8 離脱戦
魔法で脱出しようとした亮夜と夜美は、謎の衝撃によって森の中にふきとばされた。
「うわっ!」
「きゃぁ!」
予期せぬ事態に巻き込まれて、脱出は出来そうにない。
それどころか、このままでは地面に激突する!
「くっ!」
亮夜は抱いていた夜美を、自分の上に重なるように動かして、地面にぶつからないように守ろうとした。
自身は、衝撃を和らげる空気を作り出す魔法を放とうとした。
しかし、制御不能の状態かつ、高速で飛んでいる中、正確に狙いを定めるのは、亮夜のハンデもあって、絶望的であった。
少し組み立てた魔法は、脳が焼き切れる痛みを引き起こして、無散してしまった。
夜美も声に出してこそいないが、パニック状態に陥っているのは、亮夜には手にとるように分かっていた。
つまり、亮夜は地面に直撃することを、避けられないということだった。
時速数十キロで飛んでいた二人は、地面に穴を空けかねない勢いで、地面に激突した。
亮夜が下の方に当たったため、夜美は衝撃程度で済んだ。
その分、亮夜は地面に直撃したため、かなりのダメージを腰に負った。
亮夜は、この手の荒事の対策は十分に行っていたので、致命傷にはならずに済んだ。それでも、動くのにはかなりつらいが。
夜美に関しては、抱きしめていながらも、衝撃を受けないような抱え方をしていたので、夜美の分の衝撃も受けるということはなかった。やはり、動くのにかなりつらいのに変わりはないが。
「大丈夫か・・・夜美」
「うん・・・少し目が回るけど・・・お兄ちゃんは?」
「少々・・・くっ!」
意識を回復した夜美は、亮夜がダメージを負っているのをみて、上から飛び退いて、亮夜を回復しようとする。
しかし、亮夜はそれを制止した。
「今、ここで魔法を使って感知されたら、全てが終わる。せめて、脱出するまでは極力魔法を避けるんだ」
「お兄ちゃんはそれで大丈夫なの?」
「動けない程ではない。見つかりさえしなければ平気だ」
口ではそう言っているが、明らかな強がりだというのは、二人とも分かっていた。
それでも、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
二人は、敷地内から抜け出すべく、ゆっくりと森の中を進んでいった。
自分と同じ力を追って、その力の真下までやってきた闇理は、大量の魔法が無秩序に放たれていたことを確認していた。
(俺のことに気づいているか・・・。だが、魔法を読める俺相手なら、時間稼ぎにしかすぎぬ)
適当に放たれた魔法は、全てが闇魔法。
それも、闇理と同じタイプの魔法だ。
だが、魔法で感知すると、違う反応、つまり、別の魔法も使われていたことを、闇理は見破った。
RMGや警備員、そして、闇理は気づいていないが、宮正たちが使った魔法とは、いずれも別の感覚であった。
同じ感覚であるのに、一つだけ魔法の残留波動が、一致しないポイントが混じっていた。
そこに向かって、闇理は飛んだ。
そこには、強力な魔法を使った跡が残されていた。
(おそらく、東に飛んだだろうな)
魔の力は、動き方に法則性がある。
ダミーの技術を分かっている相手が、これもハッタリである可能性は否定できないが、それは、魔法を直接読むことのできない場合の話だ。
闇理は、いや、司闇一族の技術なら、魔法式を十分に読むことが可能だ。
それによって導き出されたのは、東への高速移動。
しかし、その先には、魔法が使われていた跡が残っていなかった。
(どこだ?どこにいる?)
闇理もまた、その魔法を追って、東へ飛んだ。
正面玄関で警護をしていた宮正と恭人は、来るかもしてない脅威に備えていた。
最も、RMGは全滅、もしくは逃亡しているし、司闇一族も、ここから去って、別の物を狙い始めているのだが、二人がそれに気づくはずがなかった。
転機が来たのは、宮正が呼んだ「宮正親衛隊」が来た時だった。
隊長とおぼしき、動きやすいスーツとでも言うべき服を着ていた男は、宮正の前で敬礼した。
「宮正様、ご無事で何よりです!」
「遅いぞ、お前達。何があった?」
宮正の言う通り、呼び出してから、既に30分をゆうに超えていた。
当初の見込みでは、15分程度__睡眠ガスを仕掛けられる時に到着するかどうか__で到着すると、宮正は思っていた。
それを、倍近く時間オーバーした上、事態は不明瞭なままだ。
宮正がそう苛立ちを募るのも、仕方がないと言えた。
「申し訳ありません。警備員への刺激を回避して、外部にいたRMGの者と戦闘をしていました。余りに長引いて、申し訳ありません」
「外にいたなら、短髪の女が、外に逃げたのを、確認できなかったか?」
謝罪をしたのを確認して、宮正ではなく、恭人が、親衛隊に質問をした。
「いえ、我々の方で、そのような女性は確認できませんでした。冷宮殿、なぜ、そんなことを」
「それは後でいい。宮正会長、こいつらの指示はあなたに任せます」
「状況は深刻だ」
恭人との問答を終えた後、宮正は今の状況を手短に説明した。
「何と、司闇一族が!?」
「これは厄介ですね・・・」
「六公爵殿たちは無事だろうか・・・」
親衛隊がそれぞれ感想を述べている中、宮正は指示を出した。
「まずは、六公爵がいるはずのホールへ向かってほしい。司闇の奴と戦いを仕掛ける必要はない。我らはここで待機しているから、何かあったら報告を頼む」
「はっ!」
指示に合わせて、親衛隊は内部に乗り込んだ。
そして、通信から連絡が来た。
「こちら親衛隊、ホール内部に突入・・・大きな穴が空いています。敵の確認はできず・・・こ、これは!?」
「どうした、何があった!」
「六公爵全員が・・・倒れています!!」
「何だと!!」
衝撃的な報告に、宮正も恭人も驚きを隠せていなかった。
魔法を知っているほとんどの人は、魔法六公爵こそが、最強の魔法師だと思っている。
それが、全員__厳密には五人__揃っているのにも関わらず、全滅している。
その惨状を聞かされて、驚くなという方が、無理があった。
「息はあるか!?」
「全員、ダメージは相当ですが、何とか・・・」
「敵は周囲に確認できるか!?」
「いえ、全く」
「・・・」
通信から気をそらして、宮正は恭人に目を向けた。
(どうする?絶対的に、人員が足りない)
「私も力を貸しましょう。我が冷宮の配下の魔法師も総力をもって出撃させます」
「いや、これはもう、魔法界の一大事だ。思いつく限りのエレメンタルズに声をかけるべきだ」
「そうですね。全面戦争の覚悟で・・・!」
二人はそう確認し合った後、次々とナンバーを入力して、呼び出した。
それを終えた後、宮正は再び通信機に意識を向けた。
「お前達はそこで、六公爵殿をお守りしろ。今、声をかけられるだけのエレメンタルズを呼び出した。私たちはこっちで、部下たちを守る。お前達、それまで何としてでも、守り通せ!」
「はっ!!」
宮正は部下にそう指示・報告をして通信機を切った。
亮夜と夜美は、森の中をゆっくりと歩いていた。
見つかりにくくするため、慎重に歩いているという部分もあるが、それ以上に、亮夜が重症を負っていたため、安易に動けないという側面の方が強かった。
夜美は亮夜に肩を貸して、負担にならないように、ゆっくりと進んでいる。
少しでも気を抜けば、総崩れになりかねない極限状態の中、周囲に最大限に気を配っていた。
だから、空からの気配に気づいたのは、ある意味必然といえた。
夜美は、すぐそばの樹の下に隠れて、必死に息を殺した。
亮夜を気に掛ける余裕はあまりなかった(乱暴に運ぶことはなかったというくらいである)が、彼も同じように気配を消そうとしていた。
その人物は、森を突っ切って、そのまま通り過ぎた。
そのまま気配が通り過ぎたのを確認して、再び歩き始めた。視認しなかったのは、視線によって見つかる可能性を回避するためだった。
だが、その努力は、まだ報われてなかった。
黒服の男が、亮夜たちを探している。
まっすぐ向かってこないことから、まだ見つかっていないと思われるが、ここで見つかれば、全てが水の泡だ。
少し後退して、身を隠そうと思った時、
ついに、姿を見られてしまった。
「!!」
「何者だ!」
その男は、亮夜たちに接近しようとしている。
「こうなったらやむを得ない。奴を仕留める」
ここで亮夜が下した結論は、暗殺だった。
夜美は驚いているとしか言いようがない顔を、兄に向けた。
仮に捕獲して、警察に突き出したとしても、司闇一族の関係者__確定していないが、亮夜たちはそう決めつけていた__の出す発言ならば、支離滅裂な発言だとしても、世間は信じるに違いない。
司闇一族は、世間に滅多に姿を現さず、日々、魔法の強化に励む、化け物と称される程、恐れられている一族なのだから。
無論、見つかった状態で逃げきれたとしても、それが闇理や当主たちにばれれば、結局は同じ運命だ。死の刃を持ってくる相手が変わるということだけだ。
確実に切り抜けるならば、何一つ証拠を残さずに暗殺するしかないのだ。
しかし、それはとんでもない決断を下そうとしているのが、亮夜にも理解していた。
亮夜も夜美も、人を殺した経験はない。
人殺しというのは、一位二位を争う、重罪だ。
何より、亮夜は一度死にかけたことがあり、夜美も自身の目の前で、死の目前をみたことがある人だった。
その二人にとって、殺すことが、どれだけ重いことなのか、想像を絶するだろう。
今の亮夜たちは、相手か、自分たちか、どちらかの命を捨てる覚悟を、決めなくてはならないのだった。
いくら兄の指示とはいえ、相手が最も憎むべき相手だとはいえ、素直に従うことは、夜美には出来なかった。
亮夜本人も、とても酷なことだと理解していたので、口に出しただけで、行動に起こすことは出来なかった。
「・・・悪かった。息の根は止めなくていい。重症を負わせて、感覚を失わせれば、それで十分だ。それで逃げるだけの時間は稼げる」
「・・・任せて」
ひとまず謝罪して、殺さない程度に重症を負わせるということを、夜美に指示した。
二人は気づいていないが、どう考えても重罪な犯罪行為であった。
しかし、二人とも、「殺さなくていい」という思考が先行しすぎて、そのことに気づくことはなかった。
夜美は極小の「サンダー・スピア」を、黒服の男の首に向けて放った。
さらに、亮夜も「ウインド・スピア」を、後ろから発射させた。
二つとも叩き落とされたが、それだけでは終わりではなかった。
地面をへこませる魔法「アース・ボトム」で、足元を崩して、再び「サンダー・スピア」を大量に放った。
全身に雷の槍が刺さり、満足に動くこともできはしないだろう。
とどめに、首元に、亮夜が手で一撃を加えた。
殺しこそしていないが、強力な修復をしなければ、喋ることすら出来ないだろう。
目を、耳を、口を、首を、そして頭に、死なない程度にダメージを与えて、ついでに証拠隠滅用に傷「だけ」は治して、最後に生き埋めにして、亮夜たちは急いで__それでも、普通に歩くよりは遅い__、出口へ向けて走った。
だが、ここで最悪の事態に直面した。
一度戻ったのか、飛んでいた司闇闇理が、ここに戻ってきた。
「やむを得ない。夜美、西に全力でぶっ飛ばせ」
「そんなことをしたら、お兄ちゃんが!」
「もう手段を選んでいる場合じゃない!逃げることだけを考えろ!」
「・・・分かったよ・・・」
「アイツが、こちらに降りてきた瞬間だ。その時に飛べ」
亮夜の命令かつ無茶かつ丸投げである発言は、普段ならば、ショックを受けていただろう。
だが、そんなことを気にしている場合ではないということは、夜美も当然理解していた。
飛んできた奴が、こちらに降りてき始めた瞬間。
亮夜と夜美は、全てを魔力に任せて、西へ吹っ飛んだ。
その速さは、闇理が目で「何かが飛んでいる」程度にしか認識できない程には速かった。




