3 司闇との対決
時刻は少し前に遡る__。
夜美は中学校で、普通に授業を受けていた。
まだ専門性が進んでいない中学校では、極一部の選択を除いて、全員が共通で受けるような授業構成になっている。
つまり、夜美は皆と同じく普通に机に座って、授業を受けていた。
そこに、机の中に隠してある端末が振動した。
予め本を立てて、先生や周囲から見えにくくした状態で、端末を開く。
亮夜が製作した端末は、機能を大幅に削った代わりに、電波の構造を変えることで、盗聴などを防ぎやすくする、保守的な端末であった。
その端末には、司闇一族の襲撃の可能性が記されていた。
夜美は急に立ち上がり、先生に報告した。
「先生、兄が緊急事態だと言うので、早退します」
それを言い放つと、周囲の確認もとらずに、荷物をまとめて出ていった。
教室から出た夜美は、端末のモードを切り替えて、亮夜と通話した。
「もしもし、お兄ちゃん。さっき書いたことは本当なの?」
「確証はないけど、その可能性は高い」
「じゃあ、行くよ」
亮夜と話をしている時点で、既に早退していたが、そのことを欠片も気にせずに、夜美はそう話した。
「えっ」
「もし、あたしが行かなくてお兄ちゃんを助けられないくらいなら、学校なんて休むよ」
夜美にとって、亮夜は何よりも大切なものだ。その亮夜を助けるためならば、現実性はともかく、世界に喧嘩を売る覚悟だってあると夜美は思っていた。
「・・・一応、そっちも気を付けてくれ。君を狙う可能性、ないとは言えないからな」
こうして会話はしているのだが、ブレスレットはちゃんと腕に巻いていて、周囲の最低限の警戒も怠っていない。
しかし、亮夜に改めて注意されたので、気を引き締め直して、亮夜のいるトウキョウ魔法学校に向かい始めた。
学校の外に出て、周囲を警戒しながら、時々魔法による高速移動で進んでいく。
少し進んだところで、不穏な気配を感じた夜美は、周囲の警戒を強める。
そして、屋根に張り付いて見張っていた男を見つけて、「サンダー・ボルト」を落として、動きを止めた。
それ以降も、意識に引っかかっては魔法を放って迎撃して、周囲の安全を確認してから家の中に戻った。
服を着替えて、戦闘用の服や武装を揃えて再び外に出た。
魔法学会に行った時どころか、ステラの所に向かった時よりも道具は多い。
魔導書、ブレスレット、魔法銃に、煙幕弾に、サングラスに、魔法チップと、一人で使うにしても過剰すぎる量だ。それでも、動きの鈍りがほぼ見られないのは、魔法による移動が上手いからなのか、単純に身体能力に優れているからなのかは、評価をつけにくい所だ。
その後も襲撃を一回やり過ごして、夜美はトウキョウ魔法学校に到着した。
その周囲には、黒服の男が複数いた。
何かを待ち伏せているかのように、魔法を用意していた。
夜美がそれを離れて見ていると、別の声が聞こえてきた。
「亮夜・・・10秒・・・職員室・・・学校・・・殺す・・・」
その程度しか聞こえていなかったが、男たちが慌てずに魔法を続けているのを見て、敵だと確信した。
夜美が放った魔法は、「シャドー・マインドナイフ」。精神に直接攻撃する闇の魔法だ。
いかに優れた司闇一族の配下とはいえ、不意打ちで撃たれれば、決定的なダメージになる。
二人倒した時には気づかれたが、結果的に学校に仕掛けられた大魔法は中断された。
「貴様、まさか・・・!」
一人の男がそう口にする前に、夜美の「シャドー・マインドナイフ」が効いて、倒れた。
それと同時に、学校の一室が爆破して、そこから現れたのは、同じく黒服の男と、冷宮恭人だった。
「!!」
爆破に気をとられた隙に、もう一度「シャドー・マインドナイフ」を放つ。
その一撃で、隠れていた黒服の男は全員倒れた。
恭人が先生と共に黒服の男を追い出した後、外に向かった先には、2方向に人物がいた。
玄関には、雷侍宮正ともう一人の黒服の男。
校門の側には、見知らぬ人物がいた。
黒服の男たちと同様、黒い服を着ているが、明らかに体格が小さく、素顔もサングラスで見えにくい。だが、恐らく女。側には黒服の男たちが倒れていた。少々信じ難いが、この人物が倒したと、推測できるだろう。
つまり、どちらかといえば、味方だ。
それでも形式的には、どういう立場かは、はっきりさせたかった。
「お前、何者だ!」
恭人がそう口にする。
「名乗る程の人じゃない。君たちの味方だよ」
夜美はそう返した。
亮夜と話し合ってから、自分たちの素性が司闇一族にばれている可能性は分かっていた。そう、「可能性」は、分かっていた。
まだ知られていない可能性がある。
そうであるなら、変装して、口調も変えて対応する方がいいと、夜美は考えた。
「そうか、なら、こいつらを倒すのを手伝ってくれ!」
「了解!」
どうやら、確定的に味方のようだと、恭人は密かに胸を撫で下ろしていた。
「貴様の部下たちも、そちらの者が倒してくれたようだしな。もう逃げ場はないぞ!」
玄関にいた宮正も、二人に協力するような発言をしつつ、既に集まっていた黒服の男二人に啖呵を切った。
ちなみに、素顔の夜美を知っている宮正も、黒服サングラスの人物が、夜美だと気づいていなかった。
「おいおい、やべーぞ!雷侍に冷宮に・・・あいつはともかく、完全に包囲されたぞ!」
「落ち着け、一人ずつ仕留める」
「誰からだ?」
「あの黒服の奴からだ。離脱地点を確保する方が先だ」
複数同士での戦闘の時、戦い方は様々だが__弱い奴から倒して、頭数を減らす、強い奴から倒して、士気の崩れなどを狙うなど__、この二人は、配置的優位を取られている、黒服の人物から倒すことにした。
しかし、先制したのは恭人。
「ブリザード」を中心に発生させて、動きを鈍らせる。
その隙に宮正の、天からの狙撃、「スナイプ・サンダー」が、黒服の男の一人に直撃した。
いち早く離脱したもう一人の黒服の男は、夜美に向けて、ナイフを持って突撃していた。
その刃が届く前に、夜美は「アース・クエイク」により、巨大な山を作り出して、男を上へ吹き飛ばした。
その隙に再び、宮正の魔法が放たれようとした。
だが、一撃目の「スナイプ・サンダー」を凌いだ黒服の男が、宮正に魔法を放とうとした。
「宮正さん!」
夜美が移動魔法で、強引に宮正を飛ばすことで、不意打ちで放とうとした「シャドー・クロウ」__影から闇の爪を召喚して切り裂く魔法__は、宮正に当たらなかった。
しかし、この移動によって宮正の魔法は中断されて、空に飛ばされた黒服の男への追撃はなかった。
「すまない。しかし、その声、どこかで聞いたような・・・」
「くっ!」
宮正の疑問によって生じた隙をついて、男たちは闇の弾丸を何発か放った。
それを、夜美の「ダーク・ウォール」によって破られることなく防いだ。
その状況に、夜美本人を除いて、全員が驚いたが、それを一々言葉や態度に出す程の隙とはならなかった。
「ダーク・ブレッド」を防がれて、「ブリザード」の対応の手が薄くなり、ダメージを余分に受けただけの黒服の男の所に、恭人の「アイス・ニードル」が襲い掛かる。
氷の針が次々と襲い掛かるが、強引に上へ飛ぶことで回避した。
「ブリザード」の制御力を「アイス・ニードル」に使った今、その力は弱まっている。
確かなチャンスを見て、男たちは「ブラック・ホール」を放った。
しかし、夜美の「ホワイト・ホール」__光の力で強烈に押し出す光魔法__の前に、
「ブラック・ホール」はすぐに消滅した。
「何だと・・・貴様・・・一体・・・」
自分たち司闇は、ニッポンにおいて最強の魔法師チームと自負している。
流石に格が違いすぎれば例外はあるが、エレメンタルズ程度に遅れをとることはないと思っていた。
だが、現実は、次期当主の恭人、当主の娘の宮正、そして、素性不明の黒服の人物に、確実に押されていた。
そう呟いてしまうほど、追い詰められていたのだ。
「終わらせよう!」
宮正が「サンダー・プリズン」__電撃で牢獄を作り出す雷魔法__を放った。
電撃の牢獄が男たちを取り囲んだ。
「おのれ!」
追い詰められようとも、彼らはさらに抵抗した。彼らは負けることを知っていなかったのだった。
いや、勝負において負けることを知っていても、戦いにおいて負けることを知っていなかったというべきか。
知っていないからこそ、負けることを否定して、己を無理やり勝利のステージへ導こうとする。
そのことを、夜美はよく知っていた。
「終わらせる!」
ここで夜美が繰り出したのは、「ブラック・ホール」。
雷の牢獄の前に作り出したそれは、黒服の男たちを吸い寄せようとした。
しかし、目の前にある雷の牢獄に阻まれたことで、男たちは雷に直撃した。
「恭人さん!」
「ああ!」
恭人が最後に放ったのは、捕獲型の氷魔法、「フリーズ・ゾーン」。
直接指定して凍らせる、精密性に優れた魔法だ。
男たちが痺れて、ロクに動けない中、この魔法は最大限に生かされた。
全身を丁寧に氷漬けにしていく。
一人を凍らせて、もう一人もそのまま凍らせた。
重力と雷と氷、3つの複合で襲った強烈な攻撃は、司闇一族配下の男たちの意識を刈り取った。
「・・・どうにか勝てたか。感謝する」
「礼には及ばないよ。司闇一族から皆を守れた。それが何よりだよ」
「この男たちはどうする?魔法協会に送るか?」
礼を言い合った宮正と夜美。それらに対して、恭人は、この黒服の男たちの処遇を尋ねた。
「情報を聞き出すというなら、無駄だよ。奴らの力には、真の情報を引き出せないようにプロテクトを仕掛けられている」
「そうか・・・。しかし、どうしてそれを知っている?六公爵でさえ知り得ないことだぞ?」
「そんなことはいい。それより、この人たちをどうしても、結果的にはあまり変わらないのが事実だろう」
「なぜそんなことまで知っている?貴様は一体、何者なのだ?」
黒服の女性らしき人物が答えたのは、六公爵でさえ判明していないことであった。さらに、どう処分しても__殺そうが、人質にしようが、情報を盗み出そうとしようが__、大して効果がないことまで聞かされて、二人の疑念はますます強まった。
「・・・それより、人質は無事かい?」
夜美は話題を切り替えて、話をそらそうとした。
「僕なら、無事だよ」
校舎の影から現れたのは、舞式亮夜だった。
「僕の妹が、世話になったようだね」
亮夜がそう発言すると、宮正と恭人は、黒服の女性らしき人物に目を向けた。
サングラスをとって、素顔を晒したのは、亮夜の妹、舞式夜美であった。
「皆、ありがとう。僕のために、命を賭けてくれて」
「いや、我がエレメンタルズの使命を果たしたまで。礼には及ばぬ」
「随分、いい経験をさせてもらった。お前が礼を言う必要はないが・・・まあ、受け取っておこう」
「頑張ったよね、お兄ちゃん!」
「ああ、よく頑張ったね、夜美」
三人に向けて頭を下げると、三人はそれぞれ違った態度で対応した。
「この人物たちは、出来れば証拠を残さずに処分すべきだ」
亮夜は、捕らえた男たち(全員が気絶しているのは、亮夜も確認していた)の処遇について、そう提案した。
「それは・・・殺せと言っているのか?」
恭人の目が、鋭く細められる。
「そんな大層なことを言ったつもりはないよ。信用できる機関に預けるべきだと言ったんだ。少しでも手がかりが残されていたら、確実に奴らは利用するだろうからね」
それに対して、亮夜は確実に保護、あるいは捕縛できる所に送り込むべきだと主張した。ついでに、中途半端な対応に対する問題点も加えた。
「分かった。我が雷侍一族が責任をもって始末しておこう」
宮正が名乗り出て、自分たちで処分すると伝えた。
「ありがとうございます、宮正会長」
亮夜と夜美は頭を下げた。
宮正が自分の部下に回収を命じて__表向きはそうしておかないと、色々不都合な点があるからだ__、恭人は、学校側に事件は終わったと報告に向かった。
二人の用事が終わった後、兄妹は宮正と恭人に再び向かい合っていた。
「さて、亮夜と、夜美だったな。二人には、これから生徒会室に来てもらう」
「!」
二人は声にこそ出していないが、やはりかと思っていた。
あれだけ、世間どころか、六公爵ですら知っていない司闇一族の情報を次々と出したのだ。
尋問されるのは、当然だと思っていた。
「恭人、お前にも出席してもらおう。我らの立会人を兼ねて、お前も来い」
「分かりました」
宮正は、恭人にも同席を命じて、亮夜と夜美を連れて、生徒会室へ向かった。




