4 舞式と司闇
亮夜が夜美と共に、宮正と恭人に連れていかれたのは、生徒会室だった。
宮正が亮夜たちに席を勧めて、3人とも席についた。
「さて、お前達に聞きたいのは、分かっていると思うが、司闇一族のことだ」
「宮正さん、恭人さん、始める前に、この話を、最高機密として扱ってもらいます」
宮正が亮夜たちに話を要求した直後、亮夜は二人に情報の拡散を禁じることを命じた。
「いきなりだな、よほど広まってはいけない話なのか?」
「はい。この部屋に盗聴器がないことは確認、戸締りもしておきました」
話を広めたくないということを、亮夜は行動で示した。
「いつの間にそんなことを・・・」
「夜美にやらせました」
宮正が疑問に思ったその種は、あっさりと明かされた。
「宮正さんには以前紹介しましたが、この子が僕の妹の舞式夜美です」
「よろしくお願いします」
恭人に夜美を紹介しておくのを忘れていたことに気づいて、亮夜は夜美に挨拶させた。
「こちらこそ」
「改めて、よろしく頼む」
恭人と宮正は、夜美に合わせて挨拶した。
その姿は、兄と違って、子供が背伸びしたかのような印象を、恭人たちは感じていた。
「話を戻しましょう。この話は、絶対の黙秘を誓ってもらいます」
亮夜はそう言って、極めて真剣な目__目に出来ている隈もあって、怖い印象が非常に強かった__を、恭人と宮正に向けた。
ちなみに、縦長いテーブルの両サイドに4人は座っている。亮夜の正面に宮正、夜美の正面に恭人が座っていた。
「・・・そこまでのことか?」
宮正が慎重にその言葉を返した。
司闇一族の話だから、それ相応の重みが確かにあると思っていたが、徹底的な秘密を貫いてもらうと言われると、重要度の確認をしてもらいたくなった。
「はい。仮に一般的に知られてしまえば、僕たちは間違いなく抹殺されるでしょう」
亮夜の示した懸念に、三人とも深く息を呑んだ。
「それだけならまだいい。下手をすれば、ニッポン全ての支配に乗り出す恐れもある。最悪、世界戦争の引き金にすら成り得る」
更なる事態を予想した亮夜に対して、三人は言葉にならない悲鳴をあげた。
亮夜も、他の人物も気づいていないが、魔法六公爵と亮夜の、司闇一族の暴挙に対して、ほぼ同じ程度の懸念を抱いていた。
「・・・分かった。勿論、お前も黙秘を貫いてもらうぞ、恭人」
「・・・ああ」
少しの時間が経った後、宮正と恭人はそう答えた。
「信用していいのですね?あなたたちは、このことが最悪、ニッポンすら傾ける事態になりかねないということを承知して、聞き出そうとしているのですよ?」
亮夜の挑戦的な発言に加えて、二人を強く見詰める。
「二度も言わすな。我は絶対の黙秘を誓う」
「人の約束を破るなど、クズと同じだ。私はそんなちっぽけな男ではない」
それに対して、宮正と恭人は、一切のぶれない、強い眼光を亮夜に向けた。
「・・・分かりました」
短くない時間の目線の応酬が続いて、折れた(認めた)亮夜はそう口にした。
「・・・まず、僕たちがなぜ知っていたかということを聞きたいですよね?」
「「ああ」」
宮正と恭人は同時にそう答えた。
「では、これから話しましょう。質問は終わるまで受け付けませんよ」
元々、僕たち舞式家は、司闇配下の一族だった。
奴らは、非道な魔法実験を多数行った。
どのようなことであろうと、ためらわずに多数の実験が、何度も何度も行われた。
勿論、僕と夜美も多数の実験に参加された。
だが、僕は強くなれなかった。
結果、司闇一族に仕える人間として、不適格とされた。
その先に待っているのは、地獄そのもの。
道具として、奴隷として、人間としては扱われない世界。
逆に、夜美はとても優れた才能を発揮した。
だが、彼女には、非道な行為は、あまりにつらかった。
僕は兄として、それを間近で見ていた。
ここにいても、これ以上、夜美は成長できないと、そう思った。
このまま行きつく先は、人間ではない何か、と恐怖した。
そして、僕たちは決断した。
司闇一族からの脱走を。
何日にも渡る逃亡の末に、ついに逃げ切ることに成功した。
そして、時は流れた__。
「・・・以上が、僕と夜美の昔の話だ」
呟くように続いた亮夜の話は終わって、彼は顔をあげた。
「・・・そうか、そんなことが・・・」
宮正は、どう返したらいいか分からなかったような返事を返した。
「・・・わかったよ、お前達がよく知っていた理由を・・・」
恭人は、納得しつつも、どこかつらい感情がにじみ出ているような返事を返した。
「いくつか、聞きたいことがある。尋ねて構わないか?」
「僕たちに答えられることなら」
二人は気を取り直して、亮夜たちにそう尋ねた。
「お前達の父親たちはどうした?司闇一族に残っているのか?」
「父親たちは、物心つく頃には亡くなっていました。ただ、存命の時に仕えていた関係で、司闇一族の元で育てられることになったと思います」
恭人の出した質問に、亮夜は回答と、補足を加えて返した。
「このことを、政府は知っているのか?」
「知っていたら、僕たちの立場はどうなっていると思いますか?」
宮正が質問する。
政府とは、言うまでもないかもしれないが、ニッポンの最高組織といっても過言ではない、ニッポン政府のことだ。
それに対して、亮夜は「もしも」のことを示して、間接的に答えた。
「そう・・・だな。お前達はずっと・・・二人だけで戦い続けたのか・・・」
その事実に、宮正は哀れんでいる目を、二人に向けた。
「それが、司闇を裏切る代償でしたから」
亮夜は、冷たく、自分のことのはずなのに、どこかに置いてきたかのように返した。
「奴らの居住はどこにある?」
「チュウブ地方の山脈のどこかです。すみませんが、それ以上は知りません」
宮正の新たな質問に対して、亮夜はわずかに知っていることだけを答えた。
恭人が目で促すと、亮夜は再び口を開いた。
「逃げ出した頃の記憶は、夜美にしかありません。その夜美も、詳細まで記憶していませんが」
亮夜は、余りに抽象的すぎた回答の理由を説明した。
最も、魔法六公爵のうち、司闇だけは居住地までもが不明であった。
それが、断片的であるが、場所を特定できているだけ、役に立つ情報といえるだろう。
なぜ記憶がないのか、疑問に思った二人だったが、それを返した所で、具体的に教えないに違いないと思ったので、その質問は口にしなかった。
「一体、奴らはどのような実験をしているんだ?」
「最後に行っていた実験は、悪感情から強力な魔力を引き出す実験でした」
恭人は、司闇一族が行っている実験のことを、亮夜に尋ねた。
彼は、古い情報と、暗に示しながら質問に回答した。
「まさか・・・以前、貴様が発表した魔力暴走現象のことか?」
そのやりとりを聞いていた宮正は、亮夜が発表した、魔力暴走現象について頭に浮かんだ。非公式とはいえ、確かな理論で考えられたそれは、宮正の頭の中に十分に刻み込まれていた。
「おそらくそうでしょう。ただ、行きつく先は全く違いましたが。僕は対策を、奴らは制御と強化、言い換えれば暴走による強化を重点的に見ていましたから」
亮夜は、完全な肯定をせず、二つの違いをまとめて、分かりやすく説明した。
「奴らの構成メンバーは?」
「・・・他の魔法六公爵相手に、その質問を答えられますか?」
宮正が相手の情報を探るべく質問すると、亮夜は逆にそう質問を返した。
他の六公爵の構成員を正確に覚えるなど、普通は無理だ。
その意図に気づいた宮正は、質問を取り下げた。
亮夜本人も、司闇一族の血族の正確な把握すらしていなかった。
その状況下で答えるなど、そもそも意味がないと思っていた。
仮に記憶しきっていたとしても、同じだろうが。
「司闇一族はなぜ、お前達を狙っている?」
「奴らは秘密主義にして実力主義。それに、司闇一族しか知らない秘密を、僕たちは知っています」
代わりに、宮正がそれを質問すると、亮夜は司闇一族のやり方、更に隠していたカードがあることを明かすことで、理由を説明した。
「それは一体?」
「言えません」
しかし、この話は、大衆に話せることではない。口にせずとも、行動方針すら変えかねない程の衝撃の秘密であった。それがエレメンタルズ相手ならなおさらだ。
「すまない。立ち入ったことを聞いてしまったな。最後にもう一つ聞きたいがいいか?」
これは、亮夜と夜美にだけではない。恭人にも向けられたセリフだ。
恭人が頷くと、宮正は亮夜に再び顔を向けた。
「お前たちはこれから、司闇一族とどう接するつもりだ?」
亮夜は一度、俯いて、考えているかのようなポーズを見せた。
「いずれ、対等に立つつもりです」
宮正は返事を返せなかった。
「・・・正気か?」
恭人は慎重に、その言葉を返した。
襲撃事件を目の前で見て__実際に六公爵と司闇が対決した所を見ていないが__、その際の六公爵当主たちの強者による恐怖の顔を、恭人はよく覚えていた。
いくら戦った奴がナンバー2で、自分たちがここで配下を倒したとはいえ、ここまでの話を聞いている限りでは、無茶が度過ぎると思った。
少なくとも、恭人の知っている亮夜は、ここまで無謀な勝負はしないだろうと思っていた。
「誤解しないでください。武力衝突というわけではありません」
ある意味予想通りだったのか、正面から戦うというわけではないということに、恭人は少しだけほっとしていた。
「「司闇」という名を上回る証を、いずれは手に入れるつもりです」
「どういうことだ?」
意味不明なことを発言した亮夜に対して、宮正はそう呟いた。口には出していないが、恭人も同じだろう。
「奴らは、必要がなければニッポンの征服に乗り出すといったことはしません」
「裏を返せば、必要のない、あるいは、総合的な損失の大きい物を奪いに来る可能性は低いということです」
亮夜の具体的な司闇一族の考え方を示したことで、宮正と恭人は何が言いたいかが分かった。
「僕たちが、それだけの、大きな立場や力を手に入れて、手を出させなくする・・・それが、僕たちの目標です」
亮夜はそう締めくくった。
恭人はその目標の大きさに、面白げな笑みを浮かべていた。
宮正はその態度に、拍手を送った。
「会長?」
「素晴らしい志だ。もしかすると、お前達が一番、司闇一族に対抗できる切り札となり得るかもしれんな」
「そのためには、もっと強くならないと・・・」
「まあ、焦るな。この話を聞いた以上、見過ごすことはできん。必要とあらば、我が「雷侍」の力、貴様に貸そう」
その言葉を聞いて、亮夜は驚いたような表情を向けた。
「私もその案に乗った。お前が望むなら、この「冷宮」、力を貸してやろう」
恭人も便乗して、亮夜に協力を約束した。
「ありがとうございます・・・!」
声が震えないように礼をいい、亮夜と夜美は、丁重に頭を下げた。
「うむ。しかし、司闇にそれだけの秘密があったとは・・・」
「私も驚きました。魔法六公爵たちが手を出せないわけですね」
「僕にもその話、詳しく聞かせてください」
ここで、亮夜は忘れてかかっていた目的の一つを尋ねた。
具体性が欠けていた内容であったが、全員が魔法公表襲撃事件のことを指すのが、口に出さずとも理解できていた。
「そういえば、当事者以外には、恭人たちが情報規制を行っていたからな」
「お前ならこの重大さが分かると思うが、魔法六公爵の当主たちと、司闇一族の次期当主の戦いが、あの会場であった。しかし、司闇側が圧勝。・・・犠牲者が出ていないのは事実だから、その点は安心しろ」
事情を宮正が話し、内容の詳細を恭人が伝えた。
「そうでしたか。他にも、確認できたことはありますか?」
「ああ、そうだ。藤井舞香という女性を知っているか?お前の知り合いだと言っていたぞ」
藤井舞香とは、亮夜の知り合いの女性だ。
あることから一方的に恨まれていたが、和解して、知り合い以上友達未満とでも言えるような、微妙な距離間のある知り合いだった。
亮夜と夜美は頷くことで、知っていることを示した。
「あいつは、魔法六公爵に失望しているような態度をとっていた。奴は魔法師であった。それも、固有魔法の使える程の。さらに、貴様や1年3組の鏡月哀叉に会いたがっていた。奴は魔法師であった。それも、固有魔法の使える程の。しかも、あの状況下で、RMGと司闇一族がいるのを言い当てたのだ。そんな奴が、普通と思えるか?」
その情報は、亮夜たちの知っていることも混じっていたが、驚くべき情報も多数あった。
表向き、舞香は人気アイドル、愛姫ステラとして活動している。
それに対して、エレメンタルズや魔法六公爵に喧嘩を売るような態度。
亮夜を欲した態度。
固有魔法が使える程の実力者。
RMGと司闇一族の襲撃を調べた程の情報収集力。
夢は、アイドルから、魔法による自由への解放。
哀叉との関係。
これらの情報をつなぎ合わせると__。
分からない。
もう一つ、ピースがあれば、舞香、いや、ステラの真の目的が分かるかもしれない。
そこまで出かかっているのに、はっきりとした答えを出せないのは、もどかしかった。
そう思考に沈んでいると、三人から声を掛けられた。
「どうした、考え事か?」
「ああ、確かに普通じゃないね」
恭人が内容を尋ねると、亮夜は普通に返した。
舞香のもう一つのカードは、今は黙っておくべきだと思ったのだ。
そのことは、夜美と、ステラと出会った後にそう決めていた。
今、ここで明かしたら、計画を崩すどころか、重要な何かが崩壊しかねないと亮夜は思っていた。
だから、もう少し彼女を泳がせて、裏の事情を把握したいと思っていた。
少なくとも、今のステラは危害を及ばすような真似をしていない。
それが、亮夜が彼女を放置するもう一つの理由でもあった。
「どうやら、お互いに十分に情報を交換しあったようだな。有益な情報、感謝する」
「こちらこそ、「冷宮」と「雷侍」の協力を約束頂いて、心強いばかりです」
この密談は、双方に確かなメリットをもたらして終わったようだ。
席を立ちあがって、退室する前に、亮夜は念のためもう一言加えておいた。
「もう一度言っておきますが、この件は最高機密として、身内であろうと、自分だけの秘密としておいてください」
「分かっている」
「心配するな。むしろ、お前達の方こそ気をつけろよ」
宮正と恭人は亮夜のリクエスト通り、改めて承諾した。




