が、義務教育という形で、教養を身につけるということらしい。
この話を聞いた亮夜は、重要なことだと認識した。
一応、今の目的は司闇から身を隠すことだ。
小学生に当たる人物が小学校に行っていないとなれば、この男からの話の限りでは、目立つのは必然だ。
そういうわけで、次の目的は小学校に通うということだった。
館長からの案内で、亮夜たちは小学校の校長と向き合っていた。
「君たちを、この小学校に入れるということか」
「しかし校長、亮夜くんと夜美さんに関する個人情報はありません。そのような子供を生徒に迎えるのは決してよくないことかと__」
「校長」
補助についていた教頭が、不穏な話題を口にし始めたのを見て、亮夜が口を挟む。__ちなみに、亮夜たちの戸籍では、亮夜と夜美を除いて、親族関係が一切記載されていない。
「ニッポンでは、一部の子供たちが義務教育を受けることが難しいという問題が発生しています。その子供たちは、親からの虐待、強制的な労働といった、一部の愚かな権力者たちのせいで、学校に行くことが出来ません。それに対して、身分が分からないといういい加減な理由で入学を拒否させるというのですか?」
明らかに上の権力を恐れていない態度。敬わっているように見えて、挑発的な発言。
この発言には、亮夜を除いた全員が絶句した。
ちなみに、亮夜の発言は、全て図書館で得た知識だ。ニッポンの教育問題といった本の知識から亮夜が解釈したものだった。
「・・・改めて、こちらで資料を請求しておこう」
反論が出来なかった校長たちは、結局はこう返すことしか出来なかった。
その後、二人のデータに関する疑惑に対して何度も説得を重ねたことに加えて、教育が不足していると判断された二人に、入学試験という名目で大量の宿題を押し付けられ、二人が小学校に入ったのは、1月になってからだった。
__この間、亮夜の誕生日や、魔法に関する問題、その他些細なこと多数もあったが、それはまた別の話である。
トウキョウ南都小学校。
亮夜は4年生、夜美は3年生として転校してきた__という設定で入学することになった。
4年2組の担任、宇和先生に呼ばれて、亮夜は教室内に入った。
その亮夜は、始めて来る人特有の初々しさなどがなく、自信や傲慢さが見えてくるような態度であった。見た目でいっても、身長は低めであるが、髪は長め、目は暗い、目つきもいいと言えないと、傍から見れば怖い印象だった。また、校長を言い負かしたという噂も、恐れを生む要因であった。
最も、亮夜本人としては、傲慢であったつもりはない。ただ、信用をあまりしていないという点と、ただの通過点としか理解していないから、(子供的な)重要性などが分かっていないだけなのだ。
転校生に対する質問を返して、その度に驚かれるが__具体的には、好きなアニメは、見ていないと返し、好きなゲームは、も同様、将来の夢は、一日でも普通の暮らしを長く続けたいという(子供からみて)意味不明な回答、校長を馬鹿にしたことは本当には、問題点を言っただけなどと__、なんだかんだあって受け入れられることとなった。
亮夜は小学生としては異常な聡明さを見せた。いや、聡明というよりは、IQに優れているという意味で賢いというべきかもしれない。
しかし、普段の授業においては、世間的なズレもあってか、違うベクトルで授業態度が問題といった点もあった。
また、仲間意識が非常に弱く、誰にも近づこうとせず、必要のある点でしか、協力しようとしないといった態度も仲間からは問題視された。
一方の夜美はというと、あっという間に仲間たちになじんでいた。
少し世間ズレしているものの、本質的には明るい一面、会話もしやすい、全体的な成績はどれも優秀と、転校生、しかも、実は3年弱学校をさぼっていた(無論、さぼっていたとは違うが)にも関わらず、ほぼ全ての面で理想的な成績を出した彼女は、学年屈指の優等生であった。
ある日、亮夜たち兄妹はいつものように図書館にいた。
「どうしたんだい、夜美。すごく疲れているような顔をして?」
場所が場所なので、小声で会話だ。
ちなみに、二人が読んでいるのは、科目勉強に役に立つ本だ。
「友達が遊ぼうと言ってくるから、断るのが大変で・・・」
「そうか・・・夜美には本当にたくさんの友達がいるのか・・・」
その亮夜の表情は、喜んでいるのか、憐れんでいるのか、評価をつけにくいところだった。いや、混ざっていると言うべきか。
「そういうお兄ちゃんは、浮いているって聞いたよ?」
「・・・子供の接し方なんて、本を読んでも分からない。それに、先生はアレだから好きになれない。おかしいはずなのに、何がおかしいか分からないな・・・」
それに対して、亮夜の諦めきった態度には、夜美はどう声をかければいいか分からなかった。
夜美が亮夜の再教育で苦労したのは、他人に対する信頼であった。
亮夜が目覚めた時には気づいていなかったが、夜美とそれ以外の人物とで、明らかに態度が違うというのがすぐに分かった。
妹である夜美に対しては、無条件で信頼どころか、依存の域を感じる一方で、他人相手には、本心を探らせないような態度が目立った。
特に女性に対しては、半ば恐怖症といえるレベルで嫌っており、矯正するのにかなり苦労した記憶がある。一応、普通に接することが出来る__あくまで、男性と比較してであり、本心から信頼していない態度はそのままであった__が、女性らしさを強調させるようなスタイルを持つ相手だと、生理的嫌悪を起こしてしまうのは、結局治せなかった。
以前、学校でエッチな本が流行った時、うっかり亮夜が見せられてしまった時に、気絶して大惨事をおこしたことは、一歩間違えれば夜美にまでトラウマが飛び火した程のこともあって、記憶に鮮明に刻まれていた。その後、夜美に自分を浄化してもらうかの如く、激しく密着した程嫌がっていたこともあって、見せた上級生に喧嘩を売ろうとして亮夜に咎められるということもあった。__それ以外にも、二次発生した事件もあったが、夜美が最も気にしたのは、気絶させる程のショックを起こしたことだった。
1割くらいは自分のせいだ(残り9割は奴らのせいだと思っていた)と自覚していた夜美は、頭を抱えたくなったが、今は亮夜と話す方が先だ。
「そういうことはあまり気にせずに、自分らしくしていればいいと思うよ。今は、お兄ちゃんとお話ししたいから、ここにいるだけだからね。友達とかそういうのに悩まずに、素直に接すればいいんだよ」
「そうか。ありがとう、夜美」
これは、夜美の考え方だ。
彼女にとって、亮夜が最優先。
その他は、周りに気にせずに思った通りに接する。
友達などのレッテルに気にせず、好きなように接する。
この分かりやすさは、亮夜の迷いを払拭することとなった。
表面的なことを気にせずに、ただ、本心から接する。
最も、この言葉の意味を知ることは、まだ先の話であった。
このやりとりから伺えるが、夜美は転校直後から相当な人気を博していた。
名前で馬鹿にされることもあったが、彼女はまるで気にしなかった。やがて、夜美が授業で優秀な一面を見せていくと、次々と取り巻きが出来た。
自分のことを慕って、人が集まってくるのは、亮夜と違って苦手ではない。
しかし、休み時間や登下校の時間では、ほぼ毎回のように亮夜と一緒にいる。この時は、二人きりでリフレッシュしたいという気持ちがあった。勿論、亮夜も似たような気持ちであった。
それぞれが別ベクトルで優秀でありながら、自由時間の大半は、二人でいることが多いというのは、あっという間に有名になった。
当初は、亮夜のことも考えずに夜美と一緒にいたがる男子たちも多かった。__一方、女子たちは、亮夜を気遣ったのか、夜美を気遣ったのか、あるいは両方を気遣ったのか、二人が揃っている時は遠慮しているのが大半であった。
しかし、二人からすれば、至福の一時を邪魔されたも同然だ。これを不愉快だと思ったのは言うまでもない。
亮夜が睨み、夜美が亮夜しか相手していない態度を全開、そして、お互いにしか見せない格別な笑顔などもあって、次第に、二人きりの時に寄り付く頻度は減った。
やがて、一部からの評価も、ブラコン、シスコンなどと馬鹿にされる声も少なくなかったが、二人は運命共同体の特別な兄妹。そのようなレッテル程度で、絆が揺らぐことはあり得なかった。
時は流れ、4月__。
クラス替えされた上、新たな転校生がやって来た。
「皆様、ご機嫌麗しゅう。私、藤井舞香と申します」
後の愛姫ステラとなる、藤井舞香が転校してきた。
ふんわりとした髪型。
整った顔立ち。
すらっとした体型。
「かわいい」「きれい」といえる要素がふんだんに詰め込まれていた彼女は、一目見た者を容易に魅了する。特に子供にとって、その要素が合うポイントが多く、ほぼ全員が舞香の虜にされた。__誰一人気づいていなかったが、エッチな本の暴露事件の余波が、舞香に魅了されたことにより、完全に鎮圧されていた。
しかし、亮夜だけは違った。
確かに、「きれい」などと言える。
だが、心はなびかない。
それは、彼のトラウマから形成された、信用することの恐怖から心は硬直されていた。
それと同時に、女性らしさが強調されていない姿に、少しだけほっとしていた。
しばらくして、舞香に魅了される子供たちはどんどん増加した。違う組はもちろんのこと、違う学年の人たちも、次々と舞香の魅了に支配された。
しかし、違う瞳、それも同じクラスから出てくる違いは、舞香からすれば、容易に感じられることであった。
「あの・・・亮夜さん」
ある日、いつものように授業の用意をしていた亮夜の前に、舞香が現れた。
クラスの全員がファンとなっていた現在、亮夜個人に声をかける様子を見て、多くの男たちの視線が強くなったのを二人とも感じたが、亮夜はそれで怯まない程には豪胆であり、舞香は自分を好きになっている証と受け取っていた。
「どうしたんだい?」
亮夜は、普通に接しているように、声をかけた。特別なことは考えずに、自然に優しくする程度に、人付き合いを試みようとしている。
「どうして、私のこと、気にしてくださいませんの?」
一人だけ、称賛に値する感情を向けていない亮夜に、ストレートに声をかける。
「同じクラスメート以上の、特別な関係はないと思うけど?」
亮夜は当然のようにそう返した。周りの男性たちがやたらとむかむかした態度を見せているのを感じたが、二人とも無視して会話を続ける。
「ほ、ほら、あなたはほんの数か月前に転校したでしょう?私と同じく、転校生同士でしょう?」
反応が薄いことに、舞香は内心焦りを覚えていたが、引きずりだそうとアプローチを仕掛ける。
改めて言われて、周りの怒りがさらに強まるのを感じたが、やはり無視していた。
「そうだね」
それでも、亮夜は普通に返した。
その反応に、舞香は言葉が詰まる。
「おい亮夜、いい加減にしろ!」
亮夜のそっけない態度__周囲はそう思っていただけで、亮夜は普通に接していた__にとうとうキレたのは、5年3組のガキ大将、飯嶋剛士だ。
「お前、舞香ちゃんがあんなに頑張って話そうとしているのに、その態度はないだろ!」
「・・・悪かった?」
「そうだ、殴らせろ!」
剛士の拳が、亮夜の頬を狙う。
しかし、亮夜は正面から拳を掴んで止めた。
裏で夜美とともに、トレーニングに励んでいたことと、司闇で鍛えた能力を一部取り戻した彼にとって、ただの小学生の喧嘩など、遊び当然であった。
「ふざけるな!」
別の男、和藤大平が割って殴ろうとする。
亮夜は身体をスライドさせてよけた。
さらに、止めていた左腕をずらして、立ち上がる。
後ろから来た野次馬を腕で止めて、いつの間にか団体になっていた男たちに向き合う。
「前から思ってたけどよ、お前は生意気なんだよ!」
「そろそろ授業が始まるから、戻ってほしい」
野次を無視して、亮夜は自分の頼みを言う。
無論、それが聞き受けられるはずがなく、男たちは亮夜に襲い掛かった__。
結局、授業が始まっても、喧嘩は終わらず、亮夜と剛士など、数人が先生から説教を受けた。
亮夜の意見より、剛士たちの意見が尊重された結果、一時は亮夜の方が問題視されたが、亮夜が喧嘩両成敗、教育の問題、その他もろもろを混ぜ合わせた反論により、あっという間に逆転した。
「相変わらず、あんたの言っていることは小学生とは思えないわ」
「宇和先生、早く帰してください。ここにいるとすごく不愉快ですが」
「こういう機会じゃないと、あんたとは中々話せないもの」
隠しもせず、亮夜はため息を吐いた。
いくつかの事情徴収を改めて受けて、素性調査みたいなことをやらされたが、結局はそれほど問題視されなかったようだ。
ちなみに、亮夜は一つ気になったので、質問してみることにした。
担任は変えないのか、という質問に対して、監視のため、と堂々と返された。
やはり大人はただ者ではない、と亮夜は思った。
それから、舞香はおかしくなった。
当時の亮夜は全く気付いてなかったが、舞香は亮夜に普通の反応をされて、強くプライドを傷つけられた。このことが、舞香の魂に火をつけ、亮夜に執着し始めた。仕返しと言わんばかりに、亮夜に自分のことを好きにさせようと、企て始めたのだった。
亮夜の掃除を代役で引き受けたり、体育のペア課題で自分と組ませたり、給食をわざわざ亮夜の隣で食べたり、亮夜の日常的に一緒になろうとしたが、やはり亮夜にはいつもの反応を返された。
さらにエスカレートして、マッチポンプなことで自分を感謝させようとしたり、帰り道にまで一緒になったり、夜美のことを誉めまくったり、お弁当を用意したりと、最早ストーカーといえるレベルにまで悪化した。
遂には、実家の資金すら利用し始め、さらに熱が入った彼女は、大量の豪華なプレゼントをおくりこむといったことや、逆セクハラまがいなことまで実行と、アイドル扱いされている現在からは到底想像のつかないことをやっていた。
デートに強引に呼び出した上に、亮夜を断るのが難しすぎる状況に追い込んで、自発的に参加させるという作戦に至っては、亮夜を本気で悩ませた。
なぜなら、その余波で夜美を激怒させたからである。どれだけ困らせたかというと、家につくまでの6時間程、亮夜は夜美にどう謝ろうかと考えていたくらいであった。
あんなことを言われたのは初めてだし、心に穴が空いたような気がした。
ずっと、どうしようかと考えても、答えは出てこなかった。
それでもいつものように接しにくい態度でいられたのは、使命の強さか。それとも、トラウマへの恐怖か。
今の、いや、亮夜という人間自体が、夜美への想いで出来ている部分がある。
もし、夜美に嫌われでもしたら、生きる意味を失うと同じようなものであった。
この時はまだ、自我が弱かったので、虚無感が激しく襲った程度で済んでいたが。
いずれにしても、夜美と仲直りしたいと思ったのは言うまでもない。
結局その日は、亮夜が夜美の言う事を何でも聞くということで許された。もう一食、胃袋にとってかなりハードな量を食べて、一緒にお風呂に入って、マッサージ、勉強を教える、そして、いつもはしないような深いことまでした。ちなみに、亮夜は土下座をしていたが、特に効果はなかったようだった。
さすがに亮夜も精神的にすごく疲れたが、夜美の笑顔を取り戻せたと考えれば、プライスレスであった。
その後も、舞香の亮夜への過剰すぎる愛情表現は続いた。
当初は、健気で真面目な人と、舞香のことを認識していたが、度が過ぎた行為をやり始めたのを見て、完全に呆れていた。しかし、突き放してはいながらも、面と向かって拒絶を言い渡さない程度には、亮夜も成長していた。散々、色々やってはいるが、結果的には自分と夜美への危害がほぼないに等しかったというのも、理由の一つだった。
亮夜への変態まがいな行為を働く舞香を見て、徐々に舞香の支配する威光が薄れていった。やがて、普通の美少女に収まり、このことが後の復讐劇につながるのだが、それはまた別の話である。
そういうこともあって、学校内では混沌とした事件が次々と起こった。しかし、いずれも亮夜と夜美は無関係と言わんばかりに、巻き込まれたとしても、平常を貫いていた。
この程度、司闇で起きた試練に比べれば、ハエ一匹程度の問題だ。無論、むざむざと引っかかるような真似はしなかったが、彼らが危機とするには、軽すぎるのであった。
一方で、宿泊学習には二人とも欠席した。亮夜が眠る時に起こすフラッシュバック現象を解決するためには、夜美がいることは必要不可欠であるということが、既に分かっていたからだった。亮夜の安全を確保することと、宿泊学習、どちらが重要かというのは、二人にとって聞くまでもなかった。__なお、欠席理由は、家の用事ということで誤魔化した。
2年も過ごしていれば、亮夜も夜美も一般的な常識は十分に身に着く。入学直後は奇抜的な行動が(特に亮夜に)多かったが、今では個性で片づけられる程度の変わった行動に留まっている。
様々な成果を身につけて、二人は小学校を卒業した。
最も、年の都合上、夜美は1年遅れで卒業することになり、そのことをどう解決(説得と言うべきかもしれない)すればいいかは、亮夜の頭を悩ませることとなったが、今思えば、それもまた、ちょっとした思い出にはなっていた。




