6 明かされた秘密
司闇一族の屋敷。
次期当主、司闇闇理はその件の報告を受けて激昂していた。
「何をやっているのだ、貴様ら!」
「も、申し訳ありません!やはり、我らと闇理様では、実力の差が__」
「戯け!見苦しい言い訳など聞きたくないわ!使えない部下どもめ・・・!」
亮夜と夜美の捕縛を命じた後、最初に狙いをつけたのは、トウキョウ魔法学校にいる舞式亮夜とその妹の舞式夜美だった。
彼の素性を調べると、10組という、魔法六公爵どころか、エレメンタルズでさえ大恥なことであったが、棚上げにして捕獲することにした。
もし、彼らがその人物でなくても、将来有望な魔法師は多数いる。ついでに攫っておけば、結果的に無駄足にならないと、闇理はそう判断した。
しかし、彼の前に戻ってきた報告は、全員が行方不明になったということだった。
つまり、無駄な犠牲を生んだだけであった。
「これだったら、かつての夜美の方が使えるわ!」
「闇理様、それはあんまりです!どうか、命だけは!」
「口を閉ざせ!貴様など、もう見たくもない!」
そう言い放つと、別の部下たちが、その男を捕らえた。
連れていかれたのは、ある魔法施設の一つ。
溶鉱炉に男は突き落とされ、何もかも残らなかった。
その様子を眺めていた闇理は苛立ちが消えていくのを自覚した。
生まれつき、加虐性癖がある闇理は、こうして殺さないと、気が済まないことが度々あった。
最近では、ただ殺すことはなくなり、特殊な装置に巻き添えで殺すことが最近の楽しみとなっていた。
この溶鉱炉は、魔力を抽出する装置。
人間を溶かすことで、魔力成分を抽出する。
さらに、ここから抽出されるのはただの魔力ではなかった。
特別な力を引き出す元となる、一般では扱われない魔力であった。
抽出されたドリンクを一杯飲んで、闇理は思考を巡らせた。
(生きていたとはな、亮夜・・・。あの時、夜美に任せたのが間違いだったか)
この件で、舞式亮夜と舞式夜美が、行方不明、あるいは死亡したことになっていた自分の弟と妹であることを確信した。
(生きていたなら殺すまで。最悪の裏切り者どもめ)
手遅れになる前に、抹殺しなければならない。
(だが、この6年、我らの悪評は流れなかった。一体、奴らは何を考えている?)
しかし、その手の不祥事が上がらなかったことを、闇理は不思議に思っていた。
(まあいい。まいてくれた種をむざむざと吹き飛ばす必要もないか)
そう結論づけて、闇理は二人の抹殺の案を立て始めた。
次の日、亮夜と夜美は朝からコンソールに向かっていた。
「おはようございます、宮正さん」
映像は切ってある(最初から出すと、見せられないものが見えてしまうことがあることによる、マナー的な意識だ)中、つなげた相手、雷侍宮正に挨拶をした。
昨日の夜、明日の早朝に電話をかけるとメッセージを送っておいたのだ。
「おはよう、亮夜。血を分けし貴様の相棒は何故に?」
「僕の妹なら、まだ学校の時間ではないので、普通にいますよ」
「そうか、で、我に話とは何だ?」
少しの雑談を挟んだ後、宮正は要件を要求した。
「例の件について、宮正会長の権力の行使を希望します」
「ほう」
例の件とは、「司闇」のことだ。おくびにも出していないにも関わらず、宮正は正確に物事を理解していた。
「政府の調査機関のデータの閲覧。奴らのデータを調べたいのです」
「貴様の望み、我は呑んだ。しかし、ただの情報なら、貴様が深く見破っているのであろう?」
「協力に感謝します。今の僕たちでは、魔法六公爵に接触するのはハイリスクです。それに、政府には政府の情報網があるはずです。奴らも知らないデータがあるかもしれません」
宮正の発言を理解した自分の解釈と、宮正の考えと合っているかを探りつつ、理由を説明した。
亮夜は気づいていないが、魔法六公爵は現在、亮夜に警戒態勢を敷いている。あの「司闇」の関係者かもしれないと。
亮夜たち兄妹が「司闇」の血を直接引いていることには気づいていないとはいえ、亮夜の懸念は結果的に正解であった。
「分かった。今、信用できる後輩を見学させたいと依頼したら、あっさりと承諾してくれた。12時に、学校に来てくれ」
「承知しました」
そう纏めて、電話を切った。
会話には参加していなかったが、夜美は隣でずっと聞いていた。
「そういうわけだ。そっちはそっちで気を付けてくれ」
「分かっているよ。それに、お兄ちゃんの方こそ、失敗しないでね」
二人はそう一言ずつ掛け合った。
夜美の目は、亮夜と一緒に行きたいということを雄弁に語っていたが、亮夜は気づかないフリを貫いた。
午後になる少し前、亮夜はトウキョウ魔法学校に到着した。__なお、夜美は中学校で勉強中である。
そこには、いかにも貴族が乗るような、高級な車が一台あった。
その窓から顔を出したのは、亮夜が協力を依頼した、雷侍宮正だ。
「待っていたぞ、我が同胞よ。光が天高く上り切る前に、約束を果たすとは、まっすぐな感覚をもっているな」
「お待たせして申し訳ありません、宮正会長」
宮正が亮夜に声をかけると、亮夜は丁重に頭を下げて、謝罪した。
「後ろに乗れ」
その声に合わせて、後ろのドアが自動的に開く。
亮夜は「失礼します」といい、そのまま車の中に入った。
車が動き出すと、前に座っていた宮正が亮夜に声をかけた。
「亮夜、血を分けし相棒は何処に?」
「普通に学校です」
亮夜は、ややそっけなく返した。
別にストレスが溜まっていたというわけではない。
一応、第三者がいるので(運転するための人員が必要だからだ)、不必要な情報は出さないようにしていた。
拒絶的な態度を見て、宮正はこれ以上声をかけないことにした。
一行が到着したのは、トウキョウ魔法警察署の支部の内の一つだ。
この施設は、簡易的な警察署より格上の施設で、優秀なコンピューターシステムなどが用意されていて、情報収集力や、対応力などが大幅に上回っている。事実、政府にとって重要機関の一つとなっている程で、連携して動くことも少なくない。
それでも、司闇一族の情報はほとんどが不明となっている。当初は隠蔽疑惑が浮上していたが、一部の事件による司闇一族の暴走を見て、手に負えない、恐るべきものと認識されている。
しかし、毎回のように重罪をやらかす司闇一族を見過ごすことも出来なかった。そこで、様々な情報網を強化して、後手に回らないように対策しているのだが、裏を掻かれるわ、武力衝突に持ち込まれるわ、結局、雀の涙程度の効果しか得られていなかった。
このように、司闇一族が化け物扱いされるだけのことは相当にあった。
宮正と亮夜が下りて、宮正が説明すると、見張りの人が案内してくれた。
建物に入って通路を通る中、宮正は口を開いた。
「すみません、急に私のリクエストを聞いていただいて」
「いえ、いいですよ。雷侍様がお連れしたい者が桐谷殿でないとお聞きして、二股しているかと思いましたが」
「今回は彼にそういった事情を巻き込みたくなかったのです」
「では、そちらは?」
「実を言うと、コイツのために、無理強いをしたのです」
失礼と思われる発言から、亮夜に飛び火したのだが、彼は大して動じていなかった。職員から興味深そうな目を向けられても、やはり動じていなかった。
二人に連れられて、案内されたのは、第三サブルーム。
「こちらのコンソールをどうぞ。言っておきますが、情報の持ち出しは厳禁ですので」
「分かっています」
亮夜と宮正にそう忠告して、職員は部屋を出た。
部屋にあるのは、コンピューターが複数と、大型のコンピューターが1つ。中央や端にある大型モニターから、別のコンピューターなどを閲覧できると、便利な機能だ。
亮夜は大型コンピューターの前、宮正は亮夜の隣のコンピューターの前に座った。
起動させた後、亮夜は早速、データベースにアクセスした。
内容は、魔法事件に関する情報。
そこに映し出されたのは、RMGの襲撃事件やら、司闇一族の魔法協会襲撃事件やら、エレメンタルズ「岩道」の不祥事など、亮夜にとって目新しい情報ではなかった。
ふと、亮夜は「明鏡」のことが気になって、それを調べ始めた。
しかし、アクセスしようとすると、エラーが表示された。
「どうした、亮夜?」
警告音が気になったのか、宮正は亮夜に声をかけた。
「「明鏡」について調べようとしたら、エラーにかかりました」
「お前らしくないな、「明鏡」に関しては、今や政府のトップシークレットだというのに、この格の差で調べられると思ったのか?」
駄目元で調べようとしたのだが、宮正の言っていることは正論すぎて、返す言葉が見つからなかった。
明鏡一族は、ニッポンにおいて魔法を最初に伝承して開花させた、最も偉大なる血筋だった。
しかし、魔法六公爵のシステムが出来上がった頃に、その名は姿を消した。
理由は一切不明となっている。
いくつかの噂がある__政府の最上層に密かにいる、普通に名前を変えた、エレメンタルズの戦いに巻き込まれて絶滅した、密かに逃げ出した、など__のだが、どれも憶測の域を出ない。
そして、政府は一切の情報を隠して、それ以降の歴史からは消え去っていた。
しかし、亮夜は、あることを知っていたために、これがある事情を隠す隠蔽だということを見抜いていた。
そして、政府の最上層にしか明かさないであろうということは__。
(よっぽど知られたくないことだろうな)
考えたくなったが、今は情報をかき集める方が先だ。
それからも、司闇一族の情報はロクに出てこなかった。いや、出てきてはいるのだが、とるに足らない、少し調べるだけでも出てくるような期待外れの情報ばかりであった。
だが、先ほどまでの情報とつなぎ合わせると、ある可能性が浮かんだ。
司闇一族が狙っているもの__。
明鏡一族が隠されている理由__。
神祖魔法__。
そのことに関することを思考するのは、宮正が見つめてきたことにより、中断された。
「亮夜?どうした、そんなに青い顔をして」
随分表情に出ていたようだ。
亮夜は「何でもない」と返した。
これで、司闇一族の目的の一つが分かったはずだ。
だが、それはともかくとして、自分たちを守るために彼らを止める策は見当たらない。
情報検索の幅を広げて、司闇一族が関わる情報を手に入れようとする。
しかし、ロクな情報は得られなかった。
これ以上は時間の無駄だと判断して、このことを終わりにすることを伝えた。
荷物チェックが行われ(盗撮などのチェックである)た後、亮夜と宮正は車に戻った。
「亮夜、探し物は見つかったか?」
「一つだけ、目ぼしい物を見つけられました」
「それは何よりだ」
「不満がないといえばウソになりますが、足を運んだだけの価値はありました」
「そうか・・・。帰りは気を付けるのだぞ」
車の中でそのような会話があった後、亮夜はトウキョウ魔法学校の前で降りた。
家に戻った亮夜は、今回得た情報の整頓を行っていた。__ちなみに、司闇一族の襲撃はなかった。
宮正の介入により中断した思考は、再び構築を始めて、記憶と記憶が結びつき始める。
短くない時間、考えていると、ある理論に近づいてきた。
一度、常識的にあり得ないと思ったが、魔法において、常識に縛られてはいけないと亮夜にはその持論があったので、突拍子もないと思いながら、煮詰めていく。
少なくとも、明鏡一族のことを政府が隠蔽することに、司闇一族が関わっている可能性がある。
亮夜は他の魔法六公爵の知識量は知らないが、実力に関して言えば、「司闇」は頭抜けていた。
六つの魔法の力を先天的に与えた中、「司闇」だけは別格の差であった。
これらのデータをつなぎ合わせると、明鏡一族が持つ何かを奪って、「司闇」は革命的な強化を手にした__という可能性が浮上した。
ならば__。
しかし、これ以上は考えても大して意味はない。
実力行使に出るならば、夜美の協力は必要不可欠だ。
たとえ、相手が「司闇」でなくても、自分の実力を理解している亮夜は、単独行動という愚は冒さなかった。
亮夜は、家に帰ってきた夜美を迎えて、会議室に連れ込んだ。
「さて、今日の調査で、推測ではあるが分かったことがある」
いつもと違う、シリアスな言い方に、夜美に緊張が走る。
「「司闇」の奴らが、「明鏡」の力を奪った可能性があるということだ」
「どういうこと?」
夜美がそう返すのも当然だ。
一般的な教養では、「明鏡」が魔法を伝承して、その血を引く者が、魔法六公爵の元を作ったとされているのだから。
「順を追って説明する。宮正会長が連れていってくれた政府の情報網で、明鏡一族のことを調べようとしたら、エラー扱いされた」
「つまり、ここにいるような人やエレメンタルズ程度の人には、見せようとしていないということだ」
「現在、明鏡一族のことは、魔法六公爵が創立してからの情報は一切が不明となっている」
「その六公爵の1つ、司闇は、他の5つとは比較にならない程の実力を持つ」
「独自の情報網も持ち、今では政府ですら安易に手を出せない程にだ」
「そして、司闇にいた頃の知識をつなぎ合わせると、その可能性に至った」
「奴らは、「明鏡」の力を奪って、自分たちの物とした可能性がある、と」
そこまで話し終えると、夜美は言葉にならない悲鳴を上げた。
「政府にとって、このことは知られたくないのだろう。魔法六公爵という威厳は確実に崩れ、「司闇」に対する明確な対抗手段がなくなると言い換えられるからね」
「・・・どうしたらいいの?」
「この件はひとまず黙っておこう。そもそも推測が間違っているという可能性もある。それより、今、考えなくてはいけないのは、奴らの矛先をこちらに向けられないようにするかだ」
難題の振り出しに戻り、二人は難しい顔をして考え込む。
「この件で脅迫するにはリスクが高すぎる。下手をすれば、口封じで抹殺だ」
「やはり、皆の手を借りるというのは?」
「当主5人が揃っても、次期当主1人に完敗した。そもそも、ニッポン最強の相手に、本気で事を構える気かい?確実にニッポンは大戦乱に陥るだろうね」
「・・・」
夜美は急に黙り込んだ。
「夜美?」
「ごめん、今日はもう終わりにしていい?」
亮夜の思いつく限り、このようなシリアスな会議で、夜美の方から打ち切らせるのは初であった。
6年前、現実しか見ず、夜美の本心を優先することが出来なかったあの時を悔やんでいる亮夜は、妹のリクエストに応えることにした。
「・・・分かった。明日、改めて考えよう」
それでも、夜美はいつものような笑顔を見せなかった。
兄と同じく、6年前、あの時のように。
亮夜に否定され続けた時のように。
あの時、亮夜の手を離したことを、今でも後悔していた。
そして、あの手はもう戻らない。
二度と、あんな愚行を犯したくなかった夜美は、兄の意に背こうとも、話を終わらせたかった。
余りに強い、その罪悪感は、夜美の正常な思考を妨げていた。
今の夜美は、亮夜と離れることを、放すことを、何よりも恐れていた。




