3 家族
「そう、あの時に健司君に会ったんだ」
「そういえば、あたしもその人のことはあまり聞かなかったなぁ」
「あれからしばらくは、何も思い出したくなかったからね」
「お兄ちゃん・・・」
「健司君とその家族は、僕に家族というものを教えてくれた。そのことは、今でも感謝している」
「・・・」
「・・・だから、夜美を絶対に守ると誓ったんだ。何があっても」
もう少し話を続けて終わらせた後、亮夜は空いている一室を貸してもらった。
明美が来客用の布団を敷いたことに、亮夜は疑問を覚えたが、それを口にはしなかった。
司闇の屋敷では、ベッドを与えられていた。それに対して、これは客観的に見て、かなりの安物の寝床と見られた。
しかし、何一つない外で一夜を明かすのと比べれば、かなりマシな待遇であることも理解していたので、余計なことを口にしない程度には、亮夜は良識があった。
「ゆっくりしていってね」
そういって、明美は部屋を出た。
今、亮夜は本当の意味で一人きりだった。
この部屋は、たった今敷いてもらった布団以外、何もない和室だった。
床に座って、じっくりと身の丈を考える。
外の世界は、優しさに溢れている。
使命から解放されて、こんなにのびのびできるのは初めてだ。
魔法に手をつけることは禁じられているものの、この解放感に勝るものはない。
だが__。
(夜美・・・どうしているのかな・・・)
亮夜が本心からきょうだいとして想っている、夜美はどうしているのかは気がかりだった。
再び、思考に沈む。
(ここにいる人たちはいい人ばかりだ。僕の家族たちとは比較にならないくらい)
(すごく・・・暖かい。そんな気分を、夜美以外に感じるなんて)
(・・・魔法って何なのだろう?)
(やっぱり、傷つけるための魔法は、おかしいのだろうか?)
(夜美がこの世界を見たら、どう思うんだろうな・・・きっと喜びそうだけど・・・)
亮夜が思考にふけっていると、明美が亮夜を呼び出してきた。
昼食の準備だそうで、手伝いに向かうことになった。
今、作っているものは汁物。
しかし__。
「あの・・・明美さん一人で作っているのですか?」
司闇では、多数のメイドたちが様々な食事を用意してくれた。
ここでは、明美一人で、昼食を作ろうとしている。
単純に比較はできないが、明らかにこちらの方が、負担はかかりそうだと亮夜は思った。
「大丈夫よ、亮夜は奥の棚にある2段目のカップを取って」
場所を確認して、亮夜はカップを渡した。
その後も、指示に合わせて、様々な物を出した。
それに合わせて、明美が次々と食べ物を作っていく。
その手際を見て、亮夜はただただ感嘆していた。
魔法や便利道具もないのに、こんな料理を作れるなんて・・・と本気で感動していた。
食卓につき、亮夜は空いている椅子__他の椅子と比べて小さいことから、急遽用意したのが伺える__の横に立っていた。
「何をしている?座りなさい」
拓郎がそう言うと、亮夜は少し慌てて椅子に座った。
「いただきます」
全員が手を合わせて唱えたのを見て、亮夜も見様見真似で続けた。
出されたのは、ご飯、みそ汁、魚。それに加えて、水、箸が並べられていた。
司闇では、ゴージャスと言うべきか、貴族的な食卓が目立った。
それに対して、すごく貧相だと亮夜は感じられた。
外の世界では、こんなに貧相なものしかないのかと憐れみを覚えた一方で、それが建前を抜きにしても、なぜか不愉快ではなかった。
幸い、どれも見たことあるもので、食べられるものでもあったので、戸惑いを覚えることはなかった。
黙々と食べていると__。
「亮夜、おいしい?」
隣に座っていた健司が声をかけてきた。
亮夜の知っているマナーでは、食事中の会話はよくないとされていたが、明美や拓郎が咎める雰囲気もない。口を整理してから、亮夜は口を開いた。
「おいしい。こんなにおいしいとは思っていなかった」
もしかしたら失礼なのかもしれないが、亮夜の本心であった。
「そう、良かったわ。おかわりもあるから、遠慮なく食べてね」
幸い、明美には素直に受け取られた。
一般的、あるいは変わった雰囲気がまたも出来始めていたが、亮夜はそれに呑まれる程、軽い性格ではなかった。
ペースを崩さずに、綺麗に平らげた。
それでも、食べ終わった食器をまとめて、亮夜は虚空に目を向けた。
一番に食べ終わったのは、亮夜だった。
だが、全員が食べ終わるまで退席するのは、やはり良くないことだと教え込まれたので、そのように従っていただけである。
「ねえねえ、明日、どっか行こうよ!亮夜も連れてさ!」
「こら、亮夜はあくまでもお客様よ?しばらくは家にいなさい」
「じゃあさ、後でゲームしよ!」
「宿題をやりなさい」
「母さん、友達が来たようなものだ。少しくらいいいんじゃないか?」
「お父さんがそうやって甘やかすから、健司は__」
「明日やる!明日やるからいいでしょ!!」
「もう、しょうがないわね。一時間にするのよ?」
「はーい」
そんな、家族の話を聞いていると、心が揺さぶられる感覚に襲われた。
「亮夜、どうしたの!?健司が無理に誘ったから!?」
「お母さん、それは酷いよ!どうしたの急に泣いて!?」
泣く?
なぜそう見えたのか。
涙を流しているから、泣いているということなのか。
でも、何故__。
亮夜の思考は、まとまらなくなった。
「・・・すみません、ご馳走様でした。少し、一人にしてもらっていいですか?」
許可をもらって、亮夜は自室に戻った。
止まらない涙に奇妙さを覚えて。
一人になった亮夜は、追加された小さな椅子に座って、思考に更けていった。
(どうして、僕は泣いていたんだ?)
(心が震えた時に、泣くという動作があったはずだ)
(僕は、何に影響されたんだ?)
それは、先ほどの、突然、涙を流した事。
知識としては、亮夜は知っていた。
だが、司闇においては、不要な心として、捨てさせられたものだった。
その時の亮夜は、少しの疑問も抱かぬまま、それを実行した。
しかし、今、涙という形で、その感情が出ている。
(捨てきれなかったのか?そのことを・・・)
(・・・いや、捨てられなかったんだ、きっと)
(捨てたと思い込んでいただけなんだ)
(でも、それが、どうしてこのことに繋がる?)
(心があるから、泣くのか?)
(・・・そんなはずはない)
(僕が弱いからなのか?)
(魔法はともかく、僕は司闇の人間としては不完全だ)
(やはり司闇の教えは正しいというのか?)
(・・・それはない。アイツらが正しいはずがない)
(どんなに強く見えても、優しさが決定的に足りない司闇が、正しいはずがない)
(・・・僕が間違っていることを、教えたかったのか?)
(今までのやり方を変えて)
(でも、僕は信じない。これが事実だと認めたくない)
(だとしたら、これは何だ?)
(何が正しいんだ?)
(今の僕は何だ?)
思考は徐々に、迷宮の彼方へ彷徨って行った。
何も分からないこの事実。
だが、何かが変わろうとするのかは、亮夜は理解していた。
(・・・何も分からない。僕は__)
それが、何の変化なのかは、この時の亮夜には分からなかった。
どれだけの時間をかけたのだろうか。
全く纏まらない思考を意識の彼方に飛ばして、我に返った時には、短針が3を指していた。
事前に聞いておいた、その他諸々の雑用の場所に赴いて、そして用意されていた道具も使って、身だしなみを万全にした亮夜は、再び自室で意識を彷徨わせていた。
(・・・)
今回は、長針が一周しても、ロクな考えが出てこなかった。
答えを出せないことに苛立ちを覚え始めていると、ノックする音が聞こえる。
その主は、健司だった。
「亮夜、入っていい?」
「いいよ」
少し前だとしても、思考の迷宮から脱するために、入れていただろう。
まして今なら、特別入れる理由も、拒む理由もない。
扉を開けると、健司が入り込んできた。
「亮夜、これからゲームしよう!」
「ゲーム?」
知識としては知っているが、どの意味合いでゲームということなのかは分からなかったので、オウム返しに聞いてみた。
「とにかく、こっち!」
健司に連れられて、一室に案内されると、コンピューターよりは小さい程度の中くらいの機械がセットされていた。
ボタンが多数ある小型機械を、健司が自分の分も含めて、二つもってくる。
亮夜は、それを受け取った。
簡単な説明をした後、大きめの機械と手に持っている機械のスイッチを入れた。
すると、テレビに映像が映し出された。
この小型の機械を操作して、遊ぶということであった。
おおよそ1時間かけて、レースゲームや協力系アクションゲームを楽しんだ。
やはり、知っていても実際に遊んだことのない亮夜であったが、うならせるのには十分であった。
魔法に励んでいる身としては、積極的に遊ぶことはできないのだが、科学を重視したゲームも悪くないと思った。
それにしても、プレイしている最中は、やたらと健司が楽しそうに思えた。
夜美と遊んでいる時との感覚に近いが、それとはまた別の感情を感じた。
家の手伝いを手軽に行った後、自室で再び思考に沈む。
(夜美は妹。今の健司君は、何と言えばいい?)
(関係的に見れば、夜美は・・・)
(・・・そもそも、どうして夜美には素直に優しくできたんだ?)
(僕と似ているからか?)
(その点は、健司君に近い)
(いや、兄さんたちがおかしいだけか・・・)
言葉に出来ない感情が再び、亮夜を支配した。
その後も、健司と明美と拓郎の会話を聞くたびに、亮夜の心の迷いが強くなっていった。
食事もお風呂も、勝手が違ったのだが、緊張的な居心地の悪さは感じなかった。
高さの低い布団に入っても、疑問は続いた。
(これで、一日か・・・)
(今までのことに、すごく疲れていた気がする)
(そういえば、いつ、どうやって帰るんだろうな)
(・・・いや、今はこの生活に意味を見出す方が先だな)
(せめて、この気持ちを理解しないと)
こうして、亮夜の居候生活(?)の一日目は、終わりを迎えた。




