9 脱走
「・・・そうか、父上がそんなことを・・・」
「お兄ちゃんは気づいていた?」
「少しだけ・・・かな。そこまでとは思っていなかった。それにしても驚いたよ。6年間、気づかれなかったのは偶然が重なったわけじゃなかったのか」
「で、この前の魔法公表で台無し、と」
「それは言わないでくれ・・・」
「もう少し話したいこともあるけど、次、いこ!で、その夜は・・・」
亮夜を連れて行くことを条件に、家出を命じられた夜美は、荷物を纏めていた。
表向き、この件は極秘扱いにされており、他のメンバーには、亮夜の死と、近日に行う、キョウトに現れた、とある犯罪組織を抹殺するための遠征の準備とされていた。だからといって、表向き関係のない夜美に、不自然な荷物が運んでいくことに疑問を持つ者もいたが、そのうち使うための準備と言われて、追及することは出来なかった。
「これで、全てだそうです」
「ありがとうございます」
運んできた部下に礼をいい、下がらせた。
出発は、寝静まった頃。
そのことを考えて、夜美は今から眠っておくことにした。
思いっきり昼寝した後、夕食は珍しく個室でそれぞれ摂った。そして、入浴を済ませて、荷物の最終チェックを行った。
渡された資金は、1億円。
寝袋に、コートが二つ。
簡易用のトイレに、魔法道具のネックレス、銃。
食料2日分、そして、万能携帯装置。
トイレはともかく、携帯装置にはマニュアルもついており、一応は困ることはないだろう。
それでも、不安はある。
何せ、自分一人で、何も知らない世界へ、冒険に出るようなものだから。
だが、もう後はない。
自分のため、亮夜のため。
闇を抜け出し、光を掴む。
午後10時。
ミッション開始時刻だ。
(さあ、いよいよお別れだよ、お兄ちゃん。一緒に生きていこうね)
(お母様、親不孝なあたしを許して・・・)
(・・・。・・・。・・・。・・・)
(・・・せめて、これ以上の犠牲者が出ないことを)
(世話役の皆さん、今までありがとう。どうか、死なないで)
(お父様、最後まで誤解していました)
(・・・ありがとう)
夜美は心の中で皆に、少しだけ感謝と謝罪をした。
(・・・行こう!)
亮夜を背中に括り、夜美は屋敷の外へ出た。
一応、呂絶の言う通り、外の見張りは存在しないが、夜美は気を抜いていなかった。そもそも、亮夜の処刑自体、闇理たちが勝手に行ったものだと夜美は決めつけていた。もし、見つかってしまえば全てが水の泡だ。
南に洞窟が出来ていた。話には聞いていたが、実際に目の前で見るのは初めてだった。
司闇の里に入るには、険しい山を越えるか、入口も出口もカギが仕掛けられている洞窟を通らなくてはならない。しかもこの洞窟は、迷宮の如くかなり入り組んでおり、無策では脱出不可能となる恐れがあるほどだった。
しかし、夜美は予め呂絶から聞いてあった構図があった。その通りに従っていけば、それほど苦労せずに脱出できる。
とはいえ、それなりの重量のある荷物と、気を失っているとはいえ、亮夜を背負う夜美の負担は、相当なものだった。下手な大人でも、重いと言えるくらいだ。幸い、夜美は一族の鍛錬で、それなりには鍛えている。まだ魔法を使っていないのにも関わらず、普段より少し重いくらいの足取りで移動していた。
もし、夜美がこれらを持てないくらいに非力だったら、作戦の困難度は上がっていたが、今回はどちらにも都合の効く状況になっていた。
出口について、夜美は手動で岩の壁を開けた。
その先は、見たこともない世界だった。
いくら夜美と亮夜を逃がすといっても、周囲の人間には早いうちにバレてしまう。まして、この二人は司闇の血を直接引く者たちである。
つまり、一つの案件があれば、あっさりと騒ぎになる。
次の日の朝、夜美が姿を消したことには、大きなニュースとなっていた。
「大変ですご当主様!夜美様が姿を消しました!」
「何だと!」
言うまでもないが、夜美の脱走を手引きしたのは呂絶である。だが、表立って真実を言えば、確実に一族は総崩れとなるだろう。立場上、知らないフリを貫かなくてはならなかった。
「むう・・・やはり夜美に任せたのが失敗だったか・・・?」
「その通りですよ、父上」
遅れて入って来たのは、闇理。さらに、華宵、深夜、逆妬も続いて入って来た。
「やはり、力を持って支配せねばならない。一度ならず、二度までも同じ失態を犯すとは、父上は随分老けたようですね」
「やかましい!」
闇理の挑発的な発言に、呂絶は思わず逆上してしまう。ちなみに、呂絶はまだ40代。老けているとするには、少し無理があるだろう。なお、闇理は16歳、華宵は13歳、深夜は8歳、逆妬は6歳である。
「亮夜兄さんに続いて、夜美もいなくなると、少し寂しくなるわね。別にいても、楽しくなんかないけど」
「夜美姉ちゃんはどこ行ったの?」
「既にこの区域から出た。探し出すのは容易ではない」
「何を言っている、華宵。奴らを血祭にあげて、今一度、規律を引き締める必要がある。お前もそうだが、深夜も逆妬も気を抜きすぎだ」
「すみません、闇理兄様・・・」
「ごめんなさい、闇理お兄様・・・」
「ごめんね、闇理兄ちゃん・・・」
「というわけで父上、早速出撃のご命令を」
「待て」
きょうだいの意思が闇理に集中する前に、呂絶は止めた。
「先日、ホッカイドウの雪奈一族と、シコクの魚瓜一族が、我らを探っているという情報が入った。キョウトの犯罪組織と、新亜の監視任務は後回しにして、闇理と華宵には、二つの一族を止めてもらいたい」
「・・・」
「この情報が奴らに漏れれば、確実に我が司闇の権力は堕ちる。逆襲の起点となる前に、奴らを叩き潰さねばならん。すぐに準備をして、出発してもらいたい。今は身内のことに手を回す余裕がない以上に、緊急性の格が違う。分かるな?」
本当は、どちらも軽犯罪をおこして、注意された程度だ。それを、呂絶はでっち上げて、悪を滅して名声を上げる作戦を企てた。
「「承知しました」」
「それを聞いて安心した。もう下がって構わぬぞ」
釈然としない点はあったが、闇理は頭を下げた。華宵は迷わず頭を下げて、受託した。
__ちなみに、この会話の中で、ほぼ亮夜の話題は出てきていないのだが、全員が死人に口なしと言わんばかりに、気にしていなかった。
もう少ししたら朝食であるのだが、呂絶は少し後にすると言って、子供たちを下げた。
一人になって、ようやく息を吐いた。
どうにかして、夜美と亮夜の件はバレずに済んだ。
しかし、その為に、無駄な犠牲を生んでしまった。
父として、現当主として、威厳は保たなくてはならない。
血の呪縛は、既に闇理と華宵にもかけられている。
深夜も、もう少しすればかかってしまうだろう。
しかし、真実を話した所で、既に呪われた者がいる以上、意味を成さない。
結局は、こうして消極的に対応するしかない。
この血に翻弄される自分に、呂絶は疲れを感じ始めていた。
時刻は、数刻前に遡る。
司闇の里から脱出した夜美は、見たこともない世界を目の当たりにしていた。
閉鎖的なあの場所とは全く違う、とても開放感のある場所だ。といっても、この辺は崖であり、傍から見たら、とても開放的とはいえないが、夜美からすれば、間違いなく開放的と言えた。
空を見上げても、星の見え方は変わらない。しかし、周囲の息詰まった雰囲気と、自然的で解放感のある雰囲気では、全く違った星空が見えた気がした。
この雰囲気に感動を覚えた夜美だったが、グズグズしていることはできない。
山を道なりに降りて行けば、車道という、構築された道に着くらしい。
そこから右に進めば、キョウト地方、左に進めば、トウキョウ地方とのことだ。
その道についた夜美は、少し悩んでから左に進むことにした。
夜美の都会的な憧れや、亮夜の思い出、そして屈指の魔法都市であると考えて、こちらの方がいいと判断したのである。
既に大分歩いて疲れが見えてきた夜美は、道の端で腰を下ろすことにした。
出発する前から、亮夜にコートを着せているのだが、この寒さでは、コートでもつらいかもしれない。
そう思った夜美は、亮夜に優しく抱きついた上で、もう一つのコートを被せた。
「大丈夫、お兄ちゃん?」
返事をしないと分かっているにも関わらず、兄に優しく声を掛けるのは、夜美の優しい人柄がよく表れていた。
それでも、夜の寒さはこの程度で何とかなるものではない。
それに、この寒さでは、尿意も加速する。
いくら道具があって人影がない__亮夜のことは頭に入れていない__とはいえ、こんな開放的な所でするのはさすがに抵抗がある。その程度には、夜美は常識が分かっていた。
ひとまず、休憩を終わらせて(もう一つのコートは、亮夜に着せたままだった)、夜美は少し先を急いだ。
幸い、道から少し離れて、降りやすい場所があった。
亮夜を背負ってそのまま降りた夜美は、背中合わせで亮夜を下ろした後、地面を整えてからリュックサックの一つを下ろして__。
終わった後、魔法で後始末して、夜美は気合を入れ直した。
このままダラダラ歩いていれば、トウキョウに着く前に、限界が来る。
少しは離れたので、夜美は本気を出すことにした。
移動魔法を本気で使って、道なりに移動を開始した。
亮夜の負担が減るように、少し姿勢を変えて、駆ける。
時速20キロ程の速さで走ったが、まだまだ先は長いようだ。
一旦食事をとることにして、道から少しそれた所に亮夜を下ろして、リュックサックから食品を取り出す。
呂絶が用意した栄養ドリンクは、気を失った亮夜も何とか飲んでくれる程、飲みやすく加工してくれている。医学の本をわざわざネットでとってきたそうだが、餓死する危険が少ないのは一安心だ。__別の危険も少し考えたが、それを回避するのはどうあっても無理そうなので、仕方がなく棚上げすることにした。
一方、夜美に用意してくれたのは、缶詰タイプの食べ物。普段の豪華さからすると、文句を言いたくなるのだが、自然の中で食糧調達するよりはましと考えて、黙々と食べる。ちなみにこの缶詰食品、オープンタイプで開けることが出来るので、わざわざ切る必要もない。夜美からすれば、魔法で切ることも出来るので、大して問題にならないとはいえ、魔法の消耗を避けられるのは歓迎すべきことであった。
食物摂取を終えて、再び夜美は走った。そして、また休んだ。
これを繰り返して、夜が明けるころには、また違った風景が見え始めていた。
日が昇るころには、疲れが大分溜まってきたので、一旦眠ることにしようとしたが、ここは未知の世界だ。
一応、お嬢様として育てられていた夜美には、一般的な生活をほとんど知らない。もし、こんなところで眠って誰かに見つかりでもすれば、何一つ抵抗はできないと少々物騒なことを考えていた。一応、ここまで人が関与する何かも発見していないのだが、一度見つかれば結局は同じことだ。
そこまで考えて、夜美はようやくこの任務の困難さを悟った。だが、ここで諦めるわけにはいかない。自分のため、亮夜のため、止まることはできない。
光が差し込んできて、亮夜のズボンについていた(今更気づいた)汚れを(魔法で)とってあげた。ことを考えると、少々不愉快な気持ちになるのだが、今は文句を言うこともできない。
コツコツと前へ進んでいき、夜美はようやく鉄の建物が沢山ある場所に到着した。




