9 亮夜の決断
その通路を進むと、屋敷の通路のような所に出た。
そこにいたのは、メイドというのに相応しい姿をした女性だったが__。
(分かっていて、コイツを向かわせたのか?)
そんなことを考えつつ、亮夜は夜美の影に隠れるかのように、後ろへ下がった。
夜美はいきなり下がった兄を見て、少し困惑するも、相手を見てその原因がすぐに分かった。
胸が立派だ。
女性というのを強調させるシルエットだ。
亮夜にとって、肉体的に最も苦手なタイプだ。
その原因を知っている夜美は、ただ同情することしかできないのだが、自分が相手をしないといけないことには間違いない。
「お待ちしておりました、亮夜様、夜美様。闇理様たちがお呼びですので、こちらにいらしてください」
その言葉遣いから、客人の如く扱われているのが想像できるが、敬意を最低限払ってもらえるだけマシだ、と夜美は思いつつ礼を言った。
三人は長い通路を進んでいく。メイド、夜美、亮夜の順で。
「いつになったら、この苦行は終わるんだ?」
「頑張って、お兄ちゃん。あたしがいるから」
「そうだよな、夜美が側にいるから、まだマシだよな」
亮夜の愚痴に小声で付き合いながら、進んでいると、立派な扉の前に着いた。
「こちらが謁見室です。どうぞ、ごゆっくり」
メイドがそう言い終えると、去って行った。
一般的な案内人として見れば、褒められた行動ではないが、ここは司闇の屋敷だ。このような例外行動を一々気にしてはきりがない。
メイドが去ったのを確認すると、亮夜は元の調子に戻っていた。
「分かっていても、つらいな、アレは。絶対イヤなこと考えているに決まっているよ、あの__」
「・・・まあ、お兄ちゃんは頼れる方がいいよね」
ストレスが溜まっているのか、愚痴を繰り返す亮夜に、夜美は文句を言い出しそうになるが、自分を納得させる言葉で誤魔化した。
「それよりさ、メイドさんの言葉はどういうことかな?」
「確かに気になるけど・・・。ここまで来て退くのもな・・・」
話題を変えて、目標を変えたのだが、残念ながら取り得る手段は変わらないようだ。
覚悟を決めて、二人は大きなドアを開けた。
その先に待っていたのは__。
真ん中の社長が使うような立派な机に、司闇の当主、司闇呂絶。
その右に、次期当主、司闇闇理。
対照的に左側には、夜美と似た女性が座っていた。
「よく来たな、亮夜、夜美。まさか、生きているとは思わなかったぞ」
最初に口を開いたのは、呂絶だ。
亮夜たちは部屋に入り、慎重に彼らを見詰める。
「そう緊張するな。あくまで、父上とお前達が話をするだけだ」
亮夜たちの態度を戦闘態勢と勘違いしたのか、闇理がそう解説を加える。
「分かりました。では、何とお呼びすればいいでしょうか?」
亮夜はこの会話を始める前に、自分たちの立場をはっきりさせる必要があると思った。実際、夜美もどのように喋ればいいか分からずに戸惑っていたので、対応としては妥当と言えるだろう。
ここでは、かつてのきょうだいである「司闇」としてふるまうべきなのか、それとも、他人の「舞式」として対応するべきなのか、分からなかった。
「好きにしろ。それよりもさっさと座れ」
「分かりました。お言葉に甘えて」
結局分からなかった。あるいは、どっちでもいいということかもしれない。
慎重に言葉を選びつつ、亮夜は3人の前にある一人用ソファに腰を下ろした。夜美も兄に一呼吸遅れて続いた。
「華宵はいないが、久々の再会だ。嬉しく思わぬか?」
「呂絶さん、なぜ、僕たちを呼び出したのですか?しかも、あんな派手なことをやらせておいて」
呂絶は、少しは友好的に見える態度で接したが、亮夜たちからすれば、見せかけの態度、あるいは社交辞令のように感じた。
このような相手にそんな態度をとるのが面倒だったからなのか、亮夜はさっさと用件を切り出した。
その勝手な態度に、側に控えていた女性、司闇深夜はムッとした態度を見せたが、誰一人気に掛ける様子はなかった。
「お前達を試したかったからだ」
「試す?」
理解できない、と顔では言っている亮夜に対して、呂絶は言葉を続けた。
「あの時、お前達は揃って死んだことになっていた。それがつい先日、生きているという可能性が分かって、本人だと推測できた時、ワシの確かめたい欲求が止まらなかったのだ」
最初は抹殺を考えていた父とは打って変わった様子に、闇理を除いたきょうだいたち__もちろん、亮夜と夜美は含まれていない__は、呆れそうになっていた。
呂絶は、開発者として一級品の実力を持っている。その影響だからなのか、しばしば状況を無視して探求することを優先することがある。
今も、殺すはずだった相手を実験台にして、楽しんでいた。
「中々面白かったぞ。6年もの間サボっていたのに、最も腕が足りないとはいえ、逆妬に勝つとは、思ったよりやるではないか」
「・・・お褒めに預かり、光栄です」
完全に形式的な言葉で、亮夜は答える。ここにいる誰もが、亮夜が本心で言っていないことを見破っていた。
「でもね、所詮あたしたちに勝てるはずはないわよ!お父様の気まぐれで偶々生き残っていること、感謝しなさいよね!」
「分かっていますよ、深夜さん」
それを突いているのか、ただの対抗意識なのか、亮夜たちを馬鹿にするかのような深夜の発言を、亮夜は応えていないかのように流した。
深夜は夜美の双子の姉。だが、育った環境の差なのか、気質なのか、6年前の時点でも全く似ていない。
顔立ちはそれなりに近いところはあるのだが、体つきは深夜の方が(身長的な意味で)立派だ。性格も、深夜はきつくて生意気で癖の強い性格なのだが、夜美は人懐っこく、天真爛漫な、この中ではかなり浮いている性格であった。
「精々夜美に感謝しなさい。あんたのような弱虫じゃあ、ここにいても使用人程度だからね!」
やはり亮夜を見下すような態度。「司闇」にとって、亮夜と夜美は最悪の犯罪者としての意識が強く、精神的に未熟な深夜や逆妬は、ついつい亮夜たちを見下す態度をとるのだった。
夜美からすれば目の前にあるテーブルをひっくり返したい程、怒っていたのだが、ここでは自分のふるまい一つで、自分も兄も、死の刃を向けられるということを理解していた。亮夜がそのようなことをしていないのに、自分が先走ってはいけないと強く自制心をかけていた。そういう意味では、双子の姉たちよりは、精神的に大人と言えるかもしれない。
一方の亮夜は、このような扱いは慣れてしまっていた。何を思っているか分からない瞳を、深夜に向けていた。
「随分生意気になったようだね。夜美もこんなへっぽこ兄貴を甘やかすんじゃないわよ!大人しく野垂れ死んでいればよかったのよ!」
「その辺にしておけ、深夜。まだ話は終わっていない」
「!ごめんなさい、闇理お兄さん・・・」
さらに亮夜への罵倒が続こうとするが、闇理が冷徹に深夜を止める。
「お前は昨日、我が司闇一族に敵対する意思はないと告げた。そこで、我らの元にやってこられるか命令した。お前が、命令をとるか、自分の意思をとるか、試すためにな。そして、お前は命令をとった。息子たちの一人を倒して、ここにくる確固たる意志。やはりお前達は、司闇の人間だ」
呂絶がそう評価した所に、同席者全員に衝撃が走った。
「お前達にもう一度チャンスをやろう」
それがどういう意味か、何も言わずに分かった。それも、全員が。
「亮夜。夜美。戻ってこい。改めて、司闇の名を名乗ることを許そう」
「父上!?一体何を!?」
「お父様!?」
分かっていても、闇理も、深夜も、思わず口に出してしまった。それだけ、亮夜と夜美が戻ることに、納得がいっていなかった。
亮夜と夜美は、二人とも無言であった。二人とも驚いて言葉に出なかったのだった。
「ここまでの成果を見て気が変わった。お前達の行方不明によって起きた影響は、ワシの名にかけて、全て元に戻す。もう一度、完璧な教育を受けさせて、闇理に次ぐ右腕としよう。あんなつまらない教育より、絶対的な強さが手に入る。どうだ、悪い話ではあるまい?」
亮夜と夜美は沈黙したままだった。
「父上、お言葉ですが、亮夜は表向き死亡したことになっています。しかも、我がきょうだい一の問題児。死んでいたことにしておいた方が、都合はいいと思いますが」
「お父様、あたしも闇理お兄さんと同じです。夜美はともかく、亮夜は一番の出来損ない。さっさと殺しておくべきです。無駄な情に惑わされる必要はありません」
代わりに、闇理と深夜が呂絶の説得に入る。__説得というには、あまりに物騒すぎるが。
呂絶も、かつての亮夜の悪評は知っていた。
事実、処刑を発表した時には、表にいた人物は全員が喜んでいた程であった。
確かに、亮夜を改めて迎えるには、リスクが高い。
いくら、直系の者たちの実力が高いといっても、あくまで組織だ。
部下をなくして、成り立つはずがない。
成り立つといえば成り立つかもしれないが、今の体制は崩れるに違いない。
そう判断した呂絶は、二人の提案を受け入れた。
「分かった。ならば亮夜、夜美を差し出せ」
その発言が出た時、この説得(?)で、初めて亮夜と夜美に動きがあった。
「どういうことですか?」
僅かな間の後、亮夜は慎重に尋ねる。
「夜美をこの司闇に迎えるということだ。もし、この願いを受け入れるというなら、お前への怨恨は捨てると約束しよう」
「!」
その望みは、亮夜が願っていたものであった。
だが、今、ここで望みを叶えることは、夜美を捨てることと同じことだ。
亮夜の記憶に、夜美の過去が蘇る。
あの時、「司闇」全てと亮夜を天秤にかけて、夜美は亮夜を選んだ。
亮夜と一緒にいたい、その想いだけで。
そして、奇跡は訪れた。
名を捨てたことで、夜美の兄である亮夜を取り戻した。
身分も、立場も、家族も、何もかも捨てて、亮夜のためだけに、亮夜を選んだ。
その妹を、どうしてここで捨てられる。
夜美を失うことは、半身を、心の全てを失うようなものだ。
心の奥底から、地獄の業火とでもいうべき怒りが湧く。
その間、僅かな時間しか経っていなかった。
呂絶が沈黙の肯定と受け取る前に、夜美が答えを出す前に、亮夜は叫んだ。
「断る!!!」
その威圧感は、司闇の者たちにも負けていなかった。
側にいた夜美と、向こうにいた深夜は思わずよろけたほどだった。
「ふざけるな、夜美を渡せだと?そんな願い、聞くバカがどこにいる?お前達なんかに夜美は渡さない。夜美は僕のものだ。それを邪魔するというなら、誰であろうと許さない」
先ほどまでの冷静さはどこにいったのか、怒り狂う一歩手前にまで激昂した亮夜に口を挟める者はいなかった。
普段なら、顔を赤くしていると思われる夜美も、亮夜の威圧感とともに、シリアスな表情のまま、横に並んでいた。
兄の意思は、自分の意思であると言うかのように。
闇理と呂絶は、面白いという表情を向けていた。
ただし、亮夜の言葉ではなく、亮夜の様子に。
亮夜の魔力が、溢れ出ている。
彼が発表した、魔力暴走現象の如く、彼の周囲で渦巻いていた。
その二人はまだましであったが、深夜は慌てていた。
いや、表面的には慌てていないのだが、同席者の中で、最も落ち着いていなかった。
亮夜の魔力が暴走を始めようとし、夜美と深夜が慌てていて、闇理と呂絶が窺い知れない表情を亮夜に向ける。
混沌から脱したのは、呂絶の言葉であった。
「面白い。ならば試してみせよ」
その言葉では、亮夜は怯まない。精神の一部を魔力に支配されているものの、まだ抑えられる程度には落ち着いていた一方で、収まる程には、止まる引き金とはならなかった。
その代わり、夜美が耳を傾ける。
「お前が夜美を守るというのなら、外で試してみるがいい。いつか、ワシの元に戻ることが出来る程の力、手に入れることを願おう」
早い話が、この司闇の力なしで、自分たちと同等の力を身につけてこいとのことだ。
それを完璧に理解できる人物はいなかったが、言いたいこと自体は、亮夜はともかく、それ以外の人物には分かった。
「父上?」
それでも、実の子で、最も近い立場である闇理でも、父の真意は理解できなかった。
気になった彼は、説明を求めた。
「勘違いするな。優先順位が繰り下がっただけだ。気が向いたら、その都度処刑に向かわせる。少しはワシらを楽しませてみせろよ?」
こんな簡単に解決するわけではないと、夜美はそう確信した。
少なくとも、表面的に殺そうとしていないだけ、マシだと思えてきた。
「お父様、次はあたしにお任せください。夜美のために、亮夜を仕留めてご覧にいれましょう」
「いつか、俺が処刑に向かった時、それがお前達の最期だと思うがいい。それまで精々、俺たちの為になるがいい」
実際、子供たちもそのようなことを言い出している有様である。
「闇理は分かっているだろうが、深夜。あくまで、ワシの気が向いた時だ。必要のない羊を殺す必要はない」
とはいえ、現時点では、まだその気になっていないのは確かだ。
そろそろ兄を戻さないと、後が大変になってきそうなので、夜美は亮夜の暴走を抑えにかかった。
「お兄ちゃん、もう戻っていいよ。話し合いは、無事に終わったよ」
しかし、亮夜の魔力が収まる気配がない。
まだ体に収まっているのだが、これが解き放たれれば、大変なことになると、夜美は身を以って分かっていた。
夜美が立ち上がり、亮夜の暴走を魔法的に抑えようとする。
その時、呂絶が魔法の準備を始めた。
「!」
まさか、亮夜を止める気だろうか。
三人は呂絶の魔法を見て、それぞれの反応を示した。
闇理は納得、深夜も納得の表情であったが、夜美だけはパニック一歩手前の状態になっていた。
「また会おう、次は我が血族として会うことを願うぞ!」
まだ実用化されていない、空間を入れ替える魔法「テレポート」であることが、亮夜以外の全員に分かっていた。
亮夜と夜美は、魔法によって、別の所に飛ばされた。
亮夜たちと、司闇一族の密談は、これで終わりを迎えた。




