1 司闇のきょうだい
「6年前か。思えば、最初から夜美とは不思議と馬が合ったよね」
「うん。お兄ちゃんだけは違った。本当の意味で、優しかった」
「夜美もだよ。君といた時間は、あの時、幸せだった」
「あたしも。今よりずっと、ありがたみを感じたんだ」
「今の僕といるのは、不満だと言うのかい?」
「そんなわけないよ!ほら、荒んでいたからさ!今も一緒にいるだけで嬉しいけど、あの時は、こんなことも出来なかったから!」
「そうだったね。ひっそりと会うのが、楽しみだった」
6年前。
司闇一族に大きな事件が起きて1年が経とうとしていた。
謎の爆発事故により、第一子の司闇過闇耶が行方不明になった事件だった。
その事件で起きた戦力の低下・長子を失った悲しみからまだ回復しきっていなかった。
だが、彼の弟の司闇闇理はいち早く立ち直り、持ち前のカリスマと魔力で、現当主に次ぐナンバー2の地位を確保した。一族の力管理も任され、着々と次期当主としての器を身に着けていった。
だが、闇理には大きな懸念事項があった。
それは、彼の弟、司闇亮夜の教育であった。
あの事件が起きる少し前。
この時から、既に運命は狂い始めていた。
司闇一族は自他ともに認める(ただし、他は本心から認めようとしない。他の魔法六公爵のバランスを考えてだ)最強の一族であった。
そのために、心を捨てて、魔法の強化を万進していく掟があった。
中には心を捨てきれていない者もいたが、差はあれど、その名を背負うのに相応しい強さを手に入れようとした。
闇理は、その教えに従い、兄を失ってもなお止まらずに、ただ強く、研究を重ねた。
そして、ナンバー2の立場と実力を手に入れ、それに合わせて、部下やきょうだい達の指導や強化も行うようになった。
今もこうして、弟の亮夜を鍛えている。
亮夜が行っている修行は、状況判断力を鍛える修行。
複数の相手が、亮夜に魔法を放つので、亮夜はそれを魔法で対処するというものだ。
一人目が、「ファイア・ブレス」を放つ。
広がる炎を、亮夜は「アクア・ウォール」で打ち消す。
二人目が、「ウインド・シュート」を放つ。
死角から素早く飛んでくる風の塊を、簡易的な魔法の壁で防ぐ。
三人目が、「ダーク・ウェーブ」を放つ。
闇の波による衝撃を、「ライト・ウェーブ」で相殺した。
このようなやりとりを、何度も繰り返される。
その工程が12回繰り返された時、闇理は口を挟んだ。
「何をやっている、亮夜!早くそいつらを倒せ!」
魔法を使い分けるということは十分に出来ている。
それどころか、魔法の腕前だけなら、自分に匹敵すると、闇理は思っている。
だが、この弟は優しすぎる。
戦いを避け、倒せるはずの相手を、必要がなければ撃破しない。
実に甘いと、闇理は思った。
魔法の戦いは、先手をとったものが大体勝つ。
つまり、迷いが命とりだ。
その心を鍛える修行なのだが、進展はちっとも見られなかった。
「分かったよ・・・。ごめんね、みんな」
亮夜がそう呟くと、極小の闇魔法をダイレクトに次々と当てた。
傷をつけるギリギリの一撃は、相手の動きを止めた。
「よし。ケガはしていないようだね」
「いい加減にしろ!!」
亮夜は、ケガをさせていないことにほっとしていた。
だが、闇理はその態度が気にいらなかった。
「お前がさっさと攻撃すれば、無用な攻撃を受けることもないのに!お前の無用な心が、無駄な傷を生むんだ!どうしてそれが分からない!!」
説教と共に、右腕の拳が、亮夜を殴り飛ばす。
「兄さんたちこそ、どうして無暗に皆を傷つけるんだ!魔法は、傷つけるためにあるわけじゃないはずだ!!」
魔法も乗せた一撃で、吹き飛ばされた亮夜は、すぐに体勢を直して、兄に言い返す。
「お前は司闇の、そして俺の弟だぞ!その様が、恥ずかしくないのか!」
「これが僕のやり方だ!兄さんたちに言われようとも、変えない!」
「このゴミクズが!!」
もう何度目になるか分からない亮夜と闇理の喧嘩。
気づいたら、闇理が魔法を使って亮夜をおしおきするのが定番であった。
その様子を、二人の女性が呆れながら見ている。
「闇理お兄様も期待しすぎ。亮夜が適さないことなど、少し見れば分かるのに」
「夜美もだよね。どうしてあの二人は、あんなに悪いのかしらね」
「深夜は中々だけど、腕は二人にも負けている。もっと強くなりなさい」
「分かってるわよ!いつか華宵姉様たちよりも強くなるんだから!!」
既に今日の特訓を終えて、帰っている途中であった司闇華宵と、司闇深夜。
深夜は、端的に見れば、亮夜と真逆の問題を抱えていた。
一方の華宵は、闇理には及ばないが、高い魔法力で、実務を行うことも少なくなかった。今日はフリーだったので、妹の特訓に付き合ったり、兄と真剣勝負をしたりしていた。
その他、深夜の双子の妹、司闇夜美は、学問を受けていて、末っ子の司闇逆妬は、まだ魔法を扱うための修行をしていた。
司闇一族が住んでいる所は、山に囲まれた大地。
表向き、外部から入り込む道はなく、世間からは孤立している。
各地にあるアジトや仮住宅を利用して、各地の情報収集や、素材調達を行っている。
その中心部、司闇の里には、個人の所有物としては異常な程、施設が多数ある。
様々な方向に特化した訓練施設。外部などの情報を得る通信施設。新たな魔法などを開発する開発施設。娯楽施設も多少はある。
その内の一つ、学問を受けるのに特化した施設、書庫に、司闇夜美はいた。
既に今日の修行メニューを終えて__闇理と華宵以外は、彼らからか、父親の司闇呂絶か、教育役のメンバーのいずれかによって、決められる__、彼女は書庫で本を読んでいた。
今、読んでいるのは、子供向けの恋愛小説。
後の亮夜たちからすると、何故こんな本があるのか、疑問に思って仕方がないのだが、無駄に種類が豊富であった。
少し前は、こうやって本を読むのが楽しみであった。
だが、最近はもう一つ、楽しみが出来ていた。
それは、彼女の実の兄、亮夜に会うこと。
昔は、双子の姉の深夜とじゃれあっていたこともあったが、今は、亮夜がよく気になる。
似た者同士、とでも言えばいいのだろうか。
夜美の魔法成績は、きょうだい内では、標準的。かつての闇理や華宵と比べると、優秀とは言い難いが、及第点とは言えた。
だが、細かく見ると、やや難がある。
司闇の教えを、積極的にこなそうとせず、不必要な傷を負わせる攻撃は避けている。
とはいえ、亮夜がそれ以上に(司闇基準で)問題を起こしていることと、殺してはいないものの、無力化自体はこなしているので、問題の種としてあがることはなかった。
不必要な傷を避けて、仲間たちを気遣う夜美。
その様子には、一部でファンが出来上がっていた程だった。
そして、その優しさにより、亮夜に惹かれた。
彼女と同じく、無益な攻撃を好まず、戦闘のためだけではない魔法の扱い方に、夜美は惹きつけられた。
ふとしたきっかけで、少し話をしたら、二人は驚くほど、馬が合った。
しかし、訓練などで一緒になることはあっても、中々じっくり過ごす時間はとれない。
その結果、夜美はプライベートタイムに、亮夜の部屋に忍び込んで過ごそうとするようになった。
スケジュールを完璧に把握しているわけではないのだが、何となく心は伝わる。
もう少ししたら、亮夜が戻ってくる。
読んでいた本を元に戻して、夜美は書庫を後にした。
司闇の血族が使う大屋敷は、3階建ての巨大なお屋敷だ。お嬢様やお坊ちゃまが住んでいると言われても、全く違和感はないだろう。__実際、「司闇」は、魔法界においては(実情はともかく)紛れもない名門なので、全くおかしいことはないが。
2階と3階の部屋のいくつかが、きょうだい達の個室となっている。1つ1つの部屋は大きく、個人用のベッドはもちろん、トイレや冷蔵庫、さらに風呂場やテーブルまで用意されていた。
夜美の部屋は、2階の右手前。ちなみに、反対の左手前の、夜美の部屋の前にあるのが、深夜の部屋だ。
亮夜の部屋は、2階の右奥。近いとはいえない場所であった。
通路を普通に通ると、通行人に見つかる恐れがある。
別に見つかっても、特別困るわけではないのだが、それが亮夜に会うことが目的だというなら、立場上の問題が生じる可能性がある。
そこで、一度外に出てから、亮夜の部屋のバルコニーに忍び込むという作戦をとっていた。
周囲に人がいないのを確認してから、移動魔法を一瞬かけて、バルコニーに着地する。
しかし、その日は間が悪かった。
中を一目見た直後、夜美は慌ててうつ伏せになって、地面に顔を向けた。
亮夜は着替えていた。
細かくは見ていないのだが、幸いなことに、露出しているモノはなかった。
着替えの音を聞いて、顔を赤くしながら、夜美は意心地の悪さを耐えていた。
数秒後、着替えの音が終わって、夜美はうつ伏せのまま、窓をノックする。
その音に気づいて、亮夜の足音が近寄ってくる。
窓を開けられた。
「夜美・・・何をしているんだ?」
何をしているのか分からない目を、彼はうつ伏せになっている夜美に向けた。
事情を説明した後、夜美は頭を下げた。
「ごめん、お兄ちゃん。今度、あたしの__」
「気にしていないから安心してくれ。それで、今日も遊びに来たのかい?」
夜美が危険なことを言い出しそうになったので、亮夜は先手を打って止めた。
「うん、ちょっと、お兄ちゃんとお話がしたくて」
「いいよ。何を話す?」
「お外のこと!」
「外・・・か」
夜美がそう希望すると、亮夜は少し悲しげに虚空に目を向けた。
もう少しで9歳になる亮夜は、分かりやすい子供の顔をしていた。子供の中ではかっこいいと言える方だろう。目の隈はないのだが、どこか儚げな印象を与えている。
一方、まだ7歳の夜美は、年齢相応の見た目であった。この頃から可愛さは十分にあり、約6年後があのような可愛さであるのも納得がいくだろう。
「お兄ちゃん?」
「ああ、どんなものがあるのかと、興味があるからね。こんなこと、君の前でしか言えないよ」
「どうして、闇理お兄ちゃんや華宵お姉ちゃんたちは、そうまでして拘るんだろうね」
「それが、兄さんたちにとって重要なことだと思う。僕には理解できないけど」
「あたしも」
「ああ、話がそれたね。たくさんの人がいて、元気いっぱいみたいらしい」
「いいなー、あたしも行きたいなー」
「うーん、行かせてあげたいけど、外出禁止だからなぁ」
「海とか、美味しそうな食べ物とか、一杯あるみたいだよ」
「それはいいなぁ。いつか、一人前になったら、一緒に行こうか」
話は弾みながらも、夜美にとって気になるワードが出てきた。
「・・・お兄ちゃん」
「何だい?」
「お兄ちゃんは本当に、ここで一人前になれると思うの?」
亮夜の優しさを、夜美は知っている。
司闇は、非情さを求めていることも知っている。
この二つが分かっているなら、夜美と同じ結論を出すのは容易だろう。
「・・・いや、僕もそのくらいは分かっている。でも、それはそこしか見ていないということだ。魔法の腕前や、知識をたくさん身につければ、きっと、父上たちも認めてくれる」
「・・・うん、きっとそうだよね!過闇耶お兄ちゃんも、優しかった。お兄ちゃんほどじゃないけど。だから、きっと認めてくれるよ!」
だが、亮夜は明確な希望をもって、夜美に反論した。そのことをよく理解した夜美は、兄を後押しするかの如く、精一杯の笑顔を見せた。
その表情は、亮夜を笑顔にさせた。
「うん、そうだね。よし、ここに勉強できる本がある。二人で、これを読んでいこう」
「うん!」
図書館から持ち出してきた本を、夜美の前に出して、二人は一緒に読み始めた。
午後7時になる少し前。
これから、司闇の晩餐会がある。
ご丁寧に、メイドや執事が呼びに来るという、無駄に貴族らしさが目立つ一面だった。
つまり、部屋を留守にしているのは、好ましくない。
「そろそろ時間だ。戻りなよ」
「あ、そうだった。じゃあ、またね、お兄ちゃん!」
「うん、またね」
ある程度の時間を亮夜と一緒に過ごした夜美は、亮夜に見送られて、バルコニーから出て行った。
見送って少しすると、入口のドアからノックされる。
亮夜がドアを開けると、メイドが立っていた。
彼女は、お食事の時間だと呼んできてくれた。
事前に準備していたので、滞りもなく、亮夜はメイドの後に続いた。
晩餐会は、1階の食堂で行われる。
この場では、司闇の血族のみが集まっているのだが、たまに専用の食堂にて皆で食べることや、逆に何人かを呼ぶということもある。
その場には、姉の華宵、妹の深夜、夜美。そして、弟の逆妬が既に席についていた。
長いテーブルには、格付けと言わんばかりに、丁寧に並べられている。
奥の大きな椅子には、呂絶が座ることになっている。
入口から反対側の、奥の椅子と、その反対側の椅子も空いている。前者は闇理、後者は華宵が座る椅子だ。
闇理が座るはずの椅子の隣には、亮夜が座る__ではなく、逆妬が座っていた。
亮夜はその隣、つまり、最も格下の立場である場所となっていた。
なお、逆妬の前には、深夜、亮夜の前には、夜美が座っている。
言葉にこそ出していないが、夜美を除いた全員が、亮夜の都落ちを笑っていた。亮夜も夜美もそのことに気づいていたが、異議を唱えるほど、子供ではなかった。
予定の時間の少し前に華宵、そしてその時間ちょうどに、呂絶と闇理がやってきた。
全員が席につくと、呂絶が口上を述べて、口にし始めた。なお、料理は華宵が来る前に、並べられていた。
一応は貴族的な部分があるのか、全員、食べ方は丁寧で、食べている途中に喋ることや、映像をつけっぱなしにするといった、行儀の悪い態度は見られなかった。
最初に、食べ終わったのは亮夜だった。続いて、逆妬、夜美、深夜と続く。食べ終わった人たちは、新たに紅茶などが出されて、そのままティータイムとなった。
やがて、華宵、闇理、呂絶も食べ終わり、全てをメイドたちに片づけさせて飲み物と交換させた後、呂絶は口を開いた。
「今日、新たに増やした魔法師は8人。使い物にならなくなった魔法師は2人」
「反射魔法を、新理論を用いて開発を変更」
「__」
「収入は__」
呂絶の報告を聞いて、亮夜は気が悪くなっているのを感じた。さっさと帰って、休息をとりたいのだが、立場上、そんな失礼な真似をすることは、今の亮夜には出来なかった。
「以上、各方針だ」
失礼なことを心の中で考えていると、呂絶の報告は終わった。
それが、退席の合図だ。
闇理を除いて、次々と席を離れた。
亮夜は、一人で部屋に戻った。
お風呂の用意をしていると、小さくノックの音が聞こえる。
亮夜にとって、それが誰かは明白であった。
念のため、液晶から通してみると、予想通り夜美が立っていた。
挨拶もなしで、こっそり部屋に入れる。
大きな椅子に夜美を座らせて、亮夜も椅子に座った。
「お兄ちゃん、その・・・」
「逆妬より扱いが悪くなったことかい?」
このタイミングで言い出しにくいことといったら、亮夜には一つしか思いつかなかった。それを先取りして言ってみせたら、やはり夜美は驚いた表情を見せた。
「このタイミングでその態度だったら、それくらいわかるよ」
「・・・どうして、お兄ちゃんだけ・・・。あたしは・・・」
「夜美。無理に僕に合わせる必要はないよ。夜美には夜美の生き方がある。君が僕のために庇う必要はないよ」
「・・・」
夜美にとって、亮夜の扱いは理不尽と言えるものだった。
しかし、その兄を慰めたり、助けたりすることができるほどの器量をまだ持っていなかった。
そのことが、夜美の心の片隅を苦しめていた。
「でも、僕のことを気遣ってくれたのは嬉しいよ。ありがとう」
「どういたしまして!」
それでも、亮夜に感謝の言葉を言われて、夜美はすぐに応じることはできた。
まだ、お互いが不確かであった二人だったが、絆は確かにあった。




