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魔法解放少年  作者: 雅弥 華蓮
第5章 bygone
46/121

7 司闇亮夜、死す

「・・・」

「・・・どっちが、悪いんだろうな・・・?」

「あたしには分からない。公平に答えるなんて出来ない」

「・・・僕も同じだ」

「お兄ちゃんはあの時、上手く考えられなかったんでしょ?ここに来た時に、ようやく分かった・・・」

「・・・それでも、本当に夜美には感謝し足りないよ」

「・・・あたしがもう少ししっかりしていれば、お兄ちゃんは・・・」

 夜美の部屋のバルコニーから脱出した亮夜は、身を投げた。

 自殺しようとしたわけではない。

 自暴自棄になったわけでもない。

 何かに取り憑かれたかのように、亮夜は自然を求めていた。山の中で身を癒したいと、身体がそう命令した。

 魔法は使い忘れていた。

 そうするという考えが出来なかった。

 2階から落ちた体は、当然の如く、相当な強打だった。当たり所が悪ければ、死すらあり得る。

 明らかに骨が折れかける程の強打だったはずにも関わらず、既に普通の歩き方じゃない歩き方ではあったが、先ほどまでと変わらぬ足取りで、亮夜は森の中に消えた。__ちなみに、夜美がいつの間にか綺麗にした服をわざわざ持ってきて、歩きにくいと判断した亮夜が服を着直したので、タオル一枚と全裸で自然の中に溶け込むといったことはなかった。




 亮夜が部屋を出た後、夜美は凄まじい虚無感に襲われていた。

 寝る直前にパジャマに着替えるタイプなので、まだ私服のままだ。それでも、亮夜に気を遣わせたくなかったのか、単に堅苦しい服装が嫌だったのか、だらしないとまでいかずとも、ラフな服装である。

 椅子に深く座り込み、そのまま眠ってしまうのではないかといわんばかりに、夜美の全身から力が抜けていた。

 意識は、ほんの数分前にフラッシュバックする。

 __少しだけ交わした、気遣い合う会話。

 __助けるために、家出を勧めた会話。

 __渋るあの人を、無理にでも助けようとしたあの発言__。

 何故、あんなことになってしまったのか。

 そして、どうしてあんなに怒ってしまったのか。

 ぼんやりとした頭は、答えをそう簡単には見つけてくれない。

 拒否、理想、同調、絶望、死、外、魔法、日常、司闇、家出、きょうだい__。

 キーワードのみ浮かび上がる意識では、答えとなる文は生まれない。

 酷く疲れた。

 そう認識した夜美の意識は、休養を激しく欲した。

 椅子に座ったまま、目を閉じて、眠りにつこうとした時__。

 チャイムの音が聞こえた。

 ぼんやりとした意識でも伝わる邪悪な雰囲気。

 今の時間は、寝るには早い時間だが、このまま寝たふりをしようかと考えて、無視をしていると__。

 扉の消える音がした。

 思わず目を開けて扉に目を向けると、そこには闇理が立っていた。

「寝たふりとはいい度胸だな、夜美」

 危機感からなのか、兄、いや、闇理に対しての意識からなのか、錆びついた意識は元通りになって、闇理の前に立った。

 誰がどう見ても怒り狂っているその表情と声は、並の胆力では腰を抜かしかねない程だが、夜美は臆することなく、闇理と向かい合っていた。

「これから寝ようとしていたけど」

「まあいい。それより、亮夜を知らないか?」

 とりあえず文句を言った夜美だが、闇理は無視して、要件を尋ねた。

「亮夜、お兄ちゃんなら来ていないよ」

 少し不自然に途切れた呼び方は、先ほどの苦い記憶があってのものだ。

 亮夜と二人きりの時なら、単に「お兄ちゃん」と呼ぶのだが、他の目がある時には、名前も加えて呼ぶ。

 今は、不愉快な感情も加わって、素直に呼ぶことは出来なかったのだが、敬愛する亮夜を呼び捨てに出来ずに、即座に言い直した。

 この間をどう解釈したのか、闇理が続けようとしたセリフは、若干の間が生まれた。

「亮夜が俺の手で鍛えているのは、お前も知っているはずだ。急にいなくなったことに関して、お前が関わっていないとは考えにくい。お前達二人は特別に仲がいいからな」

 仲がいいと言われて、少し動揺して、夜美の身体が不自然に動いた。

「部屋に入らせてもらう。亮夜はいるか!?」

 それを、隠し事をしていると解釈した闇理は、強引に入り込み、ベッド、浴室、トイレ、バルコニーとかなり細かく探し出した。浴室の不自然な匂いに訝しさを覚えたが、夜美の微妙な恥じらいを混ぜた、怒っているように見える態度もあって、深くは追及しなかった。

言うまでもなかったが、亮夜の姿はなかった。

見当違いだったことに違和感を覚えつつも、闇理は夜美に再度警告した。

「もう一度言う。本当に亮夜のことは知らないのか!?」

「そうよ。もう、用はないでしょ」

 いつになく苛立ちが積もって、夜美は闇理相手にも、つっけんどんな態度をとっていた。亮夜にヒステリックな態度を見せた時以上に、激しく苛立っていた。それでも態度に出す程度で留めているのは、ある意味で、闇理を亮夜より信用していないからだろう。

「俺はもう行く」

 これ以上は、ここで足踏みをしても仕方がないと判断した闇理は、夜美の個室から去ることにした。

「最後に警告しておこう。お前も司闇の人間としての自覚が足りない。いつまでも、亮夜の下で甘えていられると思うな」

 そう言い残して、闇理は部屋を出た。

 部屋を荒らされた(というと、かなり危険なように感じるが、実際には、整頓された部屋を乱されただけだ)のだが、夜美はすぐに全てを戻す気にはなれなかった。

 ベッドだけを整頓して、パジャマに着替えて寝る準備を整える。

 ベッドの中に入り込み、先ほどの言葉を再生する。

 お前も司闇の人間としての自覚が足りない。いつまでも、亮夜の下で甘えていられると思うな__。

 一体、何が言いたかったのだろうか。

 夜美の兄として、兄に依存しすぎることへの警告か。

 素質はあっても、開花していないことを暗に言いたかったのか。

 亮夜と同じく、不適合者であることへの警告か。

 出来の悪い、亮夜と同じ道を行かせたくなかったのか。

 単なる説教なのか。

 思いついたことを考える前に、夜美は眠りについてしまった。

 言葉の裏に示唆されている、とんでもない危機に気づくことなく。




 森の中にいた亮夜は、心の欲望に従って、森林浴をしていた。

 今いる場所は、司闇の里の外周の山。普通の人間ならば、到底足を踏み入れることの出来ない険しい地形だったが、今の亮夜にとっては、何の苦もなく入りこめた。

 ふわふわしている意識は、亮夜の自制を奪い、自然と調和しつつあった。

 既に長い時を経て、日が昇りつつある。

 当初は、自然の流れを感じる程度しか出来なかった亮夜も、これだけの時間が経過したことで、更なる事態にまで入りつつあった。

 彼は、自然の流れに続いて、精霊の流れを感じつつある。

 この地に感じる精霊は、暗く、闇を求めている。

 大量に吐き出された精霊は、色を失い、地に還る。

 時を経て、新たな色となって再び空を舞う。

 そのためには、長い長い時が必要だ。

 しかし、精霊の消耗が激しい現在は、精霊の力が枯渇しかねなかった。

 力を失えば、秩序も、四元も、自然も、全てが崩れて、世界は滅ぶ。

だが、そうはならなかった。

消耗が激しくなったと同時に、新たな精霊も生み出された。

しかし、自然ではないそれは、自然という括りには入らなかった。

人工的な精霊は、今は自然的な精霊より多く魔法に、使われている。


その事実を知ったのは__。




 彼の思考は、そこで止まった。

 いや、生命は、と言うべきか。

 彼は正気に戻った。

 それと同時に、自然との調和も止まった。

「・・・ここは・・・どこだ・・・?」

 彼が目覚めて口にしたセリフがこれだった。

 先ほどまで、随分壮大な夢を見た気がする。

 何も思い出せないのは、夢だからだろうか。

 やたらと力が満ちている。

 今なら、何でも出来そうなくらいに。

「・・・そうだ、maz#frit%lstに呼ばれた・・・」

 聞いたこともない言語が、自然と口から出る。

「・・・何かをしなくちゃいけない・・・」

 何か、使命を伝えられたはずだ。

「・・・でも・・・何だ・・・」

 思い出せない。

 でも、これだけは感じる。

 自分の身体が、自然と出来たわけではない、と。

「・・・ああ・・・そうだ・・・」

 生み出した者が、遺伝子から改造したはずだ。

 常識ではありえない、外道の者だ。

 その自分に与えられた使命は__。

「・・・どうでも・・・いいか・・・」

 何かに導かれるかのように、彼は山を下り始めた。




「・・・少し前まで出ていたのはこれがやりたかったからなのか・・・」

「・・・ようやく「コレ」を手に入れられましたよ。これで反応しないはずがあるまい」

「・・・いいのか、闇理?それは最悪、使い物にすらならなくなるものだぞ?」

「父上、残念ですが、我らの存亡のために、一刻の猶予も許されません。まともなやり方では、これ以上の効果、いえ、改善は望めません」

「過闇耶と、同じ運命を辿らせるつもりか・・・!?」

「兄上は、真面目すぎました。全てに真剣になりすぎたがために、復讐をして、命を落としたのでしょう」

「・・・闇理・・・!」

「・・・言いすぎましたね。ですが、今回は違う。始めから、心などというものを捨てればよかったのですよ。そのための、実験第一号と思えば、安いものでしょう」

「なぜ奴にした?失敗したら、どうなるのか分かっているのか!?」

「ご存知ですよ。それに、死んだらそれまでのこと。一族の恥を消すことと同じです」

「・・・お前は本当に変わったな。お前は気づいていないのか?」

「何が?」

「・・・そうか、分からないか・・・。残念だが、ワシがいくら言っても耳を貸さないようだな・・・」

「・・・本気ですか、父上?」

「・・・いや、ワシは信じよう。せめて、生き延びることを・・・」

 とある密室で行われた会談は、闇理が勝つことで終わった。

 後は、奴の通りそうなところに「コレ」を仕掛けるだけ__。

 自分の栄光のための、踏み台が出来ると思うと、笑みが止まらなかった。

 「コレ」を連れて、闇理は指令室へ向かった。




 何かに導かれたまま、彼、いや、亮夜は司闇の里に戻って来た。

 ここに来て、ようやく彼は、我に返った。

 昨夜、夜美の部屋を抜け出した頃の記憶が蘇った。

 夜美の部屋を抜け出した後、何かに導かれるかのように、森へ向かった。

 その森で、とても変わった経験をしたはずだ。

 それから、ここに戻って来た。

 __一体、何をしていたのかとても気になる__分かったのは、満腹感があるのと、妙に魔力が溜まっているのを感じる程度__のだが、何故か思い出せそうにない。

 記憶の整頓を終えた後、今の状況を振り返った。

 今、闇理はいない。

 ならば、このまま逃げられるのでは。

 そう考えた亮夜だったが、その希望を打ち消すかのように、警報が鳴った。




 同時刻、夜美はパニックを起こしていた。

 いきなり目覚めた彼女の脳裏には、昨日の記憶が最悪の形で変換されていた。

 亮夜は姿を消し、闇理が抹殺すべく動き出すと、再生された。

「!!!」

 最低限の身だしなみを揃えて、まだ馴染んでいない魔法道具・ネックレスを身につけて、夜美はバルコニーから部屋を出た。




 仕込みを終えた闇理は、指令室で警報を鳴らした。

「侵入者排除!この件に関し、亮夜!立ち会ってもらおう!」




 わざわざ名指しで呼ばれて、亮夜は絶望を悟った。

 昨夜、脱走未遂__と亮夜は解釈している__をしたことが、闇理にバレて、その制裁も兼ねて呼び出したのだろう。

最も、闇理とその部下が四六時中見張っていたことを考えると、夜美が手を出した時点で、このようなことになるとは想像に容易いが、亮夜は夜美を少しも恨んでいなかった。むしろ、喧嘩別れみたいなことになったことを後悔していた。

今、彼にとれる選択肢は二つ。

このまま、闇理に首を差し出すか、Uターンして、本当に脱走するか。

僅かに悩んだ後、亮夜はまっすぐ歩き始めた。




 警報の内容を聞いて、夜美の焦りは加速していた。

 闇理が亮夜を探すのは想定していたが、まさかここまで直球に探し出すとは思いもよらなかった。

 司闇の人間は、自分と亮夜を除いて、プライドが高いと思っている夜美は、首を絞めるような真似はまずしないだろうと思っていた。

 だが、今回の内容は、一歩間違えれば、闇理が非難されるようなものだ。それをわざわざ警報という形で一族全体に伝えるなど、普段の彼らからは想像もつかなかった。

 最早、一刻の猶予も許されない。

 山の中、亮夜を探していた夜美は、疲労していた身体に鞭を打って、司闇の里へ戻るべく、駆け出した。




 亮夜は、指令室に到着した。

「待っていたぞ、亮夜」

 その声は、闇理。

 内容の割には、呂絶も、華宵も、その他のメンバーも来ていない。先にいたのは、闇理とその部下たちだけだ。

「数刻前、ここに入り込んできた侵入者を抹殺した」

「・・・」

「それだけなら、貴様を呼ぶ理由にはならない。だが、此奴に関しては、貴様が手引きした疑惑がある」

「・・・」

「顔を見てみろ。こんな所にまで入り込むのが、貴様と同じ出来損ないの証だ」

 そういわれて、亮夜は床に横たわっている男を見た。

 体格は、亮夜と同程度。同い年の男の子が、どうしてこんなところに入って来たのだろうか。

 だが、その顔を見て、そのような疑問は完全に吹っ飛んだ。

「!!!!」


 その人物は、下界に降りた時に仲良くなった人物、津田健司だった。


「貴様が此奴と仲良くなったというデータはあがっている。こんな出来損ないに肩入れするなど、司闇の恥晒しめ。いや、恥どころではないな。貴様が我らのきょうだいである理由もなくなった」

「・・・・・・・・・」

 どうして、彼は死ななくてはならなかったのか。

 亮夜は、健司に手を伸ばす。

 冷たい。

 生を感じない。

 目の前にいるのに、目の前に存在していない。

 亮夜は認識した。


 健司は死んでしまった、と。


「こんな奴のどこに魅力がある?魔法も使えない、下等生物が」

 亮夜の意識から、次々と何かが壊れる。

「その点では、貴様も下等生物だな。いや、才能だけの出来損ないというべきか」

 言葉が、意識に届かない。

「感情を持つから、悲しむんだよ。貴様の悲運ではない。不幸だと思う方が悪い」

 感覚が、意識に届かない。

「貴様は感情を捨てきれなかった。それが今、這いつくばっている証だ」

 思考が、意識に届かない。

「力こそ全てだ。貴様はもう届かない。もはや生きる価値はない」

 感情が、意識に届かない。

「それが、貴様の運命だ。我らのための栄誉ある犠牲だ」

 何もかも、意識に届かない。

 何を思っていたのか、何があったのか、何もかも分からない。




 何かが燃え上がっている。

 それは、何だ。

 何かが暗い。

 それは、何だ。

 何かが嫌だ。

 それは、何だ。

 この人は、大切な人のはずだ。

 それなのに、その人が何なのか分からない。

 今、目の前にいる人は__。

 何をしているのだろう。

 少しだけ、邪悪を感じる。

 それは、何なのか__。

 一人、大切な__。

 その__。

 __。

全てが、壊れた。

 全ては、無に包まれた。




「報告する」


「司闇亮夜は、死んだ」

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