10 闇を司る者たち
「テレポート」によって、亮夜と夜美が飛ばされた先は__。
空であった。
唐突に空に飛ばされて、落下し始めて、夜美は混乱していた。
側で落下している亮夜を一切意識せずに抱きしめるくらい混乱していた。
しかも、下は学校の屋上のような所であった。
どう対応すればいいか分からず、必死にもがこうとした。
側にいる亮夜は、未だに魔力に支配されかけている状況であった。
地面に激突しそうになる__。
彼がそう認識すると、魔法による薄い層を大量に作り出した。
二人の落下速度は、魔法の層によって、どんどん低下していく。
間もなくぶつかるというところで、魔法によるクッションのようなものを作り出した。
その足場に、亮夜は綺麗に着地した。
夜美も抱きついたまま、兄程ではないが、綺麗に着地する。
「ありがとう、お兄__!」
亮夜を改めて見て、感謝の言葉も言うことが出来なかった。
亮夜から離れて、様子を伺う。
「どこだ・・・あっちか・・・」
ほとんど魔力に支配されている亮夜の様子が、さらにおかしくなっていた。
夜美のような魔法師でなくても、一目見て亮夜の様子がおかしいと分かる程であった。
彼の身からあふれ出る魔力が、もう一つの鎧と言わんばかりに、形成されている。
そして、例の奴らへの復讐心に囚われていることが、夜美にははっきりと分かった。
しかし、今は、もう戦いが終わっていた。
以前、亮夜が説明した魔力暴走現象とよく似ているが、体に負担がかかっているのは、目に見えて明らかだ。
早く止めなくては大変なことになる。
僅かな思考で、その結論に達した夜美は、亮夜を必死に呼びかける。
「お兄ちゃん、もう止めて!もう終わったんだよ!」
「奴らを・・・殺す・・・」
もはや、正気でないのは間違いない。
少なくとも、亮夜はわざわざ殺そうとする人間ではない。
妹として、そのことはよく分かっていた。
「なら・・・仕方がない。あたしが止める!」
力づくで止めるしか、今の亮夜を救う方法がないと、夜美は判断した。
亮夜に素早く接近して、抱き着いて止めようとする。
普段でも、ここまで強く抱きしめることはないのだが、そんなことを気にしている場合ではない。
幸い、亮夜からの抵抗はなかった。
意外とあっさり動きを止めることができた夜美は、亮夜に自分の魔力を流し込む。
これが、魔力暴走現象と同じなら、他人の魔力で流し込めば収まるはずだ。
亮夜の意識にリンクすると、亮夜の体内にある、異常な魔力が暴れ狂っていた。
いくら、亮夜の妹であり、標準的な成績なら、兄を遥かに超える夜美であろうと、苦戦は免れない。
それでも、亮夜の魔力を、自分の魔力で覆いつくすように、強く押しつぶす。
多大な魔力の行使に、夜美の体から、汗が流れる。
亮夜は、自分の意図せぬ魔力が抑え込まれているのを感じて、夜美を振り解くかの如く暴れ始めた。
亮夜の魔力と、夜美の魔力が激しくぶつかり合う。
自分の身が溶けていくような痛みを感じつつも、夜美は魔力の注入を続けた。
亮夜から更なる魔力が解き放たれようと、夜美が感じた時、夜美は強引に魔力を注ぎ込んだ。
暴れ始める前の魔力に、多大な夜美の魔力が送り込まれる。
暴走する魔力は鎮まった。
だが、亮夜の意思は、依然として狂ったままであった。
暴走と、夜美の魔力のイレギュラーな事態が発生したことにより、肉体的には衰弱している。
今なら、兄の心に届くかもしれない。
「お兄ちゃん・・・!」
静かに、哀しく、兄を呼ぶ。
亮夜は、静かに項垂れた。
憑き物が落ちたかのように。
静かに、亮夜は目を開けた。
「夜美・・・?」
その視界に入ったのは、空と、愛しい妹、夜美。
僅かに残っていた記憶は__。
「うっ!!」
「お兄ちゃん!?」
「ま、魔力が・・・!」
思考に入る前に、自分の体が異常を知らせた。
身体に溜まっている魔力が、許容量を異常に超えている。
自分の体が、破裂しかねない程の、濃い魔力が、激しく暴れている。
「くっ、うっ、うっ・・・!」
「どうしようどうしようどうしよう!!」
兄から手を放すことも忘れて、夜美は完全にパニックに陥っていた。
亮夜も、身体の制御が出来ずに、動けなかった。
「逃げろ・・・夜美・・・!」
亮夜は、せめて夜美には無事でいてほしいと、離脱を願った。
だが、夜美の足は動かなかった。
立て続けに起きた事態に、彼女の思考はほとんど機能していなかった。
「行け・・・うっ・・・あっ・・・はや・・・く・・・!!」
「・・・!!!」
何度も呼ばれるも、最早何も出来なかった。
「うあぁぁぁ・・・ぐぁぁぁぁぁ!!!!」
遂に、亮夜の体内の魔力が解き放たれた。
この日、屋上で起きた謎の大爆発。
後に、魔法学校爆破事件と呼ばれるようになった瞬間である。
大爆発が、亮夜の中心で発生する。
その爆発は、一帯を崩す程の衝撃であった。
5階はほぼ全壊。
4階と3階も、大損害となった。
それ以外にも、小さくない被害が発生した。
幸いなことに、重傷者はいても、死亡者はいなかった。
その真実を知る者は、ある兄妹を除いて、誰一人いなかった。
朧げに察していても、真実にたどり着く者は、しばらくの間、現れなかった。
大爆発の際、夜美はもろに直撃していた。
僅かに回復した思考力で、すぐに魔法を放てたが、気絶しないように凌ぐのが精いっぱいだ。
地面に叩きつけられ、全身強打を起こして、何とか体を起こした夜美は、亮夜の側まで動いた。
亮夜の体内__厳密に言えば、亮夜の表面__で大爆発を起こして、下手をすれば肉体が残らない程の衝撃であったが、重症を負った程度で済んだようだ。
元から精神力の強い亮夜は、夜美とほぼ同じ時間に目を覚ました。
夜美が向かってくるのに合わせて、ゆっくりと体を持ち上げる。
「お兄ちゃん、無事でよかった・・・」
「ごめん・・・。随分迷惑かけたようだね・・・」
幸いなことに、服は黒焦げになり、一部が飛び散った程度で済んだ。魔法抵抗のある素材を選んだのが、功をなした。
「夜美。周囲にある道具を回収して、すぐに離脱しよう」
身体的なダメージも大きいが、動くのが困難な程度に収まっている。夜美に一始末を頼んで、離脱を始めた。
二人がいたのは、トウキョウ魔法学校。
亮夜はこの周辺を知っていたのだが、今はそのことを気にする余裕はなかった。
つまり、どういうことかというと。
校門に、宮正と恭人が待っていた。
「やはり、お前達か」
「大丈夫か?」
恭人が納得を、宮正が心配を見せた。
服装に突っ込みたいところがかなり多いのだが__マスク部分が壊れているフルフェイスタイプのマスク(要するに、ヘルメットみたいなものだ)、一部が焼けていて、壊れている服、妙にちらついて見える魔法道具の数々__、二人とも、その点は気に留めていなかった。
「すみません、その話は後にしてくださると助かります」
正直、亮夜は真面目に会話する程の余裕はなかった。夜美も似たようなもので、一刻も早く家に帰りたかった。
「屋上の爆発、予め我らが避難させたから安心しろ」
「代わりに、戻ってきたら、事情をたっぷりと聞かせてもらおう」
「できる範囲で」
宮正が、犠牲者は出ていないことを報告して、とりあえず亮夜たちは胸を撫で下ろした。
一方で、恭人たちに大きな貸しを作らせたことを、言外に受け取った。
最低限の返事をして、亮夜たちは去った。
その後、爆破事件の影響により、トウキョウ魔法学校は、次の週明けまでの休校が決定したという。
先日の、司闇一族襲撃事件に続いて、かなりの短時間で2度の休校となったことに、不安と、疑問を抱く生徒も少なくなかった。
亮夜たちを強引に飛ばした後、司闇の屋敷では、シリアスなムードが続いていた。
「腐っても、司闇の血からは逃れられぬか・・・」
「闇理お兄さん、かっこいいこと言っているようだけど、あのバカ野郎に付き合う必要はないと思うよ」
別れる直前の亮夜を見て、それなりの感嘆を覚えていた闇理に対して、深夜はやはりバカにした態度をとっていた。
「しかし父上、なぜわざわざ亮夜を生かそうと思ったのです?夜美はともかく、亮夜に生きている理由はありませんが」
「お前達にやらせていない実験があることは知っているだろう?」
闇理が疑問に思ったことを質問すると、呂絶は答えを返した。
「あの二人には、お前達では真似できない程の仲の良さがあった。そして、お前達にはやらせたくはない実験を、あの二人にやらせる」
その言葉を聞いた時、深夜は露骨な程、顔を赤らめていた。
あくまで、年齢的には、14歳の少女だ。
そのような子供に、男女の交わり、それもタブーとされる交わりの話を連想させる話をされて、動揺しない方が少数に違いないだろう。
一方の闇理は、父の言葉に納得を覚えていた。
実情はともかく、きょうだいの中で亮夜と夜美が、一番仲がいいことを知っていた。
__そして、その程度で動じる程、神経が繊細ではなかった。
「成程。しかし、それなら強引にさせた方がよろしかったのでは?いくらあの幼児体型とはいえ、既に13歳以上であるため、生殖能力にさほど問題はないと思いますが」
「あ、闇理お兄さん!あたしの前で、そ、そ、そのような話はやめてくれる!?」
「耳でも塞げ。媚薬くらい、何ともないはずです」
容赦のない闇理の発言に、深夜は顔を真っ赤にして、耳を塞いだ。一方で、少し耳を空けようとして聞きたがっているのは、年頃の女の子として気になるからだろうか。__本人にそんなことを言ったら、魔法で吹き飛ばされるに違いない。
「いままでも、そのようなことをやったが、満足のいく結果はなかった。ならば、自然に近い形で、アプローチさせたらどうなるか?それも、血だけなら確かな二人が。面白いことになりそうだ」
呂絶は、今までと違ったサンプルだと、言外に説明した。
内容の妖しさについていけなくなった深夜は、とうとう部屋から出ようとした。
そのドアにかけようとした時、
新たな二人組が入ってきた。
「ただいま戻りました、お父様」
「お父さん、戻ってきました」
長身のスレンダーな女性は、司闇華宵。
ショートな髪と派手なピアスから、いかにも激しそうな印象を与える。
一方の、大人ぶった髪が目立ち、ケガをしている男の子は、司闇逆妬。
亮夜と夜美のテスト台として用意されて、敗北した司闇のきょうだいの末っ子だ。
「華宵姉さん、逆妬」
「深夜姉さん。ごめん、負けちゃったよ。姉さんの役に立ちたかったのに・・・」
「気にしなくていい、逆妬。あんたはまだまだ未熟。もっと強くなりなさい」
「姉さんは相変わらず素っ気ないんだから。逆妬、お父様の役に立ったんだから、そんなに気にすんじゃないわよ」
そのようなことで、出るタイミングを逃した深夜は、再び家族の会話に付き合うことになった。
「お父様、キュウシュウのスパイの件、抹殺を完了しました」
「ご苦労。さすが、闇理に次ぐワシの子どもたちの傑作じゃ」
「ありがとうございます。所で、亮夜と夜美は?」
「あの二人なら、さっき帰した。会いたかったか?」
「まさか。でも、生きていたなんてね」
「僕も驚いたよ、華宵姉さん。生きている価値もないゴミクズがまだいたとはね」
「そういうな、逆妬。父上が、わざと離して新たな実験台にするとお考えだ」
「え、何々!?」
「ガキに言えねえことだ。結果くらいは聞かせてやるよ」
「闇理お兄さん、あたしも年齢的にガキなんだけど!?その無駄な配慮何なの!?」
「その辺にしておけ、お前達。続きは晩餐会でどうだ?」
「やったー!皆そろうなんて久しぶり!」
「悪くはないな」
「まあ、どうしてもっていうなら、皆に合わせてあげるわよ」
「いいわね。荒んだ心を癒すのも、悪くはないしね」
4人の子供たちが、様々な態度で喜んでいるのを見て、呂絶は表面的に限り__内面を読むのは、闇理であろうと不可能だろう__、笑みを浮かべた。
当主の呂絶。次期当主の闇理。その妹たちの華宵、深夜、逆妬。
彼らが、今の司闇の根幹を成すエース格であった。
本当は、ここにもう三人加わるはずだった。
しかし、全員が様々な理由で、彼らの前から姿を消した。
ニッポン一の最大の闇とも言われる司闇。
その内側の者たちも、全てが闇を抱えている。
勿論、当主の呂絶もそのことを自覚している。
計画を優先して、私利私欲の犠牲となった、妻。
野心から、当主となるために犠牲とした、老いぼれた父。
そして、相棒にして、最後は犠牲とした、弟。
彼もまた、数々の闇を抱えていたのだった。
自分の子供たちも例外ではない。
今のきょうだいの全員が、誰かを強く恨んで育った。
皆、誰かを必要な任務以外で殺している。
それが、最強の力を手に入れた故の代償だろうか。
呂絶は一人になると、たまにそう考える。
だが、今回は違った。
姿を消した、三人の子供たちを思い出した。
亮夜と夜美は、全く違った育ち方をした。
憎まず育った二人は、全く違った結果を生んだかもしれない。
それなのに、別れに見せた、亮夜のアレは、やはり司闇の宿命なのか。
だとすると、夜美もそうなのか。
力。
一つ、孤立したが故に、手に入れたソレは、格別であった。
だが、心は歪んだ。
誰一人逃れられない呪われし魔法。
その力が、三人を消した。
全ては、「闇」に従って。
最も闇に精通し、闇を司る一族であるが為に、「光」は手に入らない。
定まらない方針と答えに、呂絶は一人で溜息を吐いた。
既に、行きつく先は「闇」でしかないことを、呂絶は知っていた。
最早、身も心も、「闇」に取り憑かれた。
一体、本心から求めている物は何なのか。
何度それを問い直しても、答えが出ることはなかった。
[続く]




