8 闇に魅入られた者
その夜には、亮夜たちの元に一通のメッセージが届いていた。
そこには、亮夜たちは司闇の屋敷に来てもらうというメッセージであった。
なぜか、差出人は不明となっていた__個人登録をしていない場合、通常はIDで表示されるが、それすら正しく表示されていない__が、これが司闇の者から届いたのは明白だ。
亮夜からすれば、追跡を分かっていて見逃していたのではないかと邪推したくなったが、ひとまず明日のために準備する方が先であった。
次の日、亮夜も夜美も学校を休んで、司闇一族の屋敷へ向かった。
メッセージには来てもらうとしか書いていないが、相手が相手である以上、用心しすぎるに越したことはない。
類を見ない程、重装備で固めて、対策は万全だ。
サングラスと同等の機能に加えて、頭を守るフルフェイスマスク(オープンフェイス機能つき)、特殊素材でできた、ある程度の魔法や刃物を弾く服、その中に大量に仕込んだ特殊武装、さらに魔導書に杖に魔法銃も用意して、亮夜は魔法剣、夜美は大型のブレスレット(魔導書を腕一つで収めたバージョンだ)を装備していた。さすがにこれだけの装備を持つだけあって、重さは数キロに及ぶ。だが、人並以上に鍛えている二人には、ほんの少しの負担__一般人が通学バッグを持つ程度の__しか感じていなかった。
傍から見れば、完全にヤバい奴としか見られようがない(特にマスク)のだが、二人はそのことを全く意識せず、向かう相手のことしか意識していなかった。
そんなこんなで、亮夜たちは昨日、司闇一族が姿を消した山道に到着した。
しかし、ただの道となっている。
亮夜が感知すると、特殊な魔法のカギがかかっている、つまり、トリガー式のカギがかかっていることが分かった。
そのカギを読み込んで、魔法で再現しようとするが、亮夜の魔力では、再現しきることは出来なかった。
だからといって、夜美にやらせるには、夜美本人でカギを解読させる必要があるのだが、生憎、亮夜程の魔法解読スキルはない。亮夜から伝えるのも、魔法を直接口頭で伝えるのは至難の業だ。
やはり、亮夜の魔力で、無理やり解錠しなくてはならないようだ。
「夜美、僕の制御を頼む」
亮夜が選んだのは、夜美と協力して、魔力制御力を高めて解錠することだった。
亮夜が解錠する中、夜美が亮夜の魔力を制御して、暴走を抑える。
理論上では、魔力制御を他人に行うものではあるが、他人の魔法を制御するのは、常識的には非常に難しい。
しかし、亮夜と夜美は、兄妹である以上に、特別な繋がりを持った二人であった。どういう形であろうと接触していれば、二人には相手のことが分かる。
亮夜が魔法を組み立てている中、夜美には亮夜の意識がどこに使われているかが分かっていた。亮夜の意識が危険な所__早い話がトラウマである__にアクセスしないように、自分の魔力でブロックしていく中で、魔法は亮夜の別意識で組み立てられていく。
本来のリソースの半分近くが使用出来なかったため、速度は非常に遅い。その分、亮夜に目立ったダメージはなく__無駄に消耗した分、亮夜も夜美もそれなりに息が上がっていたが__、魔法は完成した。
その魔法を、山に向けて放つ。
すると、山の中に大きな穴が出来た。
亮夜と夜美は覚悟を決めて、司闇の屋敷へ続くはずの洞窟に入った。
洞窟に入って、すぐの足元に、端末が置いてあった。
少し調べても、罠らしきものは見当たらない。
一度置いた後、亮夜は離れてスイッチを押した。
「(よく来たな、亮夜、夜美。お前達の「元」兄の闇理だ)」
二人は知らず知らずの内に眉を潜めていた。
「(ここに来た以上、「司闇」の次期当主として、貴様らに面会を求む。この洞窟を越えて、謁見室まで来てもらおう)」
随分な上から目線ではあるが、その点は亮夜も同じことをしたので、どっちもどっちだ。
わざわざ自分たちと同じ手で要件を伝えるとは、余程癪に障ったのか、ただの戯れなのかは区別をつけにくいが、どういうことであろうと、ここに来た目的は1つだ。
今一度、司闇の者と会い、決着をつける。
正直、6年分の因縁をここで返せるとは、亮夜も夜美も思っていない。
あくまで、「舞式」として、ケリをつけるということだ。
「司闇」としての戦いは、またいずれあると思っていた。
だが、それが、今進むべき道であるならば、兄妹の答えは1つだ。
「・・・行こう」
「うん」
亮夜と夜美は、「司闇」との正式な謁見を求めて、無秩序な洞窟へ足を踏み入れた。
洞窟、とはいっても、人工的に作られている部分が少なくない。
燭台があちこちにあるため、見えなくて困るという事態は少ない。
それでも、道中はかなり暗く、行先は分かりにくい。それどころか、ものすごく入り組んでいた。
「お兄ちゃん、これ、どうやって進むの?」
「マッピング用の魔法装置を持ってきて正解だった。これで通っていない所を通っていけば、その内出口に着くはずだ・・・」
そんなことを言っているが、既に30分近く迷っている。
マッピング機能が仕事しているから、帰ろうと思えば帰れるのだが、途方もない作業ではあるので、二人とも疲れが見えてきた。
さらに言えば、トラップが妙に仕掛けられている。
落とし穴、火炎放射器、実弾、ビームやナイフまで仕掛けられていて、その都度対応しなくてはならなかった。
「やっぱり、最初から見なかったことにした方がいいんじゃなかったの?」
そのようなことを言い出す程、夜美は精神的に(魔法的にではない)疲労していた。
「結果的には無駄足になるかもしれないけど、安易に断って逆鱗に触れるよりはマシだ。この仕掛けが何の意図なのかは気になるが、ひとまず先へ進まないと」
それに対して、亮夜は最善を尽くすことを重視して、わざと誘いに乗ってやった(と、亮夜は思っていた)。
途中で何度か休憩を挟みつつ、どんどん奥の方へ進んでいく。
そして、明らかに人工と言えるような、地下空間に到達した。
「この奥から、禍々しい雰囲気を感じるね・・・」
「どうする?少し休んでから行くかい?」
もし、ロールプレイングゲーム(RPG)ならば、この先にボスやイベントが待っているかのような印象だ。
もちろん、ここは現実なので、そんな大層なことがあるとは考えにくいのだが、先に何かありそうな中で、万全の状態にしておくのは、決して悪いことではないだろう。
「とうとう、こんなところまで来たね・・・」
「ああ、6年ぶりか。気を引き締めて行こう」
「ねえ、お兄ちゃん」
「何だい?」
「もし、無事に終わったら」
「夜美、その先を言う必要はない。今、ここで勝つことが、何より重要なことだ。夢を持ったとしても、前を見られなくちゃ何の意味もない。だから、心の中に留めておいて。でも、君には僕がいて、僕には君がいる。それは、ずっと変わらないよ」
「うん」
「そろそろ行こう。準備はいいね?」
お互いの未来を見据えた後、二人は立ち上がり、人工的なドアを開く。
そのドアの奥には、一人の男が待っていた。
「久しぶりだね、亮夜兄さん、夜美姉さん」
その人物は、亮夜よりは小さく、夜美よりはマシ程度の体格。
黒と赤を混ぜた、禍々しさを感じるマントを着け、肩までかかる程のロングヘア。
一般的に見れば、不良少年と言うのに相応しい見た目であった。
亮夜は余り記憶がないのだが、夜美はその人物に見覚えがあった。
「まさか・・・逆妬・・・さん?」
「姉さんは物覚えがいいねぇ。どうして、その出来損ないの兄を選んだのか・・・。そう、僕は司闇逆妬。そこにいる駄目兄貴よりよっぽど役に立つ、闇理兄様の弟さ」
その人物、司闇逆妬は、闇理たちの世代のきょうだいの末っ子。夜美より3つ年下である。
亮夜を度々貶す発言をしていた逆妬に、夜美が怒りのトリガーを引きそうになるのだが、フェイスオープンしていた亮夜がそれを制止して、会話に加わる。夜美も兄に倣って、素顔を見せた。
「そうか。僕は舞式亮夜。君の兄である司闇闇理に呼ばれてここまで来た。君の役目は何だ?」
「釣れないねぇ、仮にも久々に会った可愛い弟だよ?もう少しバカ兄貴らしく、喜んだらどうなんだい?ま、死んだはずだから、分かることもないか」
生意気かつ挑発的な態度が目立つ逆妬に、夜美が目に見えて憤慨しているように感じたが、亮夜はそれを止められる程度には、動じていなかった。
「御託はいい。質問に答えてもらいたい」
「君たちを確かめるために、この僕が直々に出向いていったわけさ。ここまで来た蛮勇は褒めてやるけど、随分舐められたものだね。6年もの間、この世界から離れていた君たちに、この僕たちに敵うというのかい?」
「何が言いたい」
口ではいつもよりも厳しめな態度が目立っているが、既に亮夜は臨戦態勢だ。夜美も兄に倣って、武器の準備をしている。
「兄様が戯れとして、僕とやらせるということだ。君たちを捕らえて、もう一度、僕たちの手で、調教してあげるということだよ!」
逆妬がそう言うと同時に、「ダーク・バレット」を二人に向けて放った。
夜美が「ダーク・ウォール」で防ごうとする。
闇の弾丸は、闇の壁の前に阻まれた。
「ふん、少しはやるようだね」
「闇だけではない、僕たちの力を見せてやる!」
亮夜が啖呵を切っている間に、戦力を分析する。
夜美と逆妬の実力は互角か、夜美の方が僅かに優勢かと言った所。
亮夜がいる分、総合的な戦力はこちらが上だろうが、油断できない相手であるのは間違いない。
実戦経験の差は、相手の方が多いに違いない。
総合的に見て、ステラとは比較にならない程の強敵だ。
夜美に指示する時間も惜しいが、幸い、二人とも基本戦術は十分に身につけていた。
夜美が様々な魔法で攻撃していく中、亮夜が隙を見て、追撃の魔法を放つ。
だが、逆妬も負けていない。
的確に攻撃を回避しては、反撃の魔法を打ち込む。
それを、亮夜と夜美は確実に回避している。
お互いに牽制し合っている、膠着した状態がしばらく続いた。どちらかが気を抜けば終わる、そんなギリギリの状況であった。
ここで、逆妬は、「ブラック・ホール」を放って、動きを縛った状態で夜美を狙う。
夜美に飛び蹴りを放とうとするが、亮夜が展開した魔法剣の前に阻まれた。
「面白い、付き合ってやろう!」
逆妬がそう言い放つと、彼もビームサーベルを取り出して、亮夜に攻撃を仕掛けた。
一見すると、互角に戦えているのだが、地の利は逆妬に取られていた。
亮夜は、「ブラック・ホール」に足をとられていて、非常に分が悪い。
今はこうして夜美が逃げる程の隙は作れたが、この相性の差では、破られるのも時間の問題だ。
亮夜の使う魔法剣は、特注のアレンジ品で、魔力制御を最小限に抑えたコストパフォーマンスを重視した安全性重視__特に亮夜にとって__なのだが、この状況下では、特筆して役に立つことはない。
斬り合いが続いた中、逆妬は鍔迫り合いの如く力づくで、亮夜の剣を押し込む。亮夜がまともに止めれば、確実にバランスを崩すに違いない。
しかし、亮夜はわざと回避して、「ブラック・ホール」の引力を利用して後退した。
「何!?」
その直後、夜美が「ブラック・ホール」を破壊し終えて、後方へ吹き飛んだ亮夜は、その反動を利用して、逆妬に斬りかかる。
さらに、夜美がかけた加速魔法に合わせて、目にも留まらぬ速さで、逆妬に突撃する。
逆妬は、少しずれた所にビームサーベルを待ち伏せた。亮夜のすれ違い様に自ら斬らせるという寸法だ。
それに対して、亮夜は大きく横に剣を構えた。
二つの魔法の刃が重なる。
「くっ!」
純粋な魔力の力比べは、逆妬の方が上だった。
だが、亮夜の速度を乗せた一撃を弾き返せる程ではなかった。
二つの衝撃が、周囲を大きく吹き飛ばす。
亮夜は上に吹き飛び、逆妬は後ろに吹き飛ばされ、夜美も魔法の壁を作って耐えていた。
その結果、一番早く動けたのは、体勢的に最も安定していた夜美であった。
「ファイア・チェイン」と「アイス・チェイン」を同時に放ち__ステラ戦で使った「シックス・キャッチ」の簡易版だ__、逆妬を捕らえようとする。
二つの鎖を、逆妬は魔法で弾き返して、天井を蹴って飛んできた亮夜を待ち構える。
亮夜と逆妬の剣が一気に距離を縮める。
剣先が当たる瞬間、亮夜は剣先をずらして当てた。
弾かれた影響で、亮夜の飛ぶ軌道は少し曲がる。
それを利用して、受け身を取れるようにしつつ、横から斬りつける。
逆妬の弾かれた剣は、わずかな隙を生んでいた。
横から飛んできた素早い一撃に対応できず、直撃した。
「うわぁ!」
大きく吹き飛ばされ、その間に夜美が巨大な重力玉、「グラビティ・ボール」を放つ。
動きを封じられ、抵抗することは、今の逆妬にはもう出来なかった。
逆妬を倒した__夜美の一撃で気絶させた後、そのまま放置した__時、突如、中央に映像が現れた。
「思ったよりやるではないか、二人とも」
その声の主は、闇理。
誰が見ても分かる程、きつい態度が見えている闇理に、亮夜も夜美も嫌悪感を隠していない。
「この扉を開いて進むがいい。後は、我が配下のメイドが案内してくれよう」
それで、映像は切れた。
逆妬に案内させるつもりだったのかは分からないが、今は進む方が先だ。
亮夜と夜美は先へ進んだ。
倒された逆妬は、ただ一人、この部屋に残されていた。




