12 restart of dance formula ~二度目の始まり~
「・・・うっ・・・うっ・・・」
「ありがとう、夜美。君の想いが消えかかっていた僕の想いを呼び覚ましてくれた。本当に感謝している」
「ゔん・・・!全てが・・・報われた気がした・・・!」
「最も僕は・・・いや、夜美がいるというのに、それ以上の幸せを求めるのは贅沢か」
「・・・そうだよね。大変だったけど、ちょっとだけ面白かったからね、あの時は」
ついに、報われた時が来た。
夜美の兄、亮夜は夜美の強い想いに応えて蘇った。
「お兄ちゃん・・・!よかった、生き返って・・・!!」
夜美の主観であるが、亮夜は本当に死んでいたと思っていた。少し前に生きていることを確信しても、認識はともかく、心は割り切れていなかったのだ。
こうして兄が生き返って、夜美の目からはうれし涙が止まらなかった。
すると、夜美の頭を、優しい感触が襲ってきた。
少しだけ思考に頭を回せば分かった。
亮夜が、自分の頭を撫でてくれた。
そのことに気づいた夜美が泣きながら微笑むと、亮夜はやや歪んでいながらも笑顔を見せてくれた。
「良かった・・・」
夜美がそう呟くと、どっと全身から疲労と痛みが襲ってきた。
亮夜の精神を探るのに大量消費した魔力のツケがここで纏めて返されてきたのだ。
亮夜が目覚めたという喜びで全てを忘れていた夜美はそのまま気を失ったかのように眠った。
夜美が目覚めたのは、まだ暗がりの時。時計で言うなら、4時になったころだった。
意識を覚醒させていくと、自分の身体の上に、何かが乗っかっている感触を感じる。そして、なぜか横を向いている。頬に奇妙な感触を覚える。
やがて、亮夜が目覚めたことを思い出した。
そして、そのまま眠ってしまったのだ。
その記憶を思い出すにつれて、夜美はどんどん顔を赤くしていくのを自覚していたが、パニックを起こす程の気力は幸い(?)なかった。
その一方、下半身に奇妙な違和感を覚えた。
亮夜を慎重にどかして、その下を見ると__。
魔法で消して誤魔化すことにした。
いくら何でも情けないと思いながら、亮夜を布団に寝かしつけたまま、夜美は浴室に向かった。
事前に着替えをとっておいて(カーテンがまだないので、夜とはいえ外から丸見えである為)、シャワーを浴びる。本当はこのまま湯船につかりたいのだが、どうにも亮夜が目覚めてからでないとする気が起きなかった。なお、シャンプーなどもないので、本当に浴びるだけで終わった。
タオルもないことに気づいて、乾燥させる魔法で乾かして、夜美は亮夜のいるベッドに戻った。
しかし、その亮夜は__。
「う・・・うう・・・あああ・・・」
「お兄ちゃん!?」
呻き苦しんでいた。
身体が悶える程度しか動いていない(つまり、手や足がほとんど動いていない)ことに関して、訝しさを覚えた夜美だったが、何より亮夜の治療が最優先だ。
急いで亮夜の身体を優しくさすって、そのまま優しく抱きしめる。
すると、亮夜からうめき声が聞こえなくなった代わりに、寝息が聞こえ始めた。
ほっとした夜美だったが、ついていた左ひざに妙な温かさを感じた。
その先を見て__。
再び、魔法で消去した。
それから2時間後、そろそろ日が昇り始めようとする時間。
空腹を無視できなくなってきた夜美は、食事の用意をしたかったが、亮夜から離れることに不安を感じていた。だからといって、今の亮夜を起こすのも、かなりの抵抗があったので、この先のことを考えることにした。
(お兄ちゃんが元気になったら、まずは色々揃えないと)
(でも、ここは沢山違うことがあるから、本とかも欲しい)
(後は・・・とにかくこの二つが優先だね・・・)
亮夜が起きたのは、それから1時間が経過したころだった。
「おはよう、お兄ちゃん。よく眠れた?」
こうしていると、兄というより、手のかかる弟のように感じる。
夜美はそんなほのぼのした気持ちを抱いていた。
「・・・お兄ちゃん?起きないの?」
その様子が1分も経過して、夜美は違和感を抱き始めていた。
目は開いて、夜美を見て少し嬉しそうにしていたが、それから起き上がる気配がない。
もう少し待っても、結果は同じであった。
仕方がなく、夜美がベッドから降りて食事の用意をしようとすると__。
亮夜からものすごく見詰められているような気がした。
いや、気ではない。
説明はしにくいが、物凄く不安そうな顔を、夜美に向けている。
亮夜と離れることの罪悪感が、夜美の足を鈍らせた。
「しょうがないなあ」
どうしようかと少しの時間、考えた夜美は、脱走した時と同じスタイルで、亮夜を連れて行くことにした。
食事の用意といっても、昨日用意した分しかない。つまり、亮夜に用意されたのは、栄養ドリンクだ。昨日、無理してでも多く手に入れるべきだったと後悔しつつ、夜美はベッドに降ろした亮夜にドリンクを渡した。
しかし__。
夜美が食べ終わった時には、ドリンクは落としていた。
「お兄ちゃん?」
徐々に夜美の疑念が膨らんでいく。
苦しみながらも、ほとんど動かしていなかった手足。
喋ることもほぼできない、赤子なみに落ちた精神年齢。
起き上がらない様子。
ドリンクのふたを開けない様子。
夜美に縋る子供の眼差し。
「まさか!?」
夜美は落としたドリンクを横にずらして、亮夜に密着して精神を探る。
光は、あの時のようにしっかり感じられる。
しかし、その光は、本質には何も感じない。
夜美は直観的に感じた。
亮夜は、事実上の記憶喪失に陥っているのではないのかと。
その事実が分かった時、夜美は思い切りへたり込んだ。
亮夜の隣にベッドダイブして、思わず流れそうになった涙を無理やり堪えた。
涙を我慢していると、夜美の頭に優しい感触を感じた。
「お兄ちゃん・・・」
昨日のように、亮夜は夜美の頭を撫でてくれた。
それが嬉しくて、少し元気を取り戻したが、目の前に立ちふさがった新たな問題には、どうすべきか頭を悩ませることになった。
ここで一つ分かったのは、亮夜は夜美のことをちゃんと認識できていることだった。つまり、自分が亮夜に親身に接していれば、改善を見込めるかもしれないということだ。
夜美は亮夜を起こしてから、ドリンクを飲ませた。
意識を失っていた時でも、飲むことはできていたが、今は身体を動かすという意味で、能動的に飲む様子が見られた。
ここまでやって、ようやく夜美は入浴のことを思い出した。自分は今朝入っていたので、亮夜が何日もお風呂に入っていないことをうっかり忘れていたのだ。
朝っぱらかつまだ用意もしていない浴場で、まだお湯を入れて、入るという気にはならなかった。亮夜を脱がして、お湯で洗い流して一応は綺麗になった。なお、亮夜を脱がしたことにあまり抵抗がなかったということも加えておく。
それからは、亮夜と離れていると、亮夜の心が荒んでいくような気がして、夜美は亮夜から離れることが心理的に出来なくなった。それどころか、亮夜を身体の一部だと感じ始める程、亮夜と夜美の結びつきは命を超えた繋がりとなり始めていた。
とはいっても、四六時中亮夜と共にいることはともかく、改善の見込みが少ないことには、夜美は苛立っていた。実際に表に出すと、亮夜を煩わせることになるので、極力表に出そうとはしなかったが。
現在、亮夜と抱き合って、彼を甘やかしている。弟どころか、まるで子供をかわいがっているかのような感覚まで覚え始めていたが、そんな悠長なことを楽しむ余裕はなかった。
「お兄ちゃん、大丈夫だよね?」
少し心配げに声をかけてみる。
彼は頷かなかったが、夜美には頷こうとしているのが分かった。
亮夜の頭に手を当てて、ゆっくりと首を縦に傾げさせた。
「うん、よかった」
亮夜の言葉はなくとも、夜美はどうにかコミュニケーションをとろうとしていた。
続けて、夜美の額を、亮夜の額に当てて、意識を亮夜に集中する。亮夜の治療に使った方法と同じ手段だ。
今の亮夜の精神は、やはり無がほぼ全てを占めていた。
(お兄ちゃん、聞こえている?)
心の中で、そう呼びかける。
(夜美?)
その声は、届いていた。
(もっと、深くまで入り込むけどいい?)
(いいよ)
夜美がそう頼むと、亮夜は受け入れるかのように、精神の強固さがなくなり、スライムの如く、柔らかくなったのを感じた。
(いくよ・・・!)
夜美の精神はより深く、亮夜の意識に入り込んだ。
(僕の側に、夜美がこんな近くにいるなんて)
(気持ちは嬉しいけど、現実で会いたいな)
(現実・・・ああ、ここの外のことかい?)
(うーん・・・少し違うけど、そんなところかな)
今、夜美は亮夜と喋ることが出来ている。もちろん、現実で話し合っているのではなく、亮夜の精神の中、夜美が直接精神を送って繋がることで、話すことが出来ているのだ。
(お兄ちゃん、今の状況、分かっている?こっちの方で)
(こっちの方かぁ・・・)
亮夜は考え込んだ。精神的には、流動が速くなったように、夜美は感じた。
(・・・よく分からないけど、今は夜美への愛だけで動いている。それ以外で、動きを感じることは出来ない)
(つまり、あたしに関係すること以外では、お兄ちゃんは何もできないということ?)
(そうだと思う。夜美のことだけは考えることが出来るんだ)
(じゃあ、お兄ちゃんが現実で頭を撫でたことは?)
(夜美が悲しんでいるかなと思って)
今度は、夜美が黙り込む番だった。
自分のことに関連することなら、亮夜は自発的に動くことが出来る。
だが、一日の生活全てを、自分で関連づけるのは、どう考えても無理がある。
でも__。
(・・・お兄ちゃん。自分で考えることはできる?)
(?)
(あたしのために、自分で考えて、動けるようにしてほしいの)
(夜美のため・・・)
(お願い、お兄ちゃん!)
夜美が考えたのは、夜美本人が命令することで、亮夜を自発的に行動できるようにすることだった。自分から考えられるようにしないと、効果が薄いと考えての行動だった。
(分かった)
(ありがとう!でも、あたしも手伝うから心配しなくていいよ)
(ありがとう、夜美)
ひとまず、動機付けには成功したが、実際にどうすればいいかは、夜美にも分からなかった。言うまでもないが、放っておくつもりはない。
幸いなことには、亮夜の肉体的には多少弱っている程度で済んでいた。仮に亮夜の精神が正常であるならば、少し鈍い程度で済む程度だっただろう。
現実の方に意識を多少向けた夜美は、抱き合っている身体を少し離して、亮夜の抱きしめていた手を握った。
その手を、夜美の頭に移動させて、頭を撫でさせた。
そのまま、夜美は亮夜の精神に意識を戻す。
(どう、お兄ちゃん?今、していることが分かる?)
(夜美に触れている?)
(えっとね、あたしの頭を撫でているの)
(夜美の・・・頭を・・・撫でている・・・)
まるで、子供が言葉を覚えるかのように、認識していこうとする亮夜。
夜美は確信した。
この方法で、亮夜の記憶、いや、意識を作り直せば治ると。
それから、夜美は亮夜と二人三脚__というのは比喩表現で、亮夜を夜美が操って行動させたのを亮夜に認識させるというややこしい状態だ__で、行動するようにした。
食事、入浴、睡眠、歩行など、あんなことからこんなことまで、全て亮夜に認識させるかのように、行動させた。
重ねていくにつれて、亮夜は自発的に動けるようになり始めた。
口を動かすことから始まり、身体を動かす、身体を曲げる、歩く、と、徐々に出来ることが増えていった。
とはいえ、それだけのことをするには、それ相応の時間も必要だ。
必要に応じて、夜美はコンビニなどで食糧や雑用の道具も購入。この時も亮夜は一緒で、傍から見たらおかしいとしか言いようのない行動に笑われるという一幕もあった。しかも、夜美に対する悪意は認識できていたのか、暴れようとしている兄を見て、夜美が慌てて抑えるといった苦労まであった。一方で、苦労を察した大人もいたのか、ちょっとしたプレゼントを貰えたという場面もあった。
献身的なリハビリを重ねて、亮夜にも自我が芽生え始めていた。
夜美のアシストがなくとも、日常的な行動は徐々に出来るようになり、一応は、生活できるようになった。
それでも、問題は山積みだ。
あくまで、動けるようになっただけで、言語能力は変化していない。思考という意味合いも含めるならば、結局は成長していない。
もっと言うならば、一人で行動することも出来ていない。
行動できるようになっただけで、精神年齢は、何一つ変化はなかった。
無論、寝る時も同じで、夜美が離れていると、苦しみだしてしまう。
とはいえ、夜美の認識からの変化は生まれていた。
この原因が、精神崩壊を起こす前の、多大なトラウマが原因であるということが分かった。
この話の詳細を聞いたのは、後の話になるが、亮夜の抱えている闇に、夜美は恐怖した。今は、その全貌が大雑把にしか分からないが、それが亮夜を苦しめるという事実は分かっていた。
最初にこのことを起こした際、亮夜は死にかけていた。その惨状に気づいた夜美は、亮夜を抱きしめていた。そして、亮夜の穏やかな寝息が戻った。もし、もう少し遅れていれば、今度こそ亮夜は精神そのものが崩壊していただろう。
それを何度か繰り返してしまい、夜美が寝不足になった頃、前と同じように、亮夜に密着して眠るようにした。亮夜の自我が芽生え始めたこともあって、少々恥ずかしかったが、亮夜の救護を優先していた以上、些細な問題であった。
最後に精神的接触をしてから、約1日ぶりに、夜美は亮夜に接触した。
一部分を除いて、無ではない何かとなっていた。
その代わり、大半が黒色に染められていた。
つまり、今の亮夜の記憶や意識は、大半がトラウマで埋まっている。
夜美は再び亮夜の意識に精神を集中した。
何度も何度も、亮夜の精神に入り込み、知識を与えていく。
亮夜が知識を身につけていくことで、脳を別の事に使う、つまり、自発的に考えられるようになると思って、夜美は献身的に根気よく亮夜に接した。
その甲斐あって、亮夜に少しずつ、知識が身についていく。
それに伴って、亮夜が(精神世界で)話す言葉も増えていく。
そして__。
夜美が亮夜をここに連れて来て、一か月が経とうとしていた。
冬が近くなり、外に出るのに抵抗を覚え始めたこの頃。
「頭が・・・動く」
「!!」
重ねに重ねた献身的行為により、遂に亮夜は無条件で思考、行動できるようになった。
「夜美、ここはどこだ?随分眠っていた気がするけど、何があったんだい?」
夜美は大雑把に、事情を説明した。
ここまで、夜美はこの1か月の出来事を話していなかった。忙しかったということもあるが、亮夜にトラウマを誘発させるようなことは出来なかった。
「・・・そうか、そんなことが」
「でも、良かった。お兄ちゃんが元に戻って」
亮夜は気づいていた。
本当は、元に戻りきっていないことを。
「司闇」から「舞式」になったことではない。
亮夜の持っていた記憶の大半は壊れ、思い出ではなく、記録として残っていた。つまり、そのことがあったとしか、認識できなかった。
質の悪いことに、トラウマだけはきっちり残ってしまっている。今は無意識の中にあるので、記憶がそちらに辿らなければ平気ではあるが。
しかも、今の記憶のほとんどが、夜美からもらった知識だ。あくまで、夜美から得た知識であり記憶でないがため、亮夜本人が認識して体感的なイメージをすることが出来ない。言い換えれば、本の内容を、他者から刷り込まれた、ただの記録であった。
それらのことを、何故か知っていた。
だが、今の亮夜にとってはどうでも良かった。
夜美に話すまでもない、この情報が。
「ここからのことは、夜美から大体聞いたよ。まずは知識を身につけるべきだろう。ここで生活するのに、何より知識が必要だからね」
「!」
夜美は感激した。
自分の努力が報われたことに。
今の亮夜は、自分を導く兄だと、心の底から、いや、身体から認識できた。
すると、亮夜の指が、夜美の顔を拭う。
「・・・嬉しいのかい、夜美?」
「!」
亮夜は、自分の考えで、夜美の感情を読み取って、自発的に答えた。
今までなら、「泣かないで」と心の奥で言っている程度の対応しかできていなかった。
それが、今は__。
「・・・フフ、困った妹だ。今日はもう休むかい?」
「・・・もう少しだけ、こうさせて」
夜美は亮夜を強く抱きしめた。
亮夜は、その夜美を優しく抱きしめ、頭をゆっくりと撫でた。
この二人にようやく、兄妹らしい時間が流れ始めた。
舞式亮夜は、ここに蘇った。
妹、舞式夜美の献身的な治療により、亮夜の心は、新たに吹き込まれた。




